ピンポーン!
『すいませーん』
 インターフォンごしに女性のものらしき声が聞こえた。
備え付けられたカメラを覗き込むと、レンズのせいで丸く歪んで見える少女の顔があった。
『あの・・・ススキガハラ学園の・・・』
「はい、今行きますね」
 里美はそう答えて、インターフォンをおいた。
ほどなくして、つぐみの前にある、玄関の扉がひらかれた。
彼女は扉までよっていくと、深々と頭を下げた。
――――!!
「ここは・・・・・」
 その彼女たちの頭上・・・電柱の頂に、黒い足が器用にまたがっていた。
「オレのうち・・・」
 ゴォォォォ・・・。
眼下の住宅を見下ろしながら黒い鬼面が、呆然とつぶやく。
『ナニコレ・・・?』

―――ドキュン!ドキュン!!!!!
 玉蔵の目には、緑の画面の中で激しい銃撃に合い、火花と液体らしきものを飛び散らす黒い人型の姿がうつっていた。
「・・・?、?、?」
見開かれた、老人目の中にうつるモニターの中で、銃撃にすら倒れず、立たったままの黒い怪物が手を広げていた。
 カラン・・・。
―05:00
 黒い人型が、画面から消えた。
『・・・・』
 次の瞬間兵士のものらしき、小さな悲鳴が聞こえた。
玉蔵は息を止めて、画面を凝視していた。
―05:12
 別の兵士が、画面にあらわれ、悲鳴の聞こえた方へ向かってサブマシンガンを構える。
その時ほんの小さな・・・画面を漠然とみていたのならば見逃がしたであろう、それくらい小さな光が画面を横切った。
『・・・!?』 
 次の瞬間、兵士は肩を落とし、次に膝を曲げ、手にしていたサブマシンガンを地面に落とした。
―05:21

「金太は・・・孫は」
 玉蔵が端末から顔を上げ、国木田にしぼりだすような声を掛ける。
「一体・・・・」
国木田は、老人をいさめるように、無言でゆっくりうなずく。
『おそらく・・・この黒い怪物が、『力』達を翻弄している物と金太さんを結んでいる・・・』
 激しくぶれだしたモニターのなかで、『怪物』と称された人型が振り向く・・・。

ピシャ!
 黒い足が、水溜りに落ち、みずしぶきと波紋を作った。
「なんで・・・」
その、赤眼のむこうに戸口でなにやら話し込んでいる2人の女性の姿を、黒い人型は見止める。
(つぐみがなんでオレの家に・・・・・・)
「・・・・・・あ」
 黒い体が、金太の意思と無関係にあさっての方向をむいた。
「なんで・・・」
 庭先のタイルのくぼみに出来た、水溜りの中に黒い顔と、赤い目が映っていた。
「オレを家に帰してくれたんだ・・・?」
 黒い手が、網戸に手をかけた。
ガラガラ・・・!
そのまま、戸が引き空けられた。
「えっ・・・」
 あけっぱなしになった戸の先に、フローリングの床を備えたリビングルームがあった。
『『力』を翻弄する・・・?』
 足の低い卓や、黒いソファー、壁に沿って置かれた家具が彼の前に入った。
黒い、濡れた足が、敷居をまたぐ。

『・・・それが組織なのか、個人であるのかすらはっきりとしていません・・・』
 怪物の首が、左右を見回した。

『私が現役を退いた後に起きた、4年前のあの事件・・・プリムムモビ―レと呼ばれる城(オーバーテクノロジー)の降下、そしてその城の主による、5人の少女との引き換えを唯一の停止条件とした、全文明へのオーバーテクノロジ―による攻撃』
「あっ・・・・」
 怪物の顔が、部屋の隅に置かれた、黒い仏壇の方に向き直る。

『今世紀を彩る凶事の一つとして、一般にプリムムモビーレ事件。我々の様な人間の間では『E事件』とよばれている,あの事件です』
「・・・・」
 金太の体が、仏壇と向き合う黒い怪物の中で、ひとつ、たしかに震えた。

 線香の煙がうすくただよう黒い、小さな仏壇。大きな夏みかんに囲まれて、その台座の中央に一枚の額に入った写真が飾られていた。

『その事件の背後には、ローゼンクロイツという組織が在りました』

 写真の中で、一人の少年が笑っていた。
小さな愛嬌のある瞳、どこかぼんやりとした顔立ち。

『曰く、300年の歴史を持つ人類の影の支配者であるとか、オカルトめいた秘術で、現行科学をこす技術を有していただとか・・・。『事実は小説より奇なり』と散々騒がれ、やがて忘れ去られた組織です』

