From Atagoyama to Kanda, Asakusa

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 今回の散策は愛宕山から新橋まで歩いた後 水上バスで隅田川を下って浅草まで行くというものだった。 3日前浅草にスカイツリーを撮りに行ったが その時はあいにくの雨で塔の先までは見えなかった。 今日は午後何とか天気になって念願のスカイツリーがアサヒビールのビル壁に映っているのを撮る事が出来た(この翌日にスカイツリーの照明のテストが行われたのは ちょっと残念ではあったが)。 反省会と称して散策の後 月一度集まって撮った写真を批評することにしているが その際自分が撮っていなかった写真を一部拝借してページに加えることにした。 今回はさらに隅田川に架かる橋11ヶ所を全て掲載したので写真の枚数が多くなってしまった。


日時: 2010年10月12日
交通: 日比谷線 神谷町、新橋より山手線で浜松町、日の出桟橋より水上バスで浅草へ、 帰り 都営浅草線 浅草
ルート: 光明寺〜青松寺〜愛宕神社〜栄閑院〜塩釜神社〜烏森神社〜新橋〜浜松町 日の出桟橋〜浅草  徒歩約4.5キロ

光明寺の天水鉢に映った梅の木。山号を梅上山と言い 徳川家光が命名、ここの紅梅については家康が喜んだと言う故事がある。
また この寺には明和の大火による死者を葬る「焼死人」の墓がある。
愛宕グリーンヒルズ MORIタワーにモニュメントを重ねてみた。
万年山青松寺にお参りする日に焼けた肌に真っ白なスポーツウエアの青年。凛として合掌する姿が新鮮に思えたので一枚。
青松寺は曹洞宗江戸三か寺(他は 浅草総泉寺、高輪泉岳寺)で街中にあるが なかなか立派な仏閣である。
青松寺にある童子像、おちんちんがてかっているが どんな人が触るのであろうかと想像してしまう。
青松寺 愛宕グリーンヒルズ フォレストタワーをバックに。  赤穂浪士が吉良邸に討ち入った後 吉良邸の隣の回向院に立てこもって討ち死にしようとしたが拒まれ、青松寺が曹洞宗で浅野家の菩提寺でもあったので この寺に引き上げて来たが、ここでも入るのを拒まれ 最終的に同じ曹洞宗の高輪泉岳寺に向かったと言われている。
青松寺から愛宕山に登る途中にあったプラスチックのような花。
愛宕山の主。飼い猫のようだが広場の真ん中に陣取って悠然と毛づくろいをしていて、声を掛けてもなかなかこっちを向いてくれなかったが ウザイな と言うような顔でようやく向いてくれた時のニャンカット。
愛宕神社境内の池にいるピラニヤみたいに獰猛そうな鯉。
愛宕神社の男坂86段。広重は「芝愛宕山」という題で強飯式と言う行事を題材にして神社の門を近景にして上がってくる使者を描いているが、この階段を一本歯の高下駄を履いて上り下りするのは至難の業だ、本当にそんなことしていたのだろうか。最近聞いた話では愛宕神社の例祭では2年に一度神輿がこの石段を登るというから それはそれでまた凄いことだ。 高所恐怖症である自分は手すりにつかまりながら下りた、実際写真の女性も手すりをつかんで下りて来ている。
  メンバーのHさんが上から撮った写真があったので拝借。 上から人間の目線で下を見るとこのようになっています、大袈裟に怖がっているのではなく 如何に急な階段か分かると思います。 
出世の石段とは将軍家光の命により平九朗盛澄が愛馬で石段を駆け上り日本一の馬術の名を上げたことによる。 我々は清松寺の方から来たので 残念ながら出世の階段を昇らないで下りて来てしまったが、愛宕山は約26メートルで山としては山手線内で一番高い山だそうだ。実際この山頂から江戸の町を見渡して 勝海舟が西郷隆盛に江戸の町を戦禍から救う事を約束させたという話は有名だ。
尚新宿の戸山にある箱根山は海抜40数メートルで愛宕山の海抜よりは高いが 山の高さでは愛宕山の方が高いと言うことなのだろう。
栄閑院にある水子地蔵。この寺は猿塚があり猿寺とも呼ばれ「解体新書」著した杉田玄白の墓がある。
愛宕山下の交差点から美脚の美少女グループ の広告(キャッチフレーズが‘同じ時給で働く友達の美人ママ‘とあるのでキャバクラ嬢の募集広告かと思ったら音楽CDの広告でした)と愛宕グリーンヒルズを望む。
広重は もうちょっと虎ノ門寄りから有名な4枚の雪景色のうちの一枚「愛宕下藪小路」を描いている。当時は右手の愛宕山側を桜川という放水路が流れていたようだ。
  一関藩田村家跡にある浅野内匠頭長矩が切腹した終焉の碑を探したが見つからない。 現在大規模な地下道路建設などが行われており工事現場の中にあるのかもしれない。この辺りは青松寺といい浅野家にとっては縁のない土地のようだ。
それで近くにある塩釜神社に寄ってみる。ビルの谷間にひっそりと佇んでいた。ちょうどお昼休みでお弁当を食べてる人が大勢いたが この辺のお弁当の値段は390〜500円で最安値は390円、前回の神田の350円より若干高め。 
新橋烏森神社参道。新橋烏森と言うと飲み屋街を思い出すが、参道の両脇も飲食店が多い。 江戸名所図会では平将門の乱を征討するため藤原秀郷が戦勝祈願した神社と言われているが 信としがたしとも記している。 平将門を祭る神田明神とは犬猿の仲?
