「見たきゃ勝手に見ろよ」
レーベルT2M。未開封人生劇場を巡る、混沌〈ネット〉への愛憎にまみれたピープルツリー!!

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本稿は言うまでも無く未開封の、監修で書かれている。
データーのほとんど全てを彼の記憶と主観に頼っているのだ。よって、ここに羅列されたアーティスト/評論家の方の歴史からいけば、あきらかに噛み合わないものがあるかもしれない。だが、未開封にも編集サイドにも決して彼らを一人として晒しあげるような意味合いは決して無い事をここで断っておく。

これは、いかにして人は創作に向い、いかにして作品という途方も無い怪物と格闘し、いかにして生き残るのか…。
またはヒト、モノ、情報(ネタ)が氾濫したこのインターネットストリートで、日々、価値観の不協和音に頭を痛め、全てを忌み嫌い「クソッタレ」と罵詈雑言をはきながらも、なぜ彼は多くの人々とつながっているのか。そしてなぜまったく彼と違う価値観をもった人々とそれを乗り越え、惹かれ合うのか。

そういった他愛の無い物語の痕跡である。

どうしても紹介できないサイト、人物もありますが、可能な限りタブーに挑戦。
あくまで未開封という、ネットで起こったなんの媒介も無い特異な現象のひとつの解釈、視点としてお楽しみください。

・宙掲示板

未開封がネットを始めた当初の活動場所がここ。地元の友人に誘われて始め(その友人とは年表上にあるとおり、未開封がネットでの最初のトラブルを起こした相手)多くの人々と知り合った。4年経った今もなお、しがみつくようにここに居座り、兄貴分のマルオを始めとした人々とコミュニケイト。未開封にとっては血と涙のしみついた、忘れられない場所なのかもしれない。

・たまプラーザ

未開封とchamuの出身地。80年代に東急グループが開発した横浜の最北部のベットタウン。最近、埼玉までの直通電車が通った。情報番組に「奥様憧れの町」と紹介されどこか華やかなイメージがあり、確かに未開封とchamuも郊外の閑静な住宅地に暮らしている。だが、駅前のデパート以外に大きな建物の無い、どこかいびつなこの町はやはり荒んだ魂を宿す。歪で屈折しながら、汗臭く涙もろく、熱い。そんな2人のハードコアな作品は、たまプラビーツとでも称すべきだろうか(ダサすぎ)

・うごうご榊くん

「スクラップドプリンセス」がアニメ化され、売れっ子となったライトノベル作家榊一郎の公式サイト。彼のデビュー作である「ドラゴンズウィル」が好きな未開封はここのチャットでうろついていたこともあった。まだネットが安住の地だと信じていた頃。未開封は毎晩多くの人々と会話を楽しみ、そしてそこに連れて行ける仲間がいることにただ幸せを感じていた。自らをHTTPに叩きつける、そんな壮絶なパフォーマンスをする必要も必然性も無かった。かげりの無い少年の蜜月の場所はここにもあった。

・アキハバラ電脳参加組
・みずのそこ
・太陽の青空

未開封は別に受けようとか、必要以上に配慮した作品を叩き込んだわけでもない。(なんせ、その作品とは他でもない「KINTA」なのだから)いまその跡地を見てみると他の作家のどの作品も、とりたててサイドストーリーからはみ出す様なものはほとんど無くやはり未開封はここでも『異物』のグルーヴをかき鳴らしていた。「参加組」はそれが受け入れられ、さらに褒められ、崇め奉られるという彼にとってはまさに天国のような場所だった。

ここで供に作品を書いていたニゴイは自サイト「みずのそこ」にて、オリジナル作品でライトノベルへの純粋な愛と敬意を示し、アティチュードの面で若干未開封と共振。チュンスケは「kanon、AIR、ラグナロック」といった典型的なオタク系のSSを、ややシニカルな視点で書きながらも、現在のネットのトレンドと合流。
だが3人の消えざる「自分と作品への真摯さ」はオタクと呼ばれてる連中には無い、彼ら独自のもの。3人のキッズはネットという路上で自らを貫く手段を今も探している。

・labyrinth <--> exit

上記年表で触れられている様に、同人作家本多由亨のサイト。最初のトラブルは未開封が掲示板に「日記的」な書き込みを続けたことからの出入り禁止。未開封にとってはそこで交わされる退屈なオタク話が耐えられなかった様だ。しかし、その一件を遺恨にでも思ったのか、未開封は「KINTA」連載後の「参加組」にて、彼の「La Rose et Le Soleil」を過剰なまでに意識した言動を連発…それで本多のとりまきにパクリの嫌疑を掛けられた…というのが第2のトラブルらしい(詳細不明)

