C-UPコラム『新人クライマーのひとりごと』 (第5回)

 〜本科生のオススメ本なのだ!〜

■神々の山嶺/夢枕獏 集英社文庫
 山歩きを始めたばかりの頃に夢中になって読んでいて電車を乗り過ごしたこともありました。基本的にはミステリーなのですが、主人公のキャラは森田勝さんをモデルにしていると知り、佐瀬稔さんの『狼は帰らず』などの佐瀬作品を読む発端となった小説です。(恵)

■ヒマラヤを駆け抜けた男/佐瀬稔 中公文庫
 8000m峰14座完登にもっとも近づいた日本人登山家山田昇さんの生涯を描いたノンフィクション。読むだけで圧倒されてしまう世界なのですが、山田昇さんの名前は、現在アンナプルナ遠征中の山本篤さんが尊敬する人として名前を挙げたので知った次第です。本の中に山本さんの名前も出てきます。(恵)

■槍ヶ岳開山/新田次郎 文春文庫
 槍ヶ岳に登ると槍沢に播隆上人がこもった岩屋があります。1828年にここを拠点に槍ヶ岳に初登攀したそうですが、初めて槍ヶ岳に登ったときはそんなこととは露知らず、何故そんな昔にこんなところにお坊さんがこもって山に登ったのだろうくらいにしか思いませんでした。
 二度目に登ったときは槍ヶ岳を目指して歩いているうちにだんだんと大きくなっていくその姿に感動しました。頂上に祠がある理由も何だかわかるような気がしましたがこの小説を読んでから登るとまた一味違った槍ヶ岳が楽しめると思います。(恵)

■凍る体 低体温症の恐怖/船木上総 山と渓谷社
 著者は医師で、大学時代山スキーでモンブランの氷河でクレバスに落ち奇跡的に助かった体験を中心に低体温症について書いてあります。先日のTVでアンビリーバボーなお話として紹介されてました。神経損傷からの長いリハビリ生活記録の記述など、ちょっと低体温症と無関係な記述もありますが、さっと低体温症を知るにはいい本です。(俊)

■ドキュメント雪崩遭難/阿部幹雄 山と渓谷社
 最近の雪崩遭難のいくつかを紹介してます。昔は雪崩が発生しなかったところでも最近は雪崩が発生し、ベテランでも判断を誤るケースがあるようです。最近は冬でも暖かい日が多かったり、アラレのような弱層になりやすい雪がよく降ったりするそうな....表層雪崩の実際を知るには良い本でしょうか?(全層雪崩はどうなんでしょう?)(俊)

■続・山で死なないために/武田文男 朝日文庫
 表題の印象とはことなり、日本内外での登山の色々な問題点やエピソードが書かれている。最も印象的なのは井上靖の「氷壁」のモデルとなった事件である。ナイロンザイルの改良の歴史が簡潔な文章にまとめられている。現在我々が安心して使えるのも、尊い犠牲やそれを無駄にしないという周囲の人間の執念のおかげであることが心に沁みる。(昭)

■わかりやすい天気図の話/日本気象協会編 クライム
 天気図が書けるようになりたいと思い、インターネットで検索して購入した。期待通り、前半の殆どが天気図の書き方に充てられている。例題を解いているうちに、自然と16方位や等圧線に慣れることができ、天気図が書けるような気分になってくる。
最初は何の感慨も湧かない表紙だが、この本を読み終える頃には、思わず見つめなおしてしまう。表紙には熟達者による手書きの天気図が示されている。(昭)

■山の本いろいろ
 「山岳小説」には、実在の人物や事件をモデルにしたものが多い。山岳という限定された舞台では「リアリティーある作り話」が難しいからだろうか。新田次郎の「孤高の人」(新潮文庫)のモデルは加藤文太郎だが、加藤の「新編単独行」(山と渓谷社)を読むと、すき好んで単独山行にこだわったわけではないことがわかる。「孤高の人」は「新編単独行」とセットで読んでこそ、と思う。
 夢枕獏の「神々の山嶺」(集英社文庫)の一部は森田勝がモデルで、これは佐瀬稔の「狼は帰らずーアルピニスト森田勝の生と死」(中公文庫)と併せて読むとぐんと面白い。ついでに、「神々の山嶺」はコミック(集英社)にもなっていて、画の谷口ジローは、「K」(双葉社)も描いている。「K」は、「ゴルゴ13」や「ブラックジャック」の山版の感じ。笑っちゃうくらいにコテコテの劇画(例えば、氷壁を登るのに、突風を利用し体を風にあおらせ、手だけで、つまり逆立ち状態で、鯉のぼりみたいな格好で登る、という具合)だが、なぜかこの主人公Kに魅かれるのであります。
 山を始めて、読む本の8割は山の本になってしまった。本屋に行っても、まずは、山の本のコーナーだ。山行の電車の中では、森村誠一の肩のこらない山岳ミステリーを読む。時間つぶしにはもってこい。そういえば、最近文庫化された「マークスの山」(高村薫/講談社文庫)は南アルプスが舞台。高村薫は山をやる人なのかそうではないのか。「登ってないんじゃない。単なる取材よ、彼氏とかは山やるかも知れないけれど」とは山ヤのFさん。高校・大学と山岳部で鍛えた職場の先輩Sさんは「あれはぜったい、登ってるね。山やりそうな、顔してるしさ」。さて、どっちなんでしょう。
 山の本の中で、特に関心があるのが、遭難あるいは奇跡の生還のたぐい。もっともおすすめは「生と死の分岐点」(P.シューベルト/山と渓谷社)。リアルです。具体的です。残酷です。だから、気持ちが引き締まります。筆者はドイツ人。ち密です。国内の本だと、とりあえず(「生と死の分岐点」のような学術的遭難本が国内でも書かれるべきなのに)「ドキュメント雪崩遭難」(阿部幹雄/山と渓谷社)と「凍る体―低体温症の恐怖」(船木上総/山と渓谷社)。「雪崩遭難」は、先日の谷川岳サバイバル訓練の前日に読みました。雪崩は怖い!と思ったので、あえて、イの一番に埋めてもらいました。怖いことは、さっさとやってしまえ!ということで。
 登山家が著した記録やエッセイ、山岳ドキュメントの分野には、素晴らしい作品たたくさんある。川崎精雄(「山を見る日」「藪山・雪山」)は深田久弥よりずっとよいと思うし、小西政継にはもっともっと登って、たくさんたくさん書いてもらいたかった。奥さんの小西郁子さんの「小西さんちの家族登山」(山と渓谷社)は素晴らしい子育て論・家族論。この本にもっと早く出合っていたら、私の子育ても違ったものになっていたのに・・・。(尚)

無名山塾・会報「C-UPワールド」2003年4月号に掲載