乾いた、はじける様な音がした。

――――お花と同じ色なんだ・・・・・

柱の陰に隠れてそっと見ていた。

 もう一度、同じ乾いた音がした。

視線の先で、金髪の男の子が倒れた。

――――お花と同じ・・・

 息を呑んで見ていた。

男の子の体から、自分の足元の方へとまっすぐと、それは流れてきていた。

ふと、それから目をそらす。視線の先に整った白い、どこか精悍に見える女の人の横顔があった。

彼女の唇が微かに動いた。言葉を発した。

・・・なぜか震えが来た。目をそらした。

 

パ――ン。

 

 あの音がした。驚いて視線を戻す。

女の人は床へ伏していた。

――――お花と同じ色

 その周囲に赤い、水溜りが出来ていた。

再び、視線を移す。

 そこにいたのは黒い髪をして、黒い銃を持った子供。

―――お花っ!

その鋭い、射抜くような視線をみて思わず笑みがこぼれる。

近づこうとして、柱の陰からゆっくり離れ出す。

―――お花は血と同じ色っ

 部屋のなかに入る、一歩一歩あの子に近づいていく。

―――お花っ。私だけの・・・

自分の方ではなく、先程倒れた女の人の方を見る横顔が、次第に近づく。

 

バシャッ・・・。

 暖かいものが足首に跳ね上がった。

思わず自分の足を見る。

――――血はお花と、同じ色・・・・

足元には、赤い水溜りと倒れた男の子があった。

――――・・・・・。

 震えがまた襲ってきた。

震えた視線で、あの子を見る。

射抜くような瞳で、自分を見ていた。

―――・・・・・nn。

 2人の足元に落ちた銀色の懐中時計から、音が流れていた。

思わず、唇を噛み締めた。

―――――私だけのお花・・・

 泣く。涙がこぼれる。

眼前のあの子の、釣り上がった瞳に自分の泣き顔が映っていた。

――――私だけの・・・ヒーロー・・・。

 

アンチ ヒーロー

 

 白い光りが、葡萄畑を輝かせる。

崩れ落ちた古めかしい廃墟の影が伸びる。

 太陽がまた昇った。

 

 しごく簡易な、白いベットの中でもぞもぞと何かが動いた。

やがて顔を出したのは幼い、まだ5,6歳くらいの紫色の髪をした子供だった。

 彼女は薄く釣りあがった目を開け・・・そこから一筋の雫が流れた事に気づく。

その事に驚いて、彼女に微かに残っていた眠気が吹き飛んだ。

ギィ・・・・・・・・・。

 更に、後方のドアがゆっくりと開く音に、彼女はもう一度驚かなければならなかった。

そちらから自分に向かって近づいてくる足音を聞きながら、彼女はあわてて握り拳を作り、ゴシゴシと涙をふき取った。

「起こしてしまいましたか・・・?」

 おだやかな女の声を聞きながら、彼女は身を起こした。

「おはようございます、アルテナ」

 自分を覗きこむ、長身の長い髪の女に向かって、今言われた言葉を否定するように彼女は笑顔であいさつを返した。

「元気そうでなによりです、クロエ」

 その笑顔に、優しげな笑みを浮かべた表情で応じる・・・しかしその表情はほどなくして微かに曇った。

「でも、今日はもう少しお休みなさい・・・。あなたは昨日、コルシカから帰ってきたばかりなのですよ」

そう、アルテナは、クロエと呼んだ少女に言い聞かせる。

「コルシカ・・・・」

しかし、その言葉を受けてクロエは逆に目を輝かせ始めた。

「アルテナっ!あの・・・!」

 言いかけてアルテナの目が少しだけ細められたのを見て、自分が思わず大きな声をあげてしまった事に気づく。

バツが悪そうに少女がうつむく様子を、アルテナは黙って見守っていた。

「あの・・・・こ」

 うつむいたままどこか、躊躇った様子でクロエは呟く。

「あの子は・・・・帰って来ているのですか?」

顔を上げて、不安げな瞳がアルテナに尋ねる。

・・・・言葉を受けたその口元が、緩んだ。

バッ。

 ベッドから跳ね起きるとクロエは、わき目もふらずアルテナの横を抜け、部屋を飛び出していった。

―――――あの子がいるっ。

 