「お・・・」
 怪物の黒い手が、仏壇の上へ差し出された。
その手が、遺影の真下に、りんを重しにしておかれた半透明のチャック式のファイルを見つける。

『私はその少し前に、単身この国を離れていました・・・奴ら(ローゼンクロイツ)を調べるために・・・』
 怪物の異形の手が、意外や器用にそのファイルの封を開ける。

「ですが・・・連中について調査を続けていくにつれ、次々と繋がっていった…」
 深く息を吐き出すと、国木田の表情は前より一層強張った。
「あらゆる『力』を超える『力』・・・自称、世界の支配者達ですら一目置く存在に・・・・」
一方、玉蔵の表情は、にわかに曇りだしていた。

『その『力』の全容は、今なお解明できません。それほど巨大な組織・・・いや、組織や集団であることすら、未だはっきりとしない…それほど大きく・・・もっと深い、闇です』
『金太』
自分の名前がそのファイルの中に入った紙類の先頭に張られたシールに母のものらしき字で書かれていた。

「法の外に居る者たちの、更に外に居る者か・・・」
 老人の静かな声が、国木田に向かった。
「・・・・はい」
国木田は、目を閉じてその声にうなずいた。

スルッ・・・。
 怪物の手の中に、2枚の小さな紙が落ちた。
『川崎I.Cで少年焼死』
『家出少年、焼死?』
「なっ…なんだよ、これ…」
 怪物の眼球が、機械的に上部に動く。
その先に、金太の遺影があった。
「・・・オレの、事なのか…?」
―オレが・・・・・・死んだ?
「オレが・・・?」
『信じられるとおもうのかい・・・それ』


・・・・確かに・・・・・・・。
「この世の中には、一枚皮をひん剥きゃぁ…狂った事がまかり通るような世界があるってことは、百も千も承知じゃ」
パン!
と玉蔵が自分の頬を平手で叩いた。
「ワシも随分と、素敵な・・・」
 玉蔵は、頬を叩いた自分の掌を、自分の目の前に持ってきた。
平均サイズより、随分大きな蚊がその中で潰れていた。
 しばらくの間、その蚊の死骸を見ていた玉蔵は、国木田が自分の様子を覗きこんでいるのに気づいた。
「いや・・・狂ったものをこの目で見てきたよ・・・」
ピッ。
 老人の指が、潰れた蚊の死骸を弾いた。
「じゃが・・・あんた程の立場の人間を持ってして、何も解らないとなると・・・・・」
老人が眉をひそめ、少し戸惑った表情を浮かべた。
「にわかに信じられんぜ、ソレ」
「いえ・・・」
ピクッ。
「確かにそれは存在しています」
 国木田の唇が、強くはっきりと言葉を押し出した。
「・・・・・・・・・」

「・・・ソレが、結果として金太の存在うばったのか・・・何故?」
 2人の男の頭上の電灯がたよりなくゆらぐ、蛾が数匹、それに向かって、ゆらゆらとたかってきていた。
「・・・・・彼らの規模、その行動理由が、明確につかめないの理由はそこに在ります」

どくん・・。
『リリリリ・・・』
 鳴きはじめた虫の音が、わずかな間に薄暗く変化した居間に入ってきた。
薄い夕闇の中で、怪物の赤い眼光が、こうこうと灯っていた。
どくん…。
「あんたの・・・」
びくっ
「あんたの仕業かよッッ!」
 怪物の拳が、硬く握りしめられた。
『・・・・』
「なんで、こんな事っ・・・!」
 そこまで言い切ると、黒い腕が、頼りなく垂れ下がった。
「どうして・・・オレが死ななきゃならねェんだよ・・・」
リリリ・・・・。
 何処からか、虫の音にまざって、豆腐屋の笛の音が聞こえてきた。
薄暗い部屋の一室で、黒い体躯が、黒い仏壇の前で立ち尽くしていた。
「なんで!」
『理由・・・?』

「それが解らないのです」
 国木田は率直に答えた。
「ソレのことを調べようとすれば、必ずどこからか妨害が入る・・・そこまでの強大な影響力を有していながら・・・」
電灯にたかる蛾が、先ほどよりその数を、増やしていた。
「ソレの行動は、『力』たちの混乱から察するに・・・まるで気まぐれとも言えます・・・目的が見えないのです」

