Special thanks                   chamu   けんパン

 

 

 

ゴゥゥゥン・・・。

「・・・人間の頭ってな…潰れるとざくろみたいなんだぜ・・・」
 目を被うゴーグルとガスマスクを貼り付けた、鎧兜に似た形状の黒い頭が横にある同じ形の頭に言った。
「・・・・は?」
 声をかけられた方の黒い頭は困った様子で、そちらを向いた。
「・・・・」
 声をかけた方の頭が、相手を置き去りにして前方へ向き直る。
そこには、能面のように愛想の無い顔の黒い制服姿の男が立っていた。
その顔に張り付いた、細い目が彼をあからさまににらんでいた。
(ふん・・・)
 黒いその兜の中で、男は鼻を鳴らした。

(・・・なんて退屈なんだ)
 彼は毎日のように思っていた。
飯を食うときも、寝るときも、訓練の時も・・そして任務の際すら。

ゴゥゥン・・・。
 体を揺する緩やかなゆれ。お世辞にも広いとはいえない車内は異常な空気が張り詰めていた。
そこに詰め合わされた人間たちが特殊な・・国家の治安維持に従事する職務につく者であるからだろうか。
それとも彼らの出動という事が治安を著しく破壊する事態とイコールだからか・・?
いずれも正解であろう。しかしそれだけではない。

X:000 Y:000 Z:000
 屈強な男達の頭部をすっぽり覆った黒いヘッドギア。その中の彼らの視界は情報に満たされた緑色に覆われていた。
OUT.........

「以上ブリーフィングを終了する・・重ねて言うが今作戦は貴様ら特機1班が主となる任務だ、敵の武装が未確認である以上、あらゆる事態が想定される。本庁のSAT連中もこちらに向かってるらしいが・・・遅れをとるような真似は許さんとの隊長からのご達しだ。」
 先ほどの、能面のような顔の、指揮官らしき人物が車内で左右対になって並ぶ男達に威圧的に言い放つ。
いや・・1目で男達と言っていいかわからない。そこに居るもの達は一見、人であることを疑う服装であったからだ。 彼らの着こなす機械仕掛けの漆黒のヨロイ・・・無駄な飾りなどはなく機能性のみを重視しながらもその外様は見るものを威圧してあまりある。

・・・A.G(Artifact Gear)・・。                                                                

 戦場の局地化、くわえて電子戦、情報戦の異常な複雑化により、それらを長期的に維持するのが困難になると予見した軍事技術の卑小な産物である。
 だが、その無骨な装甲の下には20世紀末、アメリカを中心にして起こったRMA(軍事革命)のノウハウが凝縮されている。
 衛星からの情報による正確な戦場(フロント)の座標のリアルタイム把握、頭部ヘッドギア内のCPUによる大部隊から一個小隊の兵士1個人に至るまでの情報共有・・。そして対機銃装甲、パワーアシスト機構、推力付与等の強化装置。歩兵用装備から専用装備に至るまでの豊富かつ容易な武装交換等。敵を捉え、撃滅するためだけの技術がそれには用意されていた。

(なぜ俺らがテンパらなけりゃならんのだ・・)
 すぐ頭の上の天井を仰ぎながら・・・彼は例によって高まる緊張とは裏腹にそう感じていた。
彼らがでしゃばると言う事はつまり通常の警察業務では手におえないような状況・・。
 ハイジャック等の人質事件や、反政府組織活動の防止、武力による大規模な国家への対敵行動・・、3年前世を震撼させた「E事件」のような状況が展開されており、自衛隊の治安介可能な限りを防ぎ、迅速に治安維持を敢行すべき状況であると限定されている。むろん事後、事前の2パターンがあるが。

 しかし今回はあまりに妙だった。
副長の口から語られるはずの敵の詳細は「武装は不明、敵は単独と推定」と言う事のみ。更には任務の種別は「突入」・・・、しかも市街地の廃ビルにである。単独犯が人質も無く1個所に立てこもる・・。それはすでに降伏してるに等しい。そもそも1部には公にはされていない荒事専門屋である彼ら・・・。               公安機動捜査隊特機1班(第1小隊)。A.Gと多様な重火器で武装された対テロ特殊部隊が、でしゃばるような幕では無い事は明白だ。自分らおおっぴらにが動けば必ず特殊なその命令系統から警視庁の連中と摩擦が起こる・・。彼を含め、公安機動隊の隊員全員が自覚してる事だ。

