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帰れることが決まって一息つき、改めて周囲を見て回ることにした。ゲッセマネの周囲にも見所は多くあるが、私が何となく近づいたのは、マリアの墓である。マリアの墓は「マリアの墓の教会」という名で存在するのだが、教会の入口からかなり地下に潜って行くという構造である。教会の入口自体も、道から階段で下った窪の下にある。進もうとすると、一人の男が話し掛けてきた。ガイドは要らないかという。普段なら無視するところだが、この時は何となく興味を持った。料金はと聞くと、10シュケルだという。10シュケルということは、300円くらいである。雇ってみようかなと思う。こんな場末のガイドは信用ならんと普段は思っているのだが、何となくOKしてしまった。
ガイドの後ろにくっついて、マリアの墓教会に入っていく。中は暗く、その暗い階段の足元を見ながら、洞窟のような墓を目指す。ガイド氏が何だか説明を始める。だが、殆ど聞き流していた私は、棺と思しき岩の安置されている所を注視する。「あれは何だ」とガイド氏に問うと、マリアの眠るとされる所だという。その直方体の岩に向かうには、巡礼者の列に入らなければならない。だが、列には加わらなかった。横から見ると、巡礼者たちは岩の前で合掌し、岩に接吻をしている。この列に私が加わることは、何となくできない。結局、横から眺めるだけだった。
その場を離れ、ガイドにもういいよと言うと、何だか横の方に連れて行かれる。そこには礼拝堂のようなところがあり、そこでミサらしきものが営まれていた。それを見ろという。私は中に入り、上背が私より少し高い白人の隙間から、奥の様子を見てみる。そこには神父らしき人物がおり、さらにギターを抱えた3人の男が座っている。なんだこれはと思った瞬間、男達がギターを爪弾き始め、周りの白人達がそれに合わせて歌い始めた。荘厳という歌ではなく、どうもリズムに乗った歌だ。私はぽつんと、後でその光景を眺めるだけである。
その部屋から出て、私はガイドにもういいよという態度をまた見せた。ガイドと一緒に、階段を上って外に出る。
じゃあありがとよ、と言おうとすると、ガイドが先に口を開いた。次はどこに行く、というのだ。いきなりそう言われても、私はエルサレムのことはまだよく分からない。別に、どこに行くって訳じゃないが、と言うと、立て続けに、聞いたことのある場所の名前を上げられて、どこへは行ったか、ここへは行ったかと繰り返す。航空券の予約確認で忙しかった私が、そんなに色々行っている訳が無く、noを繰り返す。ひとしきり言われた後で、
「何だ、お前全然どこにも行ってないじゃないか」
などと言われる。だから今日着いたばかりと言っただろ、と返す。
「ゴールデンゲートは行ったか」
と聞かれる。ゴールデンゲートとは何だ、と問うと、
「何だ、お前エルサレムについて何も知らないんだな」
などと言われる。全く余計なお世話である。
「じゃあゴールデンゲートに行こう」
と言われ、ガイドがずんずん前を進んでいく。言われるままに、ずんずんついていく。
ガイドが進んでいったのは、ライオン門の方角だった。これはライオン門じゃないのか、と問うと、これじゃないと答えられる。ライオン門の前まで進み、道から左に曲がって、城壁際を歩いていく。右にはオリーブ山が見える。訳が分からないが、とにかくガイドについていく。ガイドが立ち止まった。ここだ、と言う。城壁を見るが、門など開いていない。しかし、確かに門の輪郭がある。門であったところが、ぴっしりと塞がれているような感じである。ガイドが説明することによると、「黄金門は城壁では正門のような位置付けで、まあ一番美しい門だった。だけどユダヤ達がこの門から救世主(メシア)がイスラエルの民を解放するために入城する、などと言う伝説めいたことを言っていたのをオスマンが嫌い、トルコ人がこの門を閉めてしまった。というわけでそれ以来、この門は塞がれっぱなしである」ということだ。ここでようやく思い出した。この門は、イエスがエルサレム入城を果たした門であった筈だ。ガイドに確認すると、その通りと頭を上下に大きく振る。だが勿論、イエスのときの黄金門がこれでないことは良く分かっている。
黄金門を後にし、次はどこに行くかと言われる。別にもういいやと思ったのだが、ガイドはゲッセマネへ言ったかと問う。それは見たと返したが、イエスが祈った岩を見たかと言われる。何だそれはと答えると、まったくしょうがねえなあ、いいから来い!みたいな表情とゼスチャーをされて連れて行かれる。何だか、出来損ないの生徒みたいで情けなくなってくる。
ゲッセマネに行く途中、歳を聞かれる。25だと答えると、結婚はしているのかと言われる。まだしていないと答えると、何だ、まだ独身か!と驚かれる。何故まだ結婚していないんだと言われるが、余計なお世話である。そっちは幾つなんだと問うと、28だと言う。結婚は、と尋ねると、まだしていないと言う。お前の方が年上じゃないか!と返す。何だか変な2人だ。それから、ちょっと聞きづらかったが、お前はユダヤかと問う。パレスチナ人だと言う。ローマ法王が今日来るらしいけど、パレスチナ人はどう思っているんだ、と聞いてみる。すると、