『そんなの・・・あって・・何になるって言うんですか?』
「・・・・・」
 怪物の黒い顎が微かに震えた。

 国木田の目が、瞬きをした。
「まるで・・・その影響力に見合う目的と言う物が、ソレの数少ない痕跡からは伺えない・・・」
「い・・・・っ」
 怪物の赤い、機械眼がかすかに歪んだかに見えた。
その後ろ足が、仏壇から後ずさる。
「嫌だ・・・ッ、そんなの・・」
ガタッ。
「!」
 背後から聞こえた物音に、黒い肉体がほぼ反射的に旋回する。
小柄なポニーテール。
そこには、女性・・まだ随分と若い少女が立っていた。
「ち・・・・こ・・・?」
 怪物の黒い、異形の腕が少女にむかってのびていった。
先ほど、玄関先に立っていた女性と、良く似た目が大きく見開かれ、そこにその黒い手が迫る様が写っていた
「きっ・・・」
 少女が、目を閉じ身をかがめた。
「母さんを、よんできてく・・・・・」
「キャぁぁぁぁぁ―――!」
 怪物の手が、びくりと宙で停止した。
眼前の少女は、黒い装甲を跳ね除けようと手を振るいながら、背後へと逃げていく。
「知子・・・ちがうんだ・・・オレだ!」
 怪物の、恐竜のような口が開き、鉄の牙が、廊下の先でいまにも倒れそうになりながら必死に自分から遠ざかろうとしている少女に向いた。
「お母さんっ!・・・助けて!!」
 蒼白した表情で、少女が玄関に向かって叫ぶ。
ガチャ!
 廊下の先から、ドアが開けられる音が聞こえた。
ドタ、ドタ。
「どうしたの!!?」
 足音と、女性の切迫した声が、廊下に響いた。
その物音を聞き怪物の口が、閉まる。
ギチッ・・・・。
 言葉をかみ殺すように、牙が口の中で強く合わさった。

 廊下を走ってきていた、知子の前で二組の足が止まった。
「どうしたの?」
女性が廊下に座り込んでいた娘の顔を覗き込みながら聞いた。
「ばけもの・・・・」
 持ち上げられた知子の目には涙がかすかに浮かんでいた。
「「・・・・・・」」
「・・・えーっと・・・なんだかわからないけど、警察に連絡した方が・・」
彼女たちの横に立って、その様子を見ていたつぐみは、そう言うと電話をさがそうと廊下の奥の方へ振り向いた。
「!」
 その時、不意に・・・奥の部屋に入っていく黒い人影が彼女の目に入った。
「まてっ!」
床を蹴ってつぐみが駆け出す
「東十条さん?」
 里美が知子の背中をさすりながら声をかける。

 黒い足が、素早くゆれた。
がっ!!
その、黒い足と接触した小さな卓が天井へ蹴り飛ばされた
ガシャーン!!
宙で半回転した、卓から落ちたガラス製の灰皿が、床にフローリングのへ散らばる。
「あ゛・・・」
バサッ!
 金太の・・・怪物の視界に、無数の紙切れが落ちてきた。
それは、良く見れば写真であった。
―――母に抱かれた赤子の、
―――友人に囲まれた幼い男の子の、
―――真新しい制服に身を包んだ少年の・・・写真。
 みずからの写真が床へ舞い落ちていくなかを、怪物の目から漏れる赤い曳光が、尾を引いてすり抜けていった。
「あ・・・」
「待てッ・・・わっ!」
 ガシッシァン!!!
走りながら、部屋へと飛びこんだつぐみの前に卓が盛大な音を立てて落ちてきた。
つぐみはあ然として様子で、さかさまになった卓の足をみていた。
「グゥ!」
 胸元に抱いていたテツの声に、つぐみは眼前に向き直った。
あけっぱなしの戸口の先、家の庭先にひとつの大きな影があった。
「げ・・・」
 その頭部が、つぐみのほうへ、赤い光の軌跡を残しながら振り向く。
「あ゛っ・・・」
赤い目をもった怪物の、黒い口がゆっくり開いていく様を、つぐみは、息を呑んで目視していた。
「あ゛――――――――――!!!!!!」
 夜の空に向かい、怪物の咆哮が響いた。
「うわっ・・・!」
びりっ
 その声に、つぐみは思わず後方へのけぞった。
その様子を一瞥し・・・怪物は再び赤い残光を残し、前を向く。
 つぐみの見開かれた目の中で、怪物がその黒い身体を屈め始めた。
――ば っ!
 水溜りの水を細かくはね上げ、怪物は宙へ跳ぶ。
「・・・飛んだ・・・」
 庭まで靴下のまま出ると、つぐみは空中を見た。
黒い影は、もうすでに隣接した住宅の屋根へと飛び移っていた。
「・・・・・」
――金太・・・・。
 つぐみは振り向く。
薄暗い部屋の中、逆さまになった卓の前で床に散らばった写真を前にして力なくこちらを見て、立ち尽くしている女性の姿があった。
「・・・金太・・・・・」
 彼女の足元に落ちている写真のなかで少年は笑っていた。