「何か質問は?」
 副長の半川が付け加えた。彼はよほど質問しようかと思ったが辞めた。
意味はない・・。どうせ退屈だろう・・、事実がなんであれ。
「到着5分前・・。機銃装填!!」
 粟倉がそう思ったのと、ほとんど同じタイミングで副長が鋭い声を発した。
チャ。
 規則正しくといってもいいほど隊員達は一斉に顔のゴーグルを上げた。様々な顔は皆一応に緊迫していた、彼も端からはそう見えるだろう。
パチ。    

ガチャ!ガチ・・。                                              

ガコッ・・。                                                                

ジャァ・・・                                                                                    
 A.Gにたすきがけされた金属ベルトから銃弾が各自の手持ちの火器に装填される。
ジャキ・・・・!!
 車内に無機質な装填音が響いた。
(やはり・・・)
 彼は自分の前に立つ副長に気が付いた。
「健闘を祈る・・・粟倉巡査長」
(人間相手じゃ無理なんだな・・・)
 上っ面だけの敬礼をしながら彼・・警視庁公安機動捜査隊特機第1班「エドノキバ」部隊長粟倉大介は内心落胆した。
(なんて退屈なのだ・・)

「・・了解しました。現場の確保にあたります。」
 そういって警察官は無線を切った。
(やたら肌寒いねぇ・・今日は)
今年は冷夏だといわれてるが、昨日まではあくまで平年より低めといった頃合いだった。            だが今日の気温ときたらまるで秋の暮れのようだ、真夏の気配など微塵もない。
 まぁ年中制服である彼らには有り難い事なのかもしれない。

「・・おい何見てる?」
 パトカーの中から窓越しにまだ警官になって大して経たない後輩に声をかける。
「そんなにおもしろいか?」
「ええ・・こんなとこに廃虚があったなんて知らなかったですよ。」
 別に興味はなかったが警官は眼前のビルを見上げた。
3階建ての手狭なビル・・外容は黒くくすんでおり、ビルの中には人の気配がある様子がなかった。
世界有数とされる華やかな電気街の一角にありながらその華やかさに反抗した・・・どこか退廃とした、まるで異世界の入り口であるかのようなおもむきを見せていた。
「まぁ、結構立地条件はいいのにな。幽霊でもでるんじゃねえか?」
 警官はパトカーから出ると後輩の尻をたたいた。
「まぁそれより仕事だ・・・サットの方々が大挙して押し寄せるんだ・・野次馬近づけるんじゃねえーぞ」
 新米警官は一瞬耳を疑った。
「さ・・・SATですって?」
「そうだ」
 一瞬、新米警官は思考を整理しながらこういった・・。
「・・ラッキィ♪」
 ばし。警官は後輩の頭を引っぱたいた

「馬鹿かお前は・・・」
「だ、だって・・・あれって、機密保持のために一般に公開詳しくされてないでしょ?滅多にないですよ、こんな機会!いやぁどんな装備してるんですかねぇ?」
 すっかり浮かれてる新米に先輩警官この先を思いやられたか、警官は顔を押さえる。
「あれ?」
 にやけた後輩警官の顔が止る。
「今度はなんだ?」
警官は更にウンザリした顔で尋ねてみる。
「でも確か俺達ただ巡回中に不審者が出たってんでここまで来たんですよね・・・・」
 彼の脳裏には先刻追いかけた青年・・・パトカーで追跡しただけで正確な年齢はわからないが、髭ずらの季節外れなコートの男が走って逃げる様が浮かんだ。 返り血を浴びたのか・・それとも出血したのか・・彼の衣服や体には至る所に血らしき赤い染みが見受けられた・・。

