消えた・・・。
目の前に存在した、人間が。
なにも残さず、幻が如く消えた。
 いや・・・。
彼がいたはずの場所より、一歩はなれた場所に横たわる2つの物体が在る。
黒い甲冑を纏った2体の人・・・。
彼、金太に止めを刺そうとしていた隊員、2人である。

―――な、何・・・?
 粟倉たちは状況が理解できないまま、横たわる2人の仲間に慎重に近づいていく。
黒い装甲の手がぴくぴくと痙攣している。
 まだ生きてはいるようだった。
――何が起こった・・・。
 粟倉は膝を折り、冷やせを浮かべた顔で彼らを覗き見る。
2人の隊員のうち、1人は仰向けになっており、もう1人は腹ばいになっていた。
 粟倉や、隊員たちはまず、腹ばいの隊員を注視した。
「何が・・・。」
 彼のA.Gの腹部、耐弾耐衝撃プロテクターに守られた黒い装甲がちょうど大人の拳大の大きさに陥没している。
「ううっ・・。」
 突然、うめきながら仰向けになっていた方の隊員が体を起こした。
「・・・!!?」
 粟倉は一瞬、その光景に釘付けになった。
「ばぁ・・・っ」
彼、仰向けに倒れていた隊員はコナゴナに潰れた暗視装置付きのガスマスクの下、出血した顔を覗かせた。
「ばけものぉ・・・・。」
 へなへなと尻餅をつく。
「何があった!?」
 粟倉は彼に詰め寄る。
彼のはれ上がった赤い目が、きゅっと見開く。
スっ。
 恐怖に凍り付いたその表情を変えず、彼は粟倉の後方をふるえながら指差した。
ごりっ!!
その時、彼が指差した方から音が響いた。

 何かを握り潰す音・・・・・。
ギュン!

ギュン!

 A.G達が赤い、スキャンレーザーの残光を残し、廻旋する。
彼らの暗視装置の赤から緑色に戻った視界がソレを捉える。

 後ろ向きに立つ・・・人・・ではない。
人より遥かに先鋭的な四肢を持った背姿。
ぎゅぅんんん
 A.Gのスコープの放つ赤い光・・・と同じ曳光を残し。
ソレは粟倉たちエドノキバの方を向いた。
彼らの動きがその瞬間止った。
「・・・・・怪物っ。」

