第51話(11/25 MON)

前回の日記が波紋を呼んでいるようですね。
イニシャル表記は謎を呼びますが、想像力をかき立てられ、楽しいと思ったのですが、
寝られない人が出て来たら、チト問題・・・でしょうか?
HPのメルアドに「教えて〜!」と言ってきた人には、教える事にしようかな?
サラさんには迷惑かけちゃうけど・・・。

な〜んて、本当の事教えたら、「な〜んだ!!」って言われるかもよ。

話しは変わって、皆さんはエスニック料理はお好きですか?
僕は辛いのがダメなのと、パクチーという香菜が苦手で、タイ料理を食べに行こうと
言われても決まって断っていたのでした。

アジア風のレストランの雰囲気とかも苦手なので敬遠ぎみだったのですが、
とあるホテルのレストランに数人で入った時、1人がトムヤムクンを頼んだのです。
みんな「おいしい」とそのスープを飲むので、1杯頂いてみました。
するとどうでしょう。 「ウマイ」じゃぁ〜ありませんか。
パクチーも口に入れた瞬間は、「ウッ」とくるけど、次の瞬間スープとなじんで、おいしい。
いままでほとんど食わずギライで通してた僕は一体何だったの?

タイ料理なんて、全然興味なかったのに・・・。
だって、みんながトムヤムクン、トムヤムクンって騒ぎはじめた頃、
僕は「トムヤム君」という人の名前だと思ってたのよね。


第50話(11/19 TUE)

昔、一緒にツアーをしていた、ミュージシャンのG氏が、東京の住まいを引き払い、故郷に帰る。
お別れパーテイーに、お呼ばれがかかった。
音楽の仕事を止める訳ではなく、本拠地を移すだけ。
だから、シンミリは無しだよ、と言われたのだが、感慨深いものがあり、
はなむけの言葉の一つでもかけようと、厳粛な気持ちで、出かけた。

会場となる店に着きドアを開けると、狭い店内は、人、人、ひとでいっぱい。
しかも、大騒ぎしている。 瞬時に厳粛な気持ちがなくなった。

見れば、懐かしい顔が大集合してる。 会場は同窓会と化していた。
「イケちゃん!ここ!ここよ!」ギターのT に呼ばれ、彼の隣に座る。
反対側から「池間さん? 無沙汰です」と言われ、振り向くと、マネージャーOがいる。
ドラムの S、サックスの G、ギターの I など、何年ぶりの再会であろうか。

おまけに、アーチストJ や女優 F もいる。 遅れてアーチストT もやって来て、昔ばなしに花がさいた。

当時は1年のうち、半分以上一緒にいた人達である。
ところがバンドを離れたら会う機会はそうざらにはない。
いろんな事があったが、思い出せばみな楽しい経験だった。

またいつの日か、彼等とステージに上がってみたい。
そう思う1日だった。

これを読んで、イニシャルの人は誰なのか?
分かった人もいると思うけど・・・ 多分、それは違ってるよ?


第49話(11/17 SUN)

東京都内でも、いちょうの葉が黄色くなりいよいよ紅葉のシーズン到来である。
北海道は、とっくに終わってるんだろうか?
僕は寒いのは苦手な方だが、何故か寒い時に寒い所へ行くのが好きで、
この時期になると、「あ〜知床あたりはどうなってるんだろう?クマは冬眠の準備だろうか?」などと思いをめぐらせるのである。

僕はクマが好きで、知床に行った時になんとかクマに会えないものか?と思っていた。
知床半島の北側を岬に向かって行くと、やがて道はダートとなり知床大橋という橋で行き止まりになる。道はその先にもあるのだが、柵があり、入れない。

ところが、よく見ると、人間がくぐり抜けられる大きさのスペースがある。
好奇心が旺盛な僕は、その立ち入り禁止内に入ってみたくてしょうがなくなった。
この中には、確実にクマがいる。でもいきなり出会ったらどうしよう、寝たフリじゃダメだし・・・などとブツブツ言いながらも、柵をくぐり抜けてしまったのである。

中は土砂崩れの痕があり、まるで別世界だ。昼間なのに静寂、空気がピンと張り詰めている。
人間以外の生き物のテリトリーに入ってしまった事を実感した。
いままで、クマに会いたいなどど、子供みたいな事をほざいていた自分は瞬時に消え、緊張感でいっぱいになる。 それでも、足は奥へ奥へと自然に進む。 自分にこんな冒険心があったとは。

1つめのカーブを曲ろうとした時である。 後から、車の音がした。
振り返ると、工事関係の車が柵を開け、こちらに入ってくるではないか。
まずい!怒られる。 仕方ない、あやまろう。 すぐに観念した。

車が僕の所で止まり、「君何してるの?」と聞かれた。

僕「すいません。どうしても入ってみたくて。」

運転手「ダメだよ。さっき橋の下にクマの親子がいたんだから、この時期の
     母グマは子供守る為に人を襲うからね!。」
僕「えっ、橋の下にいたんですか?」

運転手「そう。この先にもいるから、君は帰りなさい。」

思わず、一緒に連れて行ってくれ!と言いそうになったが、やめておいた。
残念ながら、そこで引き返し、クマには会えずに帰ったのである。

これは去年の夏の話である。
今思えば、その工事車が来なかったら、僕はクマに会っていたかもしれない。
でも、ここでコンピューターの前に座っていられたかどうかは分からない。

クマの事を考える時いつも思い出す、身の毛の立つ経験だった。


第48話(11/13 WED)

その、世にも恐ろしい事件とは?

