今回の散策は紫陽花の季節だったので ちょっと遠いが百草(もぐさ)園と高幡不動尊をメインにした散策にしてみた。しかし百草園と高幡不動尊で多く時間を取ってしまったのと 途中のルート上にはあまり歴史的なポイントがないので、結局 百草園と高幡不動尊の紫陽花の撮影に行ったようなことになってしまった。このホームページの東京フォト歳時記「花の地図めぐり」にでも掲載したほうが良かったかもしれないが 一応江戸散歩として掲載することにする。幸い雨は朝方には上がり紫陽花は雨が似合うので紫陽花の撮影にはちょうど良かったかもしれない、というわけで花の写真が多くなってしまったが御了承願いたい。 |
日時: 2013年6月14日
交通: 京王線 百草園駅、 帰り 京王線 高幡不動駅
ルート: 百草園~百草八幡~バス~高幡不動金剛寺 約5キロ
百草園に行く途中の松連坂の雨に濡れた石壁 百草園駅から百草園までの距離はそれほど遠くはないが、百草園の入り口まで行くにはかなり急な長い坂を上らなければならない。 |
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京王百草園入り口 入園料300円(シルバー割引なし)、朝方まで雨が降っていたせいか客はほとんどいなかった。百草園は奈良時代創建の黄檗宗の尼寺松連寺の庭園の跡にある。現在は京王帝都が運営している。 |
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不許葷(くん)酒入山門 説明書きによると庭内の土中から出てきたもので、通常は寺の山門前にあり、韮、葱などの臭い野菜を食べていたり 酒気を帯びた者は入山してはならないということのようだ。寺では獣肉を食べてはいけないというのは聞いたことがあるが 臭い野菜もだめということのようだが、不許が喪失しているようなので問題ないが 我々は皆条件をクリアしていたようだ。 |
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百草園 百草園は山の上にあるため園内に入ってからも起伏が多い。 写真はSさん提供 |
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若山牧水の歌碑 「小鳥よりさらに身かろくうつくしく、かなしく春の木の間ゆく君」と恋の歌(独り歌へる)が書かれている。若き日の牧水が恋人小枝子(悲恋に終わった)と ここにしばしば訪れたという。 写真はTさん提供 |
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紫陽花 あずまやを背景に 写真はTさん提供 |
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花の枝が長い紫陽花 ちょっと変わった紫陽花であるが、近頃は品種改良などで紫陽花の字のごとく紫のものばかりでなく青、赤、白、黄色、ピンクとさまざまのものがある。 写真はSさん提供 |
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雨にぬれた葉 青い紫陽花を背景に | |
白い紫陽花 青い紫陽花を背景に | |
青い紫陽花 写真はTさん提供 |
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寿昌梅 小田原藩主大久保忠増の室 寿昌院慈覚元長尼(江戸名所図会によれば松連寺の再興に尽くしたという)が織田信長の命で非業の死をとげた徳川家康の嫡男信康追悼のために植えた白梅と伝えられている。百草園は梅でも有名で約500本の梅が植樹されている。 写真はEさん提供 |
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梅の実 近くに寿昌梅から落ちたと思われる大量の梅の実が一ヶ所に集められていた。青いうちに取れば美味しい梅酒ができそうだ。 |
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心字池の蓮 写真はSさん提供 |
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くもの巣にたっぷり溜まった雨水 写真はEさん提供 |
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ブルーベリーのような実 写真はEさん提供 |
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めしべを伝わる水玉 | |
心字池に落ちる木の葉の雨しずく | |
芭蕉句碑 この句碑には「志ばら久は 花の上なる月夜かな」と彫られている。 左手のほうにもう一つ芭蕉の句碑があり、それには「春もやや 希し紀調ふ月と梅」と彫られている。牧水の歌碑とともに牧水の長男旅人氏設計によるものである。 |
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松連庵の床の間にあった瓢箪 ちょっと早かったが園内にある松連庵で よもぎ蕎麦の昼食を取る(メニューはよもぎ蕎麦のみ、500円)。 写真はEさん提供 |
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松連庵テラス 写真はTさん提供 |
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心字池傍の木の苔むした枝 | |
くもの巣が絡まる枝 写真はSさん提供 |
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額紫陽花 写真はSさん提供 |
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百草園裏口 この先にある百草園の隣にある百草八幡宮に寄る 写真はTさん提供 |
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百草八幡神社 江戸名所図会にも述べられているが、平安中期源頼義.義家が陸奥の安部貞任討伐の途中戦勝を祈願して祠を造立したのに創まると伝わる古社。 |
