(この街っていつも混んでるよな・・・。)
 彼は眼鏡越しに街を観察する。
ひっきりなしに・・・という程ではないが休日のこの時間にしては、随分と人出は多い。
 行き交う人の様相も老若男女様々だ。
そんな、人混みから目を離し、彼は目の前の広告塔をまたしばらく眺める。
 彼・・・眼鏡の若者は、再びヘッドフォンのコードがつながったポータブルオーディオを兼ねた時計に、視線を落とした。待ち合わせの相手はやや遅れてるようだ。
彼は再び周りを見渡す。
 広告をぶら下げて立ち並ぶ建物のほとんどが電化製品店である。店によっては開店間もないのにも関わらず割と人が入っている。目の前の広間では自分と同じくらいの少年達がスケボーで遊んでいる、彼はそんな日本有数の電気街の朝の風景を、どこに焦点をおく事もなく見ていた。
 そして、その視線を移さぬまま、おもむろにポケットの中の携帯電話を取り出した。

<メール受信箱>
 彼はダイヤルジョグで、カラー液晶画面の中のその項目を選ぶ。

メール
2014 8/1 20:13
 番号非通知
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既読
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 昨日付けの日にちのメールを選び、彼はジョグを押す。画面が切り替わり、メールの内容が表示された。

ー受信箱ー
卵の殻を破らねば、雛鳥は生まれず死んでいく。
我らが雛だ。殻は世界だ。世界の殻を破らねば、
我らは生まれず死んでいく、世界の殻を破壊せよ。

――その、差出人不明のメールの始まりはいつもその意味不明のおきまりの文句で始まっていた。
(そういえば・・・哲学者から奇妙な内容の手紙がある日を境に送られてくる・・・なんて話があったな)
「『ソフィーの世界』・・・だったか・・。」
 彼は口に出して言ってみる。
(だが・・・・。これは哲学者からの問いかけなんて洒落たモンじゃない・・・。)
 先ほどまで地面をさんさんと照らしていた太陽が、再びを雲に隠れた・・・今日は夏らしい蒸し暑い日になるかとおもったが、そうはならないようだ。

「おい!きをつけ・・・わっ!」
そのとき彼はすぐ横で聞こえたもめあうような物音を聞き、顔を上げた。
「!!」
 彼は瞬間目を疑った。
眼の前に形容しがたい物体がのそっと、つったっていのだ。
「ハァー、ハァー・・・・あく・・・たあぁ・・。」
 その物体・・・強いて言うなら溶けかかったアイスクリームのようなモノは息を切らせながら彼にしゃべりかけた・・。
「グゥ・・。」
 その足下からぐったりとした様子で黄色い、サッカーボール大の丸っこい物・・・パタPiが出てきた。
「東十条・・・・・・?」
彼は、そのパタPiに見覚えがあった。
「家から・・・・・はぁ・・駅まで・・し・・・新記録だぜ・・・ゼェゼェ・・・。」
彼はしばらくその、溶けたかのように変形したつぐみを見ると、こうつぶやいた。
「新しい生き物かと思った・・・。」
ずるっ、と・・・変形したつぐみが地面に倒れ込んだ。

―2013年、春。
 校庭は桜で満開だった・・・。
なんとなく、中学に入学した時の事を思い出す。
 でも、もうちがうんだよな。着ている制服だって中学の頃のものじゃない。
自分のまわりの人間も知らない顔ばかりだ。
 そう、オレは高校生になったんだ。
一応、花のジョシコーセイって事になるよな・・・。
ふいにアイツらの顔が浮かんできた。
 いつもやかまくて、喧嘩ばかりで、なんとなくそばにいた・・・・・とてつもなく楽しい友達・・・。
「いっしょに、笑ったり、泣いたり、怒ったり・・・。」

 オレはそれまで校庭をのぞくため、身を任せていた窓から体を引いて、後ろを向いた。そこには教室の扉があった。
 私立ススキガハラ学園高等部普通科、1−8組。
オレは今日からこのクラスの生徒だ。もう中学生のオレでなくなる。
(もう・・・そんな友達できないかもしれないな・・・・。)

 ガラガラと音を立てて、ドアを開いた。
教室の中では、生徒達がもうグループをつくって、「またいっしょだねー」とか「○○ちゃんと離れちゃったねー。」とか、顔見知り同士らしい話題で盛り上がっていた。                       まぁ・・・この学校は中学からエスカレーターだからな、オレみたいに高校から入った奴はあんまいないんだろーな・・・などと孤独感を感じながらもオレは自分の席を黒板に張り出してある座席表で探した。
 オレの席は、廊下側から数えて3列目・・・・ちょうど教室のまんなか辺りにあった。

「・・・・。」
 そこで、オレは少し面食らった。自分ののはずの席で一人の男子生徒が机に顔を伏せて寝ていたのだ。
 オレはもう一度黒板の方に歩いていき、自分の名前の書かかれた座席とその位置を確認する。
・・・やはり今の席がオレの席だ・・・。
(なんだよ・・・コイツ席まちがえてんのかぁ・・?)
 オレはふたたび、自分の物のはずの席の横に立つ。
(・・・しかも寝てるし)
 そいつは、スゥースゥーと寝息を立てて眠っている。熟睡。といって差し支えないだろう。
起こして、どいてもらうしかないんだろうけど・・・こうも気持ちよさそうに寝られてるんじゃ・・・・しかもまったくの初対面だし。
(気まずいよな・・・。)
 オレは声をかけるのにちょっと躊躇した。
そいつは男子の中ではちょっとだけ大柄な方に見えた。                           自慢じゃないけどオレ(かっこつけて1人称じゃこういってるけど、一応、性別は女だ)中学じゃ身長で男子にあんまり見劣りしなかったし、家が空手道場やってるからこいつより身長のデカイ男なんてみなれてるし、怖いともおもわないけど・・・。

「・・・・。」
 なんだろう?妙に声をかけずらい。やっぱりこの教室になれてないせいだろうか・・・・?
「おい、金太、金太・・・。」
 そのとき、途方に暮れていたオレに助け船が来た。
割と整った顔に眼鏡をかけた男子生徒。おそらくはいまオレの机をジャックしてるこいつの友達だろうか。

 ふと、その眼鏡の方がこちらをむいた。
「すいません・・・こいつ・・。」
「うぅ〜〜〜・・・・・。」
・・・眼鏡の奴がオレに声を掛けかけると同時に、そいつは体を起こして、伸びをし出した。
 その時みたそいつの顔は多分、生涯忘れない。
 言葉を当てはめるなら、『愛嬌がある』と形容できるその顔は、絆創膏とアザに覆われていたのだ。
「金太、席まちがってるって。」
 寝ぼけて、友人の問いかけにも気づかないのか・・・そいつはアザだらけの顔でオレをぼーっと見ていた。

・・・・・そいつ、桃金太のオレの中での第1印象は、決して良くなかった・・・。

「俺の顔になんかついてる?」
あ・・。
 つぐみは、すぐ横の眼鏡の少年に声をかけられ我に帰った。
「いや・・・・なんでもないぜ、芥(あくた)。」
 ヘッドフォンをした芥につぐみの声が届いたかどうかは定かでないが・・・。
芥は、ぷいと電車の窓の方を向いてしまった。
(最近気づいたけど・・・こいつ、下の名前で呼ばれるの嫌いみたいだな・・。)
 電車の車内はガラガラと言ってもいいほど空いていた。
(でも、上の名前だと呼びづらいんだよな・・。)
 つぐみは、ふぅとため息をつくと車内の天井を見上げた。