 自分達の制止命令を聞かず、逃走し、ここの廃ビルに入り込んだのだ。
「奴が武器とかもってるようには・・俺には」
「あんだぁ?すると俺がただの不審者を凶悪なテロリストと誤報したとでも?」
「い・・いえ・・そーいう意味では・・」
先輩に睨み付けられ後輩警官は萎縮する。
「多分、指名手配中の凶悪殺人犯かなんかなんだろ?あの返り血みりゃぁロクな奴でない事は明白だァ」
いい加減苛ついた口調で先輩警官は続けた。
「しかし・・なんかあいつ随分若かったような・・」
「!」
 二人は言いかけて、視線を自分たちの背後の立ち入り禁止の黄色いテープを持ち上げくぐろうとした1人の男に向けた。
「すいません・・関係者以外は・・」
そういって中年の男・・年の頃は30半ばから40代、物珍しくも無いワイシャツ姿の男を制止した。
「ん・・・?」
 柔和そうな男だ・・と2人は思った。しかし、それは何処か仮面・・人を欺くため付けている表情ではないか・・
根拠こそないがそう2人は一瞬そう思った。
「ああそうですね・・。」
 開いてるのか閉じてるのかわからない目を彼らに向けながら呟いた。
「確かにあなた達にはちょっと下がってもらわないと・・。そこどいてください、邪魔になりますから。あとこのテープもちょっと取っ払います」
 ギリ・・びりびり・・。彼らがその男の発言を理解する間もなく・・その男は黄色い、現場確保用のテープをポケットから取り出した十徳ナイフで切り払った。
「な、貴様ッ!!何するだァ!!」
 慌てて警官は、彼を後ろから押え込む。そして一つ気づく・・この比較的小柄な男が意外やがっちりとしてることを。
「オイ!お前!何してる!手伝え!・・ん?」
 あさっての方向・・集まり出した野次馬の方を向いている後輩に怒鳴りながら彼は2番目にに気づいた。
野次馬達のざわめき・・それらはいずれも一方の方向に向かっていた。交通制限され検問の引かれた道路の向こう・・・。こちらに向かう黒い装甲車にである。
 装甲車という言葉は厳密には戦車のみを指すのではない。敵弾からその身を保護するために鉄などの装甲・・・ またはそれに準ず防御策を施された車両をそう分類する。
前輪後輪合わせて8つの車輪が轍を噛むこともなくゆったりと近づく・・・。
 漆黒の外装に白く染め抜かれた公安機動隊の4文字・・。
「・・・あれは・・!」
警官はその文字に驚きとも懐疑ともつかぬものを感じた。
「失礼。」
集中力を切らした警官から男は拘束を解いた。
「はーい。すいませんねぇ・・ちょっと道をあけてくださいねぇ〜。」
 すでに現場はその男が仕切っていた。
「・・・なんなんですか?あの男・・。」
後輩の不安げな声に警官はようやく我に戻った。
「知るか・・。」
 ぶっきらぼうに返答しながら彼らはどよめきとともに近づく装甲車を見あげる。
「ただ・・・。」
 警官は言葉を詰まらせた。はたしてこれを目の前の後輩にいって良いものか・・やや迷った。
ゴゥゥウゥ・・車両が廃ビルに横付けされる。
「公安機動隊・・・警視庁内にありながら特殊な命令系統・・上は公安委員会のみって組織があるって話しだが・・。」
 警官はどこか自嘲めいた呟きをもらす。
「あくまで噂だ・・まさか・・」
 ギュィィンン・・。車両の後部が鈍い音とともに開く。そこにあった光景に警官達は目を細めた。
まるで巣から這い出るアリ・・。しかしアリとの共通項はその黒光する装甲のみだ。
―実在したとは・・!

(株)桜上水重工制軽装強化甲殻(ライトタイプA.G)‘05式巌武’
 暗視装置とインテリジェンス・エアリング(情報共有)システム付きの異様な外装のガスマスク。
対武装暴徒鎮圧用に制作された軽装タイプ・・装着者の運動能力を極力制限しないようパワーアシスト機構は極めて簡易。そのため各種の作戦行動はチーム 単位の行動が必須であり、高いチームワークによる互いの死角防御も必至である。局地戦で運用されている軍用のA.Gにははるかに劣るが、たった1人の犯罪者への対応には大袈裟すぎるともいえる代物である。 そう、それがただの犯罪者であるならば・・。

 狭い車内から無駄のない動きで排出され、彼らは整列した。手に持たれる執行用の火器群が人々をこの上なく威圧する。
カツカツカツ・・。
 靴音ともに、車内から一人だけ装甲を付けていない男が現れる。
「大滝警部。」
 公安機動調査隊機動警備大隊副長半川は大滝・・小柄なその男に敬礼した。
異様な空気だった。電気街という日常に現れた群れつどう鉄の塊・・A.G部隊。
だが・・。
「あ〜。ちょといいですか?」
 まったくその空気を無視したように呑気な口調で大滝は警官達に尋ねる。
「はっ・・ハイ!!」
警官達は・・さきほどの行為のせいもあるだろうが・・やたら大袈裟に敬礼した。
「現在までの状況、説明してもらえませんかね?」
 大滝はふと、聳え立つ廃ビルを見上げた。太陽の光が射したのだ。しかしそれは一瞬で雲に隠れた。

NEXT!!