ピンク色のリボンをつけた、金色の髪が見えた。
(あ・・・・っ)
片目で見ていたクロエは息を飲み込む・・・・。
「三月ウサギと帽子屋はアリスに言いました」
顔を隠していた本から顔をあげたそれが自分と近い年頃の女の子だと気づいたのだ。
青い瞳と・・・金髪の女の子は、本から顔を上げて満面の笑顔を作っていた。
その笑顔の先に・・・・綺麗な女の人の顔があった。
「"席はないよ、席はないよ"・・・フフ・・・」
女の子と同じ色の髪と瞳をしたその女の人は優しく・・・膝の上の座った女の子に向かって微笑んでいた。
女の子は、その笑みを見ると女の人に寄りかかった。
自分に甘えてくる彼女の頭を、女の人の白い手が優しくなでた。
「・・・・!」
女の人の青い瞳が・・・女の子の頭から自分の方へ向いた事にクロエは気づいた。
優しい光を称えたまま…だが貫通力を秘めた青い視線が・・・自分を見ている・・・。
「入ってらっしゃい」
凛としていたが、優しい声に・・・。
ギィィ・・・。
クロエは・・・つられる様にドアを開いていた。
「・・・・」
緊張した面持ちで・・・。
大きな、柔らかいベットに座ったクロエは部屋を見回した。
高い天井・・・そしてそこまで伸びる本棚・・・・。
ふいにクロエの視界に、隣に座る金髪の、自分より背の高い女の子の姿が目に入った。
彼女は、茶色いクマのぬいぐるみの手足を退屈そうに持ち上げていた。
金髪の女性は、クロエが膝をつきながら・・・そっとそのぬいぐるみに手を伸ばすのを見ていた。
「だめっ!!!」
クロエの手がぬいぐるみに触れた途端。
女の子は慌てて体を回し、クロエからぬいぐるみを庇った。
クロエは・・・驚きと恐怖が混ざった表情で、怒った様な女の子の表情を見た。
「――――ミレイユ」
ミレイユ・・・そう呼ばれた金髪の女の子の横に座っていた、女の人が彼女を見下ろしながら言葉をかける。
女の子はその、トーンを下げた声と・・・。
自分を見下ろすどこか怒ったような女の人の青い瞳に、怯えた様に顔をすくめてクマのぬいぐるみに自分の鼻をつける。
「・・・・・」
女の人に無言で見つめられ、気まずそうにしていた女の子は・・・やがて再びクロエの方に向き直る。
「・・・・」
無言で・・・まだどこか怒ったような表情を崩さないまま、ミレイユはクロエにぬいぐるみを突き出す。
恐る恐る・・・クロエは手を伸ばし、クマの手に指先で触れた。
ぎこちないが・・興味深そうにクロエは何度もクマを突っつく。
その事に釣りあがった目を輝かし、夢中になった表情を見て・・・ミレイユの顔に少し笑みが浮かんだ。
ひょい↑
クマの手を・・・ミレイユが持ち上げる。
クロエは一瞬驚いた表情をしたが・・・その手を触ってみる。
ミレイユは、姿勢を崩してクロエとクマの距離を近づける。
クロエは、クマの手を握ってみた。
柔らかい毛の感触を感じながら・・・何度もそれを上下に振ってみる。
クロエの表情が、警戒から嬉しそうな笑みに変わった。
彼女の紫色の頭を見るミレイユも・・・つられる様に笑っていた。
「このコ・・・大切にしてくれる?」
クロエは、顔をあげてミレイユを・・・まだ少し恐れている様な表情で見た。
青い瞳と目線を合わせながら・・・クロエは無言で頷いた。
「じゃあ、かしたげる!」
ミレイユは明るい声を挙げ・・・・クマのぬいぐるみをクロエの体に託した。
「あぁ・・・」
初め、クロエは驚いた様な顔をしたが・・それはすぐに満面の笑みに変わった。
・・そんな2人の子供の様子を・・・・。
優しく・・・金髪の女性は見守っていた。
「ミレイユ・・・」
その声に、ぬいぐるみを持つクロエを見ていたミレイユが振り向く。
「どうしたの?お母さん」
