『彼女』はいつものように座っていた。
そのただっ広い空間で。
この場所でじっとしてどれくらい経つだろう。
「・・・・・」
 もう待つことになれた小犬のように。
じっと微塵の動きも見せず、『彼女』はただ座り込んで地面を見ていた。
 がたん・・・。
それは『彼女』にとって何年かぶりの異変であった。

 がたん!
『彼女』は突如響いたその音に何年かぶりに顔を上げた。
ズリ・・・ズリ・・。
 その音は『彼女』を囲う、その空間の唯一の人工物・・・本棚のむこうから聞こえた。
ズリ・・ズリィ・・。
 何かを引きずる様な無気味な音、それに誘われるように『彼女』は腰を上げた。
ズリッ!ズリッ!
 体がまだ慣れてないのか、『彼女』はややよろけながら本棚つたいに音のする方に向かう。

 ズリッ・・!!
『彼女』の目が大きく見開いた。
 永遠に続いてるのではないかと思わせる本棚の向こう側、その音の主はいた。

「・・・・わたしに眠る・・」
 そこにいたのは自分より年上とおぼしき少女だった。
浅黒い色の肌に長い、ウェーブのかかった髪の毛。
まるでお伽話に出てくるお姫様の様な、ドレスとティアラ。
・・・そして、彼女のその肌には無数の傷があった。
 擦り傷のようなものから、見るにも残酷な無理矢理引き千切られたかのような大きな傷まで・・。
それらのなかにはまだ出血しているものも在る。
「・・・の力・・・」

 

 その傷だらけのお姫様は、何かを呟きながら、ソレを引きずっていた・・・。

 

(おね・・・・・・がい・・。)
 テープの再生スピードを最高に遅くして再生した時のような声。
金太は地面に這いつくばりながら、その声を聞いた。
 背骨がとんでもなく熱い。
自分が撃たれたのだと彼は理解できた。
(し・・・め・・して)
(なんだ、また幻聴きいてんのか・・・俺。)
 金太は次第に意識が遠のくのを感じた。
(せ・・・かいを・・)
kak
 熱い・・・寒い・・冷たい・・・。
感覚が次第に消滅してゆく。
ue
(死ぬのか・・俺は)
isuru
 全てなくなる、感情も、感覚も。
金太自身にそれはどうする事もできない。
(せか・・・いを・・)
chikara
――怖い.
 もう、幻聴すら耳に入らない。
その瞬間、彼の頭の中はその言葉で満たされた。
だが、その感情すら長くは続くまい。
(嫌だ・・・死にたくない)
――死にたくない!!
(・・・を!!!)
ズッン!!           
(!!?)

 その時だった、
金太の背骨を、脳を何かが走り抜けた・・・。

 ズリッ、ズリッ!

その少女の背中・・・・およそ現実ばなれした光景を更に助長する物があった。
 怪物。
黒い、先鋭的なフォルム、ヒトの筋肉と戦車の装甲が一体化したような鉄の肌。
まるでまだ制作と中であるかのように、首や間接からは電機コードとも、神経ともつかぬ紐状の物質が飛び出し、チリチリと音を立て、青い火花を出している。
(機械のようで・・・機械じゃない)
 びくん・・!
見ればその肌とも装甲とも付かぬ側面が筋を立て、脈打っている。
(生きている・・ようで生きてない・・・。)
 それを背負ている奇妙な姿の少女より2周り以上は大きいであろう、そう、四肢を持ったソレを、その少女は背負い、引きずっていた。
 その顔・・面というべきかもしれない、鬼のようであり、竜のようであり・・・神話の怪物のようであると同時にひどく機械的であった。
シャイン・・・!
 三角形に釣り上がったその面の目の中の眼球が機械的に動く。
赤い曳光が『彼女』を照らす。

「どっち・・?」
 その怪物を負ぶった少女に気づいた。
「ねぇ、どっちに行けばいいの・・?」
「あなた・・・どうして・・ここへ・・?」
『彼女』はかすれた声で答え、聞き返した。
「逃げてきたの・・・『彼』のイデアがまだ不完全だったからね・・・だからあなたのちょっと特殊な意識下に紛れ込ませてもらったわ・・・ちょうど小判ざめのようにね」
 お姫様のような姿の少女は表情も変えず答え、更に続けた。
「どっち?教えてくださいな、急いでいるの・・・・。」
「あなたは・・・・。」
『彼女』はかすれ声で返答する・・・。