確かに、クロスオーバーというスタイル(未開封は「KINTA」をリミックスと呼んでいるし、それとは区分したいらしい)で、元としているネタも(アキバ、ウテナ.etc)近いが、あきらかに文体も異なり、なによりオムニバスである「La Rose et Le Soleil」と長編である(しかもオリジナルキャラが主人公)の「KINTA」は違いすぎる。確かにその世界観は、「La Rose et Le Soleil」の影響を受けたかもしれないが、なにより彼らはエヴァ、ウテナ、アキバという同じ光景を見、その後を描いてやるという『入り口』まで同じなのだ。ならば同じ世界観の中に自分を放り込んだとしても別に不自然でもないだろう。そして、声優が同じキャラを繋いだり、監督に拘ったりというある種のブランド趣向で、きちんと整頓された「La Rose et Le Soleil」に比べ、「KINTA」はそういった区分すら無く、明らかに露骨で猥雑だ。

「俺なら、金を貰ってもラブひななんてミックスしない(未開封)」

…「La Rose et Le Soleil」は、確かにコマーシャルな作品かもしれないが、未開封が言うような凡作とは言えない。「La Rose et Le Soleil」は、数少ない×マークがつかない大作型SSである。そしてそれが確固たる骨組みに支えられた、二つの意味で稀有な作品であることは間違いないし、他ならぬ未開封がネットで最初に影響を受けた作品であることもやはり間違いない。

本多由亨はアニメ版「シスタープリンセス」のキャラクター、眞深を取り扱った同人誌が評判となり、シスプリ同人でセレブ的なポジションに。

・komeya-GREAT.com
・風車に花

未開封が「好きだった」と答えていたサイドストーリーを載せたサイト。その中でも特にダークな匂いを放つのがこの2サイト。komeya-GREAT.comの小林はテキストサイトとして世に知られ、そこから脱却を図った人間。未開封はこのサイトに30万ヒットのイベントの際に現れた。未開封とは音楽という共通の趣味あり。「風車に花」(旧:オレ黒→性犯罪者になりたくはない)のまさきみどりは知る人ぞ知るアーティスト。今は18禁ゲームの製作に関わっている。ダークかつ抱腹絶倒という唯一無二の世界観で他のサイトと一線を画し、そうして生まれた武シスプリはあまりにもカッコ良く、未開封をはじめ多くの人々を魅入らせた。しかし「あれはパロディ(つまりはサイドストーリー)なんだ」という未開封の発言があった様に、2人の作品と未開封の作品は「ハードネス」という共通項があるものの、サンプリングではない(そこはいい加減で、どうでもいい部分なのだが)未開封には小林とまさきみどりが持つ、文章に対する真剣さや、小説とオカルト、映画にヘビーメタル、格闘技といったもののマニアで、それを作品に織り込む姿勢。それすらない。そもそも未開封は小説や文学、なにより言葉が大嫌いなそういった意味でもルーザーなのだ。

では未開封はどこに一番惹かれたのか。そして彼らと未開封を分けるものはどこなのか。
影響を受けたのは日記の下世話さ…?いや、確かに未開封の日記にはシモネタは多いがちょっとばかし色合いがちがくないか?未開封はきっとマリみてのエロ同人なんて「クソッ喰らえ」だろう。

オタクという回収装置に一端回収された、または完全に回収されたというのが『野良犬』未開封と彼らとの最大の違いであり、決定的な部分であることは間違いない。だが二人は「スキルさえあれば、ファンサイトや2chに依ることなく、原作のタイトルでなく自分の名前でSSやHPを見てもらえる」ということを未開封に立証した、今日の彼及びサンプリングストーリーの形成に欠かせない存在だったのである。

・惑星開発委員会
・雑誌の住人
・猫又通り

未開封は年表内のコメントにあるとおり「萌え」と言う、メインストリームの『ノリ』を否定的な意味での反動として、新たな『ノリ』を手に入れようと悪戦苦闘してきた…というのがまとまりのいい見解なのかもしれない。だが、未開封の本当の『敵』はむしろ「萌え」では無かった。あきらめの言葉を書き溜め、作品という生き物を消費社会の『物語』としてコード化していく(一部の)評論家達。彼らは理論という暴力を味方につけ、善人や賢人として俺らに平気で嘘や悪意を植えつけてくる。彼らのいう事は理路整然として、良識と知性満たされたものかもしれない。だが、それらは「本当のこと」では無い。「本当のこと」は、時にはつじつまが合わず、時に恐ろしく自滅的で、分裂症が如く矛盾したものであったりする。そして「本当のこと」各々にあり、他人と共有することができない。

「その、時に社会性や常識と反する事すらある「自分だけの本当のこと」だけを信じて生きる事は痛みを伴うことなんだ。「俺は小説で人を殺す」でディスした奴らは、そうやって生きようとする奴らに痛みを与えて「本当のこと」を奪い去ろうとする。なんでそんな事をするのかは知らないし、もう知りたくもない。そしてそれが悪いこととはもう言わない。やりたいならやればいい。ただ俺はそういう連中がまともに死ねるとは思わない。俺はちゃんと死にたい。頼むからちゃんとやりてぇ事やって、ちゃんと死なせてくれ(未開封)」

