そして。
          その空白のときは何の断りも無く、終止する。
          「ひっ」
           ザッ。
          粟倉の首にかかった、先刻まで装着していたガスマスクから分離した通信機から、ノイズのような音がした。
          「・・・諒解(りょうかい)。」
           金太は目の前の男・・・粟倉が引き金に指を掛けるのをただ見ていた。
          「悪く思うな。」
           粟倉には、下を向いている金太の顔は見えない。
          (こいつの後始末誰がするんだっけ…まぁ関係無いか)
           その時、ふとわいた取り留めない疑問に…
          粟倉は一瞬気をそらした。ほんの一瞬だけ、目の前の標的から・・・。
         その時、金太は初めて自分を撃ち抜かんとする男と目が合った。
          短髪の頭に、どこか狼を連想させる、鋭い顔に張り付いた鈍い光をたたえた目。
           金太はこの男の名前も知らない。一体どんな了見で、こんな事を知ようとしているのかも解らない。
           何も知らない、解らされない。
          ただこの場所で命を奪われるだけ。
        ・・・・・・。
          (嫌だっ!!)
          そう思ったとき、まるで銃弾が引き金を引かれ、飛び出すように・・・。
           体は自然に動いた。
          「!!?」
           ごずっ!
          粟倉、そして周りの突入要員達は、瞬間理解できなかった。
          粟倉の顔面に何かが当たった。
          「ぐっ!」
           粟倉はのけぞりながら、目の前の少年が投げたモノを見ていた。
          自分の鼻を潰し後方へ落ちてゆく物体・・・鉄製の蛇口である。
           そして。
          タッ!!
          屈み込んだ粟倉の横を金太が通り抜けた。
          すさまじい瞬発力と判断力に粟倉は感心した。
          まだ後方の隊員たちは次のアクションを起こせずにいる。
           ダシュ!!
          金太は彼らの前に躍り出て、体制を低くし、じぐざくに動きつつ彼らに迫る。
          空白の時間は長くは続かない。
           再びレーザーサイトが金太を補足しようそれを追う。
          しかし・・・。
          この距離では、金太の後方に居る粟倉に当たるー。
           都合の悪い事に、粟倉は暗視装置とガスマスクをもかねたヘルメットをはずしている。
          少しでも外し、それが粟倉の頭部にでも当たったら彼は間違いなく死ぬ。
           そして、それ以前に・・・。
          金太の動きが補足できないくらい早く、不規則だ。
          赤い光をかいくぐり、彼が迫る。
          「クッ!!」
           隊員の一人が金太との距離を見計らい、彼の足元に銃口を向ける。
          バッバッバッバッバッバッバッバッバッ!
          弾けるような、サブマシンガンの掃射音。
           しかし、跳んだ・・・。
          金太が足元へ伸びた弾丸の波をすんでのところで跳躍して回避したのだ。
          「ばかなっ!!」
          (オ、オレ・・・・)
           おもわず、彼を撃とうとした隊員が声を上げる。
          宙を舞う、黒いコートの少年。
           こちらへゆっくりと舞い下りて来る。
          それを追うように赤い光が一斉に空をむくが・・・。
          すぅぅ。
           まるで幻のように、ゆっくり彼は着地しようとしていた。
          が・・。
          ドガッァ!!!
        (なにやってんだろ・・・)
         まさに足が地に付こうとする瞬間・・・。
          金太の体はその音とともに吹き飛んでいた。
          「何をしている・・・。」
           隊員達は声の主がゆっくり起き上がるのを見ていた。
          彼の構えた拳銃から硝煙が上がっている。
          ―クイ。
           粟倉は顎で隊員達に指示を仰いだ。 
          倒れている金太に近づいた。
           暗視装置ごしにうつ伏せになった彼が見える。
          粟倉が放った弾丸は彼の背に当たった様であった。
          ガシッ・・・。
           隊員の一人が彼の頭を踏みつける。
          サブマシンガンから持ち替えられた拳銃の銃口が彼に向けられた。
          引き金がひかれる・・・。
          弾丸が飛び出し、彼の頭を撃ち抜き状況が終わる・・・。
         はずだった。
         
        