パシュッ!
「二階に一人いるぞ!気をつけろッ!」
壁を背にして座った、白地の都市迷彩とヘルメット。黒いゴーグルに身をまとった男が、黒い銃身を抱えながら叫ぶ。
「横から回れッ―!」 
男は、横に座っていた自分と同じ姿の男を押す。
ジリッ
彼はすぐさま身を起こし、頭を下げたまま走り去る。パシュッ!
 彼らのすぐ頭上から、壁の一部が弾ける音が聞こえた。
「ちっ…」
男の高い鼻に、汗の玉が輝いていた。
男は、一旦息を整え。
ガチッ!
機関銃の腹を、自分が背にしていた壁の上に当てた。
次の瞬間、銃口がスパークし。
 ガガガッ!!
辺りに空薬莢を撒き散らす。
弾丸はすぐさま前方の、白い建物の壁に幾つかの丸穴を空けた。      
「ぐあ…ッ!」
そこに立っていた、男のものよりワンサイズ小さい機関銃を持った、カーキ色の服の男が倒れた。
パシュ! 
 男のすぐ横に着弾し、壁の破片が飛び散る。
「ちっ」
 壁に身を再び隠すと、男はジャケットについた無線機を口元に持ってくる。
「ジョージ! ハリソン!援護を頼む! ビルとハーケネンはおれに続け!!」
男はパッドのついた膝をついて立ち上がると、壁から前方を伺い、飛び出す。
 銃口を上方に向け、再び引き金を引く。
数秒続く。腹を揺さぶるような音。
 それに続くように、彼の横の壁からも同じ都市迷彩の男が、二人飛び出してきた。
 チュイン!チュイン! 
風と、黄色い光を切って走っていく男達の右肩には。青地に描かれた白い星と、赤と白のラインが描かれたワッペンがつけられていた。
 チュイン!チュイン!  
 男達が迫る前方…。
折れた尖塔。
所々が破れたステンドグラス。
入り口が壊れ、玄関に砂袋が置かれた教会の入り口には、カーキ色の服の男が、三人。
機関銃を作動させながら、立ちはだかっていた。 
 ガッ!
「うっ!」
体を反らし、腹部から血を蒔くようにして男の一人が倒れる。
 ガ!ガチンッ!!
それに続けさまに。
ヘルメット越しに銃弾を受け、火花を散らしながらその横の男も倒れた。
「くッ…」
 チュイン!!
残された男の耳元を、鋭い音が掠める。
 飛びのくようにして、男は壊れた扉の中へ消えた。
ガガガッ……。
教会の玄関のほんの数メートル前にある、上部がほとんど崩れた壁の前で身を伏せていた、先程の都市迷彩の男が手を上げ、横の男達の銃撃をやめさせた。
ガチッ…。
彼は首を屈めたまま、機関銃のカートリッジを取り外し、ジャケットに付いたものと交換する。
となりの、彼より背の低い男は腰のベルトから手榴弾を取り出した。
 背後を伺いながら、栓を外し、それを投げようとする彼を…。
隣に座っていた大柄な黒人男性が肩を掴んで止めた。
 手榴弾の栓を掴んだ男は驚いた表情で、彼の深刻そうな、潤んだ瞳が指す方を見た。
「…!?」
 低い壁の向こう、教会の入り口には、先程の男を含めた、三人のカーキ色の服の男と。
「…連中、狂ってやがる」
二人に遅れて、後ろを見た男は、目を細めてそう漏らした。
カーキ色の男達が持つ機関銃の銃口は、その前で手を頭に組まされた五人の子供達を向いていた。
 痩せ細った、色素の薄い金髪に、白いシャツを着た少年。同じ金髪で、良く彼と似通った顔の少女。
黒い髪の、背の小さな少年。
二人の、背丈は違うが、よく似た顔立ちの赤毛の少女。
…彼ら、彼女らはいずれもやつれた表情で、裸足で階段を降りさせられている。
 その様子を一つづつ、壁越しに確認すると。
黒人の男は壁にもたれ、目を閉じ、小さく胸の前で十字を切った。
 壊れた教会の前で男達は、一瞬膠着した。

チュイン…チュイン…。
それほど遠くない所から、銃声が聞こえていた。
 パパパパパ…。
 長い髪をした影が、壁の破片が転がった床に置き去りになった、木製の椅子に掛かる。
ぼろ布をまとった、ブラウンの髪の少女を、腕に抱き上げたまま『彼女』は周囲を見渡す。
 天井抜け落ち、二階から青い光が入ってきていたが、『彼女』達が居る室内は、机や戸棚がそのまま残り、つい先程まで使われていたかのようだった。
 パパパ…。
 『彼女』は、少女とは逆の側…天井の光に、暗く照らされた家の入り口の方を睨んでいた。
 その唇がかみ締められているのが、逆光の中でも解った。
不安げに見上げていた少女は…ゆっくり『彼女』の胸から、椅子の上へと置かれた。
「え……」
 驚いた様子で、少女の紫の、どこか眠たげな瞳が『彼女』の顔を見上げる。
「少し…ここで待っていて」
 すでに少女の目に映っているのは、『彼女』の背中だった。
「まって…!」
椅子から慌てて立ち上がり、少女は黒い服の端を掴んだ。
「ひとりに…しないで…」
弱々しくも、懇願するような声が、青い光の逆光になった部屋に響く。
『彼女』は振り返り、少女を見る。
「……」
チュイン……。
自分の服を掴んでいた、小さな手を長い指が掴む。 
「わかった…」
 一つ頷いて、『彼女』は少女を見返し、笑みを見せる。
 それにつられるように、それまでずっと、ぼんやり生気の無い表情をしていた少女の汚れた顔に。
小さな笑顔が浮かんだ。

