| 「どうしよ…」ぼんやり周囲をうかがってみる。
 ―――黒い怪物、機関銃、剣を土手っ腹にさした少女…。
 思い出される記憶は、どれをどう考えても、悪い冗談にしか思えなかった。
 『Pxi―――――――!』
 反面、何度か訪れた事がある、目の前の町並みは前見たときと変わらず平然としていた。
 「帰るか、家…」
 そう、漠然とした口調で決断をくだしながら、ポケットに手を突っ込む。
 ――――――――『バカじゃないの…?』
  金太の手に引っ張られ、ポケットの中から黒い財布の頭がのぞいた。黒い、皮製の財布が半分以上ポケットからはみ出す。
 財布がそのままポケットの外に出ようとしたとき、その横から何かが、光りながら落下していった。
 チャリ―――ン。
 「………→」
 「光」が落下していく。だが、財布の中を開き確認を始めた金太には、それに気づかないようだった。
 コロコロ…。
 「…?」
 「光」が、ふいに転がる先に現れた黒い靴にぶつかった。
 チャリ――ン。
 その横倒しになり、もがくように回転を停止させるそのリング状の光を放つ小さな物を、靴の主は、しばらくいぶかしげに眺めていた。
 「君…っ」
 彼はその「光」…よく見れば、それは日の光を反射する灰色の指輪であった。…を拾い上げ、自分に背を向けている目の前の男に声をかけた。
 「この指輪…」
 季節はずれな暑苦しい格好の男は、何気なくそちらを振り向いた。
 そこにたっていたのは、キラキラと光を乱反射さす指輪を差し出す、紺色の制服を身に纏った年若い警官だった。
 「君のかい?」
 「!」
 そして、その後ろ、やや離れた所に同じ格好をしたもう一人の警官がいた。
 その表情は、金太の顔を見た瞬間からきつく強張り始めていた。
 がたん!「「!!」」
 予想以上に勢いよく開いた戸の外に、2人の人物が居るのに老人は気づいた。
 驚いた様子で立ち尽くす中年の男女、雅夫と里美だった。
 「………」
 気まずそうにしている、彼らの横を何事もなかったかのように老人は進んでいった。
 「……!」
 里美は、戸の奥から背をかがめて出て来た大柄な男、国木田と目が合った。
 反射的に里美が会釈をすると、国木田もつられるように頭を軽くさげる。
 横を通り過ぎる大柄な初老の男のその様子を、雅夫は微動だにせず観察していた。
 「里美さん」
 「はいっ…」
 老人は振り向きもせずに声をあげた。
 「夕飯には帰るよ」
 「えェ?」「バカか手前はっ!昨日鬼ごっこした相手も覚えてねぇのか!!!」
 緩やかな表情で訊き返す警官に対し、もう一人の警官はつばをまきちらしながら怒鳴りつけた。
 「あっ!」
 ぶつけられたその言葉を確かめるべく、すぐさまその年若い警官は金太のほうを向き直る。
 ―――喰い。
 その視線の先の、よくみればまだおどけなさを残した、不似合いな髭面に間の抜けた怯えの表情と冷や汗が浮かんでいった。
 「え…え〜〜〜っと」
 「スカタン!とっとと押さえろ!!!」
 そういって、後ろの警官は、前へ出ようとしていた。
 金太の眼前の警官は、まだ戸惑った様子でもたついていた。
 ふいに。金太の目を、その手の中の、指輪の光が捕らえた。
 ―― 千切れ!!
 コッ。
 「う!!??」
 金太の目の前の警官が、自分の手の指を襲った感覚に大きくうめく。
 彼の指に、金太の口が、噛み付いていた。
 「…ヒィ!」
 指を噛む力が、強まる。
 その痛みが伝わってくるや否や、彼は耐え切れず手を引きぬいた。
 そのまま後方によろめき、帽子を落とす。
 「てめっ!
 倒れかけた後輩の警官に代わり、後方の警官が、金太との距離を詰める。
 …ゴクン。
 コンニャロ!」
 金太の喉ぼとけが、ゆっくり動き、そのまま指輪を呑みこんだ。
 …!?
 金太の表情から血の気がうせる。
 肩を怒らせたもう一人の警官が、目の前で警棒を振りかざしていた。
 ダッ!!
 警棒が、寸でのところで空を切る。
 ほとんど後方へ転がるようして金太は警棒をかわし、そのまま踵を返して逃げる用意をはじめた。
 「チッ!オラァ、こしぬかしとらんで立とっけ!」
 今にも転びそうな勢いで駆け出す黒コートの男をみながら、警官が横でよろよろ立ち上がった後輩に大声で激を飛ばす。
 「追うぞッ!!」
 「かまれ…」
 まるで、少女のようにか細い声が、すでにかけ出した警官の背後から聞こえた。
 「かまれた……。」
 若い警官のさする自分の指に、くっきりと噛みあとが残っていた。
   カンッ!黒い、汚れた靴が地面に転がる銀色の空き缶を蹴った。
 「ゼェ、ゼェ」黒い衣に包まれた背中が頼りなく、素早く揺れる。
 「ゼェ…待て…。」
 後ろから追ってきていた警官が、膝を押さえて苦しそうに立ち止まる。
 「待て!!」
 その横を、紺色の制服が通り過ぎていった。
 「なっ?…なんでお前そんなに足速いんだよ!?」
 汗をぬぐいながら、黒い背中に迫っていく紺色の背中にむかって警官は叫んだ。
 「子供のころから、足速かったんですよ!」
 涙目の警官の紺色の腕の振りが早くなる、前方の金太との距離は確実に狭まっていた
 「シッ!」
 「そういう問題か?」
  蹴り飛ばされた空き缶が底に残った微量の液体をはきながら、宙で弧を描いた。「ゼェ・・・・ゼェ」
 金太の呼吸と表情が、荒くなる
 ――――――帰り・・・。
 警官の腕が金太の背中のほんの数センチ後ろで空を切った。
 ――――――家に…。
 走りながら振り向くと、若い警官の顔が彼のすぐ後ろにあった。
 汗が嫌なほど顔を伝って、落ちていった。
 「くっ!!!」
 すんでのところで、彼は曲がり角を曲がった。
 「まっ…!」
 すぐ後ろからは怒声、そして目の前には…コンクリートの壁があった。
 行き止まり。
 カンッ!
 ――――――家に帰りたい・・・
 壁が、迫る。
 「て!!!?」その若い警官の目が、そこで見開いた。
 「……」
 彼が立ちふさがるビルとビルの間の裏路地には何も無かった。
 ただ、水蒸気が彼の立っている位置のほんの数メートル先から吹き付けているだけである。
 「……?」
 行き止まりの壁を沿うようにして、若い警官の目線は、壁の正体であるビルの外壁の上部へ上がっていく。
 ―――――?
 その視線のさき、ビルの屋上近くに何かが見えた。
 それは…彼のはるか頭上のビルの外壁を、蹴った。
 黒い人間の形をしていた。
 「あっ。」
 
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