「ええ、わざわざ、お電話ありがとうございます。先生・・・。」
 女性の声が、リビングにぽつりと聞こえた。
「はい・・・いえ、まだ来ていないみたいですけど・・。」
掃除が行き届いてるらしき、清潔感あふれたリビング。
「本当にお気を使っていただいて・・・。」
 その敷居を、一足の足袋がまたいだ。
「ええ・・・本当ありがたいです・・。」
 足袋がそ―――っと、リビングのフローリングの床に着地する。
それは女性の微かに湿った声がこちらに向かぬよう、細心の注意を払っているようだった。
「はい・・・なんというか・・・あの子は繋がっていたんだって。」
 その足袋の主のものと思われるしわくちゃだが大きな、丸みのある手が、木製の卓へとせまっていく。
しかしその手が、卓に届く手前で突如として止まった。
「・・・特に見てくれが良いわけでもない、これといった特技も無い・・・そんな息子でも、みんなに・・・・。」
 受話器を持つ、女性の声が予期せず震えた。
「・・・・。」
 足袋の主、頭のはげた老人のつぶらな目が、まばたきもせず卓上を見つめていた。
「・・・愛されていたんだって・・・・。」
 母に抱かれた赤子の、友人に囲まれた幼い男の子の、真新しい制服に身を包んだ少年の・・・写真。
卓の上に置かれたそれらの写真は、すべて同一人物のものであった。
「ええ、お待ちしていますわ・・・。」
――――ガチャン。

ー 漢
    東 
      錬
        合
          検
            算!! ー  

 すぃーっ。
多種の落書きが認められる、黒ずんだコンクリの壁に囲まれた狭い通路の両サイドには、コードや電球、その他諸々の機械部品を並べた露天が立ち並んでいた。
 芥は、多くの顔と狭い通路で入れ違いながら、革製のパンツと長袖の縞柄のYシャツを着た赤髪の男の背中を追っていた。

と、と、と。
 芥が男との距離を幾分詰めた時、男はふっと機械部品の露天と露天の間にある路地を曲がった。

ーI respect  Taiyou Matsumoto

 芥が、より多くの落書きが殴り書かれた長い路地を入った時、
―任侠列車。
男はすでに通路の出口の方に行っていた。
―@@@@参上!
芥のスニーカーがアスファルトの地面を蹴った。
―結局南極そうなっちゃう。
長髪を後ろに結わえた男は口元を緩めた。
―喧嘩上等
芥の眼鏡の中に自分に背を向けた男が写る。
―殺す!!
ダッ!!
 芥は、男が先刻消えていった通路の出口へと飛び込む。
次の瞬間、赤い、夕焼けの光りが芥の視界を奪った・・・。

ウィィィィィィィィィィィィィィン……
電車の通過する音が芥の頭上より聞こえた。
 積み上げられた鉄骨。
 鉄色のフェンス。
「・・・・・。」
 芥が立っていたのは四方を高いフェンスと高架線に囲まれた空き地だった。
「・・・都会のエアポケットという奴さ。」
→・・・←
 芥の視線がゆっくりと旋回する。
←!!!→
 その先には、例の赤髪の長身長髪男が立っていた。
「どうだい?イカスだろ?」
 芥をからかうように男が言う。
黙りこくったままの芥。
薄く微笑したままの男。
 しばらくの間があった。
フッ・・・・。
「どうやら、少し散歩をした甲斐はあったのかな・・・?ちゃんと頭は冷やせたかい?野木 芥君。」
 再び開かれたその口から出た言葉は、前にも増して挑発的になっていた。
「教師にも認められる冷静さ・・・・それを欠いた君とはやりたくない」
 男は、笑顔を崩さぬまま腕を組んで芥をみる。
その眉間にかすかにしわが寄った。
・・・・・。
 芥は男と顔を合わせないまま口をゆっくり開いた。
「あんた・・・・・・誰だ?」
ウィィィィィィィィィィィィィィン……

 