…惑星開発団、雑誌の住人は供にリリック「俺は小説で人を殺す」「イッセンヲカクス」でディスされた批評、評論サイト。そして「インテリジェンスオールキル」(未発表)でディスされたのが東大の文芸・サークルである新月お茶の会のHPが「猫又通り」。
だが、リリックは彼らに対する批判や、非難、攻撃では無い。正確に言えばリリックを綴る未開封の目に彼らはもう映っていない。彼らに怒りをなぜ感じるのか、その怒りはどこに向かっているのか。そして怒りの源である痛みはなぜ生まれたのか。そのことを韻を踏みながら赤裸々に描いている。

未開封は価値観の軋轢を当然だと知っている。そしてそれを隠す事をしないのが彼なりの誠実さ、「本当のこと」なのだろう。これが彼の周りを囲う人間が時に彼とは真逆で、皆一様でない最大の理由であるような気がする。

・萌黄
・魔術師の工房

萌黄は、未開封の大学の同級生狗噛みのHP。ケモノ・おじいちゃん系というそうとうキワモノのHPを運営し、そういった同人誌も出している。
文学と少女漫画が好きだったり、完璧未開封とは違う生き方、趣味で当人も「なんで未開封と居るんだろう」とよく言ってる(らしい)
だが、二人は喧嘩しながらも実生活でツルんでいる様だ。

そして、未開封と『まったく相容れないはずなのにツルんでる』二人目は、魔術師の工房代表紅い瞳。
ネットにおいて『セカイ系』等と揶揄される作品を好み、それでいてむしろ、HPでの言動を見るに上で挙げた未開封にディスされた様な評論家を目指してるかのようなのに。
会話は時として噛み合わないが、彼らはなにか重力のようなもので惹かれあっている。日々交通事故の様にして起こる「作品」。そのヴァイブスに惹かれ、それに人生を売り渡しても構わないと思う情熱がそうさせるのか?
ともかく明日死ぬとしたら、多分こいつらとツルまない…そんな仲間と混沌の申し子未開封は死ぬまでツルむのだろう。

・savagemonkeyshow
・Loo's Pocket

原作にもアニメにもまったく興味ナシ。そんな人間すら「小説、物語、アート」のグルーヴで血涌き肉踊らす。それがサンプリングストーリーアート…そして「KINTA」に未開封が自ら課した課題だった。そして待っていた「萌え」ムーブメントとの孤独な戦い…。未開封はその中で小説のあらゆる虚飾を削ぎ落とし、その結果心理描写や説明描写すら一切無い、自身の肉体性とアニメの映像が乱交してるかのようなグルーヴマシーンと化した作品を産み落とした。そしてそこから2000年代最初の、デジタルキッズアンセム「谷山ゲームスクール」は生まれた。

文系のお洒落な大学生といった趣のマルオ、トイズが大好きなOLルーは宙掲示板で知り合った、未開封にとってお兄さん、お姉さんといったところ。
未開封はアニメを知らない、いわゆる一般人を自分の作品でもっと躍らせたいと思っている。
いや、未開封の目指しているそこにはオタクも一般人もクソもない。

「なんで俺がこんなに創作活動やアニメ。そしてロックンロールにお熱かつったら、それだけがこの世で唯一自由だと信じてるからなんだよ。いい作品って言うのは、どんなものとも関係ないもんだろ?今のアニメを巡る文化は、どれも作品を見たり作ることでハイで自由になれるっていう。そういうことを忘れた奴らが作ってる気がする。だから萌えなんてクソだよ。いいわけはいらねぇんだよ(未開封)」

瞬間着火の自由を、なにより自分が楽しむために手に入れようと努力する。
結局ありとあらゆる創作活動はここから始まり、ここに還ってくるのではないだろうか。

・俺ってばかだー
・KURT
・闘戯場
・Waifs and Strays

もし、アニメ(原作)に興味の無い人間を血涌き肉踊らせたのが未開封の4年のキャリア、最大の功績だとしたら。ノワールファンサイトでの1年間での一番大きな功績は…?
おそらくは、「2人の男の魂を救った」事だ。以後は勝手な妄想である。ただし事実も混ざる。

ネット上のノワールファンダムにはミレイユ派、クロエ派という派閥が存在した…というのはU.G.Aのノワールの回を読んでの通り。
俺ってばかだーというSSサイト運営していたのはイッチー。彼はミレイユ派であり、その総本山NOIRLANDの企画、「療養所物語」に参加していた。だが、彼が書いたSSが、「内容がそぐわない」としてそこからはねられ、そのことを相当悩んでいたらしい。ちょうど、未開封が「ガストロンジャー」の同人誌掲載を危ぶまれたように。