2部は、ピアノのインストロメンタル曲「尾道」から始まった。
久々に弾くグランドピアノは、やはりデジタルピアノと違い気持ちがいい。
続いて大坪さんに登場してもらい、「音画物語」が始まった。

お客さんは初めて見る人ばかりで、皆食い入る様に見ている。
いいぞ!スクリーンも特大のものを作ってもらったので、とても説得力がある。
会場はいい空気に包まれ、一体となった。

そして「春はくるから」「ひかりのうた」と場内は感動の嵐となる・・・予定だった・・・。

「ひかりのうた」を1コーラス歌い終わり、2番に入ったあたりだったろか、
突然、照明が消え、音も出なくなった・・・ブレーカーが落ちたのである。

ありゃ?・・・困った。 とっさに僕がとった行動は、よく覚えてないが、
手拍子をみんなにしてもらい、ピアノを即興で弾いた。
マイクの音も出ないから、音が出るのはグランドピアノしかない。
何分たったのか分からないが電源は回復し、じゃ、「ひかりのうた」を何もなかったかのように、
歌いはじめる。

ところがだ、今度は2番の終わったところで、再び電気が落ちた。
・・・これには、僕もあせった。 お客さんはあきれてるに違いない。
電気が回復しても、また同じ事は起こる。 何とかせねば!。

一度袖にはけて、スタッフと話す。 照明を少なくするしかない。
結局スポットライトを1個だけにして、再び舞台へ。
でも、もう帰りたいと思ってる人もいるのでは?

「みんなゴメンね。 この曲3回歌う事になるけど、最後まで聞きたい?」
とお客さんに聞いてみた。 ひかりのうたは最後まで歌わなかったけど、
もう次の曲をやって、終わろうと思ったのである。

ところが間髪いれず、「聞きたい」と言い出した。
正直嬉しかった。 大坪さんも舞台に残っていてくれてスライドを出すつもりでいる。

これくらいのアクシデントで腐ってはいけない! 僕の歌を聞きたい人がいるんだ。
そう思ったら、平常心に戻ってきた。 聞いてくれる人がいる限り僕はどんな状況下でも歌う、
以前そう決めた事なのに、揺らいだ自分が恥ずかしかった。

その後はトラブルも起きず、無事終了。 CD販売コーナーに行き、お客さんと話をした。
みんな、アクシデントが気にならないほど、よかったと言ってくれる。
お客さんの満足そうな顔を見て、ほんとにそう思ってくれてるんだと実感。
CDも70枚ほど売れた。 みんなありがとう。

でも、何故電源が落ちたんだ?・・・・・・。 答えは簡単だった。 
本番前に照明を1個増やしたのと、全部同じコンセントから引っぱってたのが原因。
プロの仕事現場だったら、大問題である。
ところが、スタッフ連中は「そ〜か!そうだよね。 そりゃ電源落ちるわ!頭ワル〜」でおしまい。
これが、磐田一中おやじクラブの無敵なところである。

ともあれ、みなさんお疲れさまでした。 楽しかったです。


第47話(11/12 TUE)

僕の出身中学、磐田第一中学校でのライブが終わって東京に戻った。
もうすでに、BBSに情報が載ってるし(誰が教えたんだろ?)写真もアップされてるんで、完全に遅れをとってしまったのだが・・・。

とにかく、人が集まった。 当初、300人と見込んでイスを並べた。
ところが、開演時間ギリギリに次から次へと人が集まる、集まる。
あわてて、スタッフがイスを並べた。 その数300席。

3月に弟子屈町でやった時と同じだ。 その時は200用意したイスに150足したんだ。
今度はそれよりも多い。 スゲー!!おまけに市長さんまでやって来た。
「そんな身分じゃございません、私はフツーの音楽家で、偉くもなんでもございません。!」
と心でつぶやくも、人は来る、来る。
新聞の効果ってのはホントに大きい。 スタッフもいろんな人に声をかけてくれたみたいだ。 感謝。

一部はトークで、カトー先輩がホスト役で、僕の生い立ちからミュージシャンになったいきさつ、
北海道の事など、写真を交えながら話した。
予定では40分で終わるつもりが90分になってしまった。

休憩をはさみ、二部のライブ、音画物語が始まった。
体育館にあったグランドピアノが調律が良かったので、それを使い、いい感じでライブは始まった。
あの、世にも恐ろしい事件がぼっ発するまでは・・・。