お母さん。・・・微笑ながらミレイユが言ったその言葉に思いがけずクロエは手を止めて、女の人の方を見た。
「・・・・この子とお話がしたいの。少し向こうで遊んでもらっててもいいかしら?」
自分の娘の目を見て、そう言う。
ミレイユは、クロエの方へ振り向く。
紫の髪の女の子はぼんやりと釣りあがった瞳で、自分と母親を見ている。
「この子は、お母さんの大切なお友達の子供なの」
再び・・・こちらを向いたミレイユにさらに女の人はそう、微笑みながら言った。
クロエは・・はっとした様に女の人の、口紅を引いた唇を見た。
「わかった」
ミレイユは、母親の顔を見ながらそう言いベットから降りた。
「ありがとう、ミレイユ。・・・お話が済んだらみんなでお茶を飲みましょう」
言いながら、女の人はクロエの方も見た。
微笑みかけられ、ぬいぐるみを抱いたクロエは少し戸惑った様な素振りを見せた。
「またね」
扉の前まで来たミレイユが振り向いて、クロエに向かって言う。
バタン・・・ッ。
ミレイユが、扉を閉めた。
クロエは・・・再び女の人の方を見上げる・・・。
再びその微笑が目に入り、クロエは慌てて目を逸らした。
「ボルヌや、マレンヌ・・・それにアルテナは元気?」
紫の頭を見下ろしながら・・・女の人は尋ねる。
その声は明るく、落ち着いたものだった。
「・・・・」
クロエは・・・つばを飲み込んだ。
「・・・・・・・クロエ・・・だったわよね」
クロエは・・・顔を上げられなかった。
「あ・・・・貴女は・・・」
意図せず、クロエの声が震えた。
「お・・・オデット・ブーケですか?」
クロエは小さな口から、言葉を必死に押し出した。
「ええ」
クロエは弾みで艶やかな金髪を後ろで結んだ女の人・・・オデットの顔を見上げる。
彼女は、自分の娘に先程したのと同じ笑みを浮かべていた。
「・・・・!」
クロエは・・・自分を見下ろすオデットが、とても大きなものに見えた。
彼女は座りなおして・・・自分に近づいてくる。
自分の真上に、彼女の顔が来たとき・・・・。
・・・・クロエの脳裏に・・・先程、蟻の行列を踏みつけたときの光景が蘇った。
汗が全身から沸き出るのがわかった。
オデットの白い手が自分に近づいた時・・・。
「ひっ・・・」
反射的に、クロエは身を屈めた。
「・・・・?」
その反動で、クマのぬいぐるみが頭から床へ落ちた。
・・・・だが次の瞬間、クロエは頭に暖かい感触を覚えた。
クロエは身を解き、顔を上げる。
「どうしたの・・・?」
優しく・・・まるで気遣う様な視線が、青い、瞬く瞳から注がれていた。
クロエは・・・自分の頭をなでるオデットのその瞳を呆然と見る。
そんなクロエの様子を見て・・・オデットは眉を下げ、少し寂しそうに笑う。
ミレイユは、薄暗い通路の壁に寄りかかっていた。
退屈そうに、つま先を持ち上げ、辺りをきょろきょろと見回していた。
「・・・・」
視線が、先程まで自分が居た部屋の扉に止まる。
ミレイユは独り頷くと、扉に近づいていく。
「あなたが私を殺しに来たの?」
「・・・・!」
自分を見つめるオデットの言葉に・・・クロエは息を飲み込んだ。
そんな彼女を・・・オデットは尚も超然とした笑みを浮かべて見つめた。
「良かった・・・違うのね」
ふっと、息をつくとオデットは先程よりも綺麗な、気品を保ちながらもどこかくだけた笑顔を浮かべた。
「あなたは・・・」
その笑顔を見て・・・驚いた表情を浮かべ、それをやがてどこか沈んだ表情に変えながら・・・。
「どうしてうらぎったの・・・?」
紫の髪の幼い少女・・・クロエは尋ねた。
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