 古い、煉瓦作りの建物。

荘園と、あの人は呼んでいる。

 私はここに来てからこの外に出たことがほとんどない。

ここに来た時のことはほとんど憶えていない。

 うんと、小さかったから。

でも・・・その前は・・・・。

・・・・・・。

 煉瓦の廊下は長くて、入り組んでて迷路みたい。

そんな廊下を、走る。

・・・・あ。

 白と紫の装束を着た、2人の女の人が角から見えた。

内側に跳ねた栗色の髪と、銀色の髪を後ろにまとめた、自分よりずっと大きい女の人。

 マレンヌとボルヌだ。

すぐに挨拶して聞いてみる。

――――あの子を見ませんでしたか?

「あの子なら、今朝、葡萄畑でみました」

 銀髪のボルヌが答える。

それを聞くと、たまらず私は駆け出しました。

・・・・。

 

「あのこぼれるような、笑みを見ましたか?マレンヌ」

 マレンヌはその問いに、怪訝な視線を返した。

「素晴らしい」

ボルヌが感心したような笑いを浮かべたのを見ると、マレンヌの視線は更に怪訝そうに歪んだ。

「・・・・・クロエが、あの子の片割れを勤めると言いたいのですね」

 二人は連なって歩き出す。

「不服?」

ボルヌは横目でマレンヌを伺いながら言う。

「彼女は見ていて痛々しい・・・」

 ため息をつくと、マレンヌはそう言った。

――――黒く染まるには純粋すぎるわ。

 

 今日は、空が澄んでる。

太陽がすごくまぶしい。

 私は、葡萄畑の中を歩いていた。

左右をかこう葡萄を見て、それがだいぶ熟してきたの気づく。

・・・・もうすぐ収穫しなくちゃ。

今年の葡萄はとても良さそう。アルテナは喜んでくれるかな?

 

ザッ。

ザッ。

「ふぅ」

 葡萄畑は向こうの丘までずっと続いていた。

クロエは目を細めて、その青い列の中を丹念に見ていく。

「・・・・・」

 彼女が探しているものは見当たらないようだった。

徒労感に襲われ、下を向く。

 

・・・・・・。

あの人。

 土を見ながら、私は思い出していた。

つい、昨日のこと。

 コルシカという、ここからうんと離れた場所。

そこで・・・。

――――銃。

 私は、見るようにいわれたの。

アルテナに・・・あの子を。

――――瞳。

 あの子は、ものすごい才能がある子で、私よりずっと前から試練を受けてたの。

――――狙。

 あの子の、お勤め・・・。『うらぎりもの』の始末。

『うらぎりもの』は、とっても綺麗な金色の髪の人だった・・・・。

――――――撃―――――。

 