次号へ続く。


第46話(11/6 WED)

久しぶりにまどかに会った。 来月15日に行う彼女のライブ打ち合わせ。
ツアーも前半戦が終了し、なんだか顔がいい顔になってた。
大きなステージは人の顔を変えるっていうけど、ホントだな。
初のワンマンライブを成功させたいと思う。

今年は寒くなるのがいつもより早い様な気がするは気のせいだろうか?
僕の心がまえが遅いのか? Tシャツの生活から
いきなりセーターをタンスから引っ張りだして着込んだ。
まだ11月だから、コートで外出も大袈裟だし、
あれこれ迷った末に、適当に着込んで渋谷に出かけた。

街にでると、みんな何を着てるか気になって、通りすぎる人ウオッチングをしばし楽しんでみた。
Tシャツ1枚の奴もいれば、ダウンジャケットの奴もいる。
普段はそんな事どうでもいいのだが、いざ気になると見てしまう。
Tシャツくんが寒そうか?といえばそうでもなく、ダウンジャケットのモコモコくん
が特に暑そうという訳ではない。  人間の体感とはなんとアバウトな事か。

3月に北海道へみんなで行った時、マイナス20℃にもかかわらず、
あまりにも星がきれいなので、10分くらい外で夜空を見上げていた事がある。
その時は寒いと思わないのだ。 
しかし星にあきると、急に何でこんな寒い所にいるんだ!と初めて思う。
何日か滞在して、今日は暖かいな・・・と思って温度計をみたら0℃だったのには驚いた。

人間は元来、アバウトな生きものである。 不完全なものだ。
だがら、イイのだ。 楽しいのだ・・・と自問自答し秋の夜長は過ぎるのであった。

いよいよ週末は地元での公演であります。 心臓バクバクですが楽しんでまいりまする。

世の中、急に寒くなり、いきなりカゼッピキが増えた気がする。


第45話(10/31 THU)

磐田市で行うライブの実行委員である小栗くんと、カトー先輩が出張で東京にやってきた。
2人とも違う会社なのであるが、示し合わせたように同じ日に東京にいるという事で
打ち合わせに出かけた。

最終の新幹線で帰るというカトー先輩のために、東京駅八重洲口地下街という
なんともまあ、シブい場所で食事しながらの打ち合わせ。
店に入ると、そこは仕事を終えたサラリーマンのるつぼであった。
スーツ姿のオッサンしかいない!。 帰る前にまあ一杯!ってやつね。

会社勤めをした事がない僕にとっては、珍しい風景である。
「さんまのからくりTV」で酔っぱらいのオトーサン相手にクイズをやってるが、
あんな感じのオトーサンができあがる場所の1つなのだな。

2日前に掲載された静岡新聞を見せてもらった。
開いてビックリ、掲載面積がデカイのである。
となりの記事は拉致問題の記事なのだが、蓮池薫さんより写真がデカイ!。
以前、北海道新聞に載った時は、すぐ隣が青森の武富士の殺人犯の似顔絵であった。
今度は蓮池さんかぁ。 喜んでいいのか何なのか分からん。

でもね、悪い事したら簡単に新聞に載るけど、それ以外で載るのは滅多にできるもんじゃない。
ホントにありがたいと思うのである。

もし僕がサラリーマンになっていたら、どんな風になっていただろうか?
酒が飲めないから、「からくりTV」には出られないな。


第44話(10/30 WED)

先日実家へ帰った時に、静岡新聞の取材を受けたのであるが、
その記事が掲載されたらしい(本人は見てないのだ・・・)。
どうやら、デカく載ったようで、僕の母の所にジャカスカ電話が来たらしい。

おまけにどこで電話番号を知ったのか?僕にも電話が、中学時代の友人から来た。
いきなり、名前を言われても、顔と名前が一致しない。 なんせすごい昔の事だからね。
拉致されてた地村さんも言ってたけど、顔は思い出しても、名前が出てこない人がいるって
なんか分かるような気がした。 電話だと顔が見えないから、たよりは声だけなのよ。
話してくうちにだんだん思いだすんだけど・・・。

旧友から連絡をもらうのは嬉しいもんだ。
このところ、ここのBBSに僕が徳永英明のサポートをしてた頃のファンの方が
登場してくれて、嬉しいやら照れるやらである。
当時、徳永氏は年間90本のツアーをやっていて、ファンの人が駅やら楽屋口やらいて、
キャーキャー言われてたのだが、無愛想な僕はファンには冷たい人と思われてたらしい。
それでもこうやって、このサイトを捜しあてて来てくれる人がいるのには、頭がさがる。
ありがとうございます。

しかしまあ、田舎でやる事の重大さはさほど感じてなかったのだが、
新聞に載っちゃったら、緊張してきたぞ・・・。


第43話(10/28 MON)

11/9に行う、地元ライブの打ち合わせのため、実家に帰っていた。
この話は、以前実家に帰った時、たまたま会った、幼なじみのオグリくんに
CDを売りつけたのがきっかけで、あれよあれよという間に話がデカくなり、
磐田市のPTAの文化事業という大それたイベントになってしまったのである。

