From Yushimaseido to Hongo kikuzaka

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 2018年2月20日に以前歩いた「湯島聖堂から本郷菊坂」(2010年1月14日)のルートを一部変更して、もう一度歩いてみた。前回は旧岩崎邸を訪ねた後 本郷菊坂方面に向かったが、今回は不忍池を周り森鴎外の旧居「鴎外荘」を訪れるルートに変更した。同じ場所を訪れているので新しい写真に取り替えたり新たに追加した写真には撮影日を記した。それとは別に2019年12月12日に東大構内のイチョウの紅葉を撮ってみようと思い、本郷菊坂から三四郎池まで歩いた時撮った写真があるので付け加えた。


日時: 2010年1月14日、2018年2月20日、2019年12月12日
交通: JR お茶の水駅、 帰り 南北線 東大前駅(2010)、JR 上野駅(2018), 丸の内線本郷三丁目駅
ルート:湯島聖堂〜神田明神〜湯島天神〜無縁坂〜麟祥院〜岩崎邸〜鴎外荘〜樋口一葉旧宅〜徳田秋声旧宅〜
本郷館 約 6.5キロ
本郷菊坂〜一葉旧居跡〜三四郎池 約5キロ

お茶の水の聖橋よりニコライ堂を望む。(2018.02.20)
聖橋より総武線、中央線、丸ノ内線が交差しているのが見える。広重の江戸百景では湯島聖堂方面を望んだ絵が描かれている。(2010.1.14)
   ここからは中央線、総武線、丸ノ内線の3線が見えるのだが、なかなか同時に3本の電車が通過するのを見るのは難しい。 (2018.02.20)
   湯島聖堂正門 
五代将軍徳川綱吉が、林羅山が上野忍岡に創設した先聖堂を、この地に移したのが始まり。江戸の最高学府昌平坂学問所が併設された。
(2018.02.20)
湯島聖堂の和洋折衷の鯱鉾
(2018.02.20)
強い日差しが当たった昌平坂の築地塀(2010.1.14)
   神田明神、初詣の人はもうまばらだったが、5月には江戸3大祭りの一つ神田明神祭りがおこなわれ大勢の人で賑う。山王祭とともに天下祭りとして江戸城内に入るのが許されていた。広重が江戸百景で早朝の境内を描いている。(2010.1.14)
   大黒天とクレーン
平成41年に創建千三百年を迎えるにあたり文化交流館の建設を行っているようだ。(2018.02.20)
   銭形平次の碑
銭形平次は小説では神田明神下の長屋に住んでいる設定になっているため、架空の人物だが碑が建てられている。(2018.02.20)
   湯島天神に行く途中見かけたツタの葉とその影(2018.02.20)
   妻恋神社
大和武尊と妃の弟橘媛を祭神とする社。大和武尊の東征のおり、房総沖で暴風雨に遭遇したが、媛が自らの身を海に投じて海神の怒りを鎮めたと言う逸話があり、二人を祭神として祀ったと言う。(2018.02.20)
   実盛坂
急な坂だが、齋藤別当実盛の居住地があった辺りで、平家方に与して木曽義仲などと戦ったが敗れたことが、平家物語などに記されている。
(2018.02.20)
   湯島天神銅鳥居
神田明神方面から歩いてくると見えてくる銅製の鳥居。湯島天神は南北朝時代菅原道真を祀った古社。のち大田道灌が京都の北野天満宮を勧請して再興している。(2018.02.20)
   猿回し
梅まつりの最中で猿回しが来て得意芸を見せて楽しませてくれた。
(2018.02.20)
   梅と新郎新婦(2018.02.20)
   湯島天神のガス灯
東京で野外で点灯している唯一のガス灯だと言う。(2018.02.20)
   湯島天神にて。乙女にはやはり 学業祈願より恋みくじのほうが人気の様です。(2010.1.14)
   旧岩崎邸。この横に森鴎外の「雁」で有名な無縁坂がある。
設計はニコライ堂を設計したジョサイア・コンドル。(2010.1.14)
   麟祥院
三代将軍家光、幼名竹千代の乳母として大奥に権勢をふるった春日局の菩提寺。昔、「からたち寺」とも言われており、「無縁坂」とともに鴎外の「雁」にも登場する。(2018.02.20)
   麟祥院の手水鉢(2018.02.20)
   春日局の墓
四方に穴のある無縫塔。
(2018.02.20)
   無縁坂
2010年の散策の時はここから本郷方面に向かったが、今回は不忍池を周り、鴎外がドイツから帰国後一時過ごした旧居「鴎外荘」を訪ねる。
(2018.02.20)
   鴎外荘
現在は温泉も出るホテルとなっているようだ。2018年の散策はここで終わり、上野に出てお茶をして帰路に就く。(2018.02.20)
東大附属病院横の無縁坂より 建設中の東京スカイツリーが正面に見える。(2010.1.14)
菊坂より炭団坂へ向かう途中見かけた日向ぼっこしているネコ。
(2010.1.14)
  菊坂を歩いていると、道路脇には金魚すくいの店兼喫茶店があったり、ズボン屋さん、珍しいインコを売っている店等ちょっと変わった店が点在している。
(2019,12,12)
  坪内逍遥旧居跡

