すでにあたりは闇が近い。
目尻の下がった玉蔵の声の無い笑い顔が、催促するように、国木田を見ていた。
「わかりました・・・金太さんのお話をしましょう・・・」
 老人の開いた口の中からつばにぬれた黄色い歯と、赤い舌が覗いていた。

「…あなたのお孫さん…金太さんは、ちょうど昨日の昼」
ゴトッ…。
 国木田の手が、懐から黒い、携帯用端末を取り出す。
玉蔵が目を細めて、覗き込む画面には、緑がかった粗い画像が表示されていた。
――― ―00:32:21.00
 画面の隅のタイマーがすばやく刻まれていた。
「警視庁の非公然の機動部隊、公安機動隊の特機1班との戦闘行為に及びました」

 玉蔵の目に、荒い画像の真ん中で顔を引きつらせて、へたり込んだ男の姿がうつった。
「誰…?」
その部分を指差して玉蔵が、国木田に尋ねる。
「お孫さんです」

「そ…そうなんだな!?」
 ぎゅぅぅぅ・・・
怪物の重量が思い出したように電線にかかり、下方へ引っ張られる。
「お、お前が…オレの体に取り付いて…俺をこんな姿にして」
ピンっ!
「人を襲わせたんだな!?」
→怪物が再び宙へと、黒い手足をかいて、飛び出す。

「おかしいな、わしの孫…金太は半年前死んだはずじゃが…」
 国木田の指が、黒い装甲を装着した特機班員たちが動き出したところで、一時停止ボタンを押す。
「たしかに色々・・・おかしな事故じゃったが…まさか」
 玉蔵の眼球が、国木田のほうへかすかに動く。
「えぇ…あれは隠蔽です、それも大掛かりな…ね」

『何いってるんですか?』
 怪物が、眼下の家々の屋根を飛び越えていく。
再び、女の声が聞こえた。
「映画かなんかでみたことあるぞ、人間の身体を乗っ取るモンスター…」
 金太の動揺した声が飛ぶ。
黒い鉄の足が、再び電線にかかる。
『…映画の話なんて聞いていませんけど』
(…記憶が…欠けている)
 そして、再び電線から離れた。
「う、うるへぇ!どっちしろおまえ・・・宇宙人かなんだろう!?オレを使って・・・」
(やっぱりあの時の…やっぱり…)
 空の、オレンジの空を制した夜の闇が広がる方へと黒い四肢が跳んでいく。
―――ゴォォォォォ!!
(金太・・・・貴方はそれが限界なの…?)
「………!!」
 金太の怒鳴り声が、夜へと、着々と向かう中天に、消えていく。
(それとも・・・まだ・・・・)

『あまりにも大掛かりだった…そしてそれは、あまりにも急すぎた』

 すっかり陽が落ち、微弱な街灯が照らす道を、つぐみは歩いていた。
「ビルの倒壊事故だとかなんとかで、道が混んでたせいですっかり遅くなっちまったな・・・」
 彼女はやや疲れた口ぶりで、足元にいるはずの相棒に話し掛ける。
「テツ?」
 相棒の反応が無い事に気づき、彼女は自分の足元をかえりみる。
そこには、街灯のかすかな光を浴びながら、小さな手足を持ったバレーボール大の黄色いロボットが立っていた。
「どうした?」
 そのペットロボット、テツはなおをも彼女の声に反応せずに、じっとその場に立っていた。

『隠蔽というものは、本来、可能な限り密やかに行うべきものですが、』
 テツの黒い、大きな瞳が、点滅する街灯のさらに上、空をにらんでいた。

『彼らにとってその時、そして今回の金太君の行動は、いずれもよほど寝耳に水であったのでしょう』           
 すでに、紫から黒に変色し始めた空に、まばらに浮かぶ星が、テツの瞳に移り込んだ。