新橋のSL広場に色々なポーズでたたずむ人々。
ここから山手線で浜松町に行き日の出桟橋から浅草行きの水上バスに乗る。
たまたま2日前 このインターコンチネンタルホテルで以前の職場にいた姫が結婚したので記念に一枚。 披露宴でのケーキカットの後、新郎新婦の後ろのカーテンがぱっと開いて東京湾を一望する背景で新郎新婦が寄り添う姿を記念撮影するという趣向には感動した。
このホテルは東京湾の花火大会の日の宿泊は特に人気があり 5月初めの予約開始日には午前中で予約が一杯になっていたように思う。
  日の出桟橋を出ると、竹芝桟橋とは反対の方には晴海客船ターミナルも見え大型船が停泊していました。
写真はメンバーのTさんが提供。
ここからは隅田川に掛かる橋を全て写していくことにする。
まず向こうに見えるのは勝鬨橋(かちどきばし)。日露戦争の戦勝記念として架けられる予定であったが実現したのは1940年。当初は跳開橋であったが今は開閉しない。
  勝鬨橋の中央に開閉する部分が見える。 
佃大橋。東京オリンピックの年に 昔佃の渡しがあった所に架けられたもの。
中央大橋 隅田川に掛かる橋の中では新しい。隅田川はフランスのセーヌ川と提携関係にあり 橋のデザインはなかなかモダンでフランスの会社が受け持ったそうだ。
リバーシティ21 中央大橋が右側に見える。
永代橋。 永代橋と言う名前の由来は 江戸名所図会では永代島に架すので永代橋と言う名前がついたとあるが、徳川幕府が永代続くようにとの慶賀名との説もある。 それ以前は深川の渡しがあった所で、赤穂浪士が吉良家の討ち入りを果たした後渡った橋として知られているが 富岡八幡宮の祭日に群集の重みに耐え切れず落橋して1500人以上の死者を出したことでも有名。広重がこの橋の橋桁越しに佃島を望む図を描いている。
清洲橋の下より墨田川大橋(緑色)を望む。
清洲橋。 関東大震災後ドイツのケルンにあった橋をモデルにして作られたもの。
新大橋。両国橋の旧名を大橋と言うため大橋の前に新をつけたもの。江戸時代のこの橋はゴッホも模写したという広重の最高傑作とされる「大はしあたけの夕立」で描かれている。
両国橋下より首都高の架橋を望む。右の方に前回行った柳橋が見受けられた。
  この緑色の橋が柳橋、 ここで神田川が墨田川に合流している。柳橋の下の向うに見える青い橋は浅草橋。 
写真はメンバーのTさんが提供。 
両国橋。その昔この辺りの川を国境としていたことからこの名前がついたと言う。江戸時代は特に夏の時季は納涼で花火や茶屋などが出て たいそうな賑わいであった様子が江戸名所図会に描かれている。広重も「両国橋大川ばた」と題してこの橋の界隈の賑わいを描いている。
  水上バスに乗っていても川の両脇はビルばかりであまり見るべきものがなかったが、川辺のオープンテラスでランチできるようなレストランがあった。
水上バスに乗っていてもあまり行きかう船は見受けられない。江戸時代に描かれた墨田川の絵を見ると色々な船でごった返していて 当時は川が都市交通の要で 川沿いもにぎわっていいたのが分かる。 現在はすっかりその座を道路(自動車)に奪われてしまったようだが、川をもっと利用するような都市計画も必要な気がする。
写真はメンバーのTさんが提供。
蔵前橋。 国技館に因んで相撲に関係があるレリーフが飾られている。歩道には原寸大の土俵の図も描かれている。
  水上バスからもスカイツリーが見えることがあり、そのつど水上バスの乗客から歓声が上がっていた。東武鉄道の株も上がっているようだが アサヒビールは便乗できただろうか、これはサントリーのBOSSとスカイツリー。
写真はメンバーのEさんが提供。 
厩橋(うまやばし)。昔 御厩の渡しがあった所(転覆事故が多く三途の渡しとも言われていた)、馬に関するレリーフが施されている。
駒形橋。近くにある駒形堂に因んで命名された。昔 駒形の渡しがあった所。
吾妻橋。この橋を超えると水上バスの終点 浅草。広重の江戸百景で「駒形堂吾妻橋」として描かれている。 この先に言問橋がある。
水上バスを降りて隅田川の向こうにスカイツリーを望む。
アサヒビールのビルの壁にスカイツリーが映っている。3日前 実はカメラクラブの撮影でスカイツリーを撮りに来て その時このポイントを教えてもらった。 その時は雨で映っていなかったが今日は良く映っている。
スカイツリーが634メートルの高さになると てっぺんまでは映りそうもない。 アサヒビールはビルをもっと高くして できれば四角いビールジョッキではなく丸いジョッキの形にして欲しいものだ。
飛行機が飛んできたので写したが殆んど見えない。 この江戸散歩の翌日 テストでスカイツリーに照明が点ったそうだが、スカイツリーが夕日を浴びたら どう映るのだろうか。
ちょっと遊んで スカイツリーの聖火。
今日の江戸散歩はここまで。浅草寺でこの倶楽部の名誉顧問の全快を祈願し お茶をして帰る。今回は隅田川を下ったが、東京にはまだ江戸時代の川が残っているので 今度は電気ボートでの お江戸日本橋舟めぐり でもしてみようかと思った。

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