From Akasakamitsuke to Kagurazaka area

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 2009年3月5日に散策した時の写真が神楽坂のものしかなかったので、2018年6月13日カメラ仲間(飲み仲間?)と もう一度散策してみることにした。お互いの以前勤めていた会社が赤坂近辺にあるため、赤坂山王からスタートし、最後は以前神楽坂の阿波踊りを撮りに行った時見つけた安い居酒屋をゴールとするルートに設定してみた。この日は晴天であったが、この散策の数日前に行った江戸川散策の時のような30度を超える暑さではなく、江戸城外外堀の木陰を歩くので過ごしやすかった。
尚 今回と以前の散策の写真が分かるように日時を付している。

日時: 2009年 3月 5日, 2018年6月13日改訂
交通: 営団銀座線・丸ノ内線 赤坂見附駅、帰り JR飯田橋駅
ルート:日枝神社〜赤坂見附跡〜弁慶橋〜清水谷公園〜紀尾井坂〜四谷見附跡〜市ヶ谷見附跡〜牛込見附跡〜
神楽坂〜毘沙門天〜赤城神社 約6キロ

山王パークタワー

以前勤めていた会社の入っているビルだが、当時は気にもしなかったが こうして見ると随分ノッポの高層ビルである。 この散策の2日後に以前一緒の職場で仕事をしていた後輩と久しぶりに会って飲んだが、当時の職場も自分がいた時とは様変わりしているようである。仕事から離れていると、ビジネスの世界の変化の速さには驚かされる。
(2018年6月13日)
  日枝神社

江戸三大祭りの一つ山王祭が行われることで有名であるが、大田道灌が川越の川越日枝神社を勧請したのに始まると言う。
職場は近くだったが、その間は殆ど訪れることがなかった。
(2018年6月13日)
   狛猿?

これはオス猿で左側には子猿を抱いたメス猿の神猿像がある。
猿は「勝る」(まさる)、「魔が去る」(まがさる)、音読みで「えん」(縁)と縁起が良いとされている。
(2018年6月13日)
   山王祭で担がれる一宮の神輿

江戸時代は山王祭と神田明神の神田祭の山車だけが江戸城内に入城を許され天下祭りと言われていた。天下祭りと富岡八幡宮の深川祭りを指して江戸三大祭りと称される。先週末は山王祭の連合渡御で、この神輿が担がれたはずである。
(2018年6月13日)
  山王の山車

御幣を持った美少年の随神の像を掲げた山車。当時はもっと背が高かったようだが、現在は高さ4.5メートルで有楽町や新橋のガード下では油圧式で昇降させて通過できるようである。
広重が江戸百景で「麹町一丁目山王祭ねり込」という題で、山下門から江戸城郭内に入る天下祭りの山車を広重流に描いている。
 (2018年6月13日)
   山王稲荷神社大前の鳥居

伏見稲荷の千本鳥居には及ばないが、東京の稲荷神社にしては結構長い鳥居である。以前いた会社が寄贈した鳥居を発見し、ちょっとビックリ。
(2018年6月13日)
   赤坂見附跡

これは大山道(青山通り)へ通じた赤坂見附御門。番兵が見張りやすいように見附門は枡形に造られていた。今回はこの赤坂見附から喰違見附、四谷見附、市ヶ谷見附、牛込見附へと江戸城外堀の5見附を辿ることになる。
(2018年6月13日)
   赤坂見附跡辺りに咲いていたユリの花
(2018年6月13日)
   弁慶橋を渡ると東京ガーデンテラス紀尾井町(旧赤坂プリンス新館があった所)の前に紀伊和歌山藩徳川の藩邸があったという碑があった。
(2018年6月13日)
   紀尾井町通り

昔若かりし頃 朝この辺りにあったラケットボールクラブで会社に行く前に一汗流してから仕事をするような時期があったのを思い出した。
(2018年6月13日)
   清水谷湧泉跡