入場無料のため、スポンサーに付いてもらい、まずはそのスポンサーへの挨拶回り、
静岡新聞の取材と、朝からなんだか、売れっ子タレントのように動いた。
夜は夜で違うスポンサーへの挨拶という事で指定された場所へ行くと、
そこはカラオケバーであった。

実はワタクシ、カラオケが苦手なのである。
ミュージシャンなんだから、歌がうまいのはあたりまえでしょ!・・・とばかり、
カラオケに行くと無理やり歌わされる。
いざ、歌うと皆次は何を歌おうかと曲目表を眺めて、聞いちゃいない。その空気感が苦手なのである。

が、今回一緒に行った連中(ライブの主催者メンバー)は最初に僕に「歌え!」とは言わない。
自分達が歌いたくてしょうがないみたいだ。
ほおっておいても勝手にバンバン歌ってる。 元気なオヤジ達だ、まったく・・・。
これだけ楽しそうに歌われると、なんだか歌わない方がアホみたいに思えてくる。
結局、一曲歌わせてもらったのだが、歌は彼等の方が上手いのではないか?と思った。

あまり誉めると、ライブ当日も歌うぞ!とか冗談で言ってる事が現実となりそうなんで、
言わなかったのだが・・・。
それにしても、元気な40代オヤジ達である。 次の日の朝は地域の廃品回収を取りまとめる役だそうで、やる事はちゃんとやるステキなオヤジ達であった。


第42話(10/22 TUE)

釧路からマサが東京にやってきた。
マサは高校2年生。 浜中町散布出身の素朴な少年である。
釧路の高校に通っていて、修学旅行で東京に来たのだ。

今から4年前、僕が初めて浜中を訪れた時に知り合った。
当時中学生だったにもかかわらず、ドラムセットに座り、
筋の通った8ビートを叩いて、僕や松谷を驚かせた男だ。
そのマサが、ドラム屋に連れていってほしいと電話してきた。
シュンタにおすすめの店を聞き、新宿のロックインという店に行った。

ロックインは2階がドラム専用フロアになっていて、品数が多い。
試奏用のスタジオもあって、店員さんも親切だ。
マサはペダル(バスドラを鳴らす時に踏むやつ)を買いたいらしく、
2つ選んでどっちが良いか?スタジオで鳴らす事になった。

順番制という事で、スタジオ内ではお客さんが、叩いている。
皆さんテクニックは凄い。 うまい!。 でもね、力でぶったたいてるから、音が抜けてこない。
音はデカイんだけど、ギターやベースが入ったら、ボコボコになる音だな。

マサの順がやってきて、いざ音をだしてビックリ。
彼は力が抜けていて、スネアなんかはゴキゲンな音してる!。
16才にしてこの音!天才かもしれん。 先が楽しみだ。
プロでやってくには、まだまだだが、卒業したら東京に出る。
食えない間はドカタのバイトをする。 その為に工業高校の土木科に入ったという。

夢を追うこの素朴な少年から、何かを学んだ様な気がした。


第41話(10/20 SUN)

10/19(土) ザ・チョイスというバンドのライブでベースを弾く事になった。
どんなバンドかっていうと、ホーンセクションが10人もいるバンドで、
70年代の音楽を御存じの方はピンとくるかもしんないですが・・・
そう、ザ・チェイスみたいなバンドであります。

まるで人をなめてるようなネーミングのこのバンド、実は日本のミュージックシーンでトップをいく、
ブラス連中が作ったバンドで、僕がジュークの「雲レ日」という曲のアレンジをした時
吹いてくれた連中でもあるのです。

こんな大所帯のビッグバンドはプロになってからは初めてで、しかもリハなし、
譜面は初見いっぱつ。サウンドチェックすらなく、本番!。
曲は、オリジナル中心で、「グランミレー」というタイトルやら、チェイスのパクリやら、
これまた人をなめた曲ばかりなのだが、演奏はどれも素晴らしく、さすがであった。
まるでビギナーの僕は付いてくのがやっとだったが、すごく楽しいライブだった。

総勢15人にもなるこのバンド、1人あたりのギャラは当然ながら、スズメの涙である。
終了後の打ち上げで、しこたま飲む。 そしてギャラを使いはたす。
これぞミュージシャンの正しい姿・・・なのであろうか???


第40話(10/17 THU)

僕のアルバムで、ギターを弾いてくれてる星川薫くんという人がいる。
「Dr.K project」のメンバーであり、原田知世のギタリストでもある人だ。

名前から連想するに、華麗で知的なイメージがする(でしょ?)が、
実際はヒゲ面のとても面白いオッサンである。
僕はこの人が大好きで、家も近いので良く遊んでいる。

彼と演奏するのはとても楽しいので、ギャラの高い低いは関係なく
彼の仕事はやる事にしてるのだが、「うたいびと はね」の仕事をやらないか?と言われた。
一瞬とまどったのだが、1回だけ!という事なので受ける事になった。

今日そのリハーサルがあり、某スタジオまで行ってきた。
「はね」といえば、19(ジューク)と比較されるが、
実際一緒に音をだしてみると、彼等には彼等のオリジナリテイーがあり人間も気さくな奴等だった。
本日(10/17)FM東京ホールで公開録音だそうな。
しかも、東京MXTVで生放送だってさ!

