「ところで2人とも、ちゃんと勉強はしてるの?」
 蒼斧は口にした後に、場を考えてない発言をしてしまったな。と思った。
「今年は勝負の年よ、来年苦労しないためにもいまからコツコツやらないと・・・。」
やめておけばいいのに・・・と自分でも思いながらついつい教師という役割を努めようと、言葉を続けてしまう。
「東十条さんは推薦志望だし、歌の方の道もあるかもしれないけど・・・・野木くんは一般入試なんだから、補習くらい休まずに出てきなさい・・・。」
 ちらりと、視線を彼女の後ろの2人の教え子に向けると、彼らはなにも言わずうつむいていた。
(間を埋めるだけの言葉なら・・・・やめておけばよかったのに・・・。)
蒼斧は、自分の取り繕った態度に、いよいよもって自己嫌悪におそわれた。
(バカね・・・・・私・・・。)
 教師のくせに、生徒の気持ちもくめないのか・・・そんな気分で彼女が墓地と寺を繋ぐ場所まできたとき・・・。
「今日は・・・」
「あッ!!!」
蒼斧がこじれるだけ、と思いながらも労いの言葉を2人に掛けようとしたとき。つぐみは素っ頓狂な声を上げた。
「いけね、忘れてたッ!!」
 そういうと、つぐみは抱きあげたテツを芥に押しつけた。芥は呆然とするが、つぐみは彼に目もくれず、背を向け墓地の方に駆け戻っていった。
「すぐ戻るから待ってってくれ!」
 とつぜんの事に、キツネにつままれたかのような表情で2人はつぐみを見送った・・。

 ずらりと整列した墓石、さすがに昼間なので不気味だとか、怖いだとかは思わないがこの石の下に沢山の人骨がうまってるのかと思うとどういう訳か不気味な気分になってくる。つぐみはその中を足早に走り抜けた。
「っと。」
 そして、先ほどまで居た墓石の前に来る。
 桃家 一同
そう白く刻み込まれた黒い墓石。

「ふぅ・・・・。」
 つぐみは額の汗を拭うと、ズボンの尻についた物入れを兼ねたポケットの留め具をはずした。
「金太。」
彼女は、あたかも彼・・・・桃 金太がそこにいるかのように墓石に声を掛けた。
「いいもん、見せてやるぜ。」
がさがさとポケットから緑色のプレゼント用の包装をされた縦長のもの取り出すと、彼女は墓石に見せびらかす様に突き出した。
「って・・これじゃわかんねぇか・・・、まってろよ、驚くぜ・・・・。」
 べり・・・べり・・・。
破り捨てられた包装の中から、真四角のプラスチックケースが現れた。
「へへへっ・・・見ろよ、金太!コレ!」
flachb@ck!!/baby may be love(art coar rEMIX)
one ga-(ru)

 そのCDのジャケットには、ONE GAー(RU)というグループのメンバーらしき、女性数名の集合写真が使われていた。その真ん中の位置に、他のメンバーとおそろいの服装の長身の黒髪の少女・・・つぐみが立っていた。

「深夜番組からグループデビュー。ちょっとオレの未来設計とはちょっとちがっちまったけど・・・・・・曲、出したぜ。」
 つぐみはにっ、と快活な笑顔をのぞかせた。
「まだ、ピンってわけじゃないけど、夢の階段を一歩一歩登ってるって感じだな・・・。」
 つぐみは、目の前の墓石に自分の声が吸い込まれるていく様な気がした。
「これでも苦労したんだぜ。なんか自分の夢と違うんじゃないか?なんって思うこともざらだったし・・・。」

 つぐみは墓石になおも語りかける。
「覚えてるか・・?前、みんなでカラオケ行ったときのこと・・。お前歌うの下手なくせに『アイドルよりはうまい!』とかぬかして・・・オレが思わずキレちゃってさ、つかみあいになっちまった事あったよな・・・で、結局オレがはとぴょんの曲貸してやって・・・・。」
(そういえば、はとぴょんの事や、オレの夢の事。素直に話したのってアイツが初めてだったな・・・。)
 ふん、とつぐみが小さく笑う。
「でも、お前はとピョンより、『つぐみちゃんの方が歌は上手い』とかぬかし出すモンだから・・・また喧嘩になっちまって・・。」
(お前、バカか!!?)
 まさかあの年になって、男相手にガキみたいな喧嘩するなんて思わなかった・・・。
(うるせぇ!じゃあ、お前CD出せよ!そうすりゃ、はっきりすんだろが!!!)

