中天に向かって伸びる木々の合間から、青い空の光が振ってきていた。
日はまだかろうじて高い。
やがて、森の先に。
古びた井戸と、崩れ落ちた壁をクロエは認める。
「・・・・」
紫の髪の少女は、そこで立ち止まった。
「なにしてんの?お姉ちゃん」
不満そうな声が、壁の方から聞こえてきた。
白い服を着た黒髪の子供が、壁にあいた穴から上半身をだして彼女を見ていた。
「早くして」
「・・・はい」
すばしっこく壁の向こう側に消えた幼女を追い、彼女も壁にあいた穴を越える。
2人は再び廃墟の中へ消えていった。
十字で区切られた丸い視界の中に、崩れかかった屋敷の外壁が映った。
丸い視界は、窓を一つづつ丹念に映していく。
ふいに、その中に人影がよぎった。
「・・・・・・」
男は視界・・・スコープから目を離し、その人影の正体を凝視する。
「・・・・・」
碧色の外套を着けた奇妙なその人影が上階の窓の中をよぎっていくのを睨むと、その顔に傷がある男はスコープから目を離し、廃墟を肉眼でにらんだ。
「・・・・・」
「どうしたの、お姉ちゃん」
窓から階下の庭を、なにかを警戒する様に見ていたクロエに、黒髪の幼女が尋ねる。
「いえ・・・・」
クロエは幼女の方に向き直り、力なく頷く。
「お姉ちゃんって、変な人だね」
歯茎を見せて幼女は笑みを作る。
「・・・・?」
その快活そうな表情に、クロエはどこか戸惑った様なそぶりを見せた。
「ここで、何してたの?」
彼女には初見のときに、自分に対して持っていた恐怖などすでに微塵もないようだった。
その大きな声が屋敷の壁に響く。
「ここは・・・・コルシカは私にとって特別な場所・・・」
今度は幼女の方が眉をしかめる番だった。
「変なお姉ちゃん」
「・・・・・・」
怪訝な表情を浮かべる幼女に、クロエはまた少し考えるような表情をした。
くすくすと笑いながら、彼女はクロエを見上げた。
「でもお姉ちゃんはいい人だよ、あたしのことたすけてくれたもん」
クロエが見ている前で、幼女は通路の突き当たりにある扉の前に置いてあった木製の踏み台にとび乗った。
「よいしょっ!」
ドアノブに手を伸ばし、木製の重い扉を一苦労して開ける。
ギィィ・・・・・。
耳障りな音と共に、光がその屋敷の奥まった所にある部屋に差し込む。
自分と、隣の幼女の影が部屋の中にまっすぐ伸びる。
「・・・・・あっ」
クロエは、思わず息を飲み込んだ。
「へへ、ここね」
幼女がクロエの前に立ちはだかり、また歯を見せて笑う。
「あたしの秘密の場所なんだ・・・」
幼女の背後に広がっているのは、十分すぎるくらい広い間取りの部屋だった。
埃が積り、薄汚れたカーテンやデスク、そして壁に立てかけられた本棚はずいぶんと年代を感じる代物であった。
だがそれとは正反対に、床に置かれたおもちゃやら雑誌が飛び出した木箱や、デスクの上に置かれた懐中電灯。 壁につけられた色とりどりのサッカー選手や歌手、漫画といった雑多なポスターといった物は至極最近の物らしく、ほとんど埃をかぶっていなかった。
「だけど、お姉ちゃんには特別に・・・だよ」
色合いもサイズも合っていないマットレスと毛布が引かれたベットに、腰をかけながら幼女は明るい声を挙げた
「この部屋・・・・」
クロエは先ほどから部屋を見回しながら、その冷たい表情の中にどこか戸惑った素振りを浮かべていた。
「お茶、飲む?」
だが、彼女のその様子をまったく見ずに幼女は腹ばいになり、ベットの下から木箱を引きずり出した。
「ここ、あたし以外誰も知らないんだよ。ママにも、お兄ちゃんにも教えてないの。お姉ちゃんがはじめて」
木箱の中身・・・ぬいぐるみやボールを乱雑に床に放りながら、幼女は嬉々として、勝手に続けた。
「がんばったんだよぅ、ここまでするの」
今にもベットから転落しそうになりながらも、幼女は木箱の中からステンレス製の水筒を取り出す。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
クロエの表情に、かすかな陰りが見えた事に幼女もようやく気づいた。
そして・・・クロエの白い唇が、微かに震え出す。
――――――あの子は・・・。
柔らかい金髪にピンクのリボンをつけた・・・青い、人懐っこい瞳の女の子・・・。
――――――・・・本を読んでいた・・・。
その子が・・・顔をあげた。
その子の顔の先に、彼女を膝に置く女の人の顔があった。
整った・・・どこか威厳のある美しい、若い女性。
――――――『入っていらっしゃい』
凛としていたが、優しい声と共に・・・。
自分とよく似た女の子を膝に置いた、その女性の顔に、笑みが浮かんだ。 |
「お姉ちゃん・・・」
クロエが幼い少女の声に気づいた時、彼女は大きな本棚の前に立ち尽くし、埃のかぶった本の列の前に立ち尽くしていた。
「あたし・・・・ウザかった?」
彼女の返答を待たず、次がれた声が、くぐもっていることに気づきクロエはそちらを観る。
ベットの上で幼女はステンレスの水筒を抱え、うつむいていた。
「お姉ちゃん忙しいんでしょ・・・?」
クロエはマットレスに座り、黒髪の幼女に並ぶ形になった。
クロエの重みでマットレスが少し沈むのを感じると、幼女はどこか不安そうに水筒を体に握り寄せた。
「はい」
澄んだ声が、はっきりと告げる。
「じゃあ・・・・やっぱり・・・」
幼女は顔を横に向ける・・・その黒い瞳と黒い髪に、クロエは一瞬ひかれた。
「嬉しいですよ」
クロエは、自分が下敷きにしていた薄い漫画雑誌を抜き取り、開いた。
彼女に向き直った幼女は、クロエのその口元に笑みが浮かんでいるのを見る。
「貴方にお呼ばれして、嬉しかった」
雑誌と瞳を閉じながら、クロエは確かめるように呟く。
その言葉を聞いて幼女の黒い瞳が、安堵したように明るくなった。
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