――2014 3/16 20:13
 番号非通知
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 ー受信箱ー
 卵の殻を破らねば、雛鳥は生まれず死んでいく。
 我らが雛だ。殻は世界だ。世界の殻を破らねば、
 我らは生まれず死んでいく、世界の殻を破壊せよ。

 君が彼の親友であるならば、このことをおしえよう。
 彼は生きてる。
 しかし、『ZERO』として、だ。

――――――――ZERO・・・・。
「あんた、金太について・・なんか知ってるんじゃ・・・ないか?」
 芥が男をやや下目遣いに観察しながら、訪ねた。
「ああ、知ってるよ・・・よくね。」
 男は侮るかのように、笑いながら言葉を返した。
「なんのつもりなんだ、これは・・・。」
 憮然とした表情の、芥の手には携帯電話が握られていた。
「桃 金太君と君が1番の親友だと、聞いたからさ。」
男はいいながら、親友と言う言葉へ自分がある種の侮蔑を持っていた事を思い出し含み笑う。
(こいつだ、まぎれもなく・・・。)
ザァァァァ。
 顎を上げた芥につられるように、砂埃が足元に上がった。
(こいつが俺に送ってきやがったんだ)
 ー受信箱ー
 2013 2/5
 JR・・・駅 
 ロッカールームにて。


ガチャ・・・。


―――キィィィ・・・。
 芥はロッカーの扉を全開になって、ロッカーの中が他人に見られないように腕が入るスペース分だけ開けた。
ズっ。
芥は暗闇の中、目的の物らしき物体を掴んだ。                                      そのままそれをロッカーから抜き出すと懐に抱き込んだまま、人目 を気にするかの様に背を丸め、そのまま、販売機の横をすり抜けていった。
 バタンと、彼の背後でロッカーの扉が閉まった。
(そして・・・・・あれを俺に渡した・・・・)

 芥は、再び男と視線を交じらせた。
(―――――――張本人!)
「俺は、あなたの指示に従いつづけた。」
メール着信あり
2013 4/21

 芥は男の顔色を下目遣いにうかがい続けながら、続けた。
「まず、何故・・・金太の事を知っているんだ?そして、何故今更になって俺に接触をかけようとしたんだ?」
メール着信あり
2014  5/3

「フッ・・・・。」
男は、髪を芝居がかった動作でかき上げながらすぐ横に積まれた鉄骨に足をかけた。
メール着信
2014 6/3
2014 6/13
2014 7/5
2014 7/7
・・・あり。

 ガダンッ!!
男の足が鉄骨の山の1部分を踏み抜くと、鉄骨の中に隠されていた布で包まれた竿状の形の物が持ち上がる。
「野木君。」
 顔をあげ、あからさまに警戒した芥の足下にばらん、と包みをほどかれ、その中身が転がり落ちた。
地に転がった二対の・・・。
・・・・・刀!!?
 大きく反るようなフォルムの、鋭利な刃を要す側面を持つ鉄の棒。
まぎれもない日本刀、真剣だった。
「そうだ、ルールを言ってなかったね。」
(こいつ・・・。)
 男は冷や汗を浮かべ、自分の顔を覗き見た芥に口元を緩めながら、調子を全く変えないどころか、むしろ以前より愉快そうな声を上げた。
「薔薇だ・・・。」
 男は、そうい言いながらシャツのボタンを鎖骨が見える位まで開け始める。
芥はそこで初めて、男がいつの間にか紅い、一本の薔薇を手にしているに気付いた。
「・・・?」
 男は口元をほころばせながら、その薔薇をシャツのポケットに入れた。
「胸の薔薇を散らされた方が敗け。これだけだ。」
(正常(ふつう)じゃない!)
 男の悠然とした笑みに、芥の額に小さな汗が浮かぶ。
フッ・・・。
「!!」
 芥の表情が、凍った。
男の、女受けしそうな甘いマスクが、自分に向かって動いていた。
 そして、その右腕には白刃が握られていた。
ガシ・ッ。
 男の、芥の手前に踏み込んだ革靴が土埃を立てる。
表情、肉体、精神・・・その全てが固まった芥の眼鏡に、
 迫る白刃のきらめきが映った・・・。
「ヒッ・・・・。」