KURTもミレイユ派の人間だったが、特にSSやそういったものでは特筆すべき事はない。むしろ未開封と惹かれあったのは、そのサイト(現在は閉鎖中)のデザイン。そしてパンクロックへの理解の深さだった。彼らはリリック「920...(for chloe and all)」やアルバム「Stay NOIR」そのものに衝撃を受けている。おそらくそこには「大きな場所に馴染めなかった」という人間の悲哀がにじみでており、そこに無意識のうちに、バックグラウンドが共通した彼らは惹きつけられたのだろう。彼らは参加組のキッズ達と同じく新しいスタイル、新しいヴァイブスが生まれる瞬間に立ち会った幸福な人間である…。もちろん、確証はまったく無いが。

もっと確実な部分での功績は、時に忘れられた楽園で、現:Waifs and Straysの銀光とともにその後のクロエ派の「渋くシリアスな」SSの流れを作ったこと。あとは若手闘戯場の黒川に影響を与えた(っていうかリスペクトされた)くらいだろうか。ある人曰く…「ファンサイト界隈なんて、たかだが学校の1クラス分くらいの人数しかいない世界の話だ」ごもっとも。だがしかし最後の晩餐の人数は13人。歴史に人数は………。

・日刊本創地獄極楽白黒堂

ネット、同人…そうしたカルチャーから見てまったくの『異物』である未開封に近いタイプのSS書きは存在するだろうか。
本人がかって答えた「好きなSS書きは?」という質問に対する答えを信用するならば、ミレイユ派の代表的なSS書き、亜井上夫が挙げられる。
「萌え」とはあきらかに違う硬派なスタイル、攻撃的なヴァイブスを放つ文体…それはやがて「デストロイ系」という名称を与えられた。

だが認識されたが故に未開封ほど自分のやってることに深刻さを持たなかったし、毎回自分で作品を茶化すほどだった。
それが照れ隠しだとしても、やはり「デストロイ系」という言葉によって彼はファンサイトや同人界…ひいては未開封が傍から見て理解しがたいほど(それらに保守的な考えをしてる人間とは、また違った形で)拒絶反応を示すオタク文化に「回収された」のだ。

ファンダムにとって健全な『異物』となった亜井上夫の作品には、未開封特有の『魂の叫び』も、『自分を取り巻く世界に絶望しながらも、創作によってそこになんとか希望を見出そうとする姿勢』も見当たらない。だが、誰もがそれを持つ必要はない。それが無いゆえに彼の作品は、『異物』であるにもかかわらず受け入れられやすいのだから。前例が無いわけではないのだろうが、2次創作といえば愚も着かないショートストーリーかエロパロという時代に於いてシリアスで質の高い作品が読めること、そしてそれらが埋もれることなく多くの人に受け入れられたこと…結局「負け犬」となった未開封とは比べものにならない功績だろう。

だがもし未開封が2chからやってきた連中と反目せず、彼らにも受け入れられるようなSSを作ったら亜井上夫のようになれたか?
おそらくはNOだろう。亜井上夫の作品はまた独自なものである。そこには彼自身の経験やその中でいままで見てきた作品の影響がある。それは未開封も同じだ。
やはり未開封は己の中、そしてノワールが映し出していた世の中の自滅的な、救いようのない真実に目をそむけることは出来なかっただろうし。やはりそこからロックの魔力を借りて這い上がる事で、自分を含めた若者の代弁者になる道を選ぶしかなかったのである。

・斜塔
・ガンビア=ベイ

斜塔は、「友達ークロエ篇ー」が一時的に載った、未開封の仲間である宇都宮のノワールファンサイト…っていうのはどうでもいい。
ここでの話題の中心はその宇都宮と未開封のカラオケフレンド、ガンビア=ベイ氏の事である。
「僕と五反田…」なる変な(失敬)替え歌サークルで現在は活動してるものの、実に長い同人のキャリアを持ち、その歴史と現状を仔細に知る人物である。
そして、彼こそが未開封に同人から始めて大成した人々の話を教え、未開封に成り上がりドリームを見させてしまった人物である。

今やそんな古い観念、どこのアーティストも持っていないと思うが、未開封は売れることに「アンチ」なパンクの側面と、ヒップホップの「大金をつかむ」と言う要素、相容れないこの二つの要素を同時に愛す男である。つまり「のさばってる奴らは気にくわねぇし、セルアウト(売れて、骨抜きになること)はしねぇ。だが貰うもんは貰っとく」という相当わがままな理想が彼の中で誕生している。

