『次はススキガハラ3丁目、ススキガハラ3丁目でございます。』
「やべっ・・・。」
 バスの中の電光掲示板の表示に気づき、彼女、黒髪の少女はイヤホンを耳から外した。
「・・・・。」
 老人の年季の入った両手に、長い半紙が支えられていた。
つぶらな瞳が、深く、優しげなしわを目じりに作っていた。

 一 等 賞 
        2ねん 1くみ   もも きんた

 半紙に書かれていたのは威勢のよさだけが取り柄のと言うべきだろう、ところどころのとめやはねを朱で注意されたへたくそな筆字であった。
「へっ。」
 老人が目を閉じ、声を吐き出す。
「・・・・。」
ガラッ!
 扉が開かれ部屋に光が侵攻してきた。
「・・・・。」
その、オレンジ色の光が老人の目をおおった。
「あんたか・・・。」
 その視線の先に、溢れ出す光を背にした、黒い人のシェルエットがあった。

「あ・・・っ。」
 芥は、耳に手をあてたまま血の気が引いていくのを感じた。
男の手にした、抜き身の真剣が自分の足元に見受けられた。
「・・・!」
 その真剣の、鈍く光る刃先に、朱が付いていることに芥は気づいた。
「いっ・・・。」
 先ほどとは、逆のほうに歪みだした芥の顔の側面から朱い一筋が落ちていく。
「・・・いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ
 芥が、自分を抱え込むように膝から崩れ落ちる。
つきささるような奇妙な熱が、痛みを何倍も大きなものにしていた。
 男は、崩れ落ち、全身を震わす彼を上方から見ていた。
男の顔は、髪に隠れる。
 芥の目に、震えから捻り出された涙が浮かぶ。
ぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!!!!!」
 男の眼下で、芥は狂ったように叫び、震えた。
男、長髪の男は芥の患部を押さえた手が、赤くなっていくのを確認すると、背を向けた。
「ッ〜〜〜〜〜〜!!!」
 背後から、なおも言葉を殺したうなり声が伝わってきた。
それでも、男の唇はきつくむすばれたまま、微動だにしなかった。

―――――『君では無理だ・・・。』
体育倉庫でうつむく青年の懐には、バレーボール大の物体が抱えられていた。
 緑の色の、つぶれた球体のような形のそれ。
彼はそれをきつく抱いていた。
『君では無理だよ・・・・。』
 その緑のそれ・・・キャベツは葉をところどころ虫に食われていた。
その虫食いのなかでかすかに動作する白い芋虫たち。
 そのなかに一匹だけ、今まさに脱皮しようと体をくの字にまげ身構える芋虫がいた。
青年の、切れ長の、潤んだ瞳が小さく開く・・・。
芋虫は、腹ばいになり、ぴく、ぴくと小さな足をばたつかせていた。
 青年の足元に、白い羽が落ちていく。
―――――桐生 冬芽 君。
 キャベツを抱えたまま、彼はさらに深くうつむく。
長い髪に、その顔が隠れた。

 

  
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