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松連寺詩碑 この詩碑には松連寺の眺望に恵まれた十八景のことや源頼義が戦勝祈願したことなどが五言律詩の形式で詠まれている。 |
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神社裏の高台にあるシイの木が八幡宮を見守る | |
百草八幡下り高幡不動に向かう途中散歩していたフレンチブルに出会う。今回は不思議なことにネコを見かけなかったので代わりに登場してもらった。 | |
新興住宅地 百草八幡から下る途中見かけた光景。家は結構大きいのだが ここから見るとぎっしり詰まっているように見える。東名高速で東京付近に近づくと同じような光景を見かけることがある。 |
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あるお宅に咲いていた白いユリ この辺りで道を間違え、途中見所もなく暑くなってきたのでバスで高幡不動まで行くことにする。 |
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高幡不動仁王門 高幡不動尊は正しくは高幡山明王院金剛寺といい僧行基が開基とも伝わる真義真言宗の本山。 成田山新勝寺、雨降山大山寺とともに関東三大不動尊の一つとして信仰されている。 写真はTさん提供 |
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不動堂 不動堂に不動明王が安置されているが、重文の不動三像は奥殿に安置されているという。尚高幡山明王院金剛寺の本尊は不動明王ではなく 大日堂にある大日如来像のようである。 |
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水舎と仁王門 水舎の左横にちょっと見えるが「旗かけの松」があり、源頼義が奥州征伐に向かう途中、不動尊に戦勝を祈願し、軍旗を立てかけたと伝えられる松である。 |
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土方歳三像と弁天堂 新撰組副長の土方歳三は当時この近くの石田村に生家があり その菩提寺が高幡不動尊であるため 歳三にまつわるものが数多く残っている。右の碑は「殉節両雄之碑」と刻まれた近藤・土方両雄の事蹟を記したものであるが 新撰組の一連の出来事を漢文で記した記録の碑でもある。歳三の墓は生家の近くの石田寺にある。 写真はTさん提供 |
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五重塔 写真はSさん提供 |
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八十八ヶ所巡拝地蔵尊 境内にある塔山には紫陽花(7500株)が植えられているが、その他八十八ヶ所の参拝所があり それぞれの参拝所には地蔵尊が置かれている。 |
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ピンクの額紫陽花 写真はSさん提供 |
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紫陽花と五重塔 | |
紫陽花の葉と五重塔 | |
白い紫陽花 | |
青い紫陽花 写真はEさん提供 |
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八十八ヶ所巡拝コースには句や詩を記した石碑などが点在する これは「百千鳥 森の扉を 全開に」と読める。 写真はSさん提供 |
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紫陽花の小道 | |
八十八ヶ所巡拝コース沿いの緑をまとった巨木 | |
紫陽花に囲まれた八十八ヶ所巡拝地蔵尊 写真はSさん提供 |
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お鼻井戸 縁起によれば不動尊が嵐のために倒れて鼻が地面についた、するとそこから清泉が湧き出たという伝説の井戸。江戸名所図会によれば この清水を飲んだり患部に塗れば諸病に効果ありという。 |
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逆光の青い額紫陽花 写真はEさん提供 |
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青い紫陽花と木漏れ日 | |
ピンクのティアラ 写真はSさん提供 |
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逆光に映える白い紫陽花 | |
青い額紫陽花 写真はEさん提供 |
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赤い紫陽花 写真はSさん提供 |
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豊泉寮・知足庵 大日堂の横には心字池と茶会などが開かれる茶室がある。 |
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心字池の傍の水所 心字池は先ほど行った百草園にもあった。 |
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大観音像と紫陽花 写真はEさん提供 |
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赤いツツジと青い紫陽花 | |
五輪塔とその由来を読む人 写真はTさん提供 |
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五部権現社と山門から仁王門方面(高幡不動駅)を望む この山門の手前には大日堂があり「鳴り竜」(墨絵の裸龍の下で手を打つと妙音を発し願いが叶うとされる)などがあるが、遠出したので早めに切り上げ高幡不動駅でお茶をして帰る。 |