MXTVって見てる人いるんだろうか?


第39話(10/14 MON)

ここ数日、某作曲家の曲をアレンジしていて部屋にこもりっぱなし。
モグラ状態でした。

駒沢大学のイベントに大坪さんの写真が使われる事になり、
彼が東京へ来ているので、駒大まで出かけた。
キャンパスというものの中に入るのは久しぶりで、自分が大学生だった頃の事を思い出す。

歳月は過ぎたが、精神年令が成長したかは不明である。
若いといえば誉め言葉だが、学習能力がないとも言える。
どっちなんだ?う〜ん・・・などと考えながら大坪さんに再会。
来月に行う「音画物語」の打ち合わせ。
都会で彼と会うと、なんか違和感あるなあ。

その後まどかが出演するライブハウスへ。
共演者がほとんど知り合いという事が判明し、ワクワクしながら行ったのであるが、
お客さんの中にも知り合いが数人いて、近況報告大会になってしまった。
人に偶然会うのは楽しいもんである。
その人がまた知り合いを紹介してくれたりすると、さらに楽しいものだ。

思えば、18で東京に出てきた初めの一歩の時は友達はゼロだった訳で、
人とのつながりがなければここまでこれなかった。
人は一人では生きていけないものなのですな(しみじみ)。

まどかは3番目に登場。 緊張したという割にはよかった。
河村ツアーで大きいステージを踏んでる成果が出てきてるみたいだ。
学習能力あるじゃん!。


第38話(10/9 WED)

読書の秋、スポーツの秋、食欲の秋であります。
皆さまの秋はどんな秋でございましょうか?(なんか変な日本語)

随分前に、ドンキホーテ(深夜営業のヂスカウントショップ)で、
なんとかブレードという、スキー板の様なブニョブニョするやつと、
アブトレーナーとかいうトレーニンググッズを買った。
ちょっとやっただけで、部屋のオブジェと化していた(そういう人多いんじゃない?)ので、
「秋だから」という単純な理由で再開を決めた。

話しは変わって、今日、某女性歌手のお手伝いで銀座のライブハウスに出た。
その女性歌手にお会いするのは、リハ以来2度目なのだが、なにやら、腕にホータイを巻いている。
当然「ど〜したの?」と皆に聞かれ、「打撲しました」
と答えるものの、どうして打撲したのか?は話してくれない。

しまいにゃ、本番中に客に聞かれ、「トレーニング中に怪我しました」と。
もしかしてアブトレーナーでは?と思った予感適中。
トレーニング中、力尽きた彼女はいきおいよく、顔と腕を床に強打したらしい。

恐ろしや!アブトレーナー!そんな事聞いたら、せっかく再開を決めた僕の決心が、
揺らぐじゃないか!揺らぐじゃないかあぁぁ!(本心はやりたくないんじゃないの?)


第37話(10/5 SAT)

Mr.Miさんが、BBSで「社会的住所」について書いてますが・・・。
毎年確定申告をする際に、「所得の生ずる場所」を書く欄がありまして、
僕らの場合、ライブ会場だったり、スタジオだったりする訳ですね。
つまり、その欄には書ききれない位あっちゃこっちゃでお金をもらう訳で、
まさに、「社会的住所不定」な訳です。

「住所不定」って言うと、イメージ的に良くないですが、
発想を変えると、自由な感じがします。
Miさん、「住所不定」でもいいではありませんか!。

昨日のライブは、ピアノ、ベース、歌の3人によるステージで、
ドラムがいない編成のライブでした。
コンピュータも使いましたが、生のリズムがないライブは緊張感バリバリですわ。
だってコンピュータは正確でしょ?音のタイミングが、ずれたら人間のせいだからね。
80年代は、コンピュータに合わせて演奏するスタイルが主流だったけど、
昨今じゃ、やらなかった事。 でもやってみると、たしかにちょっとずれる。
でもね、人間がやるんだから、ずれてあたりまえ。 そのずれる感じがイイ。
などど、思いながら、やっぱバンドでやるのが一番だな〜と感じた一夜でありました。

明日、まどかは京都会館でツアー初日、どんなライブになるんだろう?