 

素体域基底座標:0:0:0///////@'&%$///.///.........ゲンゴ・・・・・・かくてい・・。
             

engage///SET A PREZENT FREE
 (何だ・・?)
更に金太の目の中を何かが走った、文字のようであったが、確認できない。
(なんだ・・・?)
 消えていた意識が戻る。
復活した彼の前には、黒い装甲をまとった男の足があった、それは自分の頭を踏みつけてるようだった。
 頭に何か冷たいものが当たっている、恐らく銃だろう・・・。
 だが・・・。
         s.number:zero

(今度は幻覚か・・?)
 金太の視界の中ぽっかりと、英文字が浮かんでいたのである・・・。
現実の世界に現れたたのではない、金太の視界の中にだけそれは現れた。
金太は気付いていないが・・・。
それらの文字は金太の角膜に直接浮かび上がっているのだ。
(普通・・・。)

「・・・ベター・・・・マ・・・」
 そこで『彼女』は言葉を切った・・・目を見てしまったのである。
強い意志を秘めた瞳・・等という表現では手ぬるい、どこか狂気じみた貫通力を持った瞳。
「急いでるっていったでしょう・・?」
一歩『彼女』に近づき、その瞳で真っ直ぐに見て言った。
(ちがう・・・このひとは・・・・)
『彼女』がその目に射られた刹那、 眼前の少女が初めていらだった様子をみせた
「早くっ・・・!」

 ガシッ。
怒鳴りつけながら『彼女』の肩を少女が捕む。
「どっちに行けば、『彼』にあえるの?」
 あ然としたまま『彼女』は本棚に叩き付けられる。
お姫様は怪物を背負ったまま『彼女』に顔を迫らせる。
「どっち?」ごくん・・・。
『彼女』は唾を飲み込んだ・・。

「お願い・・おしえて・・・」
その少女の、痛みと汗に歪んだ鬼気迫る、しかし冷ややかな表情におののいて。

 

どくん・・・キィィ・・・どくん・・キシュ、ドクッ・・・キイイイイイイイイイイ
ギィイィンンンンン・・・!!!

(!!?)
再び高まる心音がモーターのような・・うなり声のような・・・奇妙な音に変わるのが、金太の耳に聞こえた。

―――ここは心の中の世界・・・存在してるようで何も無い・・・。
 ぴしっ・・・。
彼女たちを囲う本棚にひびが入る・・。
 ぴしん!
―――わたしがおきればでられるよ・・・。
 本棚が倒壊してゆく。
多くの本が雪崩落ちる・・・。
「そう」
 本の洪水の中。
周囲の景色がぼやけてゆく。
 お姫様のような少女は『彼女』の肩から手を放す。
「迷惑をおかけします・・・ 」
 先ほどまでと態度はうって変わって、少女は深々とおじぎをした。
その背にのせた怪物がずり落ちかけて、小さくうめいた。
 天井が崩れ、光が射す。
少女は『彼女』に背を向け、光の方を見る。
光が彼女たちを呑み込もうとしていた。

 

「・・・・・再起っ!」
・・・光が全てをつつんだ。

 

 そして・・・。
彼の目の中に文字列が走った。


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@copy\\\\\\\\\\\\\\
ok

ccccccc
gggggggggAAAAAAAAAAttttttttttt

(こういうときって・・ふつう・・・)
ok
011110000000001011100000...............
ok.......
()~('%#%#%&#$'(%('((#$&)#$)%)%)(&%')($'&$&&%#)==

 (走馬灯とか見えねぇ?)
         ーengage!!


「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「!?」
 金太の頭を踏みつけ、銃を向けていた隊員があとずさる。
撃たれたはずの彼が突如たちあがったのである。
絶叫とともに。
 そして。
彼らが照準を合わせるより早く・・・。
金太の姿が消えた。

NEXT!!