|
|
なぜ山に登るのか そしてどんな山登りをするのか (「岩小舎4」巻頭言) |
(1988年5月26日) |
|
昔々、地球は丸ごと自然で、人間はその自然のまっ只中で、雨や風や星や月や、草や木や、花や蝶や、獣や鳥や、させらぎや太陽の光と一緒に、暮らしたり悲しんだり、泣いたり笑ったりしながら生きてきました。
約五百万年前に、地上に人類が登場してこのかた、つい最近まで、人間はずっとそうやって生きてきたのです。
ところが、ヘビにそそのかされたのか、リンゴを食べてしまった人間は、自然をあるがままに受け入れることをやめ、雨風をしのぎ、暑い寒いなどのマイナス面を改善しようと努力しはじめました。家が出来、車や電気が発明され、クーラーやファンヒーターを工夫することで、快適な生活空間が得られたかに見えますが、改善努力の結果は、本当に生活する場である自然から人間を大きく引き離してしまいました。
ダーウィンの法則を知っていますよね。
生物は、こころもからだも環境に適合してのみ生きていけるものです。五百万年前という長い時間(海抜ゼロメートルの平地が一年に一ミリ隆起したとすると、五千メートルの山ができる計算です)を自然の中で生きてきた人間は、雨や風、暑さ寒さに適合したからだになっているのです。雨や風、暑さ寒さにさらされながら、自然の中を歩きまわる生活こそ、人間にとって望ましい生活というわけです。歩くこともせず、暑いからといってクーラーのスイッチを入れる。たいかにそれは快適かも知れません。しかし、その快適な生活環境はたかだか二十年(海抜ゼロメートルの平地は二センチしか隆起しません)でしかなく、頭で考える欲求とはうらはらに、人間のこころやからだは、その根っこのところで、その快適な環境に適合していないと知るべきです。
ここに、様々な現代病が惹起される原因があります。ガン、心臓病、高血圧、精神病など、それらの病気は、人間が新しい環境に反発している証しといって良いでしょう。
どうしたらいいか−?
答えは一つ、自然な生活に戻ること。とはいっても、それは簡単なことではありません。わずか四十年前には、マキでごはんをたいていたのに、今では火を扱えない人が大勢います。多くの人が、自然にもどる術がわからなくなってしまっているのが実状です。
残念ながら、もはや昔のような自然な生活に戻ることは不可能でしょう。どうしたらいいか−?。山に登ること、それがハナマルの解答とは思いません。しかし、数少ない答えに一つに山に登ることを挙げるのは間違いないと確信します。つまり、だからこそ、ぼくは山に登りたいと思います。一緒に山に登ろうよ、と語りたいと思います。
なぜ山に登るのか、そして山のもつ魅力を考えたら、自分がどのような山登りをしたらいいか、答えは出てくるはずです。
山登りの魅力とは、様々に変化する山という自然そのものであり、その自然にどのように対応していくかという人間の知恵にあります。ちょっと考えてみて下さい。晴天の約束された山登りが面白いと思いますか。ある日、山の中で雨が降る。霧雨、冷雨、強雨、いろいろな場合があるでしょうが、ぬれながら歩こうとか、雨具を着ようとか、山小屋に逃げ込もうとか考えたり決断したり、行動したりする。そして山小屋に逃げ込んで燃えさかるストーブのそばに立ったときの幸福感。山を知らない人に言わせれば、バカみたいという、まさにその一言に、山登りの魅力が要約されているのではないでしょうか。
冷暖房完備のマンションの一室から眺めればバカみたいなのですが、そのマンションの一室にいることの方が、バカなことであると気づかなくては、こころもからだも蝕まれてしまいます。
せっかくの山登りに競争をもち込まないこと。ウェーデルンや5・13に憧れることは、クーラーや車を欲しがるのと同じです。クーラーが無い方が自然な暮らしができるように、テクニックなんてない方が山のふところに入り込めるものだ、ということに気づいて下さい。
山登りがどんなに、こころやからだに、自然本来の豊かで健康な影響を及ぼすか、用意に想像つくことです。ハードフリークライミングのように条件を固定化して困難度のみ競うのは面白いかもしれないけれど、自然じゃないつまり山ではない。八千メートルに無酸素登頂も人間の限界を越えていて凄いとは思うけれど、山じゃないと思います。
登山の多様化とかいって、なんでもかんでもひっくるめて(パラグライダーやカヌーまで入ってしますうこともある)、山登りになっているけれど、豊かで健康な影響を与えてくれる山(自然)と、競技のグランドにしかなっていないものを識別する知恵は持ちたいものです。
山をスポーツにするのではなく、ポエムにしてほしいですね。無名山塾の仲間の一人一人が風の又三郎になってほしいなと願います。 |
|
|岩崎元郎文書集トップ|無名山塾ホームページ|月刊岩崎登山新聞| |
|
2002 Company name, co,ltd. All rights reserved. |