江戸時代この辺りは谷で、周囲から湧水が湧き出て通行人に喜ばれていたと言う。今は清水谷公園として都会の中の憩いのスポットとなっている。
(2018年6月13日)
   大久保利通哀悼碑

大久保利通が暗殺されたことを「紀尾井坂の変」と言うが、実際は紀尾井坂ではなくこの清水谷辺りで暗殺されたと言う。
(2018年6月13日)
   紀尾井坂

清水谷公園から紀尾井町通りをホテルニューオータニに沿って左折すると紀尾井坂になる(右折すると清水谷坂)
(2018年6月13日)
   ホテルニューオータニ

自分は紀尾井坂にあるこの入り口からこのホテルに入ったことはないと思う。森村誠一の「人間の証明」の舞台となった回る展望レストランはまだ健在のようだ。
(2018年6月13日)
   ホテル横にあるガス灯のオブジェ

開業25年の記念に東京ガスが寄贈したとある。1989年に寄贈されているので、多分このホテルは1964年に開業したのだろう。
(2018年6月13日)
   ホテルのエントランスエリアの横に咲いていた満開のアジサイ
(2018年6月13日)
   喰違見附

この上の辺りが喰違見附跡のようだ。他の見附とは異なり枡形門ではなく、見通しが利かないように石垣を左右に喰い違い状に設置(虎口構造)していたことから、この名が付いたと言う。
(2018年6月13日)
   外堀公園の土手道

木陰の小道なので夏でも歩きやすいかもしれない。(2018年6月13日)
   四谷見附橋

四谷見附の橋のたもとにガス燈に似せたレトロな照明灯があった。おむすびの昼食を取る。
(2018年6月13日)
   雙葉高校

中高一貫教育の有名女子高。女子中学生の一団が2階の窓から我々に手を振ってキャーキャー言っていたので我々も手を振ったが、そんなに目立つ格好で歩いていたとは思わないのだが。
(2018年6月13日)
   外堀公園の小道からは色々な建物が見えるが、右手は中央大学と書いてあるので理工学部であろうか。この辺りは外堀の両サイドに大学など学校が多い。
市ヶ谷見附を通り最後の牛込見附のある飯田橋方面に向かう。
(2018年6月13日)
  コケが纏わりついているような樹木

都会の、それも東京千代田区内の風景にはとても見えない。
(2018年6月13日)
   牛込見附跡

牛込見附は松平阿波守によって建設された石垣で「松平阿波守」と彫られた石垣の破片が発見されたという。
この後神楽坂は前回の写真があるので割愛し、最後のゴールである神楽坂の居酒屋に向かうことにする。
(2018年6月13日)
   赤城神社

午後5時前で居酒屋はまだ開いていてないと思い、赤城神社に寄てみるが、この日は何かの撮影が行われており、参拝して早々にお暇する。
(2018年6月13日)
   赤城坂

赤城神社の側にあるのでこの名が付いたとあるが、当時はかなりきつい坂だったようだ。
最終ゴールの居酒屋はもうすぐだ。
(2018年6月13日)

これ以降は前回2009年3月5日の写真です。
 神楽坂  神楽坂の午後の路地裏、看板の「写真撮影」がレトロな雰囲気。
(2009年3月5日)
窓越しに室内に飾っている花がパステル画のようだったので 外に置いてあった花と一緒にスナップ。
(2009年3月5日)
オレンジの家と赤いオートバイ。 エアコンがなければポルトガルか何処かのヨーロッパの家並かと見紛うようなたたずまい。
(2009年3月5日)
不審人物と思われ睨みつけられました。
(2009年3月5日)
赤いオートバイがマッチした店、神楽坂は赤いオートバイが似合う街だ。
(2009年3月5日)
   京風な軒下の佇まい。
(2009年3月5日)
  エアコンの群生。
(2009年3月5日)
フニャフニャなビル。ビルの窓に映った建物です。
(2009年3月5日)
水辺のカナルカフェ、ここでお茶をしました。
(2009年3月5日)
神楽坂の料亭街、一度は入ってみたいが。。。 
(2009年3月5日)


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