月とキャベツ 監督:篠原哲雄 1997年 日本


第二作目。上映時間は23時45分からである。未体験ゾーンに踏み込んできた。だが、周囲はまだ疲れていない様子。

何ともイマイチなタイトルであると感じた。「月とキャベツ」?工夫しているつもりなのか?とすら思った。第一、昨日まで全く聞いたことの無い映画で、唯一の不安材料であった。調布まで深夜に来て、「あー、こんな映画見せられて心外」と思ったらどうしようか、などと思ったのである。第一作目の「ナビィ」が良かったので、この不安は募るばかりである。大体、一番知っているキャストがダンカンであるという点も、不安を倍増させるものであった。

と、このようなイントロダクションをわざわざ書いたのは、勿論この作品の素晴らしさを強調するためである。今思い出しても、鳥肌が立つ、恥ずかしながら「純愛」映画であった。この映画を見てわざとらしいという向きもあるかと思われるが、とにかく私見を書いていく。

ストーリーは、売れに売れたミュージシャンが突然活動休止宣言を出してから1年が過ぎたところから始まる。主人公のミュージシャンは、本当のミュージシャンの山崎まさよしが演ずる「花火」という男である。花火は休止してから群馬の山奥で、キャベツを作りながら隠遁生活を送っている。曲を作れなくなってから、ここで生活しているのだ。ファンや関係者、そして友人達は、花火の復活を待っているが、花火は今でも曲を作る気力が無いままである。花火は東京の友人宅に行った帰り、野原でダンスの練習をしている女子高校生を見かける。高校生はバス代が無いと言うので、花火は高校生にお金を貸し(というよりあげて)、そのまま群馬に帰っていく。

ここに、不自然なくらいいきなり、新月の夜にファンだと称するこの高校生が、隠遁先に現れる。金を返しに来たと言うのだ。隠遁場所は友人以外には殆ど知られていない筈なのに、「私は花火のファンだから、花火のことは何でも知っている」などと言うのである。ここから妙な共同生活が始まる訳だが、この子に触発されて、花火は曲を作り始める。一方、この子(ヒバナと自称している)の秘密を知った、花火の親友である写真家の理人(りひと)によって、ヒバナがこれ以上ここにはいられないことを、観客達は知る。そして曲が完成したその瞬間の満月の夜、ヒバナは花火から離れていくのである。

消え方にしても、その秘密にしても、物語に対して厳しい人にとっては「安っぽい」などと思われるかもしれない。だが、こんな批判精神は全く自分を幸福にはしない。やはり、映画を見る人間にとって、ストーリーに対しては出来るだけ従順であるべきだ。その方がハッピーでいられることが多い。勿論、駄目な作品に駄目と言うのは重要であるが、この作品に関しては、やはり従順になるべきだと思う。私はストーリーに従順になることで(勿論、意識的に従順になったわけではないが)、とにかく全身が震えるほどの鳥肌感を経験した。ヒバナの秘密を知ってしまった一観客である以上、このように消えるシーンは全く考えたとおりであったのだが、いざヒバナがいなくなる時、全身が震えるのである。これは私が山崎まさよし演ずる「花火」に完全に精神移入してしまい、私が「花火」として「ヒバナ」を愛してしまった証左である。恥ずかしながら。

最後のシーン。この群馬の山奥のボロ家で、花火が出来た曲をピアノで演奏しながら歌う。このシーンには、当然ヒバナも戻ってくるのだが、スクリーンは歌う花火を写すシーンが殆どである。スクリーンでは、山崎まさよしが歌っているだけである。だが、このシーンに対し、今度は涙が滲んでくる。歌詞が凄いのだ。この歌、山崎まさよしが前に作った歌で、この作品向けに作られた曲ではないらしい。しかし、完全にヒバナを意識したとしか思えない歌詞なのだ。場内ではおっさんの域に達している私、やはり涙腺が緩んでいるのかと思ったその瞬間、場内全体から鼻をすする音が立ち始める。山崎まさよしが歌っているだけのシーンに、全体が感動しているのである。隣の、今年高校を卒業したとしか考えられない女の子も、前に座っているスタイリッシュな女の子も、そして鼻をすするのをこらえているであろう斜め前の男にしても、全員(全員は言い過ぎかな)がこのシーンに感動していることが分かる。

本作品での主演は山崎まさよし、ヒバナ役の真田真垂美、理人役の鶴見辰吾、芸能関係者役のダンカンの4名である。最も演技力が光ったのは、鶴見辰吾であると思う。山崎まさよしは、演技は卓抜しているわけではなかったし、真田真垂美にしてもそうだと思う。だが、俳優の細かい評論ではなく、この作品は全体が重要である。全体が重要ということは、私は監督の篠原哲雄を肯定せざるを得ない。そして原案者の鶴間香を肯定せざるを得ない。恐らく今後、見るべきチャンスは少ない映画であろうが、もし見る機会があったなら、どうしてもかけつけるであろう。

尚、山崎まさよしの曲名は"one more time, one more chance"というものである。試聴あれ。まあ映画の中で聴かないと駄目だな。

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