「はい?」
大滝の、開いてるかどうか解らない目が、その時ばかりははっきりと見開いた。
「君は優秀な警官だそうだな」
太く、低い。しかしそれでいてよく響く声が前方・・・。
古めかしいデザインのデスクと大きな窓の方から聞こえてきた。
「その男を仕留めてもらいたい」
黒塗りのソファーに座りながら、大滝は口を閉じないまま、ぽりぽりと頭を掻いた。
彼の手には、一枚の写真が握られていた。
大柄ではあるが、その顔だちは未だ、若い、ブレザー姿の少年の写真であった。
再び、大滝は顔を上げ、前方を見た。
窓から入る陽光をうけ、輪郭をおぼろげに光らせた軍服を思わせる黒い服に袖を通した、広い肩幅の男。
「その男は、桃金太という。 17歳だ」
男は言いながら振り向いた。
「『ZERO』だとか、『修羅』だとか呼ばれている男だ」
大滝の目が、瞬きをしながら彼を見る。
しかし、窓からさす光のせいで男の表情は半分しか見えなかった。
「すでに、委員会からの指示で特機1班を現地に向かわせた」
「ちょ・・・ちょっと待っていただけますか・・・」
ソファーから、大滝が手をついて立ち上がろうとする。
「だが、確実な一手が必要だ・・・本庁の連中も動いている」
大滝はソファーから立ち上がる。
「なんで、こんな子供に・・・・」
「君は優秀は警官だと聞いている」
男の声が、時代遅れながらしっかりとした部屋に響いた。
「・・・・・・」
「こちら、甲班。建物の損傷が予想以上だ」
紺色のプロテクターの男が、まだ粉塵が煙る中で無線機にむかって話しているのが見えた。
「・・このままだと倒壊もありうる」
ザッ
『諒解した、至急、先に突入した乙班と合流。その後、可及的速やかに脱出せよ』
無線を切ると男は、足元をみた。
「・・・冗談じゃねぇや」
そう言うと舌打ちをこぼして、男は足早に背を向け、通路を戻っていった。
「・・・・・」
男が視界から消えたの確認してから、大滝は通路の角から顔を出した。
「・・・・ほんとに」
足元にはいまだ、白い粉塵がくすぶっていた。
「ひどいなコリャ・・・」
大滝は顎を上げて天井を見上げる。
だが、本来天井があるべき場所には大穴があき、そのはるか上に上階の天井が見えるだけであった。
そこらへんから、良くは聞き取れないかなにかを連絡しあう声が響いていた。
「さて・・・」
少し考えた後、大滝は足元を再び見た。
本来なら店舗一つはいるくらいの広さの部屋のど真ん中。
直系にして3,4メートルはあるであろう、大穴がぽっかり口を開いていた。
ヒュウ・・・・・
だが、その穴の底は見えずその深さはその倍では効かなそうであった。
「・・・・・」
大滝は、心底嫌そうな顔をしながら穴の淵に手をかけた。
「・・・・!」
金太はゆっくりと身体を起こしながら、あたりを見回した。
「ここは・・・。」
あたりは暗闇に包まれていたが、なにやら水が流れる音が聞こえる。
やがて目が慣れて来るにつれ、金太は自分がコンクリートの壁に囲まれたトンネルのような形状の空間にいることに気付いた。
彼の目の前には、更に奥の暗闇に向かって水を流す水路があった。
「下水道か?」
金太は周りを確認すると、壁に背を付け座った。
ひどく身体がだるく、全身がズキズキと痛んだ。
「一体・・・。」
金太は記憶を整理し始めた。
(最初に目覚めた時、何故かオレは血まみれで・・・・。)
自分を追い立てるパトカーのサイレン。
(そして・・・。)
廃屋の一室、自分を取り囲んだ黒い装甲の兵士たち。
彼らの暗視装置の赤い光が自分を捉えていた。
(気が付くと、オレは警察の特殊部隊みたいなのに囲まれていた・・・。)
彼らの中の隊長らしき男が金太に銃を向けた。
(そして・・・)
ー銃声。
鈍い衝撃。
そして・・・。
かび臭い廃屋の中、ソレは立っていた。
漆黒の概容を持つ、『怪物』。
その『怪物』が自分を囲っていた兵士たちに迫る。
次々と、なす術無く倒される兵士たち。
『怪物」が、その中の一人の腕をつかんだ。
悲鳴とともに・・・。
骨を潰す感触が金太の手に伝わった・・・!
「・・・・!」
金太は思わず自分の、黒く汚れた手を見た。
「一体何が・・・。」
そう、呟いて。
「・・・ん。」
金太は手の平の先、水路の真ん中に何かが立っているのに気付いた。
「あれは・・・。」
金太は立ち上がり、水路のへ入っていった。
冷たい水が金太に絡み付き、何度も強い流れに足を取られそうになる。
金太は、なんとか水流と戦いながらソレに近づいていった。
やがて、水がヒザが浸かる深さになる位のところで金太は止った。
「・・・夢じゃ・・なかったんだ。」
金太は落胆にもにた呟きをもらす。彼のすぐ目の前に黒い、自分の背ほどの大きさの人型の物体があった。
公安機動隊の精鋭、特機1班〈エドノキバ〉を数分で全滅させた、あの『怪物』である・・・。
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