ゴォォォォ・・・

 その鬼面の中の、瞳から漏れた赤い光が、夜の闇のなかで尾を引いていく。
「何を・・・」
足場のビルを飛び越えた足元には、ネオンに彩られ、激しく輝く街並みがあった。
「何をしたいんだよっ!」
『戦いですよ』
車のヘッドライトが、河のように連なっていた。
「戦うって・・・誰と」
『敵と』
ゴォォォォ。
 ビルの谷間に吹いた突風に乗り、怪物の体が上昇していく。
「なんで!」
『・・・私たちには理由なんてありません』
風にのった黒い体が、ビルの屋上を越していく。
『戦い、勝てば強くなるでしょう・・・?それだけのことです』
 黒い体が、月を背にする。
その眼下の街が、小さく、作り物のように見えた。
『あなたは憶えてないのでしょうが・・・』
ゴォォォォォォ・・・・・。
『これは貴方の望んだ事なのですよ』
 赤い残光が月明かりに照らされ、輪郭に白みを帯びる。
「・・・・!?」
ゴォォォォォォォ・・・・・
 怪物の体がゆっくり、足から落ちていく。
『それに・・・』
 赤い光が、目から流れていく。
それは、怪物の体の動きに従い上へ伸びていく。
『あなたは死んだ・・・・』
 黒い足が、ビルの谷間に少しずつ・・・少しずつ近づいていった。
『・・・・あなたには、もう帰るべき家さえも無いのですよ・・・?』
 ゴォォォォォ・・・・・・・・・。
黒い、鉄の肉体を持った怪物は、再び街へ落下していった。

・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・。

 夜の闇の中、赤いランプがくるくると回っていた。
「すいません・・・・ちょっと事件に巻き込まれちゃって・・・・ハイ・・・」
パトカーの横で、つぐみは携帯電話を耳に当てていた。
「いえ、歌の収録には、はい。 ごめんなさい」
「ちょいと・・・」
 ふいにつぐみは、声をかけられた。
「何の騒ぎかね」
 振り向いた先にいた人物を見て、つぐみは少し驚いた。
灰色の和服に、小柄といっていい背丈。そして、小さな瞳の愛嬌のある顔・・・。
「?」
 自分の様子を見る少女に、老人はいぶかしげな顔をした。
「いえ・・・」
『殺人?』
『まさかァ・・・・』
(この人が金太のじーちゃんか・・・)
 パトカーが止まっているのをみて、近所の人々があつまりだしていた。
『空き巣らしいよ』
『また災難ね・・・桃さんのとこ』
ざわ・・ざわ・・・

「ん。」
 その時玄関から出てきた太った警官が、つぐみたちの方を見ていた。
「西と・・・奥村じゃぁねぇか」

「おー・・・」
 声がしたことでつぐみと玉蔵は、背後に2人の警官がいることに気づいた。
若い警官と、その警官よりは年上と思われるつり目の警官。
「わしの家でなんかあったのかい?」
 つり目のほうに玉蔵がたずねる。
「ん―――。そーいうことはあっちのに聞いてくれや」
パトカーのランプの向こうにいる警官を指差して西が言う。
「ここ、桃 金太さんの家だよね?」
 奥村が、つぐみに声を掛ける。
「そーですけど・・・」
 戸惑った様な表情を浮かべ、つぐみが答える。
「なんじゃね、あんた警官じゃないのかい」
「ちげーよじーさん、俺らは落し物届けにきてやったんだ、金太って坊主がこの家にいるだろ?」
 西が、ポケットの中を探る。
「ホレ、財布」
黒い長方形の物体が西の手に握られていた。
「先輩・・・俺らは」
奥村が、自分の方を向き眉をひそめてるのを見て、西は露骨の不機嫌そうに彼を一瞥して返した。
「わぁってるよ、でもよ、これじゃ先こされてんじゃねぇか」
 西が横のパトカ―にもたれかかる。
「逮捕どこじゃねぇな・・・これは」
 目の前の住宅を仰ぎみながら、そうつぶやく。
「逮捕?」
「いやぁ・・・」
 奥村が、不信がるつぐみに手を遠慮するように振る。
その手の中の指に包帯が巻かれてることにつぐみは気づいた。
「あっ、そういえば君・・・」
「義父さん・・・どうしたの?」
太った警官に連れられて外に出てきた里美が、玉蔵に話し掛けた。
「ワシのセリフじゃよ・・・ホレ」
 玉蔵が何かをほうりなげたのを見て、里美はあわてて手を広げて、それを受け止めた。
「あっ!じじぃ!!」
 西が、乱暴に玉蔵の肩をつかんだ。
「なっ、なにすんじゃ!」
「警官から物盗るとはいい度胸してんじゃんかよ!このっ」
 赤い光に晒されながら里美は、手の中にあるものが財布だと気づいた。
「やめないか、西」
里美の横の太った警官が、老人ともみ合う西を止めようとしていた。
「あの・・・・」
 もみ合う3人を横目に奥村がバンパー越しに里美に声を掛けた。
「金太さんは・・・ご在宅でらっしゃいますか?」