ちなみにガンビア氏に秋葉原や池袋の中古同人屋に連れて行ってもらって以来未開封は「同人誌にはセックス、ドラックはあるがロックンロールはねぇ」という言葉を連呼。それはこういう意味だそうだ…「人気のあるキャラクターのセックスさえ描けば、ドラックのようにそれに餓えた連中が金を落としていく。それだけならマジで悲惨だと思うぜ(未開封)」前半部分は相変わらずてきとーだが、ここまで見てもらえばもう解るように、後半部分はマジである。矢沢の栄ちゃんが「ロックは金になる!」とキャロルを立ち上げたように、彼が「同人は金になる!」と準備段階から先に進まないアンチ・パロディ・ダブ・プロクシーを起動させ、有明だかサンシャインだかにロックンロールを落とし革命を起こす日は来るのだろうか?そして未開封の自伝が発刊される日も…。その日が待ちきれない方は今からでも上記に出た『未開封語録』の数々をご唱和……しなくていいです。

・アヒヒパラダイス

「ドラえもん」を題材としたファンアートサイトを運営し、思春期の入り口前で全てがとまってしまったかのような青年…。
それが上の亜井上夫と並んで未開封の『ベストSS書き』に挙げられたオフィートである。

自分を「オタク」と下げるような意味合いで呼びながらも、小林やまさきみどりの様にそこに回収されてはいない。そして、その言葉はネットの評論家たちがしばしば使う様に自虐的ではない。
以前、オフィートは小学館の名を騙った「著作権違反なので閉鎖しろ」というメールがドラえもん系のサイトに送られるという事件に巻き込まれ、それを真に受けて閉鎖をきめこんでしまったことがある。そして当時、あらゆる意味でネット及びオタク界において絶対的だった「ちゆ12歳」にリンクされた時のリアクションも、とてつもなく純で、おびえた物だった。

彼はリンクされるその時まで「ちゆ12歳」の存在すら知らなかった(はず)。それは悪い意味でのリンクではなく、あくまで善意としてのものであったので(そうであったとしても、やっぱビビるのは当然だろうが…)結果として彼はそのメールが嘘だと知り、閉鎖は取りやめになり、2,3日でアヒヒパラダイスのカウンターは通常時では考えられないくらいのヒット数を叩き出した。

オフィートは本当に、全てにおいて純朴なのだ。賑やかなほうに行けば行くほど欲望と悪意が渦巻くようになってしまったネットストリートに不似合いなほどに…。

そして彼には未開封と同じ、『自分を取り巻く世界に絶望しながらも、創作によってそこになんとか希望を見出そうとする姿勢』が見えるような気がする。あくまでそれはユーモラスなものなのだが、そこにはマリみてに関する話で、未開封が言っていたような意味での『リアル』がある。
そして実生活に置いても様々な困難に直面しながらもあくまで自分に誠実なその姿は、やはりトップページで掲げているように『ハードボイルド』なのだろう。少なくとも未開封の目にはそう映っている。

反骨精神や我を貫きながらも、それで成りあがり、成功を収めようとする未開封の矛盾…そこに加わる作品や自分にピュア、誠実でいたいという第3の矛盾。全てを抱えた男は朽ちるのか、それとも本人が嘯くように本当に『ロックスター』になるのか?少なくともそれらが悪い冗談で終わる様子は、ない。

・変ドラ
・ロボゲッチュ(頓珍漢・ゲームハンター)

・GEN's ridiculous world (元的可笑世界)

「萌え」も「評論」も、「テキストサイト」も「ファンサイト」も「2ch」も…ネットのすべてがクソッタレ!
…そんな未開封にも心底安らげ、腹を抱え笑い、熱く拳を握り締めることが出来る場所がネットにあった。それがアツいモノに敏感な、3人のナイスガイ達のサイトである。

一時期、一大ブームとなった変ドラを運営するす一は、ただ今その別館で、――男たち、野獣の輝き――というタイトルから言ってこの3人と未開封、そしてオフィートのサイトが共通して持つ『男(の子)魂』を体現。その名の通り世の映画、小説、音楽、漫画、テレビ番組の『輝き』をアツくクールに紹介…「アツい!(未開封の後輩の口癖)」

ロボット関連URL集(旧:ゲームハンター、頓珍漢)は、昔から未開封がとんでもなく贔屓にしているサイトで、第一形態であるゲームハンターズハンターズがリニューアルの為閉鎖したときは、「ハンターズディ」と銘打ち、PJKを同サイト風に改装し哀悼とリスペクトの意を示したりしていた。今は、管理人であるロボ助(旧:キングス佐藤)が多忙のため、あまり更新されなくなったもの、未開封によればどうにか忙しさの合間を縫って「ドラダイバー」の新作を製作すると、年賀状で言ってたという情報が…・・・。
「ドラダイバー」とは、映画「ドラえもん のび太の鉄人兵団」の映像を編集したものに合わせ、アニメ「ウェブダイバー」の主題歌「DIVER#2100」を流した、ロボ助製作のシンプルなMADムービー。わかる人は少ないかもしれないが(特にウェブダイバー)、映像と音楽の妙で非常にローカルな「アツさ」を放っていた。…らしい「プレッシャーかけてごめんなさい(未開封)」

