ゴォォ…。
青い星空と、太陽に照らされ明るくなった雲に向い、赤とオレンジが混ざり合った炎が、黒く盛り上がった煙と供に吹き上がっていく。
――ソコカラナニガミエル…。
夜明け前の空に向かって、高く積み重ねられた白い瓦礫が煤けていく。
ジャリッ…。
淡く青い闇の中、擦り傷に覆われた白い素足が、瓦礫の混じった砂地のブーツの足跡が残った部分を蹴る。
黒煙と炎に燃えさかる白い瓦礫の山に向かい。
足は前進を続ける。
その足が不意に止まった。
青い瞳が瞬きをする。
―――そ………。
腰まで伸びた、ピンクの髪。真新しい擦り傷にまみれた、白い横顔。
…壁が崩れ落ち、内部が剥き出しになった白いビルの前に立つ、『彼女』。
その足元に倒れた男の姿があった。
―――そこから何が―――なにが見える?――
『彼女』の…擦り傷にまみれた白い顔が、周囲を見回す。
若い…年老いた…男の…女の。
上空では日が昇り、次第に夜空を薄い紅と、白い光で駆逐していっていた。
日の光と、眼前で原型を留めなくなった瓦礫を燃やす炎に、辺りが暗い青から一変して明るくなっていく。
砂の上に散らばった無数の建物の破片の上に…数名の人々が、『彼女』を囲うように横たわっていた。
―――ここからは何も…。
壊された窓から薄黄色い光が溢れてくる。
それがボロボロになったカーテンと、窓の前に置かれたベットを照らし出していた。
パサッ。
小さな音をたて、紫の服を着た人形が廃屋の床へ落ちる。
その様子を、ベットの上に横たえられ、薄汚れた布切れにくるまった少女の、紫の瞳が見ていた…。
闇から彼女の横へと腕が伸びた。
コンッ…。
腕は彼女のすぐ横に、先端の中ごろが二つに割れた銃身を持った銃が立てかける。
少女はその銃身が反射する、青い光を虚ろな瞳に映していた。
床に落ちていた人形が汚れたブーツに踏みつけられる。
踏みにじられる自分とお揃いの色の毛糸で出来た髪をした、その人形を少女は見る…。
幼い少女は、次にその紫の瞳で、自分にかかる影を見る。
暗がりの中にカーキ色の服をまとった男が立っていた。
暗がりの中から、男は彼女にゆっくりと迫る。
ゴォォォ…。
風が、淡く青い闇に包まれた、崩れた街並みを吹き抜けた。
「やめろ…!」
腰まで伸びた、ピンクの髪。真新しい擦り傷にまみれた、白い横顔。
…壁が崩れ落ち、内部が剥き出しになった白いビルの前に立つ、奇妙な黒いボロボロの服を着た若い少女…。
『彼女』は叫んだ。
足元に転がったガラス片に、その声が反響する。
ベットがゆっくりと軋み、男の体が、布切れに包まった少女に覆い被さった。
少女は、男の体の向こう。抜け落ちた天井に向かって立てかけられた銃を見た。
それを映して、うつろな紫の瞳が瞬く。
瞬く…。
ギシッ…。
暗闇の中で、ベットが軋む。
ギシッ…。
少女の瞳が閉じられる…。
再び、闇の中から腕が彼女の横に伸びた。
腕が、ベットにたてかけられた銃身を掴んだ。
ブラウンの髪の少女の、土と煙に汚れた顔はもうそれを追おうともしない。
彼女は口を微かに明けたままただ宙を見ていた。
だが、次の一瞬。
紫の瞳は自分を覆う影の方へ動いた。
彼女の目の前に、青い光を反射させる銃口があった。
彼女の目線が上へ動く。
銃身と、それを支える手の先に男の顔があった。
その口は歯を見せて笑っていた。
瞬きをしながら、視線を再び男の手元に戻す。
引き金に人差し指が掛かかる。
それは…ゆっくりと引かれて…。
―――――何も見えない。
「アァァァッッ!!!」
人間とは思えないくらいの強靭な絶叫とともに、崩れ落ちた小さなビルの前に立つ、『彼女』の髪が宙に乱れる。
地上には一様に崩れ、原型を留めない白い建物が規律を無くし並んでいた。
ォォォォ…。
低く唸る様な音をたて、風が彼女の周囲に起こる。
砂煙がそれについて起こった。
ォォォォォ…。
風が吹き抜けた後も、唸る様な音は止まらなかった。
ォォォ…。
その音は、死体と瓦礫の下から徐々にその音量を大きくして、近づいてきていた。
カタカタ…ッ。
瓦礫の上の、更に小さな瓦礫が揺れた。
ゴォォォ…。
燃えさかる瓦礫の山が揺れ、煤けた破片が地に落ちていく。
ゴォォォォ!!
地面が、跳ね上がった。
爆発音にも似た音とともに、燃えさかる瓦礫と化していた白い建物は、その中腹から火の粉と炎を吐き出し崩れていく。
炎に包まれた瓦礫が、彼女めがけて落ちてくる。
青い瞳が、まっすぐにそれらを見据えた。
ズゥゥゥゥゥン!!
垂直に、燃えた瓦礫が、激しく振動する地面へ突き刺ささった――。
ォォォォ…!!
突然起こった揺れに、銃を構えたまま、男はその無精ひげの生えたあごを上げた。
天井からパラパラと、破片が落ちて来る。
ぼんやりと、呆けた表情の少女も周囲を見る。
ゴォォォ。
ガタッ!
天井が、元から抜けていた部分からたやすく崩れ落ちる。
破片がベットのすぐ横に落下する。
男はベットの上に立ち上がった。
ゴォォォ…!
揺れと、破片の落下は収まらない。
男は頭のヘルメットを抑えると、銃を後ろへ投げ棄てる。
カンッ、カンッ。
上から落ちて来る破片をはじきながら、黒い銃身が床を滑っていく。
揺れと、天井からの落片は止まらない。
男はベットから飛び降りる。
ゴォォォ…。
足元を襲う振動に足をとらわれながらも、男は向こう側、闇の中へ消えて行った。
―――ガァン!
塊が、少女の横たわるベットの真横に落ちる。
だが、少女の視線はぼんやりと上を向いたままだった。
ゴオォッォォォォオ。
メリッ…メリッ…。
壁が裂け始める。
裂けた天井から空を見ていた少女は、少しだけ首を持ち上げた。
ゴオォォォ…カカッ…。
その視線の先に、先ほどまで男の腕に抱えられていた銃があった。
薄汚れた布の下の、汚れた顔がじっとそれを見定める。
――ガァン!
轟音とともに、瓦礫の雪崩が床を押しつぶす。
紫の瞳が、再び瞬く。
瓦礫の上に、日の光が当たった。
ゴォォォオ…。
ピシッ、ピシッ。
少女は再び頭をベットにつけ、宙を仰ぐ。
彼女の横の壁に、音を立てて亀裂が入っていく。
ゴォォォ…。
日は既に上がっていた。
白い光が、柱だけが空に向かって突き出た天井の穴から差してくる。
ガラッ!!
壁が抜け落ち、粉塵があがった。
壁から、天井から、全ての抜け落ちた部分から白い光が差し込み、それが天井がほとんど無くなり、瓦礫が床に積みあがったその部屋を照らす。
顔に当たった光に目を細めながら、少女は天を仰ぎ続けていた。
ゴォォォ…。
NOIR