講習山行の記録

2005/8/7(日)
長次郎雪渓

◆メンバー 工藤寿人(講師)、田口浩昭、南谷やすえ、福島彰男、尾久一朗、松永己幸、宮下卓宏
◆記録    尾久一朗


 夜明け前、テント場を出発して薄青い光の中を下っていくと、やがて勢いよく流れる沢の音が近づいてくる。標高2500m近くとは思えない水量。さすが日本屈指の豪雪地帯、剱岳だ。
 4泊5日の合宿。初日は室堂から剱沢小屋前のテント場まで入り、2日目のきょうは、剱沢雪渓を下り、長次郎雪渓を登り返して剱岳山頂を目指す。
 暖かみを帯びた朝日が周囲を照らし始めたころ、剱沢雪渓の上部に出る。雲はほとんどない。気温は10度前後か、寒くなく動いたときに暑さも感じない。天候は申し分ない。 
 出発前、剱沢小屋に確認したところ、今年は例年になく残雪が多いとのこと。雪渓は、その言葉通り、岩の露出などが見あたらずいい状態だ。ここから頂上直下までひたすらアイゼン歩行が続く。最初は雪の表面が堅く、足に響く感じがあったが、気温が上がるにつれてほどよくゆるんできた。凹凸もほとんどない。去年は雪が少なく、ところどころ土石流でふさがれていてもっと歩きにくかったそうだ。
 快調なペースで長次郎谷の出合まで下り小休止。下ってきた剱沢雪渓とこれから登る長次郎雪渓を改めて眺める…。でかい。まるで巨大なスキーゲレンデだ。ふたつの雪渓の間にそそり立つ源次郎尾根がまたでかい。明日、ここを本当に登れるのかと思う。
 長次郎雪渓の登りは単調な繰り返し作業だ。直登するメンバー、斜登するメンバー、歩き方にも個性が出る。私も両方試してみたが、直登するとももの内側の筋肉をずっと使い続けるので、使う筋肉が分散される斜登が自分にはあっているように思えた。
 途中、雪渓をよけて岩場を通過する場所が出てくる。雪渓からの降り際には、斜面沿いにラントクルフトが口を開けている。雪渓を踏み抜いてしまったら大変だ。厄介なことに、雪渓側からはどこが危険なのか、まったく見えない。雪渓の踏み後などを頼りに慎重に乗り移った。岩場側から雪渓の下をのぞき込むと、どこまで深いのか検討がつかない暗闇が続いていた。
 熊の岩が近づくと、自主で八ツ峰のDフェースを登攀中の横川さん、山野美香さんが目に入る。遠目に声援を送り、分岐を左俣へと入る。去年より1時間以上早いペースだそうだ。ここからは傾斜が徐々にきつくなり、雪渓を横切るクラックなどが現れるが、雪渓を抜けるまではあと一息だ。
 そう思っていた矢先、ハプニングが起きた。パーティの先頭を歩いていた田口・福島・尾久の三人の前に、一人の若者が雪渓を急ぎ足で下りてきて、声をかけた。「大学山岳部の方ですか?この先の岩場で身動きがとれなくなった人がいるんです。」我々三人をどうみたら「大学生」なのか?歩きぶりが若々しかったのか、頼もしげに見えたのか、それとも救助を求めるときの殺し文句なのか…。
 ともかく、パーティ全員で現場に向かう。遭難者は中高年と思われる単独行者。雪渓の左側の岩場を10mほど登った小さなテラスに座り込んでいる。講師の工藤さんが叫ぶ。「けがは!?」 「大丈夫!」
 遭難者を見つけ我々に救援を求めた若者によれば、岩場を登ったが、途中で行き詰まり、降りられなくなってしまったらしいとのこと。遭難者は、装備もなくただ一人、高さ数十メートルの岩にとりついたわけだ。信じがたい。
 ふたたび工藤さん。「なんでそんなところに登ったの?」 「雪渓の上はクレバスがあって通れないから…。」
 「だからって、そんなところ登っちゃだめだよ。雪渓の上でも行けるって。」 「そんなことないよ!行ってみれば分かるから!!」 遭難者は次第に逆ギレモードに。やれやれ…。
 とりあえず、福島さんが剱沢派出所や真砂沢小屋に救助を求める無線連絡を試みるが、応答なし。谷が深くて電波が届かないようだ。頂上近くまで登って連絡をとるという選択肢もあったが、放置するのも忍びないとのことで、工藤さん、宮下さん、田口さんが救助に当たった。
 まず工藤さんが遭難者のところまで登るが、その位置には、支点になるものが何もない。長次郎雪渓に登攀要素はないので、ハーケンの持ち合わせもなかった。工藤さんは、下降させるのは難しいとみて、遭難者を少し上のバンドまで登らせ、トラバースで雪渓にもどそうと試みる。しかし、遭難者は恐怖心で一歩も動けない。
 策に窮していると、さっきの若者が「ハーケンならありますけど…」。もともと源次郎尾根を登ろうと思っていたのだが、長次郎に変更したので持っていたとのこと。早く言ってよ。
 若者も、これを機に救助に参加。手慣れた様子で岩を登りハーケンを打っている。 これほどの熟達者なら、なぜ自分たちのパーティで救助しなかったのかと不思議に思ったが、改めて彼らのパーティ(後にN大学理工学部の山岳部と判明)を見て合点した。熟達者はこの若者ひとりで、他は「ひよこ」たちだったのだ。恐らく、先輩であるこの若者に「ここを動くな」と言われたのだろう。雪渓の上でスノーピケットにつながれて、体を寄せ合うようにじっとしている。自分もある意味「ひよこ」だが、救助の現場では、ひよこなりに最善を尽くすべきだと思った。
 約1時間の奮闘の末、遭難者をロープで確保してクライムダウンさせた。見たところ70歳近い高齢者だった。○○記念館とかに飾ってありそうな年期の入ったアイゼンから察するに、山歴は相当なものと思われた。なんでも、「昔、長次郎を登ったので、久しぶりに登りに来た」という。
 山は逃げないし、急には変わらない。しかし、人は老い体力も判断力も衰えていく。無自覚になれば危ない。「山を知り、己を知る」。自戒の念をこめて、そう思った。
 遭難騒動がとりわけ印象に残った講習だったが、登頂は順調に果たした。チングルマなどの高山植物も見事だったし、雷鳥の群れに大接近という一幕もあったことも付け加えておきたい。


【行程】 
8月6日 室堂(9:00)〜剱沢BC(12:45)
8月7日 剱沢BC(4:40)〜長次郎谷出合(5:50/6:00)〜救助活動(9:00/10:00)〜剱岳山頂(11:00/11:30)〜剱沢BC(14:30)