「うぅ・・・」

 太陽は出ているのに、寒気を感じた。

両手で自分の肩を抱きながら、クロエは周囲を見渡した。

 葡萄が、ちょうど壁になって一本道を作っていた。

ひたすら続く、道だった。

「あっ!」

ふいにその道の先、畑の切れ目に人影が見えた。

 短い黒髪の、小柄な少女。

そう確認するや否や、クロエの瞳が輝く。

声を掛けなければと思い、口を開く。

だが彼女が言葉を押し出す前に、その少女は彼女の視界から消えてしまった。

「まって・・・・!」

 慌てて駆け出し、先程、少女の立っていた場所にたどり着く。

 体を向き直し、少女が向かっていた方を見直す。

汚れたシャツと、つなぎのズボンの後姿が、大分小さく見えた。

若干息を切らしながらも、嬉々とした表情でクロエは彼女に追いつこうと、再び駆け出した。

ハッ・・・・・。

 畑と畑の切れ目である細い道を、2人の子供が駆けて行く。

ハッ・・・・。

 一生懸命。そう形容するの正しいだろう。

紫の髪の少女は、必死にまだ短い足で地面を蹴っていた。

ハッ・・・。

 黒髪の少女は、悠然と歩を進めていた。

冷たく吊りあがった、無機質な感じのする瞳を瞬きもせず、ただ道を歩いていく。

ハッ・・。

 何故か、クロエは、少女との距離を詰める事が出来ずにいた。

走る速度を上げているのに関わらず、視線の先の背中は一向に大きくならない。

ハッ・。

 徐々にクロエの膝が上がらなくなっていった。

やがてその足は地を這うようになり・・・。

ハッ。

 息を険しく切らせて、クロエはその場に屈みこんだ。

こめかみから頬へ汗が伝い、紅潮した顔が苦しそうな表情を作っていた。

「はぁ・・・はぁ・・・」

 目を細めて、前を見る。

そこは崩れ落ちた、石造りの建物だった。

「・・・・・・」

 途中で折れながらも彼女よりはるかに大きな石柱から、過去は巨大な建物であったという事が伺えた。

汗も拭わず、クロエは建物の中に入っていく。

 天井は完全に抜け落ち、床には風化しかかった瓦礫が大量に見受けられた。

クロエは、そんな廃墟の中を、入り口からおそるおそる見回していた。

その時、ほとんどが崩れて落ちて、外の光景が露になった壁の向こうから・・・

――――――――――nnn…。

 微かに機械的ではあるが、ゆったりとした旋律が聞こえた。

こわばったクロエの表情がその途端に輝いた。

―――――――――あの子だ!

→ → → → →・・・・。

 

nn…。

 眉すら動かさず、壁を背に、座り込んだ彼女は物悲しげな旋律を奏でる懐中時計の表面を見ていた。

時計は、彼女の小さな手には余るほどの大きさだった。

nn…。

不機嫌そう・・・というよりは冷徹な鋭い瞳は、ただ、その時計を黙って見ていた。

―――パチン。

 彼女は時計の蓋を閉じると・・・後方へ振り向いた。

「あっ・・・」

 その視線の先にいた人物は、一瞬たじろぐ・・・。

尚をも容赦なく少女は、壁の上から顔を出していたその人物をにらみつける。

だが、彼女を見てその人物・・・紫色の髪の少女の表情は次第に笑顔へと変わっていく。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 陽が、一番高い位置になり、辺りは一層暖かくなった。

 

 クロエは、黒髪の少女・・・『あの子』を壁から身を乗り出して観察していた。

彼女は、クロエをまともに睨みつけていたが、その事をクロエは気にしなくなっていた。

・・・自分と背丈はさほど変わらない。

 汚れたシャツとつなぎのズボンは昨日見た物と、同じ物。

鋭く、どこか無機質な冷たさを持った瞳。

 その瞳と髪は同じく黒。

まるで星の無い夜の闇の様な・・・・。

 それら少女の何気ない特徴一つ、一つを確認するたびに、クロエは胸が高鳴るのを感じた。

その高鳴りが、熱に浮かされたような、興奮ぎみの笑顔を彼女の顔に作った。

「・・・・・・・・・」

クロエの笑顔に眉一つ動かさないまま、少女は前に向き直った。

「あ・・・・あのっ!」

 慌てて段差を下り、クロエは『あの子』の横へと現れる。

だが今度は前を向いたまま『あの子』はクロエの方へ向き直ろうとしなかった。

「・・・・・・・」

 クロエの眉がひそめられ、顔に困惑の色が浮かんだ。

目の前の黒い瞳はまったく自分に興味を示さず、前方の荒野をただ睨んでいる。

夢にまで見た黒い瞳は・・・。

「あっ・・・あの!」

 押し出した声も表情と同じく、どこか震えていた。

「おとなりに座っていいですか・・・・?」

 恐る恐るだされた声に、『あの子』の瞳が、微かにクロエの方へ動いた。

それを見るとクロエはほっと安堵したような表情を浮かべ、彼女の横へと座った。

 腰をかけた時はやや緊張した面持ちだったが、すぐ近くにある少女の横顔を見ると、すぐに先ほどの笑顔を取り戻した。

 

