びゅうううううう 「これはどういうつもりだ?」 その声に、夜空の下でスキンスーツの男達と話していたマイクは振り返った。 そこには、パイプと手を手錠で繋がれた老紳士の姿があった。 「あの爺さんがあそこまで強いとは予想以上だった」 冷淡にマイクは言う。 「解っているのか・・ソルダは何処へ逃げても必ず貴様らを突き止めるぞ」 くっ。 言いながら紳士は先程の襲撃で撃ち抜かれた足に熱さを伴ったを痛みを感じ、微かに苦痛の呟きを漏らす。 ふっ。 「ソルダだけがこの地球の看板スターってワケじゃない」 見下ろしながら、馬鹿にしたような笑みを口元に浮かべてマイクは言った。 「貴様ら・・・はじめからそのつもりでソルダに・・・・」 紳士がマイク睨む。 「みすみす身柄をさらわれるとは甘かったですな・・・ブレ・・」 言いかけて胸元の無線が揺れたのに気づき、マイクはそれをとった。 「・・・・私だ」 無線に耳を当てたマイクの眉がひそめられていくのを、紳士は見ていた。 「・・・・ノワール?」
チン! 銃弾が外套をすり抜け、階段の手すりに当たった。 ガスマスクのスコープに細いナイフが刺さり、銃を持った眼前の黒いスキンスーツは倒れた。 尚をも止まらずクロエは非常階段の上を目指し前進する。 チャっ!チャっ! 倒れた分に代わり向けられた銃口達が自分に照準をあわせるより早く、クロエは次の投撃に移る。 ドズ・・・。 眉間に胸部・・・急所にナイフが突き刺さり、スキンスーツ達はその場に倒れこんだ。 彼らに目もくれず、クロエは踊り場を通り抜けようとした。 ズッ まさにクロエがそうしようと、彼らに背を向けたとき・・・突如その中の一人が立ち上がり、その背に銃口を向けた。 が。 その銃口の引き金が引かれるより先に、外套が翻った。 視界を塞がれ、銃の主は思わず目を閉じる。 次の瞬間、銃の主は防弾チョッキのつなぎ目をつかまれ欄干に叩きつけられた。 「・・・・・っう」 黒いその首に大ぶりなナイフが当てられ、そのまま引き抜かれる。 そのままスキンスーツは飛沫を上げながら階下へと落下していった。 ・・・・それを見届けると、クロエは踵を返して階段を上へとのぼっていった。 カン・・カン・・・。 カンッ・・・・・。 ギィィィッ・・・。 彼女が離れるのを確認したかの様なタイミングで、踊り場の階段が開いた。 「イカンよ・・・・」 足元に転がる亡骸を見ながら玉蔵はぼやいた。 「子供がこんな無茶しちゃあ・・・」 ため息が交じりに言い、表情に暗い陰が落ちた。
ひゅうぅぅぅぅぅぅ 風が吹きつけ、彼女の紫色の髪を揺らした。 「良く来た」 オレンジ色の照明を背に受けながら、3人のスキンスーツの男に囲まれたマイクが悪びれもせず言った。 「私もキースも、子供とタカをくくらずノワールに警戒すべきだったな・・・」 言いながら手にしたショットガンを彼女から横に座った紳士の頭部に向ける。 マイクの表情にふいに笑みが浮かんだ。 それを油断無く伺いながら、クロエは両手にナイフを構えた。 が、マイクの次の言葉は意外なものだった。 「どうだ?我々の元にこないか?」 クロエの眉が微かに動いた。 「お前の暗殺者としての性能は素晴らしい。斜陽の時を迎えたソルダにはそれが解らない」 自分が銃口を向けた紳士の方を見ながら、マイクは続ける。 一歩、クロエは歩みを進めた。 「アルテナにとってもそれが良いはずだ」 ・・・クロエの歩が止まった。 「『彼等』はソルダの根の張ったこの世界に革新をもたらす・・・」 表情には出ていないが・・・クロエにはあきらかに戸惑いの気配が伺えた。 「来いっ!」 「うっ・・・・・」 マイクの叱咤にも似た呼びかけに初めて、クロエは口元を歪ませた。 マイクは薄ら笑いを浮かべたまま、彼女を見ていた。 しばらくの間があった。 酷く長く感じる間が。 「・・・・・・・・っ」 クロエの瞳が元の冷たい瞳に戻った。 同時に、夜風を切ってクロエが疾走する。 「そうか、よかったよ・・・」 眼前のスキンスーツ達がナイフというよりナタに近い大ぶりの刃物を取り出し、クロエのほうへ飛び出す。 「これで『彼等』も子守りをしなくてすみそうだ」 安堵したように目を閉じると、マイクは嘲笑を浮かべてそう言った。 キンッ! 左から来たナタの斬撃を、細いナイフが受け流し、体を入れ替える。 そのすぐに右からもう一人のスキンスーツが身体をひねって攻撃に転じた。 回転を伴った攻撃をクロエは両のナイフを十字にして受けた。 火花と供に思わぬ衝撃が細い身体を突きぬけ、クロエは歯を食いしばった。 (もう一人・・・!) クロエは目の前のスキンスーツのナタを受け止める形になりながらはるか後方を、見た。 高所にあって一際大きく見える月。 その月を背に、黒い影が自分に向かって迫って来た。 そのとき、突如眼前のスキンスーツが身体を引き、クロエは自らの力に逆らわず前につんのめった。 すぐさま上方を睨みつける。 飛び上がった黒い影が、ナタを振りかぶり彼女のすぐ上にいた。 ブンッ。 ナタが風を切る。 クロエが前のめりの姿勢で、下からナイフを突き上げる。 リーチの長いナタの方が一足早くクロエの頭部を捕らえる・・・。 ドッ! が、後ろから受けた鈍い衝撃に、ナタはスキンスーツの手を落ち床へと転がった。 「ぐあっ・・・!」 そのまま崩れ落ちた腹部にナイフが突き刺ささる。 すぐにその身体をどけながら、クロエは前方を向く。 「・・・よぅ」 月の明かりが老人のサングラスに反射した。 「・・・何をしに来たのですか?」 「ちょっとな・・」 クロエの瞳に射抜かれ、サングラスを外しながら玉蔵はバツが悪そうに笑った。 「チッ」 彼らを見ると、マイクは口元を苦そうに歪ませショットガンを紳士から玉蔵に向ける。 ガコン! 引き金が引かれる直前に玉蔵は、横の換気用のフィンの陰に飛びこみ、弾丸はフィンに当たり小さな火花を上げた。 「―――!」 クロエの深緑の外套が翻り、2つの空を切る音が続いた。 紫の髪を数本切り裂き、スキンスーツ達は半歩後退する。 クロエは、屈んだ姿勢から立ち上がると右側のスキンスーツを見定めた。 カン! カン! そちらへ前進しながら2発、刀身の異なるナイフで斬りつける。 いずれもスキンスーツはナタで受け止めた。 再びクロエの体が回転した。 足が外套の中から飛び出し、スキンスーツの胸部を蹴り飛ばす。 ズ! 「っ・・・・!!」 思わず屈みこんだその喉に、細身のナイフが突き刺さった。 その最期を見ずに、クロエは反対を向いた。 火花が金属音とともに散る。 振り下ろされたナタの根元を、手に残っていた大ぶりなナイフが受け止める。 ギチッ・・・ギチッ・・! 2つの刃物がお互いに力をぶつけ合い、固い悲鳴を上げていた。 それを支えながらも、震える2対の腕が同時に引き。 ―――――スキンスーツは左へ、クロエは右へ。 回旋しながら、互いを狙う――――。 クロエの吊りあがった瞳に黒い横顔が写る。 空を切る音がすぐそばに聞こえた・・・・。 ザクッ 黒いガスマスクで覆われた即頭部にナイフは突き刺さった。 悲鳴をあげることも無く床へ黒い四肢が崩れ落ち、頭部から黒い血を吐き出す。 「・・・・・・!」 ・・・・目を細め、マイクは照準を深緑の外套に合わせようとする。 「・・・ぬあっ!?」 突如横から高速で襲い掛かる足に脇を蹴られ、彼は大きく横へ傾いた。 硬い音をたて、拘束された紳士の足元にショットガンが落下した。 マイクは脇をかばったまま振り返り、後ろに立つ男に気づいた。 月明かりに照らされた黄色い歯が、彼を嘲笑していた。 「くっ・・・」 冷や汗を垂らしながらマイクは彼らから離れようとし・・・止まった。 冷たい、初めて見たときと同じ、蛇のような瞳をした外套の少女。 彼女がマイクの前に立ち塞がっていた。 「あ・・・・ぁ・・・」 彼女が一歩ずつ迫ってくるのを見ると、マイクは腰を抜かし表情を蒼白させる。 「・・・・・・・・」 彼にむかい、クロエは外套の中から取り出した新たなナイフを構えた。 「・・・やれ・・・」 前方から聞こえた息を切らせた紳士の声に、クロエの手が突如止まった。ひっ。と悲鳴をあげてマイクは背をむけて、彼女から逃げようと地を這う。 「・・・・?」 「・・・アルテナの為だ」 いぶかしげな表情の紳士の横にしゃがみこんだ玉蔵が、唸るように言う。 クロエの手がはっとしたように、再び動き出す。 次の瞬間まったく何の守りも無くなったオールバックの男の首に、ナイフが突き刺さった。 うぁぁぁ・・・・・。 「・・・・・・・・・・チッ」 クロエ達から顔をそむけ、舌打ちを横の紳士に聞こえるくらいの舌打ちをした。 「これがお前の答えなのか・・・・・・?アルテナ」 オレンジ色の照明を反射した三白眼が、うつぶせに横たわるオールバックの男を見ていた。 首筋に深々と、刀身の細いナイフを突き立てられた彼はすでに動かない。 「はぁ・・・」 クロエは静かに息をつきながら・・・その視線を上空へと移した。 月の淡い光を瞳が纏う。 ―――――――――→acte:05 |