 隊員の内の誰かが呟いた。
機械的に動く稼動型の赤い光を放つ瞳、それらは両目だけでなく、ソレの体の至る所に見受けられた。
黒い、漆黒の粟倉より頭一つ分くらい大きい四肢。
そして、鬼のようであり、竜のようであり・・・神話の怪物のようであると同時にひどく機械的な顔・・・。
 怪物が握り締めていた拳をワッと開く。
ぱらぱら・・・。
その怪物の手の中の、コナゴナに潰れ、破片と化したマネキンの頭が宙に散る。   
「うっ・・・。」                                                           だが、彼らは訓練されていた。いかなる状況 でも動けるように。
「撃てッェェェ!!」
 粟倉の叫びとともに隊員たちはとるべき行動に移った。
一斉に構え、そして。
ドッドッドッドッドッ!!!
 重なり合う、掃射音とノズルスパーク。
かん!かん!・・・かん!
 空薬莢が彼らの足元に積もる。
バっバッバッバッバッ!!
 怪物は先程の場所から動いていない。
流れ弾に当たった怪物の周囲のマネキンが破片に変わる。
(当たっている!!行けるぞっ!?)
ドスッ!!
 怪物の腹部に弾丸がクリーンヒットした。
怪物がそのせいで前屈みになったとき、ちょうどエドノキバの銃撃が止んだ。
ガチィィイ!!
 粟倉達は空になった銃器に弾丸を装填し始めるべくベルトの弾丸を取り出す。
が・・。
「な、何ィ・・・!!」
粟倉は隊員の一人の上げた声に顔を上げる。
――!!
 黒い怪物はまだ生きていた。
血、そう断言して間違いはないだろう、赤い液体を顔から流していたが。
――ジャラリ。
 前屈みのまま、怪物が手を彼らに差し出した。
粟倉は生唾を飲み込んだ。
その手にはいまにもこぼれそうな量の弾丸が盛られていた。
「う・・・。」
エドノキバ、彼らの手が止る。
(弾丸を・・。)
―――受け止めた!!?
 部屋に立ち込める硝煙の臭いの中。
粟倉はその怪物が笑った様にみえた・・・。
バァァァァー!
 怪物が手にした弾丸を宙にばらまく。
バラバラと、弾丸の雨が隊員たちの視界を塞ぐ。
からん、からん、からん、からん、からん・・・
 動く、怪物が。
からん!
 空薬莢の雨の中。
 その四肢に仕組まれた、稼動型の目が作る赤い残像を残し。
からん!!
ドドドドド!!!
 その時ちょうど、粟倉たち、6人のエドノキバは怪物の進行を阻むように広がったフォーメーションを組んでいた。
その最前の左端に立つ隊員に向かい、怪物が迫っていく。
「うわっぁ・・!!」
ヂガァ!!!
 反応遅すぎた。ガスマスク付きの顔面に肉眼で見えないほどの速度で突きが打ち込まれた。
オレンジの火花が散り、一人目の隊員が倒れた。
「くっ・・・ばけモンがっ!!」
 彼の脇に今やられた前衛と対象に展開していたもう一人の前衛が、いち早く再装填(リロード)された
サブマシンガンを構える。
だが。
「!?」――――ガシャン!
 サブマシンガンが彼の手から落ちた。
「なっ・・?」
痛みが走る。肩が動かない。何かが食い込んでいる。
「だっ、・・弾丸だとっ?」
 先程怪物が受け止めた・・・弾丸。
おそらく投げた振りをして、幾つか隠し持っていたのだろう。
それを怪物が、凄まじい速度の拳で、離れた隊員に向け、数発撃った。
バラッ・・・。
 彼の腹部にめり込んだ3発の弾丸が次に瞬間に落ち、同時にその膝が床へ落ちた。

ーギュン!!
 怪物が、赤い光を携え、次の標的に迫る。
「くっ・・。」
銃の装填が間に合わない。
「くそっォ!!」
凄まじい速さで、すでに彼の目の前に怪物はきた。
「この時をッ、弾丸(たま)を装填するわずかな隙をっ・・・!」
 彼に到達する直前、怪物が跳躍した。
彼は絶望しながら、叫ぶ。
「狙ってやがったなっ!!」
ドゴン!!
 怪物はそのまま、空中で回転しながらながらA.Gの胸部を蹴った。
空手で言う所の後ろまわし蹴りである。
ドタッ!
 埃を立て、空薬莢の散乱した地面へまた一人、エドノキバ突入要員が沈んだ。
「おおおおおお!!」
怪物の着地点のすぐ横の今の隊員とペアを組んでいた隊員が銃を捨て、サブパックより出したナイフを構え
怪物に突っ込む。
シュッ!!!
 勢い良く突き出された一撃は、焦っていたにしては正確な一撃であった。
ーが、次の瞬間。
 ナイフは怪物の身体をかすめることはなかった。
あたかも、空中で固定されたように・・・。
がっしりと、ナイフを持った黒い腕は人のものでない手に捕まれていた。
 次の瞬間、怪物の手に信じ難い力がこもった・・・。
「!!!」
 ごきっん!・・・。
嫌な音を立て、怪物の手の中にA.Gの装甲がつぶれ、中の骨の折れる感触が伝わった・・・。
「ぁぁぁぁぁぁぁあ!?」
ナイフを使った隊員が、遅れて伝わる激痛に絶叫した。
―――!?
 その時だった、怪物はその叫びに、まるで驚いたかのように手を放した。

