ざわ…ざわ…ざわ…。
あらゆる音が、映像が自分たちとは違う方を向いている。
自分たちの横を、顔の判別もつかない人々が連なって流れていく。
ざわ…ざわ…と
都市の喧噪しか聞こえない交差点。
――TEーteーTE、Tetete・・・。
信号機が電子的にアレンジされた「とおりゃんせ」を唄い、信号機が青から赤に点滅し出す。
「…いてっ?」
小さな痛みとともに芥は、素手でキャッチしたそれに複数の棘がついてる事に気付いた。
やがて、自分の握っているものが棘の生えた茎を有した花……赤い薔薇だと気づく。
「お・・・・。」
芥は眼前の、赤い長髪を後ろに束ねた、長身の男に声をかけようと顔を上げた。が、
男は、先ほどまで居た場所にはすでに居なかった。
(どこだ!?)
彼は周囲を、慌てて見回す・・・・・・居た。
先程まで芥の眼前に居たはずのその男は、いつのまにか道路を一つ隔てた向かいの歩道の信号待ちの人々の中に紛れ込んで芥を涼しい顔で眺めていた。
・・・・・・。
芥は道路の向こう側の男を睨み返す。すると男は軽い会釈を返し、あさって方向に歩みを進め出した。
「・・・っ。まて!」
芥は、近くの信号待ちをしている人々を押しのけ、車道へと飛び出す。
「!」
キュィィィ! ………ピイィィイ!!
車道を横切ろうとした彼を、鋭いブレーキの音とけたたましいクラクションの抗議が襲った。
「なにやってんだ!?殺されてぇのかぁ!?」
矢継ぎ早に続いた車の運転手の声に足を止めながら、芥の視線は人の波をぬって自分から離れていく男を見ていた。
「・・・・。」
近くのビルに備え付けられた大型のモニターが時刻が、午後の6時になったことを伝えた。
人の群は空の色の移り変わりに推されるようにその勢いを増していた。
『ホラ、あれだべ、アレ。なんつったか?』
人混みの合間を二対の足が、縫うようにして歩いていく。
一組目の足は、どこか急ぐ様に、もう一つの足を追い。
『アレじゃわからん。』
もう一組の足は、ゆっくりではあるがそれから逃げるように何処かへ向かっていた。
『夕方の匂いがする・・・。』
やがて、追われる方の足がピタリと停止する。
「すいません!ちょっと・・・・っ」
人混みをかきわけ、芥は男の方へと雑踏を泳ぐように向かう。
芥の視線の先で、長身の男は紫の空と建物を背にし、待ちかまえた様に芥を悠然と見下していた。
「くっ・・・。」
『ハハハ・・・ナニソレ?』
ACT:06「夏の空の下でー後編ー」
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