 チュイン!チュイン!
鋭利な音が、壁を強く振動させる。
 黄色い光が、壁の穴を抜けていく。
「ちっ!!」
身を狭くしながら、壁の真ん中に居た男が、後ろを向く。
 チュイン!チュイン!
顔を上げ、目の前で飛び散る壁の破片にやられない様、目を細めながら。
彼は、音と弾丸が来るほうを見る。
 教会の前の男達は、砂袋の前に立たされた子供達の肩を、銃座代わりに使い、都市迷彩の男達が隠れた壁に穴を穿ち続けていた。
 チュィィン!
「うっ!」
 両の肩の前に置かれた、銃口がスパークした。
耳のすぐそばから聞こえる、つんざくような音に耐え切れずに金髪の少年が頭を下げた。
チュィン!
カタッ。
壁の欠片が、壁の右端に居た黒人の男のヘルメットを叩く。
男の額から汗が、地面に落ちていく。
チュイン!
黄色い光が、右端に座っていた男の肩のすぐ横を掠める。
自分の体のすぐ側の穴が、徐々に大きくなっているのが、そこからもれる光でわかった。
ザッ。
その時。彼のジャケットに着いた無線機から音がした。
『ボス! どうするんですッ!』
 チュイン!チュイン!
「援護しろッ、このままじゃあやられる!!」
男は 無線に向かって怒鳴り返した。
「軍曹ォッ!」 
チュイン!
 上から跳んでくる黄色い光を避けながら、黒人の男が野太い声で叫んだ。
「無関係の…子供が!」
「ビルッ!命令にしたがえッ!」
 機関銃を抱き寄せたまま、二人の間に座る男が叫ぶ。
ビルと呼ばれた黒人を、無線に応えていた男が見た。
「祈るんだ…」
 チュイン…。
息を切らしながら、男は無線機を握り締め、ビルの目を見て言った。
「それしか…ない!!」
言葉の途中で、男は背を翻す。
 それが合図になったかの様に、残りの二人も続く。
 機関銃の先端が、壁の上に置かれ。
 ビルの目が、銃身に取り付けられたサイトに合さる。
 三つの人さし指が 同時に引き金を引く。
ガガガッ!!

スパークと、硝煙とともに放たれた弾は。
体勢が高かった、右端のカーキ色の服の男の腹部に着弾した。
「あッ!」
黒髪の子供の肩をかすり、
 ドズッ!
その背後の、男の胸に突き刺さる。
 機関銃を投げ、その男は後方へ倒れた。
 チィン!チィィン!
高すぎる軌道の銃弾が、教会の壁に穴を空けて行く。
 ドズッ!
重い音とともに。
白いシャツの少年が崩れ落ちた。
「…!!」
 ビルは、サイトから目を上げる。
 倒れた少年に向かって、すぐ隣に立たされていた同じ髪の色の少女が何か叫んでいた。
「ビルッ!」
銃撃が一瞬止んだと同時にビルの巨体が壁をまたぐのを、隣に居た男が見る。
「止まれ!まだ二階に…!」
 教会に向かって、撃ちながら前進していくビルの姿を見ながら、彼に軍曹と呼ばれた男が叫ぶ。
ズンッ! 
倒れた少年の前で、立っていた男が体を反らして、階段の上に倒れる。
汗を散らして、ビルは尚も前進を続ける。
「…くっ!」
 パ―――ンッ!
次の瞬間…軍曹は壁に泥に汚れた顔をうずめた。
赤い飛沫が、そっくり返ったビルの胸から上がっていた。
そこから伸びた、銀色のネームプレートと、小さな十字架に反射した日の光が。       
壁の向こうでその様子を、口を空け見ていた、彼の同僚の目に映る。
ドサッ…。

「……」
青い瞳が、ひび割れた教会のステンドグラスを見上げる。
「ビル……!!」
 『彼女』の目の前で、壁に身を隠し、二人の都市迷彩を着た男が、向こうに向かって名前を叫んでいた。
 チンッ。
白い手の中で、黒い二本の鉄骨が重なった。
「ビル…!ビル…! 畜生ォ!」
壁の向こうに向かって叫ぶ部下の横で、軍曹は泥で汚れた顔を、後ろに向ける。
砂地の上を、悠然と進む人の姿があった。
黒い、ボロボロに引きちぎれた、奇妙な詰襟の服…。
硝煙混じりの風になびく、長い髪…。
そして、そこから覗く青い、澄んだ瞳。
軍曹の顔が、怪訝そうにしかめられた。
『彼女』は…彼が見ている前で歩みを止め。
シュッ!!
体を反転させながら、その手が宙を切った。
ガシャンッ!
数秒の間をおかず、ステンドグラスに穴が穿たれる。

