<もやい>の精神で東日本縦断を−! (「岩小舎6」巻頭言)
(1990年8月1日)
 皆で力を合わせたり、分けあったりすることを九州では<もやい>というそうだ。人間関係が稀薄になっている昨今、熊本大工学部教授の延藤安弘さんは、<もやい>の精神でまちづくりをしようと提案している。
 さて、わが会“無名山塾”、居心地がいいから会員が多勢いるとかいわれるが、居心地がいいという理由が、あれこれうるさくいわれないからというものだとしたら、ちょっと残念。
 無名山塾はもちろん、登山学校である部分がベースであることは絶対条件であるが、山のサロンとして機能する部分が非常に重要であることは論を待たない。“山のサロン”とは、そこで山を語り、共に山に登りに行くパートナーを育む場のことである。
 サロンというと勝手気ままな、無責任な場を想像する人がいるかも知れないが、それはとんでもない誤解である。人間は集まるだけでそこに温もりが生じ、自然に楽しくなるものなのである。それ故、その楽しさには大きな責任が伴うものなのだ。いわんや“山のサロン”となると、これは現代人には稀有な運命共同体ののである。会員の一人一人はまずそのことを自覚しなければ、無名山塾の会員たりえていないであろう。
 もし会員の一人が山で事故を起こしたら全てをおっぽり出して現場にかけつけなければならないのだ。交通事故なら救急車がすっ飛んで来てくれる。海難事故なら海上保安庁が出動してくれるだろう。しかし、山の場合は、頼るのは仲間だけしかいないのだ。もし自分に事故が起きたとき、仲間たちにしてもらいたいことは、仲間たちのために自分もそうする覚悟がなくてはなるまい。“山のサロン”が運命共同体であるというゆえんである。自分の楽しみだけで、山に登っているだけでは許されない理由がそこにある。
 −−とまあそんなことは、いわれなくても当然の話しなのだが、結局のところ人間関係が成立しているか否かの問題なのだ。名前と顔が一致しないような会員が事故を起こしたからといって、救助活動のために全てをほっぽり出して駆けつけることができるか。ありていにいえば、そんな条件下では、だれだって渋々の行動になるだろう。
 それは困る、じゃあどうする。その解決策として同人・研究生の基本ステップへのバックアップ参加がある。しかし、それは<もやい>ではない。はっきりいって<義務>であろう。協力な運命共同体に育ってゆくには、<もやい>精神が発露されなければならない。

 数年前、ふと思いついたのが東日本縦断である。甲武信岳を起点に脊稜山脈を縦走して。青森県陸奥湾夏泊り岬まで歩こうをいうものである。甲武信岳〜十文字峠に朱線を引いたのを皮切りに、遅々とした歩みではあるが朱線は伸び続けている。しかし志に比してニッポンはでっかい。で、会員緒兄姉に<もやい>の精神を発揮してもろおうということになった。
 実は、これは一石二鳥、三鳥をねらってのことである。なによりも<もやい>の精神の発露ということで、会員同志のコミュニケーションがよくなる(はずだ)。北上するにつれて未知のエリアが拡がるから、登山本来の面白さとしてもななかなのものである。個人山行を前提としているので、プランニングの勉強も出来る、ヤブこぎも出来れば、山スキーもでき、沢登りをしてから縦走するのも面白い。この計画でできないことといえば岩登りくらいだ。
 とまあ、そんな理由でいままで一部の人たちだけの目標であった東日本縦断をみんなで<もやう>ことのできる目標としたので、よろしく御理解、ご協力をお願いする次第。
 甲武信岳〜浅間山〜谷川岳〜巻機山〜安達太良山〜東吾妻山〜蔵王〜船形山〜秋田駒〜八幡平〜八甲田山〜・・・・、でっかい夢ではあるが、果てしない夢ではない。
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