見えない。
何か解らない、そこは現実ばなれした光景。
何も無い、虚無。
完全な、漆黒の暗闇だった。
彼はその、右とも左ともわからない場所を走っていた。
―――ハッ!・・・ハッ!
彼・・・金太の顔にきつくしわがより、鼻と口からでる息が荒くなる。
その足はひたすら、地を蹴っていった。
そして、その足がくりかえし地を蹴ろうと、地面の着地したとき・・・。
――!?
金太は、なにかに引っかかり地面・・・闇の中に倒れこんだ。
――て・・・・。
すぐに起き上がろうとしながら、身を起こして振り向く。
――あ・・・。
ちょうど尻もちをつく姿勢になったとき、彼は自分が足を引っ掛けたものの正体に気づいた。
長い、艶のある髪が自分の足元に広まっていた。
黒い地面に伸びた白い手が、暗闇のなかでまるで光を放っているかのようにはっきりと見えた。
金太の足元、そこにあったのは・・・そこに倒れていたのは人間だった・・・。
仰向けに倒れた黒いボロボロの服を着た・・・背格好からいって自分とは、さして年齢のはなれてないと思われる人物。
その長い髪からいってこの人は女性だろうか?
金太はその長い髪を見ながら、そう思っていた。
・・・。
髪の毛から背中にその視線を移した時、金太はそこに『柄』が刺さっていることに気づいた。
西洋風に装飾されたその『柄』の先に、少女に背中にささった光を放つ白刃がうかがえた。
目の前に倒れた、どこの誰と解らぬ女性の体に剣に貫かれている事に・・・そして彼女を貫く鈍い輝きに、
金太の表情は凍りついた。
しかもよく見れば・・・。
彼女は全身に大小さまざまな、無数の切り裂かれたかごとくの傷をおっていた。
そのどれもが、まともにみれないほど深く彼女の身体に刻まれており、中からは絶え間なく赤い染みが広まってきていた。
―――!
血の気のうせた表情の金太の目の前で、少女の腕がかすかに動いた。
それは震えながらも、自らの身を起こすために、地についた。
うっ・・・!
その上半身までが起きたとき、彼女は苦痛に身を再び地面へ落としかけた。
・・・・なんで。
再び地面にぶつかりかけた頭を、手をつくことでどうにか彼女は支えた。
・・・・ごぽ゛・・。
彼女の口から・・・血がこぼれた。
そのとき、彼は彼女の髪の合間からのぞいた長いまつげに覆われた瞳とはじめて目をあわせた。
本来なら魅力があるといって差し支えないその瞳は、得体の知れない輝きを称えていた。
とりつかれたように目の前の光景に釘付けになっていた金太があとずさる。
彼の目の前で、彼女はよろよろと、しかしはっきりとした足取りで立ち上がったのだ。
―――なんで、立つんだよ?
――お願い、・・・示して。
「あ・・・・。」
金太の冷や汗にまみれた顔と、少女の血とホコリにまみれた顔が同じ方向を向く。
ぼうっと前の方・・そういって良いのだろうか?その場所では方向という物が役に立たない、何も見えない。
が、それに救いの手を差し伸べるように。明るくなる。
そして少しずつ、少しずつ。
眼前の光景が見える。
金太はそこで目を塞ぎそうになった。
そこには薔薇があった。
ただの薔薇ではない。
いや、正確には薔薇の形をした化け物だった。
大きさだけでビルの2階くらいある。いや、そうかと思えば遥かに天を付くほどの大きさにも見えた。
正確な大きさはわからない。
その空間では全てがぼやけていた。
しかし、ただ唯一の例外が存在した。
その薔薇状の怪物の真ん中。
少女。その少女は自分とさして変わらぬ年頃だと解る。それ以外は・・またもぼやける。
そして金太は気が付く。
彼女の体が、横にいるもう一人の少女と同じく剣に貫かれている事に・・。
二人の少女を貫く鈍い輝き。
金太はその鈍い輝きに、鳥肌が立った。
そして、それは一つでなく、無数であった。
それらはいずれもその薔薇の中から飛び出ていた。
先ほどよりも更に異常な光景を前にして、金太は息を呑んだ。
・・・・・!
金太は不意に自分の肩に冷たい感覚を憶えた。
彼の小さな目がゆっくりと自分の肩をつかんだまま身を屈めている少女の姿を見とめる。
横目でうかがうことができた彼女の眉間には、険しいしわが寄っていた。
前方の化け物薔薇を、憎悪の眼差しでにらんでいるのだ。
ふと、薔薇に囚われた少女が、力なく手を伸ばそうとした。
震えながらも、その手はまっすぐに金太の横の少女の方へ差し出された。
・・・・・。
金太の肩に、その少女の手から、彼女の全身の震えが伝わってきた。
・・・・あ。
彼女の、その頬に―――。
涙が伝っていた。
ぽたぽたと、それはしずくとなって地へ落ちていった。
そして、少女の膝が再び崩れ落ちかかった時。
「――――――――やっ!!」
怒号だった。
彼女は身をかがめたまま、独り、とんでもない速度で駈けだしたのだ。
彼女の手には、いつのまにか一握りの洋剣が握られていた。
あ 呆然とした金太のあしもとに、根元ちかくまで折れた剣が落ちてきた。
あ 血がついたそれは、先ほどまで前方の少女に刺さっていたものに違いなかった。
あ 薔薇の中の少女は走ってくる少女を見定めると、首を振った。
あ――――来てはだめ・・・。
あ 剣を携えた少女の目はより険しく・・そして、潤んでいた
あ――――もう・・・もう王子様ゴッコにはしないから・・・。
あ 薔薇の中の少女の瞳からも、涙がこぼれているのに金太は気づいた。
!――――もういいの、私は・・あなたのお陰で・・・。
!
・・・・・・あ。
光・・・。
金太は、無数の光が薔薇のはるか上から、薔薇に向かっていく少女に降り注いでくるのを見た。
そして、ふたたび眼前に視線を移した時・・。
――――――――――――――!!―――――――――――――
どぉぉぉぉぉおお。
「ひ・・め・・み」
剣の少女の口が、ゆっくりと動いた。
金太は口を大きくあけたまま、硬直していた。
彼女の身体は、その一瞬のうちに剣山と化していた。
「や・・・・・・・・・・・」
光に見えたものは、無数の剣であったのだ。
それが、まるで磁石にすいつけられるように・・・彼女へ四方八方から突きささったのだ。
どぉぉぉぉぉぉぉぉ。
暗闇が、赤く染まる・・・。
剣山となったまま、金太の目の前で彼女は再び倒れていく・・・。
その口が・・最後に何かつぶやいた。
「・・・・力・・・」
――なんで・・・。
金太の拳が、反射的に握られた。
・・・・・フフフフ。
薔薇と、少女と、金太の耳に笑い声、あざけるような笑い声が響きわたる。
――ググッ・・・。
「ゆるせねぇ・・・!」
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