GENのHPは、ほとんど全ての人を笑わせ、アツくさせるコンテツが満載。同HP上の「美味しんぼ」コンテツの中で出てくる、『お前らなんで、そんな事でこんなに盛りあがれるんだよ!!?俺も混ぜろよ!』という言葉をこちらが掛けたくなるくらいの熱血漢ぷりには思わずついていきたくなる(はず)。そして熱血であるからこそ非常に作品の『旨み』(もちろん、そんなものは人それぞれだけども)を知っている人でもある。そしてただ見てるだけではないところも、熱血。細部にわたるデザインへのこだわり、そして掲示板やリンクを見る限り、ジャンルを越えた多岐にわたるピープルツリーを形成してるところなど、『男(の子)魂』以外にも未開封との共通項多し…「テクノライズ」に注目してるところとか…。

目の前の空間を、自分の好きなもので埋め尽くすというアートフォーム。それは安易に否定されがちな事かも知れないが、やはり本気になるのに値する『リアル』なアートフォームだ。
未開封はそうしたアートフォームを切磋させ、加速させることで自分を取り囲むあらゆるネガティブな事に打ち勝とうとする。それは氣志團やニルヴァーナにも通じ、未開封が自分のSSを持っていこうとしている、『ダブ』の根底に流れるものにも通じている。

とにかく彼らには流行を意識して流行を罵倒するような嫌らしさも、ポーズも微塵もない。『男(の子)魂』を持つ奴は、一度ご訪問あれ。

・Wind's Nest
・あとりえ雅

未開封がかってあげていた『好きなSS書き』最後の一人……それが、wind's Nest そしてサークルのSeleste Blue Projectの風島真理。
そして今や同人界の大物として君臨するあとりえ雅は、今日のマリみてブームを作ったともされる藤枝雅 のサークル。

少女漫画、Kanon、AIR、シスプリ、女の子同士の友情とも恋ともつかぬ絆……。
ノイズまみれのサンプリングの上に上項の、『男(の子)魂』が放つ、黒光りするほどの『男氣』ヴァイブスを嫌っちゅうほどぶつけてかもし出す、映画「SCRATCH」、「Dogtown&Z−boys」に通ずる粗っぽく渋く無遠慮な、彼特有の雰囲気とはこれまた相容れないネタを使う彼らを、なぜ未開封は「今回の企画に加えておいて」と言ったのか?

「Stay NOIR」の中ジャケに飾られた「HATE&HEAVY」という言葉に代表されるように、未開封のSS〈特に「Stay」と「谷山」)にはどん詰まりの怒りと憎悪。見るものに虚飾の無い次元での真剣勝負を強いる『殺気』が充満している。だが、手触りは違えどそれだけなら小林、まさきみどり、亜井上夫の作品で代用が効かないわけでもない。未開封が本当に放っていた目に見えない唯一のものは、彼らが持つ黒いヴァイブスではない。言葉すら失った初期衝動の暴走が放つ、灰色のヴァイブスだ。それは黒と白に激しく切り替わりながら、最後には上に挙げられたものや、風島、藤枝の作品が持つ透明で柔らかいヴァイブスに辿りつく。

文献や証拠などは無いが、今ではメインストリームになってる(?)この『透明なヴァイブス』と言えるものは、エロ主体の同人界に於いて、始めはやはり異端だったのではないだろうか。だとすれば未開封とそういった面で通じるのだが。

彼らの確実な接点を挙げるとするならば「アキハバラ電脳組」。この奇妙なアニメとして認識された作品を愛していることくらいだろうか。
そして、あとりえ雅のHP上のプロフィール欄にある『自分の好きなものを好きとはっきりいえること。それを形にした時、胸を張れること。夢を夢のままにしないこと』……この言葉が示すアティチュードはまんま「参加組」の面々が持とうとしてきたものだ。だが、未開封はその先を行き過ぎ、歴史上に名を残したロックスターの亡霊、生霊にとりつかれ(たと思い込み)半ば壊れてしまっている。そして、今同人を支えてる人々の許容範囲を大きく上回るノイズと、期待値を大きく下回る粗さをぶちまけることしか頭にない未開封が彼に受け入れられるとは思えない。風島にしても、奇しくもこの特集で露になった未開封の、本多由亨への改善されざるきしみ…風島は本多の取り巻きの一人である…。がある以上、近づくことすらままならない。

風が右に吹けば左へなびき、左に吹けば右になびく。そして『オタク』という回収装置に回収されることに本能的な拒絶を感じてる。なのに自己顕示欲は人一倍…。だが、そんな男にしか『初期衝動の暴走』も『リアル』もあり得ないのかもしれない。

・アニメキャラ地獄変

ある日(T2M設立前夜)、PJKのアンケートフォームから、『アニメキャラをあきらめるな』と謎の一言を送ってきたサイト…。
それが、黒月率いる「アニメキャラ地獄変」だ。

