彼女は左右を白い家々に囲まれた、長い坂を下っていた。
一台の黒い車が自分に向かって背後から低速で近づいて来るのに気づいていたが、彼女は振り向かなかった。
やがてその車は、自分と並び・・・停車する。
ガチッ・・・・。
ドアが開き、屈強そうな二人の男が彼女の前後を囲った。
その手際をさして関心無さ気に、彼女の青い瞳が見る。
「・・・・」
彼女の前に立ち塞がった男は、彼女を確認するように見回した。
長い金髪で・・・年の頃はまだ20になるかならないか・・・・。
青い、気品がある、気の強そうな瞳・・・。
「ベルトニエさんが会いたいと言っている。・・乗れ」
その確認を済ますと、男は彼女に命令口調でそう言い、目で車の中に入るよう指示した。
「いいけど」
彼女の薄紅色に塗られたの唇から放たれた言葉は、超然としたものだった。
『しみるかも知れないけど我慢するんだよ』
白い円。
『あっ・・・うっ・・・!』
その底には薄い赤茶色の液体がまだそうとうな量残り、そしてその淵には薄紅色の跡があった。
そっと白い指がその淵をさわり、その跡に向かってなぞる。
「ホラ、泣くんじゃないよ」
幼女の膝の前で屈んでいたマリーは身を起こして、テーブルに消毒液の入ったビンを置くと、目の前で泣く黒い頭を優しくなでた。
その仕草に反応するかのように白いカップの上の白い指は止まり、その主である紫の髪の少女は背後の、黒髪の幼女とその膝の傷に薬を塗っていたマリーの方を向く。
マリーもそれに気づき彼女のほうに向き直る。
「貴女はコルシカの・・・・いえ・・・・」
どこか不安そうに自分を見る老婆の瞳を見ながら、彼女はうつむきがちに、そしてどこかためらった様なそぶりをみせながら呟く。
「・・・ミレイユのお友達なのですか?」
「・・・・・・」
その時部屋の奥から自分にむかって視線が送られているのを、紫の髪の少女は気づいた。
ちらりと彼女は、三白眼をそちらに向ける。
目が合うと視線の主、マリーの亭主である太った男は、彼女にはじめて遭った時と同様に渋い表情で、彼女から顔を逸らした。
「あんた・・・ミレイユ様の友達なのかい・・・!?」
マリーの明るい声が彼女の目の前から聞こえ、彼女はそちらを見る。
目の前の老婆の顔に浮かんでいたのは驚きの表情と、それ以上の満面の笑みだった。
「・・・・・・」
少女は老婆のそんな表情を、どこか呆気に取られたような顔で見ていた。
「・・・・・私は・・・・」
イスから飛び降りた黒髪の子供が、自分を眠そうな瞳で見ているのに彼女は気づいた。
「・・・・・そうなりたいと思っています」
「?」
少女の物憂げな呟きにマリーは首をかしげた。
「・・・・・あの子の事・・・もっと知りたいと思っています・・・」
肩まで伸びた、艶の有る金髪・・・雪のような白い肌。蒼い瞳。 |
「あの子は・・・・『あの子』の・・・私の大切な人のお友達だから・・・・」
彼女に連れ添う、黒く、短い髪の・・・・自分と同じ年頃で・・・物憂げな瞳の少女・・・・。 |
「そうかい!」
少女の声とは正反対の明るい声とともに、マリーの顔に満面の笑顔が浮かんだ。
「つまりお嬢さんは・・・ミレイユ様のお友達のお友達・・・なんだね?」
自分の興奮を押さえるように言いながら、マリーは少女の、篭手をつけた白い手を握った。
「トモダチ・・・・」
マリーの方に近づこうとしていた男は、イスに座った黒髪の子供が何事か呟くのを聞いて、立ち止まった。
イスの上の黒髪の子供は、地面に届かずぶらつかせていた足を自分に寄せた。
カーゼを付けた膝を顔によせると彼女は、どこか怒った様な表情を見せた。
「名前を教えてもらっていいかい?」
「クロエ・・・・」
その表情の先に紅茶を注ぎながら嬉しそうに笑う老婆と、それを受けて自分と出会った時から保っていた冷たい表情を少し崩し、小さく笑みを浮かべた紫髪の少女の姿があった。
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