「「「はっ?」」」
 里美とつぐみ、それに西を老人からひっぺがした警官・・・3人が同時にすっとんきょうな声をあげた。
「・・・・・・・」
奥村と西の2人はその様子に驚き、しばらく戸惑っていた。
「おいおい・・・・」
太った警官が汗をハンカチで拭きながら止まった空気を破った。
「ここの息子さんは・・・・」
 言いかけて、警官は里美の方を横目でちらりと見た。
「・・・・・・半年ほど前に亡くなっていらっしゃるんだよ・・・不慮の事故で」
 吐き出すように、警官は言う。
「「えっ!!?」」
「嘘・・・」
奥村が、呆然とした表情でつぶやいた。
「おいおい・・・嘘をついてナンになるって言うんだよ・・・?エエ?」
 パトカーの横での会話を聞き流しながら、玉蔵は後ろに回した手に隠していた端末の再生ボタンをおした。
―――ザァァ・・・・・。
 かすかな音を聴きながら、玉蔵は瞳を閉じた。
『国木田さん、ワシにはあんたの言う秘密結社か、組織だがを超越したなんだかわけのわからんものってのはとうてい理解できん・・・』
――怪物が、跳ぶ。
『人には隠しておるが・・・・生まれたときからわしはあんたの言う暗殺のプロって奴じゃ・・・・そういう一族の生まれでな』
 怪物の足が、兵士の胸元を蹴りつけた。
『じゃが・・・その一族の伝承もワシが最期じゃ、引き金一つでガキでも人が殺せる時代にはもう、こんな技術は本来なら不用じゃからな・・・。家族にはワシのことは黙っておる・・・もちろん・・・金太にも拳の握り方すら教えたことが無い』
 怪物が兵士を引き倒し、着地する。
『・・・正直うたがっていました・・・』
ぉぉぉぉぉぉ。
『「彼ら」を調べるうちに浮かんできた、金太さん。その祖父である、貴方について知った時・・・』
 兵士が黒い怪物に突っ込んでいく。
『金太さんも・・また殺人者ではないかと・・・・・・いや・・・・こんな言葉を言うべきではないが・・・お恥ずかしい限りです・・・』
 黒い、異形の手が兵士の腕をつかんだ。
『・・・・いや・・・それこそこんなワシが言うべきではないが・・・』
 黒い手に・・・力がこもっていく・・・・。
『孫を・・・・どうか救ってやってください・・・・』
グギッ!!
『いえ。必ずや・・・お孫さんを家にお返しします。それが』
ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ・・・・
『この国を、守ると言う道を、及ばずながら選んだ私のけじめです・・・・』

「チッ!」
 老人の口元が歪む。
「守るだの・・・・」
 眼前のパトカーではまだ里美達がまだなにやらもめていた。
「この国だとか、けじめだとか・・・」
あたりを囲う人だかりは、次第に減っていた。
「挙句の果てにただの暗殺屋よばわり・・・・」
 見上げた先の、道路鏡の中に歪んだ自分の姿が映った。
「クソッタレめっ・・・」
 悪態をつきながら・・・玉蔵は、目の前に端末のモニターを目の前に持って来た。
やはりそこには先ほどの怪物が、映っていた。
 彼は、足元に屈みこんだ兵士をじっと見ていた。
「金太ァ・・・・」
老人が、すがるような、せつなそうな声をあげた。

――お前も・・・甘さがぬけねぇな・・・。
 下の道路の、車のクラクションが聞こえてきていた。
コンクリートの床の上・・・。
 金太は仰向けに倒れていた。
深まり行く夜の街一角・・・ビルの屋上で金太は・・・倒れていた・・・。

 

Chapter:01「桃 金太」/完。


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