「別にどうも思ってないよ。歓迎と言うわけではないが、まあ別にどうでもいいね。ローマ法王が来ることを快く思っていないのはパレスチナ人だと日本では言われているのか?そりゃ違うよ。さっきも言ったが、パレスチナ人にローマ法王を敵視する理由なんか無いね。勝手に来て、勝手に見て回って、満足して帰ってくれってところだ。ローマ法王が来るのを嫌がっているのは、パレスチナ人じゃない。ユダヤだよ。特に右に偏ったユダヤが一番危険だと思うよ。」
などと答えた。このガイドの話によると、エルサレムにいるパレスチナ人は10万人くらいだそうだが、エルサレムの10万人のパレスチナ人全てがこう思っているかは知らない。少なくとも、この男はこう思っているんだろう。話を戻して、何故結婚しないのかを尋ねてみる。すると、私から目を逸らせながらこう言った。「相手はいるけど、金が無いんだよ。」
ゲッセマネについたが、もう門が閉まっている。もう終わってるじゃないかと言ったが、待ってろと言って扉をバンバン叩き始める。扉が開いて、中から老けたおっさんが顔を出す。ガイドが私を親指で指しながら、何だかおっさんと話し合っている。どうも顔見知りのようだ。おっさんが頷き、ガイドが「実はもう閉める時間なんだ。悪いけど早く行って早く見て帰ってきてくれ」などと言う。別にそこまでしてもらわんでもいいのだが、折角だから急いで入ってみた。ただ、入ってはみたものの、一体どこにその岩があるのか分からない。中は人がもういないし、誰に聞くでもなくブラブラする。まあいいや、来ようと思ったらまた来よう、と思って、門の外に出た。
このガイドといるのはまあまあ楽しいが、やはり自分のペースで歩きたくなった。ガイドは次は最後の晩餐の家にでも行くかと言ってきたが、これでもう終いでいいやと言う。ガイドはそうかと言って、これでガイドは終了になった。で、最初の約束の10シュケルなどで済む筈は無かろうと思い、いくらだと聞いてみる。100シュケル。おいおいおい、ふざけんなよ。何でいきなり10倍になるんだよ。跳ね上がりすぎだろうが。想像はしていたが、ここから暫く値段交渉である。だが、事後の値段交渉は非常に難しい。実際にガイドをされてしまったからである。最初に確認しなかった私のミスである。まったく、海外旅行初心者のような過ちであるが、取りあえずこっちも交渉をして何とか下げねばならない。向こうの言い分は、マリアの墓と黄金門と、さらに閉まりかけたゲッセマネに連れて行った。わざわざ開けてくれた門番にも金を払わねばならない。嘘つけ!とごちゃごちゃやったが、結局15ドルで折り合いをつけた。ガイドされた時間は2時間くらいだったから、10ドルくらいが適当なのかもしれないものの、やはり事後の料金交渉ではこれくらいが限界であった。
まあ、場末のガイドを雇った私が悪いので、別に後味は悪くなかった。ただ、かったるいからもうガイドを雇うのは辞めようと思った。雨が降ってきた。私は走ってライオン門に向かい、城壁内に入り込んでいった。
城壁内に入って、また訳の分からない小路を訳の分からないまま歩く。宿の方に向かったが、やはり上手くそちらの方向には行けない。取りあえず無理矢理左の方角を目指すのだが、行けばいく程訳が分からなくなってくる。だが、訳が分からない路を歩いているうちに、何だか宿の前に辿り着いた。全く訳が分からない。
宿には帰らず、そのまま聖墳墓教会に向かう。教会前は人出でごった返していたが、中に入れないと言うことは無かった。ここは恐らくキリスト教最大の聖地である。私が帰った後だとかに、ヨハネパウロ2世がミサを立てる予定であることも聞いている。各宗派の共同管理と聞いているが、幹事的な宗派はギリシャ正教らしい。そんなことは私にはよく分からない。浄土宗と浄土真宗と曹洞宗と臨済宗あたりが、同じ寺に同居したようなものなのだろうか。それとて、あまり良くわからないのだが。
中には、磔刑にされたところ、十字架から下ろされて終油を受けたところ、そしてイエスの墓がある。特にイエスの墓は、マリアの墓のように行列が出来ており、木製と思しき大きな箱のような墓に白人や黒人などが入っていく。それを、また私は横からただ眺めるだけである。列には何となく加われない。傍のベンチに座り、「死海のほとり」を読み始める。遂にエルサレムにやってきたが、何だかうら寂しさが感じられる。それが何なのか、分かっている。マカオに行ったときも、マニラに行ったときも感じたこと、結局私はキリスト者ではないということだ。門外漢である。教会に入っても、十字など切る筈も無いし、告悔もする筈は無い。何となく入って、何となく満足して帰る程度である。結局のところ、普通の観光客である。だが、実はここイスラエルに来て以来、これは今までよりも強く感じていた。他の観光客らは、完全に何らかの目的を意識してこの国に来ているのだ。その姿を見るにつけ、俺は何のためにイスラエルなんかに来たんだろう、と思う。思うまいとしていたこのことであるが、そうは言っても心の中に立ち上ってくる。
気がつくと、教会はもう閉まる時間になっていた。見たことの無い重厚な衣装を身にまとった、顔が東アジア人の司祭にもう閉めるぞという態度をされる。本を閉じ、教会を出て、宿に戻った。