第36話(10/4 FRI)

なんだか、BBSで音楽用語について盛り上がってますね。
PAというのは、パブリックアドレスの略の事です。
訳すと「社会的住所」という事になりますが、観客に対して音を提供する装置という意味あいの様です。

僕の友人に大森俊之という人がいまして、作曲家なんですが、
エバンゲリオンというアニメの曲「魂のルフラン」という曲を書いたり、
NHKの子供番組の音楽を担当したりの売れっ子作家です。
その彼がライブをするからベースを弾いてくれ!というので、リハーサルに行ってまいりました。

スタジオに着き、リハが始まると、なんと彼が歌うではありませんか!。
僕は嬉しくなってしまいました。
だって、もともとシンガーじゃない人が歌うんだから、それって僕と一緒じゃないですか。

自分で作った歌はヘタでも(大森くんゴメン)自分で歌う。
これが一番いい!って僕と同じ気持ちの人がここにもいたんだって思ったら、嬉しくなってしまったのです。

今日10/4、新宿ミノトール(03-3341-2655)で19時からです。
共演は下成佐登子さん、高橋洋子さんです。

ったって、今日だよ! もっと前から言えよ!って感じ・・・ですよね。


第35話(10/2 WED)

台風がすごいスピードで通り抜けた。 今日は気持ちのいい秋晴れである。
心のモヤモヤを台風が全部掃除してくれたみたいに気持ちがいい。

子供の頃、というか最近まで「台風一過」というのは、「台風一家」だと思ってた。
どういう事なのか? 子供なりに、台風が過ぎるとお父さんもお母さんも子供もおじいちゃんおばあちゃんも、みんな嬉しくて、ニコニコするから、「台風一家」っていうんだと思っていた。

「月極駐車場」は月極チェーンが経営する駐車場。
巨人の星で飛雄馬が引っ張ってるのは(テーマソングの時)「こんだら」など、
思い込みシリーズは数あれど、「台風一家」は聞いた事がない。

子供らしい、カワイイ発想だと我ながら思うのだが、
問題は、20才くらいまで、そう思い込んでいた事である。

とはいうものの、10年以上キャリアを持つミュージシャンが、音楽用語のダルセーニョを、
いまだにダルセニョールと言っているヤツもいるからな。(誰とは言えんが)


第34話(9/28 SAT)

やっと、プロバイダからパスワードが届きました。 長かった〜。
・・・という訳で、久々の更新であります。

ここんとこ、日記にするようなネタもなかったんだけど、今日いきなり事件発生じゃ!。

津久井くんのライブで群馬県の桐生市(彼の故郷)へ行く事になり、
まいどお馴染み田辺と、ピアニストの大山くん(北海道出身、坊主頭、人柄最高)
の3人で1台の車に便乗し、出かけた。

桐生には、大泉から首都高外環に入り、東北道を北に上がるのだが、外環が渋滞で動かない。
大泉は関越道の入り口でもあるのだが、それに乗れば、その名の通り新潟方面に行ってしまう。
ところが、大山くん曰く、「関越の佐野藤岡インターで降りれば、桐生に行けますよ」と言う。
そ〜か、じゃ、関越で行くとしよう!。

渋滞がキライな3人はなんの迷いもなく、「関越」と書かれた看板に従い左に曲った瞬間、
津久井くんから電話が鳴った。
 「池間さんたち今何処ですか?」 
 「渋滞だから、関越に乗って、佐野藤岡まで行くよ。今関越に乗ったとこだよ。」
 「・・・・・・イケマさん???佐野藤岡は東北道ですよ。」
 「・・・・・・もう乗っちゃったよ。」

ど〜すんだよオイ!僕は大山くん(坊主頭、人柄最高、ただしアホ!)の顔を見た。
彼は口を開けたまま、脳活動が停止した顔になってる。
地図をひろげれば(その前から出しとけよ!)関越は藤岡というインターはあれど、
佐野藤岡はたしかに東北道だ。 時すでに遅し。 高速を逆走する訳にはいかん。

イケマナビゲーションシステム(オレの事ね)は、東松山で降り、熊谷、太田を通れば
桐生に着くルートを発見、その線で行く事に。 予定よりも15分遅れで到着。 やれやれ。
ライブは無事終了。 美しい星も歌わせてもらった。
桐生の皆さんCD買ってくれてありがとう。 楽しかったです。
    ・・・とは言うものの・・・皆さん!!
地図があったら、僕たちがどういうルートを辿ったか?見てみてくださいな。


第33話(9/18 WED)

1泊2日で、実家を後にして東京へ。

91才になるおばあちゃんが、このところ体調が思わしくなく寝たきりになってしまい
気がかりだが、後ろ髪を引かれつつ、東京に戻って来た。

がんばれ!!ばあちゃん。

帰って、PCを開けると、メールソフトがクラッシュしていた。
今までのメールからアドレス帳から全て消えていて
おまけに、IDもパスワードもなくなっている。

問い合わせたところ、パスワードの再発行に10日間かかるらしい。 _(++)/ダメダ.....(;´д`)トホホ
メールのやり取りが10日間も出来ない状態。
しかもアドレスが全く分かんない状態とは、レコーディングの前の日に
データがぶっ飛んで以来のショックじゃ!!
この日記でさえも送れない・・・。
そ〜だFAXがある!!  という訳でこの日記は手書きです。

サラさん、お手数おかけします m(__)m
こんなカワイソーな僕に、励ましのカキコ(BBS)を!! 
チョ〜ダイ!!!


