2005年の夢
(2001年1月)
  西暦2005年、岩崎は還暦を迎える。長生きしたことへのねぎらいの言葉が、わずか5年後にわが身にむけられるどいう事実に、わがことながら驚愕を感じえない。
  老いは確実に近づく。不老不死の妙薬はいまだ夢。なんていう文章を書くなんて、1年前には思いもよらなかったこと。年月を重ねるということを嘆いていたって始まらない。
 そうか、「還暦」というのは、「なにいってやんでえ」と死神に居直る年のことだと思い至って、モヤモヤ霧散。
 多くの人が、還暦を記念してその人なりのイベントを考える。お祝いのパーティー半生記の出版、エベレスト登頂などなど。
 さて・・・。
 中高年登山会のリーダーと目された岩崎だが、なんてったって、B型だから。その岩崎が考えた還暦記念のイベントは「一年間で日本百名山に完登する」というもの。
 1995年にスタートしたNHK教育テレビも、昨年まで連投、今年はようやく解放された。ぼくが本当にやりたいことは、自分の山への想いを直接伝えること、そのための登山教室の展開だ。
 1993年にスタートした「岩崎元郎と5年間で完登をめざす日本百名山登山教室は、1年間25座づつ登り4年間で百座を足下にする。5年目は予備年というプログラムでスタートした。おかげ様で予備年を使うことなく、1996年には百名山を無事完登。1997年から第二期をスタートさせたのだが、NHK教育テレビ「中高年のための登山学・日本百名山をめざす」のロケと重なって、番組のほうはハナマルをもらったが、百壱名山登山教室はなんとなくグズグズと腰くだけになってしまつた。
 そうそう、一期目途中から企画名を百名山から百壱名山に変更している。本田勝一氏が『朝日ジャーナル』に連載していたコラム「貧困なる精神」で百名山を取り上げ、オリジナリティーがないと両断されている。魅力ある日本の山々を百に限定してしまうのはナンセンス、という意見もあった。百名山否定派は登山の実力もあり、弁舌鮮やかな方が多いのに対し、百名山憧憬派は初心者が多いという実態がある。「やっと定年を迎えて山に登る時間ができたので百名山を目標にして頑張っているのにオリジナリテイーがないとかナンセンスとか、自分の人生を否定されてる気持ちだ」と、涙ながらに口惜しさを訴えてきた男性との出会いが、「百壱名山」を思いつかせた。
 好きな山を一座加えて、自分流の百壱名山を作ろう、というのが岩崎からの提案だ。その一(壱)座に自分の山のセンスを賭けるくらいの意気込みがあれば、本多さんに負けるはずもあるまい。それで企画名を「(最後の一座はあなたが選ぶ)岩崎元郎と5年間で完登をめざす百壱名山登山教室」に変更したのだ。愛称は百壱、シヤクイチだ。
 今年は番組からも解放されたので、心機一転、百壱の第二期を再スタートさせるこにした。さすがに忙しく1年20座づつ、2000年から2004年までの看板通り5年間で百名山プラス自分の壱の完登をめざす。
 第二期が終了した翌年、それが西暦2005年、「1年間で日本百名山を完登する」という還暦記念スペシャルイベントの年を迎える。百名山の意義とか意味とか、小難しいこと考えるのはやめにして、とにかく楽しく山に登り続けたい。
 岩登りも沢登りも雪山登山も、小さな山も大きなやぶ山も、キリツマンジェロやマッターホルンだって、「登る」と決めれば登れるもの。どうせいつか死んじゃうんだから、やりたいと思っていることは、やると決めて今から始めましょうよ。人生相談は引き受けかねますが、山に関わる何でも相談は気軽にどうぞ。街の集いを有効活用して下さるとうれしいですね。
 夢は実現にむかって努力してこそ夢ではありませんか。百名山もキリツマンジェロもマッターホルンだって、山登りの夢は、実現しうる夢といっていい。
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