その内容は見てもらえば解るとおり、『電波系』、『ネットヲチ』…そうしたネットの匿名性を隠れ蓑にした、ネガティブな文化を背景にしたもので、サイトを見る限りそもそもはデザインや画像の無断転載をしていた「ギャラクシーエンジェル」のファンサイトを囲って叩くサイトの一つだったらしい。2chやその前身であるあめぞうといった、そういう場所で綿々と受け継がれてきたリンチ文化も、匿名性に傘借りた連中の倫理観も未開封にとっては例外なく「くそったれ」。
未開封の先のメールに対する返答は、リバティーンズ(※)の「UP THE BRAKET」よろしく2本指を立て、『カコイイをあきらめるな』…。

未開封にとって黒月のような連中が「クソ」であるように。アニメキャラをレイプする妄想をオーガナイズし、人間の楯や反戦運動を冷ややかな目で見、冗談で精神異常者を演じて、誰かのミスを鼻で笑っている黒月にとってはおそらく。オタク文化にも回収されず、傍から見たら馬鹿がつく程ロックに夢中で、不必要な位HPのデザインにも凝った未開封はカコイイ(かっこつけた奴を小ばかにする、ネット特有の言葉)…「ものわらいの種」なのだろう。

価値観が、下手したらいがみ合うくらい違う二人にもやはり不思議な共通項がある。それは他でもないメインコンテツ…つまりはSS(地獄変に於いてはこういう表記はしていないが)だ。
それらは今のメインストリームと明らかにマーターが違う…だけではない。タイトルに反してシリアスな空気すらある「ミルフィーユ拉致監禁調教」。メール文面を通して、あたかも実話のように展開する「往復書簡・プラチナプリンセスの犯し方」。未開封曰く、「アニメの上に新しいものを載せてる。つまりはあれもサンプリングだ」…ありえないストーリーと、それでいてちゃんと作品、物語として機能しているところ。これもまた退屈な日常と、ネットでの生活でそれを暗い方法で発散する人間の生活臭がにじみ出る『リアル』な作品なのかもしれない。

サンプリングという、自らの心で出来たナイフを握った二人の男……その違いはそのナイフで、時に誰かと対峙しながらも自らの心の闇を切り裂こうとするか、ただその場しのぎのレイプに使うか、その差しかない。そういった信条的な点を除けば双方は等しくエンターティメントだ。

しかし「絶望の世界」的なノリを持ち、前述したネットの文化から出てきた黒月は、自身の読書歴から身についたSFのセンスも味方して、彼と同じようなネットの住人達には受け入れられやすいのかもしれない。そして、彼らが未開封に興味を示すことはおそらくないし、未開封がアーティストとして、同人誌に大金を出す人間以上に彼らを安易に満足させるような事は出来ない(したくない)だろう。ものすごく利己的な考え方だが。

「サンプリングがあーいうのだけだったら悲惨だろ?だから俺が頑張らなきゃな(未開封)」

リバティーンズの「UP THE BRAKET」にはこういう一節がある…「奴らが別世界の住人であるように 俺も目の前にある危険信号が見えないんだ」
今まで、未開封はそうやって自分と価値観の違う人間と接してきた。それが幸運にも不思議な友情を結んだケースもあるし、いっそうきしみをひどくさせ、取り返しがつかない次元まで深めたこともある。どこまでもストレートで、ストレートだからこそ矛盾しまくった魂。新時代ネットストリートを席巻するものは果たして…。
そして本年6月、未開封サイドの激しいディスの果てに、因縁は終結。


※リバティーンズ…UKロックの初期衝動を体現したかのような、イギリスのバンド。ロックンロールリバイバル組として注目を集めた。

・川崎ベベル

未開封と同じ『悪ガキ』であったベベル。
03年現在、16歳であるにも関わらず、ファミコンとブルースブラザース、探偵映画、椎名誠、ジャズを愛し、その姿が年不相応に見えたことから「レトロジャンキー」と呼ばれた。だが誤解してはいけないのは彼は単なる懐古主義者でなく、本当にいい作品に敏感な、素晴らしい感性を持った少年だったと言うことだ。

そしてインターネットの悪ガキとしても、未開封に比べ格段にスマートだった。そのスマートさゆえに、ストレートな感情表現しかできない未開封と折り合いがつかなくなったのかもしれない。年表で書かれたように彼らは、03年4月末現在会話がない。この特集の編集中にも、未開封から、ベベルと話したという報告もない。

掲示板や、MSNで冗談で馬鹿にし合っていたのが、いつのまにか本気になっていた…というのがことの真相らしい(未開封が言うところには)そしてその中で『つい』未開封がキレてしまい、それ以来会話はないそうだ。

「あいつとは反目しあうこともたくさんあったけど、それも含めて相棒と呼べる相手だった(未開封)」

まだ二人の関係を悲観するのは早計だし、事の起こりも些細な事かもしれないが、それは「谷山」で浮上した不和以来、つもり積もった結果だ。多くの不和を矯正すらしないまま抱くことで、未開封はこのネットでリアルな息吹を吐いている…。それは、人間の絆はほんの少しの事で崩壊してしまうことを知っているからこそのものかもしれない。

・l o w l i f e(ネコとテルミン)

最近ヒットを飛ばした…アニメ感想のテキスト…?いや、擬人化系の絵日記?それとも音楽レビュー?