『この国の警察や、政治家を首尾よくまるめこむにはあまりにも時間が足らなかった・・・』
 その星空の合間をぬって…。

『彼ら?』
 夜空と同化するように飛ぶ、黒い・・・
そこで急にテツの視界が反転した。
「テツ、どーしちまったんだよ?具合でも悪いのか?」
懐に、テツを抱いたつぐみが声をかける。
「いくぞ」
→☆

「独立し、主権を持った国家ですら、素通りすることを許されない確かな、『力』・・・」
 国木田が顔をあげる、持ち上がってきた両眼が、玉蔵をにらむ。
「その様な存在が今なお、無数にこの世界にあり、世界の裏舞台を闊歩していること・・・職業的な暗殺者である貴方ならば、容易に理解できるかと存じます」
 彼の横で玉蔵が、それまで曲げていた背筋を伸ばして、ひとつのびをした。
「ある意味では貴方の様な人間もそうだ・・・しかし」
「それって・・・・・・あの・・・ローゼンなんとか・・・?」
玉蔵の口が横から、記憶にあった組織の名前を吐き出す。
「ローゼンクロイツ。4年前の事件のあれも動いています」
 どこか、いまいましげに国木田の表情が曇る。
「あれも……?」
 玉蔵が、目を見開いたまま、尋ね返した。
玉蔵が目を少し大きく広げ、国木田に眼で応える。
「そう・・・ローゼンクロイツだけではない・・・いまや、世界中の『力』が、金太さんを巡って動いている・・・・」
 国木田の吐き出すような告白に、玉蔵は見開いた目を今度はぱちくりとさせた。
『金太さんの死をでっち上げたのは、その『力』の中の一つです・・・・しかし・・・」
「待ってくれ、ちょっと待ってくれ」
 玉蔵が掌を国木田の前に突き出す。
「金太はワシとは違う、本当に・・・・・・普通の子じゃ…!なぜ、いったいどういう因果が・・・・・そんなものとあの子を関わらせたのじゃ?」
 目の前の掌の先にあった玉蔵の顔は、先ほどまでと違って、その色を悪くし、汗を薄く浮かべていた。
それまで超然としていた玉蔵の顔に、その時はじめて困惑が浮かんだように国木田は思えた。
 国木田は、その表情を見届けると、再び端末を老人の前に出し、再生ボタンをおした。

 緑のフィルターの掛けられた画面の中央の柱によりかかった男、いや少年は。
あきらかな動揺の色を浮かべていた。
 拡大されたその顔が、口を開けた動揺の表情から、蒼白した恐怖、そして怯えきった絶望の表情を作っていった。
「ぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・」
 その次の瞬間ノイズが画面に流れた。
ノイズが止むと、画面には先ほどの少年の前に一人だけ、頭部防護用のヘッドギアを被っていない男が立っていた。

 その男の右手には、黒い、銃器らしき物が見受けられた
 男。まだ若い男が、その場所をどき、代わりに2人の黒い装甲を纏った兵士がその場所に入ろうとした。
その兵士たちの間から、先ほどまで柱を背に座り込んでいた少年が、兵士に背を向けて、倒れているのが伺えた。
 彼の前方に、彼を阻むように立つ柱に、水風船をぶつけたあとのような形の、黒い大きな跡がついていた。
壁に腹からもたれかったコートを着た少年の体が、ずるりと壁に沿って落ちる。
 黒い跡がその動きにあわせて、柱へ黒い筋がついていった。
少年は、地面、黒い水溜りの出来た地面へ顔から倒れこむ。
 2組の兵士が彼の身体に近づいていった。
目の前の兵士が腰を曲げ、彼の身体に触れた時…。
 また、画面にノイズが走った。

 ノイズは先ほどよりも長く続いた。
そして、徐々にノイズが取り除かれていく。

「・・・!!」「!!」『――――!!?』
  再び現れた緑の画面には、ところどころ穴のあいた天井が写っていた。
あたりから、よく聞き取れないが、怒鳴っているとおぼしき声々が聞こえていた。
 画面が、すばやく移動する。
天井から、廃屋の奥に。
そこには複数のマネキンがあった。
そして、そのマネキンの中に…。