「フゥ。」
 その、男性・・・。おそらく40過ぎ辺りの年頃の男は、ホースで水を撒きながら小さく息を吐いた。
その、これといって特徴のない中背中肉の男は、なにかを探す様に自分が立っている庭先の周りを見回す。
「ふぅ。」
 そうしながら、再び・・・。
どこかだれた様子で、彼は大きく息を吐いた。

 しわくちゃの手が、卓の上の皿をつかんだ。
その皿の上には、色とりどりの包装紙に包まれた菓子が盛られていた。
そして、皿一杯に詰まれたそれらを一つも落とさぬように運ぼうと、手が慎重に手前に動こうとしたとき。
「!!」
 老人の手は、横から伸びてきた手につままれていた。
「お義父さん・・・。」
 老人の目の前には、妙齢の女性の姿があった。
彼の甲をつまむ手は、電話を受けていたその女性のものだった。
「は、放ちて、、、里美さァん・・・・。」


 いつの間にか、男性の周りにはちょっとした水溜りが出来ていた。 
彼は再びぼんやりと周囲を見渡すと、その事実に気づき手元の蛇口をひねった。
キュ・・キュ・・キュ。
 青いホースの口から、弧を描いて出されていた水が次第に弱まっていく。
ピチャ・・・。
「あ・・・・。」
 その時、頭をさげた男の前方から、声と足音が聞こえた。
「誰だ。」
 男の声の先に、水溜りに片足を入れた、スーツ姿の見慣れない男が立っていた。
「すみません、裏口から入ってくるように、言われましたので。」
「・・・・・?」
 そう言って、自分より20は年上であろう男は頭を掻いた。
「桃 玉蔵さんはご在宅ですよね・・?」
 そういって、スーツの男は会釈を返した。
「・・・・父になにか・・?」
それを受ける中年男性の足元のホースから、残っていた微量の水が小さく吐き出されていた。

「これは、お客さん用なんですっ!手をつけちゃいけませんっ!」
「見りゃわかるわい、だから欲しいんじゃっ」
 女性と老人は、卓をはさんでいずれ劣らぬ勢いでにらみあっていた。
「なにわけのわからないこと言ってるんですか!いい加減にしてください!」
「ぬぅ。」
 眉を吊り上げた女性の剣幕にまくし立てられ、老人は半歩退いた。
老人の目が細められ、彼女をにらんだ。
「ウン?」
 腰に手をあて、女性は老人を鋭い目つきでにらみかえした。
「・・・・・・・・・・・。」
 2人の間に、しばしのこう着が訪れた。
そして・・・。
「ぐっすん・・・。」
 老人のほうが、背を向けて、部屋から去っていった。
・・・・・・・・・。
その背を確認するように追った後、彼女は視線を部屋に片隅に移した。
(・・・・・・・金太。)
 彼女の視線の先には、小さな仏壇があった。
漆黒の色の台の上に大きな夏みかんが仲良くならんでいた。
 それに囲まれるように、1枚の写真が、笑ってた。
先ほどの老人をそのまま若返らせたかのような顔立ちの少年。
 その写真はものもいわず、笑っていた。
(ホントに・・・あなたたちそっくりで・・・。)
 カッチ・・カッチ・・・。
女性の遠い眼差しとは逆の方向に置かれた、懐古的なデザインの置時計がゆったり秒針を刻んでいた。

――――残・・・・・・ッ。
「・・・・。」
 芥は目を見開いていた。
彼の周りには・・・赤い花びらが舞っていた。
「・・・・・。」
 芥は、落ちてゆく赤薔薇の中にいた。
流れる汗を拭こうともせず、眼前の男を注視していた。
「・・・オレも年齢を取ったな。」
 男はスッと、刀をすばやく横に払いのける
ハンサムという形容詞がそのまま当てはまりそうな、赤い長髪を後で結わえた男。
 整ってはいるが、どこか地味な自分の顔に比べ、その男のマスクには一目で解る華があった。
そのマスクの中の目元がかすかに笑う。
 その視線を受け、芥の表情が汗がダラダラ流れる度に、蒼白していく。
そんな芥の様子を写す、その男の切れ長な目が、かすかに細められた。

「・・・っていない」
「えッ?」
 そう言うと、男は芥に背を向け歩き出した。
「な・・・・っ?」
「何も解っていない。」
 数歩足を進めた所で、男は肩越しにこちらを振り向いた。
「何が・・・・。」
芥が、自分の固まった口を無理やりこじ開け、声を発した。
「君の友情という感情は・・・所詮その程度だと言ったんだ。」
ドッ。
 長髪男が、ぴしゃりと言い放った。
その声の調子に、先刻までの侮るような風情はない。
「こんな『遊びの決闘』でこの程度では・・・。」
クッ・・・。
ドッ。
 言葉のみならず、男の目から放たれる光まで、冷たい非難の色を携えていた。
「・・・・。」
ドッ!
 芥の心音が思い出したように早まっていた。
「君では・・・。」
男の視線が、芥の向こう、鉄色のフェンスを睨みつける。
――『君は・・・。』