ともかくジャンル分け不能と言う点でも、未開封を轢きつけたであろうサイト。シューティングジャンキーな硬派ゲーマーから、萌えとか言っちゃってるお兄ちゃんまで。
とにかく可愛いふりして仄かにブラックかつシュールで、真似できないギャグセンスもさることながら、未開封がリスペクトに挙げた(そうです、ここで取り上げられたサイトを皆、未開封はリスペクトしてます。彼に代わって一礼)最大の理由は何気なく載っていた『需要がなくても存在できるのがWEBのいいところだ』という旨の言葉…。

日記などですでに放禁もののパフォーマンスをしていながら、それでも躊躇があった未開封はその言葉をとんでもなく前向きにとらえ、我が道を突き通すためにレーベルを作った。
そして、なにより今(03年3月現在)、TOP絵に添えられてる「have a good dream on HTTP(HTTP上でいい夢みろよ)」が「俺にぴったりじゃない?(未開封)」との事。

※追記「今(03年8月)、トップページに書いてある...is still ill?って俺ン事!?(未開封)」

ロックンロールとアニメで出来た一人の男の夢は続いていく。

・ 論文

ヴェネトンのCMで話題をかっさらった村上隆が運営する(?)「芸術道場」に掲載された論文より。
上記はDJカルチャーと、現在のアニメを巡る文化(総じて、オタク文化)、SSとダンスミュージック類似点について論じられたものである。アニメキャラクターのセックスで出来たダンスミュージック。そこから発生する萌えと言うヴァイブスで踊る、日本のアニメ文化/ネットの主役たち。それらを指し学者、評論家が叫ぶ動物化と呼ばれる現象。

それらがどこまで真実かはわからない。だが、確実に横たわる漠然とした閉塞感。
しかしDJカルチャー/ストリートに、そのマンネリ化を切り裂いたZ-Tripが居たように、未開封は居る。
そもそもDJは、終わらない暴力とドラックが蔓延する60年代のブロンクスをサヴァイヴする為に生まれた。
同じように、パンク勃興期のイギリスがシフトしてきたような今の日本をサヴァイヴする為に、未開封は作品をドロップしてきた。
そして、上記の論文で「ムネオハウス」といった「ネタの集合体」と同列と捕らえられている、ダンスミュージックの中にもマッシヴアタックのような存在がある。「ドラックと切り離せない」、「煙にまく」と評されているレゲエや、そこから生まれた「動物的欲望を満たすためだけの道具」のはずのサンプリング文化である、ダブの根底には、ジャマイカという島国独特の権力に対する怒りに溢れた反骨精神がある。
そして、裕福だから、平和だからといってその反骨が日本で芽生えないと思ったらそれは大きな間違いだ。
未開封は、教室でナイフを振りかざす代わりに小説を書き、絵を描き、ウェブサイトを作っている。

常に時代は移ろっていく。評論家は、結局は水面上に見えることしか語らない。
だが、画一化されつつあった日本のヒップホップシーンに、それまでのいかなる文脈でも語ることの出来ないブルーハーブやsing02が現れ、シーンを変え、それまでほとんどが知らなかったMSCや妄走族といった『リアルなアーティスト』に脚光があたったような出来事は、おそらく日本のアニメ/ネットにそのままシフトする。

サンプリングストーリーは、ダンスミュージックだ。
怒りと狂気、生と死へのプリミティヴな衝動に溢れた、『物語を切り裂く物語』としての。

理屈ではない創作の力を信じられない奴は、オタクにでも学者にでもなれ。
だが、今、たった今をクサレSH**tのような現実、ネットで生きている奴。
群れから外れることを畏れるな、M.I..Cを握り叫べ!!


「ロックンロールの前にはセックスもドラッグもたいした問題じゃないと思う。(甲本ヒロト)」


「俺はあらゆるものを喰っていく。全部喰いつくす。今日まで一緒に俺の中で生きてくれた作品よ、ありがとう。俺はお前を喰って生きた。俺に『殺す』っていわれた奴。そこできいたふうな事言ってくれてる傍観者諸君。お前ののど笛を今から喰い千切りにいく。黙殺できるもんならしてみろ。知った風な口を聞いてみろ。俺を最低な存在にしたてあげろ。それでもやってやる。信じ込んだら、俺はなんでもできるんだ」―――未開封・2003年 8月15日・リュニーアルオープンを記念して。