「ぐぁぁぁ!」
ステンドグラスの内側に立っていた男が、目から刺さった鉄骨を握り、絶叫しながら倒れる。
暗い足場に、男の持っていたライフルが転がった。

 軍曹と、隣の男は壁から顔を出し…。
 その、平然と歩みを続ける女の姿を見た。
 やがて、『彼女』は倒れたビルの黒い巨体の横を通る。
そして、頭から血を広め倒れている、金髪の少とその横で膝を抱えた少女の横を通る…。
 伸びてきた白い手で頭を撫でられ…その少女は顔を上げた。
 『彼女』は裸足で階段を上がる。
 その様子を、肩の出血を抑えながら黒髪の少年が見あげる。
パァーンッ!パァーン!
その時、二発の銃声が聞こえ、『彼女』の体を反らし、膝を落とす。
 二人の赤毛の少女が、目を丸くして息を呑んだ。
だが次の瞬間、軍曹達が見守る前で…。
 前屈みになっていた『彼女』は、姿勢を戻し、再び何も無かったかのように歩き出す。
 
「!!」
木製の長椅子の列から、まっすぐ伸びる赤い絨毯の上。
ステンドグラスから入ってくる明りに照らし出された台座の前に、拳銃を持った男が居た。
「貴様は…」
 拳銃の銃口からは、硝煙が立ち昇っていた。
その硝煙に照らされた、汗にまみれた顔が向いた先…。
 壊れた扉から入る光を逆光にして、長い髪をした人影が浮かび上がる。
「いった…」
拳銃を構えた男が、言い終える前に。
白い素足が、床を蹴って飛び出した。
男が、引き金を引く間もなく…。
 ズンッ!!
鉄骨が…男の腹部に突き刺さった。
崩れ落ちる男から、体を離し…。
『彼女』は顔を上げた。
白い顔を、薄い光が照らす。 
…視線の先の、損傷の少ない、極彩色のステンドグラスには子供を抱いた聖母の絵が描かれていた。

 壊れた扉を開け、『彼女』は再び教会の玄関に立つ。
 階段の下に…。
あの、ぼろ布を着た少女の姿があった。
彼女は、すぐさま『彼女』に向かってかけよってきた。
『彼女』も階段を降り、少女に近づく。
 『彼女』を見ると、少女は安堵したように笑みを浮かべた。
 だが、少女の肩に手を置くと、『彼女』はその後方を見た。
ヘルメットを被った、大柄な黒人男性がそこに倒れていた。
少女と手をつないだまま、『彼女』は彼に近づく…。
その黒い口がまだ小さく呼吸をしている事に、少女は気づいた。
「……」
ぼんやりと彼を眺めていた少女の横で、『彼女』は膝を折り、彼の顔が良く見えるようにした。
薄っすらと、彼の瞳が開いた…。
「はぁ……神よ…ぁ…どうか…」
息を絶やしそうにながら、男…ビルは言葉を吐き出す。
「お許しください……」
その顔に、無数の脂汗が浮かんでいた。
「……」
『彼女』は一旦、少女と繋いでいる手を解くとジャケットで守られた、ビルの体に手を回した。
 都市迷彩に覆われた巨体が、いとも軽々と華奢な腕に抱き起こされる。
…その様子を、『彼女』の周りを囲う子供達が、息を呑んで見ていた。
『彼女』は、ビルの胸板に頬を当て、その頭を腕で抱える。
「……ママ」
すでに弱々しい息をするだけしか出来なかった口が…最後の言葉を吐き出した。
 ビルの瞳が閉じ、口が呼吸しなくなっていくのを。少女は目をこらして見ていた。
 
地面に彼を寝かせると、『彼女』は背後を向いた。
自分と目線があった事に。自分と同じ色の髪を、血に染めた少年の頭を膝に抱いた、金髪の少女ははっとした表情を浮かべた。
『彼女』が近づいてくるのを見、少女は少年の頭を地に寝かせ、血のついた服の前で手を組んだ。
 それにつられる様に…。
二人の赤毛の少女…。肩から血を流した少年…。
子供たちが、『彼女』と、ブラウンの髪の少女を囲い、ひざまづく。
 そして彼らは、手を組み、『彼女』らにむかってこうべを垂れた。
――その勇猛は幾万の騎士にも勝り。 
ブラウンの髪の少女は、ふと後ろを向く…。
――聖母の慈愛と死神の冷酷を併せ持つ。
 教会の玄関の前には倒れた、同じカーキ色の服を着た、三人の男の死体があった。
――慈悲を持って差し伸べられる、漆黒の手…。
「……」
紫の瞳が、白い、どこか精悍さを感じる『彼女』の顔を再び見あげる…。


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