炭団坂の上の角に坪内逍遥がかって住んでいて、「小説神髄」を発表した坪内逍遥旧居跡がある。
(2019,12,12)
   炭団坂。名称の由来は あまりに急なので炭団のようにまっ黒になって転げ落ちる人がいたからだとか言われています。現在は手すりも整備されていますが、下から宅急便のお兄さんが上がって来ましたが 配達する人にはやはり大変そうです。
(2010.1.14)
旧樋口一葉宅横の石段。

勤めていた頃 アルバイトに来ていた青年が、この2階に間借りしていると言う話を聞いてビックリ。近くに樋口一葉ご愛用の伊勢屋質店がある等教えてもらった。文学青年にはこの辺りは住むのに魅力的なのだろう。(2010.1.14)

現在も一葉ハウスと表札が掛っているので、賃貸アパートとして存在している様だ。(2019.12.12)
有名な樋口一葉の井戸。ちなみに私の義母が子供の頃 ここで西瓜を冷やしたことがあるとか。
(2010.1.14)

お休み処「ひとは」のママの話では、昔はここに土俵を作り相撲など遊び場だったとか(2019.12.12)
  樋口一葉旧居跡の井戸

この辺りは井戸水を汲み上げるポンプ以外は、10年前来た時とほとんど変わっていないが、10年ぶりに来てみて、こんな狭い路地だったのかと驚いた。
義理の母がこの辺りに住んでいて、戦時中この近くに防空壕が無かったので、小石川の親類の家に避難したが、移って2日後にその家が空襲に遭い全焼してしまい、小石川植物園内に避難したという話を聞いたことがある。ここには防空壕は無かったが、この近辺だけは戦災に遭わなかったようだ。(2019,12,12)
  長泉寺

この近くにある お休み処「ひとは」でお茶をし、樋口一葉の5千円を型どった瓦煎餅をお土産に買う。
ここのママは店の名前に一葉(ひとは)と使っているだけあって、この辺りに嘗て住んでいた文人のことに詳しいので、色々話を聞き 長泉寺の横に石川啄木や金田一京助の旧居跡「赤心館」や本郷菊富士ホテル跡などがあると聞いて尋ねてみることにする。(2019,12,12)
  本郷菊富士ホテル跡

谷崎潤一郎、竹久夢二、坂口安吾等多くの有名な文人達がこのホテルに止宿したという。近くには女子美の菊坂校舎跡でもあり、振袖火事で有名な本妙寺跡がある(本妙寺は現在は巣鴨にある)。
(2019,12,12)
本郷館。戦前からある木造の巨大な建物。元は下宿屋や旅館であったらしい。現在も人が住んでいる様だ。
(2010.1.14)
言問通りの方から見ると その大きさに圧倒される(2010.1.14)

現在は取り壊され名前は「本郷館」を踏襲しているが、近代的なマンションに建て替えられている。
(2019,12,12)
鳳明館横を本郷通りに抜ける途中で見かけた建設中のビルとつたのからまる古い家が車のフロントガラスに映っていたのでスナップ。
(2010.1.14)
  東大構内のイチョウの紅葉 I

菊坂下から東大の構内にあるイチョウの撮影に向かう。

(2019,12,12)
  東大構内のイチョウの紅葉 II

海外の人にも東大構内のイチョウがインスタ映えするので有名なのか、海外からの観光客を多く見かけた。(2019,12,12)
  東大構内のイチョウ III

ワンちゃんの散歩。(2019,12,12)
  三四郎池

池は落ち葉で埋まっていた。
妻は小さな子供の頃、この近くに住んでいた御祖父ちゃんに連れられて、良くこの池に来たそうだ。
(2019,12,12)
  東大構内のイチョウ IV

(2019,12,12)
  東大安田講堂とクスノキの巨木

本郷三丁目に戻り、丸の内線で東京駅に向かい、東京駅の地下街を散策(?)して帰る。
(2019,12,12)

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