第32話(9/17 TUE)

11月9日に僕の出身校である静岡の磐田第1中学校でライブをする事が決定したので
(詳細はのちほど)打ち合わせと、父の墓参りをしに、帰省した。

市のPTAも協賛という事で、「何かお話をして下さい」と言われ
1部はトーク、2部は「音画物語」をやる事になった。
2部の「音画物語」はいいにしても、お話って「何を話せばいいの?」状態。

ミュージシャンになった経緯やら、北海道との事やら話して欲しいと言われ、最初は戸惑った。
人前で話すほど立派な事やってないからね。

でも、1人の男が夢を持って、ここまでやってこれて、ここ数年色んな事があって
今の僕のありのままを話す事で、中学生達の何かのキッカケになれば・・・と思い
やらせてもらう事にした。

PTAの方々が、この僕を見てどう思うかは知らんが・・・。


第31話(9/16 MON)

久しぶりの日記掲載です。
東京はすっかり秋です。 Tシャツ1枚だと夜は肌寒いくらいです。

ドラムのシュンタと弟子屈で別れて以来、久しぶりに会った。
彼もカクタスのメンバーとアメリカ旅行して、帰ったばかりだ。

僕がロスに着いた時刻には、彼等はロスを出発してたので、向こうでは
会えなかったのだが、同じ日にアメリカ大陸にいて、会えず、東京でこうやって会うと、何か不思議な感覚だ。

かねてから、やろう!と思ってたのに、忙しくてできなかった事がある。
新しいコンピュ?ソフトを覚える事だ。
REASONという音楽ソフトなのだが、ソフトの中にサンプラーやらドラム音源やら
入っていて、スグレ物なのだ・・・が、良く分からん。
僕は、むずかしい事があると、頭をひっかく癖があるのだが、さっきからひっかきっぱなしで、
鏡の前にいったら、ベッカムヘアがそのまま伸びたヘアスタイルになってた。
ある意味トレンド最先端かも知れん。

このソフトをマスターするまでに、いろいろなヘアスタイルを楽しみたいと思ってます。


第30話(9/6 FRI)

コンサート本番当日、どうしても昨日の楽器屋巡りが心のこりで、
1人でタクシ-に乗り、ハリウッドの楽器屋まで出かける事にした。

いきなり事件発生!。 ドライバーのおっちゃんに行き先を告げるも
ハリウッドに行く道じゃない道を通ってる!。
往復で契約したにもかかわらず、コイツオレからボるつもりだ!
  ヤバイ!文句言って銃でも出されたらホントにヤバイし・・・!

生きた心地じゃない。 とりあえず、やさしい口調で、「なんでこの道通ってんの?」と聞くと、
沈黙・・・おっちゃんコワイよ!(ちなみにおっちゃんはブラック)迫力ある訳よ。
しばらくして、「渋滞だ。まっすぐ行きゃハリウッドだ」とシャーシャーと言いやがる。
日本人ってナメられてんだな。
本来なら10分で着くところを40分も廻され、楽器屋到着。
皆さんロスに行ったら、サムってドライバーには気をつけた方がいいっすよ(ったって分かる訳ないか・・・)。

気を取り直し、楽器屋のニーチャンに「フェンダーのベース見せてくれい!」
ロジャーダルトリー似のニーチャンは、開店直後に来た変なアジア人に最初口をポカンと開けてたが、
いろいろ親切にしてくれ、しまいにゃ、店のベース全部弾いてけ!と言ってくれた。
結局、新品のジャズベースを1200ドルで購入。 急いでホテルに戻り、会場へ。

コンサートは日本人、日系人のお客さんで補助イスが出る超満員の中始まった。
姿は日本人でも、楽しみ方が違う!拍手が長いし、パフォーマンスが良けりゃ、いきなりスタンデイングだ。
日本みたいに皆が立つから立つって感じじゃない。
外タレのライブビデオを見たときのお客さんと同じだ。
オレって外国のステージに立ってるんだ!スゲエ!と感激。
「君といつまでも」という往年の名曲の時はお客さんの喜びようは頂点で、
演奏してる僕まで、嬉しくなりすぎて、涙がでそうになり、コーラスができなかった。

いい経験だった。 楽しかった。 貴重な機会を与えてくれた加山さん&スタッフに感謝。
アジアの片隅から来たエセ外タレモドキのベースマンは生きててヨカッタ!と1人勝手に盛り上がり、
最終日の夜は暮れて行くのであった。

コンサート会場の入り口で これが買ったばかりのベース!!
本番でいきなり使っちゃいました

第29話(9/5 THU)

ロス2日目、時差ボケなんのその、朝7時に起床。 日本だったら信じられない事だ。
テレビのワイドショーにボンジョビとリッチーサンボラが出てる!。
日本でいうめざましテレビみたいな番組によ!彼等も眠そうだな。