―――――――――お花・・・。

 少年の様にも見えるその横顔を、クロエはじっとみていた。

―――――――――綺麗なお花・・・・。

 依然として、彼女は正面を睨んだままだった。

―――――――――真っ赤なお花・・・。

「外の世界はとてもひろかったですね」

彼女と同じ方向を向きながら、クロエは言う。

「私、はじめて見ました」

 嬉々とした声でいいながらも、不安げに横目で『あの子』の様子を伺う。

まだ、黒い瞳はこちらを見てはくれない。

「昨日まで私とあなたのいた場所はここよりうんと広くて・・・・でもそれはまだまだ世界のほんの一部で」

声を弾ませて、クロエは顔を『あの子』の方へ向けた。

「でも、アルテナは外の世界は悲しみや悪に包まれてるって・・・」

頑なに『あの子』の表情は動かず・・・声が自然と曇った。

 黒い瞳は、荒野を見ていた。

ずっと先まで続く、岩肌が露になった荒野を・・・。

「・・・・・・・・・・あなたは」

 隣の少女の消え入りそうな声を、振り向きもせずに聞く。

「つよいですね・・・・」

横の少女の姿を、先程したように横目で見る。

―――――――――ヒーロー・・・。

 紫の髪の少女は、顔を下に向けて瞳と声を震わせていた。

「アルテナも・・・っ・・誉めてます」

言いながら、クロエは鼻を鳴らす。

「あなたは、ノワールになれるって・・・」

 黒い髪の少女は、彼女が目に水を貯めているのに気づいた。

ぐず・・・っ。

だが、そのことを詳しく確認するより先に、クロエは顔を膝に伏せてしまった。

「・・・・・・・」

黒い髪の少女は、身を乗り出して無機質な瞳にそれを映す。

―――――――――――――赤いお花・・・。

「コルシカ・・・でも・・・あなたは・・・あなたはものすごく、すごく・・・つおくて・・」

顔を伏せたクロエの声に、嗚咽がまざっていた。

「けっして怖がらなかった・・・・・っ」

クロエが顔を上げた。

――――――――――――血と同じ色・・・。

ぐすっ・・・。

 瞳からこぼれた涙が、頬に筋を作っていた。

「どうして・・・・そうする?」

冷たく、『あの子』はクロエを見ながら言う。

「何故・・・・?」

ヒクっ・・・。

クロエは無機質な瞳に射抜かれ、鼻をすすり上げた。

「怖いっ!」

 突如としてクロエはそう叫び、自分の膝を抱きかかえた。

『あの子』は、驚くという事事体を知らないかのように、彼女を黙って見続けていた。

 ただ、幾分その無機質な瞳のまばたきが早まったように思えた。

うっ・・・・うっ・・・。

 しばらくの間、クロエは顔を伏せて嗚咽を漏らしていた。

「・・・・怖い・・・です」

 意を決して、クロエは自分を黙視し続けている黒髪の少女に向かって震えた声を返した。

「私・・・怖いです・・・」

―――――『うらぎりもの』は死んだ。

 表情を微塵も動かさず、その泣き顔を黒髪の少女が見る。

―――――『うらぎりもの』の子供も死んだ。

「私も・・・」

―――――血はお花と同じ色・・・・。

「アルテナも・・・」

 クロエの目からまた、一筋の涙が落ちた。

―――――私も死ぬ。

『あの子』の瞳が、それを追う。

―――――壊れる・・・・・。

 

 陽が大分傾いてきた。

アルテナは煉瓦造りの通路から、外を見ながらそう思った。

―――――アルテナも死ぬ・・・。

「人が・・・人が死んでるのを見て・・・私は怖いって・・・思いました」

―――――お花は、血の色。

「足がガタガタして、目からなみだが出たんです・・・たくさん・・・」

 クロエは手で、目をこする。

―――――みんな死ぬ・・・。壊れてなくなる。

クロエは両手で顔を押さえ、ゴシゴシと涙を拭き取った。

「・・あなたは・・・・」

 自分を見続ける少女の無機質な目に、クロエの赤く腫れた目が向き合う。

「こわく・・・ないの?」

ヒクッ・・・。

「怖い・・・?」

 また鼻を鳴らす紫の髪の少女を見ながら、黒髪の少女は小さく呟く。

「知らない」

―――!

