| 冷や汗だろうか・・・。 背筋をやたら寒い汗が流れておちる。
 頭がこの上なく混乱していたが、金太はどうにか狂いそうな自分を自制しきった。
 これ以上ないであろう、嫌な気分にかられながら金太は『怪物』を改めて観察した。
 黒い装甲は無機物であるとしか思えないが・・・どこか有機的なディテールを持っている。
 神話の怪物のような、この物体を『怪物』と呼ぶにふさわしく彩る面。
 (・・・・!)
 金太は、膝を折ったの姿勢で水路に突っ立っているソレに近づいていった。
 『怪物』の身体は何かをとりだした後のように大きく開いており、そこから身体を結合していたとおぼしきジョイントパーツやコードらしき物体が見える。
 やはりこの『怪物』は機械なのだろうか、でも装甲の下から露出した部分は、以前、教科書か何かで見た人間の筋肉にそっくりである。
 (すげぇ・・・・誰がこんなモンを・・?)
 金太は目の前に転がった異形の物体に恐れも困惑も忘れて、ただ好奇のまなざしで観察していた。
 (作り物じゃ・・ないよな・・・・一体どうなってるんだ?)
 金太は大きくあいた背中から『怪物』の内部をのぞきみた。
 触るのがおっかない様な、筋肉らしきモノと精密機械らしきものが張り巡らされたその内部には、ちょうど大人1人ならそのまま入り込めるくらいのスペースがあった。
 (これ・・・・ヨロイみたいなモンなのか・・・?)
 「オレがこれを着けて・・・。」
 (・・・・戦った・・・。)
 金太の頭にまた、あの廃屋での戦いの記憶が蘇ってきた。
 「あの連中・・・。」
 『怪物』、、、自分の手によって次々倒され、悲鳴を上げていく特殊装備の兵士達。
 (死んでねぇよな・・・?)
 そして、そのうちの1人の腕を掴み・・・。
 (オレは誰も・・・殺して・・)
 ーぁぁぁぁぁぁぁあ!!!
 記憶の中に一際色濃く残っていた悲鳴が、金太を襲った。
 ごくん。 「・・・ははは。」金太は『怪物』を指差しながらいきなり笑い出した。
 「ははは・・・これ、ドッキリかなんかだろ!?」
 金太は笑いながら、バンバンと鎧を叩いた。
 予想以上に、鎧はグラグラとゆれた。
 「だってよ!ありえるかよ!?マンガじゃあるまいし、こんなの・・・!」
 しかし、いくら大声を上げても、いくらわめいても・・・。
 金太の声は下水道の壁に反響し、やがて水の流れる音にかき消された。
 「ありえるかよぉ・・・。」
 金太は水路の中に膝を折って、崩れ落ちた。
 流れる水が、心臓を止めそうなほど冷たい。
 彼の中をドス黒い、ぞっとするような気分が支配した。
 (誰か・・・・。)
 どうしていいかわからない。
 ただ、震えのみが段々とそのスピードを上げてきていた。
 茫然自失・・・・。
 金太の目には自分でも気付かないうちに涙が溜まっていた。
 その涙が、重力に逆らうこと無くポタポタと落ちていった・・・。
  ぱしゃ・・ぱしゃ・・・。その『足音』が金太の耳に入ったのはその時だった。
 『怪物』によりかかっていた金太は顔を上げた。
 はるか向こうに、小さな、いまにも消え入りそうな明かりが見えた。
 ぱしゃ・・ぱしゃ・・・。
 足音は確実にに金太のいる場所に近づいている。
 一歩一歩確実に・・・。
 (ひょっとしたら・・!)
 金太の頭を、助かるかもしれないという期待がかすめた。
 ばしゃばしゃ・・・。
 ・・・ばしゃ。足音が止り、小さな光が金太を照らした。
 「あ・・・あの!」
 金太は、なんとか笑顔を作ろうとした。
 やがて明りに目が慣れ、金太は3m位の所にいるその明りの主の中年男を認めた。
 「・・・。」
 だが、その男は金太の声に返答しない。
 「あの・・・。」
 再度、呼びかけようとした金太の表情が凍り付いた。
 その男の左手には、ペンライトが握られていた。
 そして・・・右手には・・・。
 (銃・・・!)
 銀色の拳銃。
 金太が感づいた時にはすでに・・・・
 引き金は引かれていた。
 腹に響くような音とともに、金太に何度目かの銃撃が襲いかかった。
 ドコォン!!!「っはぁ!!」
 金太にも、銃弾の衝撃が装甲ごしに伝わった。
 小柄な中年男・・・・大滝の放った銃弾は金太にはあたらず、『怪物』に命中したのだ。
 「・・・。」
 即座に大滝は右手の回転式拳銃の位置を少しずらした。
 最初の一撃の位置から計算して、確実に命中させられる位置に照準(ポイント)を合わせた時・・・。
 ―ちりちり・・・・・・。
 『!!?』
 大滝と金太は両者とも面食らった・・・。
 銃弾を当てられた『怪物』の装甲がまるで、水飴のように溶け出したのである。
 それは、一瞬にして弾丸を食らった場所から、伝播するように『怪物』全体にひろまり・・・。
 「ど、どうなってん・・・」
 ―だァ!?
 次の瞬間、『怪物』は莫大な量の水蒸気に変わった!!!
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