昨日チャイナタウンに行き、矢沢永吉のチャイナタウンを歌いながら(ワンフレーズだけ)
中華料理をたらふく食べたので、胃がもたれてる。 どうしてこっちのメシは大味なんだろう。

午前中から、コンサート会場のラ・ミラダシアターへリハーサルに出かける。
ラ・ミラダ市は車でハイウェイを30分、東京でいうと府中ってところだろうか。
閑静で明るい住宅地だ。 こんな所に住んだら、人生観変わるかも?いい所だな。

機材トラブルがあり、モニター環境としてはあまりよろしくない状態で、
 現地のストリングスのオネーサン達とリハ。
オーダしたベースアンプもなんだか日本とは違う音がする。 
LOW成分がもやけてしまって、音にならん!。アンプをあ〜だこ〜だいじっている間にリハ終了。
 譜面を棒読みしただけで終わっちゃった!。

帰りに楽器屋巡りをお願いし、メンバー全員で行く。
しかしこちらの楽器屋は19時でほとんどが閉まる。
結局見たのは2軒だけ。 目当てにしてたヴィンテージものは、ほとんど置いてない。
あってもメチャ高い!日本と変わらないや。
リハで音が良くなかったせいなのか、ベースがほしくてたまんない。
でもいいな、と思ったら9000ドル(約100万)じゃ手が出ない。
心のこりを残し、楽器屋巡り終了。 メキシコタウンへメキシコ料理を食べに。

雰囲気は最高。 1人前が2.5人前くらいある皿を7人前、
つまり17.5人前の料理を前に7人全員、悪戦苦闘。
2日目にしてやっと日本の感覚で注文したらイカン!と学習したのだった。

ロスって何でもないところでも
絵になるし、気持ちいい。
ラ・ミラダシアターの駐車場にて
それにしても広すぎ!!
迷った末に買わなかったアコースティックベース
ちょっと後悔しています。

第28話(9/4 WED)

ロサンゼルスへ出発の日。
キーボードの宮澤さんが迎えにきてくれ、ギターの芝山さん、ドラムの上野くんと4人で成田空港に。
なんでもワーキングビサが下りてないらしい。
テロから1年という事でビザを取るのが難航し出発日になってもまだという事を昨日の夜聞かされた。
とりあえず、飛行機に乗ってくれ。 ワーキングが取れなかったら、観光で入って、
車でメキシコに入国し、メキシコからワーキングの申請をするんだとか。
それでもだめだったら、テキーラでも飲んで、メキシコ観光しましょ!と説明をされた。
一体どーゆー事?着いたとたんに、車でメキシコに?国境越える・・・?。
しばらく無言、頭の中で、国境の検問所でゲートが開く風景が浮かんだ。
それって、なんかオモシロそう!。 なんかワクワクするなあ・・・などと、
いたって無責任な会話をメンバーとしてる間に電話が入り、無事ワーキングビザが下りたという連絡。
すっかり冒険モードに入ってた我々は、急に現実に引き戻された。 ガックシ。

なにはともあれ、出国手続き後、飛行機に乗り込んだ。
隣の席になったのが、50才くらいの女性で、なにやら英語を喋ったり、日本語で話したりしてる。
同行の人から「ラモスさん!」と呼ばれている。 この人一体何者?
顔は日本人なんだけどね。

何かのキッカケで話をするようになり、聞くと、25年間ロスにいて、ラモスさんという人と結婚し、
札幌に戻り英会話学校をやってるという。
今回は生徒を連れての旅行だそうだ・・・なるほど。

9時間の飛行ののちロス空港に着陸。
別れ際に「そういえば、僕も数日前まで、北海道の弟子屈という所にいたんですよ」と言うと、

「えっ!弟子屈?・・・私弟子屈生まれなんですけど・・・」

僕 「あ、そうですか。 僕、南弟子屈の人達と仲がいいんですよ」

ラモスさん 「南弟子屈ってどこですか?なんせ子供の頃の事なので・・・」

僕 「熊牛ってところですよ」

ラモスさん 「クマウシ!あ〜なつかしい!!」

僕 「熊牛に更科さんて人がいて、おじいさんが有名な詩人だったんですけど」
  (注 サラさんのおじいさんは更科源蔵といって有名な詩人でした)

ラモスさん 「えっ!私のおばは、源蔵さんと友達だったはずです!」

ロサンゼルスという場所で会話するには、何ともローカルな、しかもすごい偶然。
こういう事も旅の醍醐味というんでしょうかね。

入国手続きであ〜だこ〜だ聞かれるのを覚悟しながら、パスポートを見せると、
意外にもすんなり、入国成功。
 「お前ホントに日本人か?」と聞かれたけどね。

写真だと分かりにくいけど
ロスの夕焼けはスんゲーきれいでした。

ドラムの上野義雄くんと・・・。
日本では売ってないペプシブルーを飲んでみた。
味は・・・コーラじゃない!!!