 つぐみは夏の空を仰ぐ。
彼女の遙か頭上には入道雲がそびえていた。
「でも・・・・。」
 宙を見ていた顔を、つぐみは再び地面に向けた。
「もう・・・こんな風になっちまったら、もう音楽なんか聴けないじゃんか・・・。」
 耐えるように。
ぐっ・・・とつぐみは歯を食いしばった。
 しかし、その抵抗すら虚しく、つぐみの足下に小さな斑点が落ちていく。
「東十条・・・・。」
 遠巻きに彼女を眺めていた芥が、いたたまれない表情で彼女に声を掛けようした。しかし、後ろから伸びてきた手によってそれは制止された。
「先生・・・・・。」
 自分の肩を押さえる蒼斧の表情はいつもと変わらぬ、人を指導する、教師らしい冷静さをもっていた。
「どうして・・・?」
じー・・・じ・・・・・・・。

「しっかし、どういう風の吹き回しだろうな。」
 ヘッドフォンを首に下げ、電車の中吊り広告をぼーっと眺めていた芥がつぐみの声に反応する。
「あの生真面目なヒノキ先生が今度、飯をおごるなんって言い出すなんてなぁ。」
 ヒノキとは蒼斧の下の名前である。彼女は一応堅物ではあるが、女子生徒の受けはそれほど悪い方では無い。モデルのような体型と、大人らしいシックな雰囲気は、色気があるとか綺麗というのを通り越し、格好いいという形容詞が似合う位の度合いだった。
 センスの良い美人というのは男より、女の憧れの的の様だな・・・と芥は思った。
「そんな事してくれなくても、補習なんて出るのにな・・。」
 芥はつぐみと眼を合わさないままぼそっと、呟いた。
「お前、ひねくれてんなぁ〜〜〜〜。」
 どういう訳か、つぐみは妙にテンションが高い。
(さっきは泣いてたくせに・・・・。)
 芥はだるそうに電車の外の風景を眺める。・・・一瞬その眼が鋭くなったのは気のせいだろうか?

「おい、芥見ろ、芥。」
 その時、芥はちらりとうれしそうな声のした方を見る、ニヤニヤと笑いながら、夕日を反射した四角形のプラスチックケースを手に持ったつぐみがいた。
(2つも持ってきていたのか・・・・。)
「あ、これだけじゃわかんないか。よ〜〜〜し正式に発表するぜ、この度、オレこと東十条つぐみは・・。」
「CD出したんだろ、レギュラー主演してる深夜番組持ちで。」
 つぐみの誇らしげな表情が停止する。
「なんで・・・しってんの?」
すっかり勢いをそがれたつぐみが、芥にたずねた。
「いや、なんでって・・・・・番組見りゃ解るし・・・それに駅前にでっかく広告張ってあったし・・あ。」
 勢いをぶつけるあてを無くしたつぐみは、がくんとうつむいてしまった。
さすがに悪い事をしたな、と芥が思ったとき、つぐみがうつむいたまま言葉を発した。
「ちくしょう・・・・・あんま居ても意味ないだとか、司会者とかみ合ってないだとか・・・人数多くて名前と顔一致しないだとか・・誰がやめたか、入ったか解らないだとかナントカとか言われながら・・・。」
 つぶやく様に、暗い声だったが、言葉を重ねる毎に語調が次第に強くなる・・・芥にはそれが火山が噴火の為にエネルギーを貯めているかのように見えた。
「・・・そんな、深夜番組の下積みを耐えてに耐えて・・・・。」
 おそらく、彼女としてみれば、自慢話に始まり、深夜番組での苦労話を絡めたいままでの経緯、CDを出した感想と今後の意気込みに至るまで・・・大人数のグループである以上、歌番組に出てもロクにしゃべらせてもらえないような事を、芥相手に一気に語り尽くしたかったに違いない。
ド・ド・ド・ド・・・。
(うわぁ・・。)
「よーォやく、掴んだCDデビューなんだぞッォ!!!!」
 感極まったつぐみが、大声で叫びあげた。
つぐみは、普段は冷静な性格をしてるが・・・よく壊れる。
周りが眼に入ってない、完全に自分の世界に入っている。

「ひ、東十条・・・・」
 芥が少し、焦りながらつぐみを静止する。
「・・・電車の中だから・・・」
・・・。
 つぐみにも辺りの様子が見えてきた。電車の乗客達が何事かとこちらを見ている。
かぁ・・・・・。
現実に引き戻されて、つぐみの顔は朱く染まってきた。