「隊長!?」
 粟倉とペアを組んでいた、5人目の隊員が銃を構えた粟倉見て声を上げる。
「もう無理です!!退却をッッ!!」
パァァン!!!
 部下の絶望的な叫びを消すが如く。
発射音とノズルスパークとともに、粟倉の手のセミオートマテックが、ブローバックする。
きぃん!
 怪物に弾丸が着弾し、オレンジの火花が散る。
きぃん!きぃん!
続けざまの着弾。
「ちくしょう・・・。」
 彼の横で5人目がうめくように呟く。
「聞いてなかった!!」
きぃん!
 4発めの着弾。
「怪物(こんなの)が出て来るって知ってたらっ!わざわざ確認なんてしなきゃ良かったんだ!!そうすれば、そうすれば・・!」
 パニックになり叫んでいる部下の声をまるで聞いてないように粟倉は・・・。
きぃん!ドシャ!!ドシャ!!
 5発目、続く6、7発の着弾。
怪物からオレンジの火花と同時に血が吹き出した。
「ちくしょう!!もう、全滅だ!!」
 そう、叫んだ瞬間。
ガッ!
彼の身体を強い力が引っ張った。
「隊長!?」
 彼が振り向いた先には粟倉の顔があった。
彼は見慣れた、その狼を連想させる顔に・・・寒気を覚えた。
―笑っている・・・??
引きつった笑み・・・という表現が正しいのだろう。
 何故か鳥肌が立つような、不気味な笑み。
彼に、その笑みの理由を理解する時間は与えられなかった。
ドンッ!
彼は唐突に上官に後方へ突き飛ばされた。
よろめきながら・・・。
 後方より迫る、赤と黒の影に気付く・・・!
「!!?うわぁぁぁあああ!!!」
 すでに遅い、激突する!!と思った瞬間。
怪物は後ろ向きに飛ばされた隊員の肩に飛び乗っていた。
たっ!
 隊員を踏み台にし、空中で、怪物が粟倉の顔面へ脚が届く間合いに入る。
胴体をひねったそのモーションから、粟倉は蹴りがくると予想できた。
 一見、非現実的なそのフォルムからは予想できないほどの人間臭い『挌闘』という攻撃手段。
しかし、人間より遥かに鋭敏に動く、鋼鉄の四肢を持つ眼前の怪物が使うのにこれほど恐ろしい攻撃はない。
(右ッ!!)
 粟倉は装甲を纏った身体を低く屈め、残像を残すほどのスピードで右へ半回転させながら怪物の側面に回り込む、黒い右脚が鋭い音を立て、粟倉の頭上を通過した。
ガリ!
 足元の空薬莢をひき潰しながら、彼はまだ宙に浮いている怪物の脇にセミオートマテックの拳銃を構える。
「これで、おわりだ・・・。」
 粟倉が勝利を確信したその瞬間・・・。
「!?」
 戻ってきたのだ。
先程躱(かわ)したはずの蹴りが。
(こいつ・・・!)
 粟倉は迫る、赤い光をたずさえた黒い左脚を見ながら戦慄した。
(コマのように、空中で廻りながら・・・。)
怪物の、竜と鬼を混ぜたような面の牙がゆるんだ・・・様にみえた。
着地するよりも、自分が攻撃するよりも先に・・・。
(右と左の連続蹴りをっ・・・!)
 うかつだった、最初の右のまわし蹴りで怪物の攻撃は終わると踏んでいた。まさか空中で再度、逆の脚でまた蹴りを放つとは。
 旋風をまとい、最後の一撃が粟倉をみまう。
―――が。
パァン!パァン!
 粟倉の銃口が黄色い、ノズルスパークの光とともに作動する。
2発、着弾した怪物の右脚からオレンジの火花と共に赤いしぶきが上がった。
ガン!!
 怪物の左足が粟倉のA.Gの右肩のショルダーカバーを大きな音とともに吹き飛ばす。
粟倉はその後方へ転倒する。
・・・・・・だが。

 

NEXT!!