 クロエは、驚いたように涙と鼻水で濡れた顔を上げた。

「怖いって、何・・・」

 冷たい声を残し、彼女は突如立ち上がった。

呆気にとられ、クロエは立ち上がることも出来ずにその背中を見ていた。

『あの子』がいってしまう・・・。

 そう、クロエが思ったとき、彼女は突然歩みを止め、振り向いた。

冷たく、憎悪や冷酷といった種の表情以外は持ってないかのような少女の顔・・・。

 すぐに彼女は別の方向を向き、クロエを横切って廃墟へと戻っていく。

クロエは、はっとなって立ち上がる。

 クロエが立ち上がった時、すでに彼女は廃墟の中に入っていくところだった。

たっ。

 慌てて、その後を追う。

決して追いつかない・・・一瞬そう思いながら。

 

 傾いた陽の下、葡萄畑の中の、舗装されていない長い一本道を二つの小さな人影が行く。

悠然と歩を進める黒い髪の少女と、足をもつらせながらも、走る。紫の髪の少女だった。

 彼女たちには、だいぶ距離の開きがあった。

はっ・・・。はっ・・・。

 黒髪の少女の耳に、後方から息が弾む音が耳に届いた。

紫の髪の少女は必死に走る。

だが、前方にすでに見えているはずの背中は・・・。

 次第に大きくなっていた。

それはだんだん大きくなり、手に届きそうになり・・・。

やがて、クロエは彼女に並ぶ。

はぁ・・・はぁ・・。

 息を弾ませながら、クロエは黒髪の少女・・・『あの子』と並んで歩く。

『あの子』はクロエの方を一瞥すらしない。

「あ、あのっ・・・」

 息を弾ませたまま、クロエはもう一声をかけた。

やはり『あの子』は一瞥すらしてくれない。

 一瞬下を向くが、クロエは再び『あの子』に向かって言う。

「手・・・握ってもらっていいですか・・?」

 突然、『あの子』が歩みを止めた。

握られていたその手が、解ける。

 次の瞬間、クロエの表情はぱぁっと、明るくなった。

――――――――ヒーロー・・・。

小さな手が、小さな手をぎゅっとつかんだ。

―――――――決して、怯えず。

『あの子』の手は冷たい。冬に咲く花のようだとクロエは思った。

―――――――決して、躊躇わず。

2人の前に柱頭に守られた、煉瓦作りの小さな家が現れた。

―――――――決して、枯れない・・・。

 その柱頭の陰から、人影が見えた。

白と紫の装束を着た、長身の女性・・・。

「アルテナっ!」

 彼女を認めるや否や、クロエは勇んで駆け出した。

思わず『あの子』は手を解いてしまう。

 そんな彼女の目の前で、クロエはアルテナ飛び込んだ。

「あはは・・・」

先程までの泣き顔が嘘のように、クロエはアルテナの腕の中で笑っていた。

―――――――――誰にも壊されない。

 『あの子』はその一連の様子を、黙って見ていた。

「アルテナ・・・」

クロエが顔を上げた。

その顔にいくつかの涙の跡がある事に、アルテナは気づいた。

「私・・・・」

――――――ヒーロー・・・。

「ノワールになりたい・・・です」

アルテナの返答を待たずに、クロエは彼女に身体を任す。

――――――私だけの・・・お花・・・。

 アルテナは黙ってゆっくりと、その紫の髪をなでた。

そうしながらも、アルテナの瞳が黒髪の少女の目を見る・・・。

 無機質な目を映しだす瞳が一瞬細められた・・・・・。

 

 日が沈む・・・。

赤い光が青い葡萄畑を浸食していく・・・。

――――――――私だけのヒーロー・・・。

「ノワール・・・・其は古よりの定めの名・・・・・」

ベットに座りながら、まだ幼い、紫の髪の少女は外を見ながらつぶやいた。

 やがて、夜が来る・・・。

――――――――枯れないお花。

「死を司る二人の乙女」

 その瞳が、赤い夕日を映していた。

「黒き御霊は・・・・・迷い子を業火の淵に誘い給もう」

――――――――・・・・・・・・。

nn・・・。

 風に乗って、何処からとも無く機械仕掛けの旋律が聞こえた。

銀の懐中時計が奏でる、あの音が・・・・・・。

 

おしまい。