Kishibojin temple

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日時: 2010年 7月 13日
交通: JR京浜東北線 王子駅 より 都電荒川線 西ヶ原4丁目駅、 帰り 山手線 大塚駅
ルート:妙行寺〜善養寺〜都電荒川線にて雑司ヶ谷駅〜法明寺〜鬼子母神〜目白不動〜南蔵院〜山吹の里〜亮朝院〜
水稲荷〜堀部安兵衛かたき討の場〜甘泉園 約 4.5キロ

生憎の雨模様だったが、今日のルートはお墓めぐりの様なものだったし、ちょうど お盆でもあったので決行した。
今日は都電を使う散歩だったので 王子から都営荒川線で西ヶ原4丁目で降り 最初の目的地 お岩さんの墓のある妙行寺に向かう。 かなり古びた商店の前に「お岩通り」という看板があったのでモノクロにして写してみる。 「お岩通り」と言う名称がこの商店街の振興に貢献しているかどうかは雨で人通りもなく不明。
お岩さんの墓のすぐ後ろにある怪しげな木を写す。お寺の墓所にはこのような奇怪な木が多く なるだけ見つけたら撮ることにしている。怪しげな雰囲気を出すために これもモノクロに変換している。
お岩さんは四谷怪談で有名なように 四谷での話だが 四谷にあった夫の菩提寺がこの地に移って来たため お岩さんの墓も移って来たもの。夫に殺されたことになっているので 夫と一緒に葬られているのは 良く成仏できないのではないかと気になるのは考え過ぎだろうか。夫婦仲が良すぎて舅と仲人に殺されたという説もあるようだ。
妙行寺にある水甕の映り込み。 これは原色のままでモノクロにはしていない。
妙行寺にあったうなぎ供養塔、土用の丑の日も近いので 良く成仏できるように祈り 紫陽花をバックに写す。
善養寺にある侠客新門辰五郎の墓と思われるものを 雄大な木を背景に撮る。江戸歩きをしていると 色々な所で新門辰五郎の史跡に出くわす、当時は相当の人気者であったようだ。
新庚申塚駅より都電で雑司ヶ谷駅まで行く。雑司ヶ谷霊園は入谷霊園と同じく都営の霊園でかなり広大な敷地であるため お目当ての有名人の墓を見つけるのに苦労した。丁度お盆なので墓参の人がたくさん来ていた。これは夏目漱石の墓を 立派な木をバックに入れて後ろから撮ったもの。墓銘は「文献院古道漱石居士」とある。
この墓石を削り取られた様な跡が見える墓は 大泥棒 鬼あざみ清吉のもの。義賊ですり抜けの名人と言う事で現在では受験生の合格祈願で人気があり、御利益があると言う事で石が削り取られているらしい。この時も成蹊高校合格祈願 等と書かれた手拭いが横に何枚か掛けられていた。 今まで行った江戸散歩でも菅原道真関連は別にして 新大久保の「皆中稲荷」や浅草の「飛不動」など最後の合格祈願の神頼みのスポットは多い。
整備が良いためなのか悪いからなのか分からないが、墓道が
雑草で鮮やかな緑におおわれて美しかったので一枚。
東京江戸散歩の先覚者で 「日和下駄」の著者でもある永井荷風に敬意を表して一枚
鬼子母神にある銀杏の大木。案内には樹齢600年 樹高30m 幹間8mで 都内の銀杏では麻布にある善福寺の銀杏に次ぐ巨樹だそうだ。
鬼子母神の並木道。 この日は小雨模様で寂しい通りだったが 縁日には両脇に所狭しと店が並び脇の家の人の玄関の出入りが心配になる程の混みようだ。
目白不動のお地蔵さん。この寺には 宝蔵院流槍の遣い手で 由井正雪の乱で処刑された丸橋忠弥の墓等がある。東京の五色不動の一つで、他に目黒不動(目黒区 龍泉寺)、目赤不動(本駒込 南谷寺)、目青不動(世田谷太子堂 経学院)、目黄不動(江戸川区平井 最勝寺)がある。
南蔵院の黒猫。ここは怪談「怪談乳房榎」に出てくる寺でもある。草花が沢山あり良く手入れされていた。
南蔵院の墓には上野彰義隊の首塚等があるが 一般の人は入ることが出来ないらしく、仕様がないので境内にあったバラでを写してみた。
お盆の墓巡りから解放されてほっと一息。
南蔵院を出た所に咲いていたラズベリーみたいな実。この先に大田道灌が鷹狩でこの地(面影橋辺り)に来た時 雨に会い農家の娘に蓑を借りようとしたところ 娘が山吹の枝を差し出した と言う故事がある「山吹の里」の碑がある。(娘が山吹の枝を差し出すことによって「後拾遺集」にある歌で「七重八重花は咲けども山吹の みの(蓑)一つだに無きぞ悲しき」を掛けて 蓑を貸すことも出来ないほど困窮していることを表現したもの。 道灌はその時は何のことか分からなかったが 帰った後その意味するところを知り 己の教養の浅いことを恥じて 和歌の勉強をしたそうだ)。
広重は江戸百景で姿見の橋(面影橋の別名)を題材にしている。
亮朝院。 普通は木造の仁王様が大半で ここの金剛力士像は石造で大変珍しい。 1705年に奉納されたとある。
江戸散歩のメンバーで色々な寺で この龍の鋳造物を撮っている人がいるが、私は映り込みを撮っている。
亮朝院の墓地から見える一面緑の葉で覆われた家。
亮朝院の鐘楼。この上に鐘が収められており大晦日には除夜の鐘が鳴るようだ。
昼なお暗い水稲荷の参道、フラッシュを焚かないと写らない。ここは甘泉園と隣り合っており 都内でも かなり緑の深い場所になっている。甘泉園というのは 元徳川御三卿清水家の庭園があり 当時は井戸から水が豊富に湧き出たので「甘泉」と名付けたそうだ。
水稲荷本殿。この側に堀部安兵衛のかたき討ちの場の碑がある。叔父菅野六郎左衛門の決闘の助太刀に駆けつけ敵3人を倒し一躍有名になった。18人斬りと言う話もあるが実際は意外と少ない様である(確かに18人も斬ったら刃はボロボロだろうからあり得ない話だ)。
当時穴八幡の奉納流鏑馬が行われており広重も前景に流鏑馬の的を配した高田馬場を描いている。
都営荒川線早稲田駅(都電の終点)。今日の東京江戸散歩は都電の早稲田駅からJR大塚に出て終わりました。小雨が一時降ったものの何とか天気がもってくれたので写真も撮ることが出来て一安心。

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