世界に彼しかいないみたいだった・・・。
昼間だというのに、教室の中は洞窟の中のように薄暗かった。
その夜のような暗さの教室の中で、彼は立っていた。
 彼の前の机には、一つの花瓶と一本の花が乗せられていた。
沈黙しきった机の海の中に、ぽつんとたった一人・・・。
 世界に、彼しか居ないみたいだった・・・。

 ふと、その時。
その世界の中に一人の少女が入ってきた。
「おい、誰だよ!?」
 黒く、長い髪の毛の少女は怒りをはらんだ声を上げた。
なお下を向いた彼・・その少女と同じ年頃の少年の横で、彼女は彼らの周囲を取り巻く暗闇に向かって抗議を続ける。
「シャレでやっていい事じゃないって、わかんだろう?誰だよ?こんな・・・。」
 そこで彼女は一旦言葉を切った。
冷たい汗が彼女の首筋を伝った。
「悪ふざけしてたのはッ!!」
 彼女は机の上の花瓶をはたきおとす・・・陶製の花瓶が乾いた音とともに床に砕け散った。
「東十条さん・・・・。」
暗闇のなかから、人影が彼らの所に近づいて来た。
「蒼斧(あおの)先生・・・・。」
 その影は彼らの担任の女教師だった。
「先生も注意しろよ・・・・、ジョークですむことじゃ・・。」
東十条さん、とよばれた少女は自分の声が震えているのに気付いた。
(・・・何んだよ・・・何で・・・オレこんなに)
彼女の横の少年はいまだ顔を上げる素振りすらない。
(ビクついてるんだよ・・・?)
 まるで何かを拒絶するように、彼女は歯を食いしばった。
しかし、次に彼女にかけられた言葉は彼女が1番拒絶したい言葉だった。
「桃金太君は亡くなりました・・・。」
 静かな、諦念を秘めた声が聞こえた。
その瞬間、彼女は1秒前とはまるで違う世界に引き込まれたような感覚に捕らわれた。
「金太・・・・。」
呆然と、黒髪の少女は立ちつくす。

 彼女は、そっと横にいる少年を見た。
泣いているのか、怒っているのか、堪えているのか・・・。
視界が霞んで確認できない・・・。

 うっ・・うっ・・うっ・・・・
その低い鳴咽が自分のものであったか、それとも違う誰かのものだったか・・・・。

 彼女、東十条 つぐみは覚えていない・・・。

桃 金太

享年17歳。


死因・・・・・・・・焼死。