自主の記録
2005/3/5(土)
上越・方丈山
◆メンバー 松本善行
◆記録 松本善行
【上越 方丈山で見たもの】
あれは何だったのだろう?ほんの一瞬の出来事だった。だから何も大袈裟に文字を羅列させる程のことでもないのだが、わたくし的にはそこそこインパクトがあり、ある種の感動を覚えたので、お粗末ながらその一部始終を報告しようと思う。だが、あいにく時間の経過と共に自分の中でも現実味は薄れつつあり、錯覚或いは現存する個体に他ならないという思いが増してくるのである。
それは、白昼、深々と降り続ける雪の中、登り始めてまもない頃、ラッセルはきついが疲労困憊で幻覚を見る状態であろうはずはない。ただひとつ確かなこと、それは己の網膜を刺激し、遮ったという事実、それだけである。
今回R子氏らの計らいで、ルーデンススキー場近くの宿泊施設で宴会に参加させて頂くことになった。R子氏の他に、旦那さんのS氏,元山塾のH氏,N女史、そして我らがK.K講師という毎度の顔ぶれだ。R子氏,K.K講師以外の3方とは久しぶりに会うということもあって、以下に記す山行自体は半ばタテマエであった。彼らはスキーを目的とし、マイカーにて現地集合。私は一人計画を立て、宿泊施設に程近い方丈山へ出かけることにした。
たいして早起きするまでもなく、上野6時台の上越新幹線にて越後湯沢経由越後中里着8:16分。さすがに早い。越後中里駅はスキーゲレンデのまん前である。
ああ、一人浮いてるな。気にせずスキーヤーとボーダーの蔓延るロッカー前でのんびり出発準備・・・とマイペースを誇張してはみるが、そう振舞うよう意識している自分はしっかり周りを気にしている。故に、側にいる家族連れの中の子供がピッケルを持った自分を怪訝そうに見ているとか、周り全体の、にやけたような視線を感じるとか、その多くは被害妄想である。
準備万端、雪の舞う中、ゲレンデから逃れるように樹林帯へ入る。すぐにワカンをつけ、いざ山頂へ向けて出発。南側の雪庇に注意しつつ進む。所々雪洞に適した箇所があり、雪洞&スキーという抱き合わせプランもおもしろかろう。 山頂が近づくにつれて傾斜が増し、尾根も痩せ、足元が不安定になってくる。そろそろアイゼンに替えようかと迷っているうちに木々は途絶え、正面は雪壁だけとなった。上方残り5m程、スカイラインの向こう側は雪庇らしく、上り詰めるのは危険そうだ。高度計は既に山頂高度を示しているから登頂としておく。
その後、柄沢山へと縦走予定ではあったが、この雪庇状の下降と、その先の見渡す限り“きのこ雪”状態になっている稜線を見た瞬間、これは時間がかかる。と判断。次に考えたのが今晩の宴に間に合わない可能性があるということ。いや、それは単に余裕を装ったことにすぎない。正直言えば、きのこ雪に恐れをなしたと言うべきであろう。とある情報によれば、今期上越地方は20年来の大雪とのこと。そのことも念頭にあってか、結局は往路を戻ることにした。
さて、話を登山開始直後に戻すことにしよう。薄暗い針葉樹林帯の急斜面を登っている時のことである。自分が何か音に反応してのことなのかよく憶えてはいない。何気なく見上げた。20m程先からは広葉樹林帯となっていて、明るく開けた感じで傾斜も緩くなっている様子が見て取れる。と同時にスキーヤーかボーダーかの上半身が右から左へ流れるように横切った。“シャー”という板と雪面の摩擦音を聞いたような気もする。
その素早い陰影は、急斜面上の私からは、緩傾斜に変化した上部に位置しているので、必然的に下半身は見えない。であるから、実際スキー板かボードか或いはそれ以外の道具かは、一瞬であったし、正確にはわかるすべもない。但し、スピードと直線的な流れる動きからして、何かで滑っているらしいことは容易に想像がつく。
なぁ〜んだ!この上にもゲレンデが伸びてきているのか?或いは山スキーヤーか?興ざめだ。緊張感がまるでない。いずれにしろ、この上の地形の変化を早く確認したく、足を速めた。
ところが、である。登り詰めてみると、無い!?無いとは、当然あるべきはずのシュプールのことである。勿論、ゲレンデなどの人工施設はあろうはずもなく、尾根が上部に向って緩やかに伸びているだけで、小動物の足跡以外の痕跡は全くなかった。暫く呆然と立ち尽くしていた。そして「おかしいなぁ?」と、ブツブツ一人言を言っている自分がいた。
雪は冷酷に、そして何事もなかったかのように降り続き、時折吹雪く。寒い。というより寒く感じるだけである。先程とは打って変わって孤独感が襲ってきた。ただ、幸いにして周りは明るく、喧騒著しいスキー場から流れるBGMも手伝って、恐怖などは微塵も感じない。むしろこれを不思議な出来事と捉え、まるで貴重な体験をしたかのごとく、今晩皆にどう語ろうかと思案をめぐらしている自分がおかしかった。