日本の山を安心して登り続けるためには
(1992.8.22)
 本場アルプスやヒマラヤの、雪と岩の峰々は見るからに困難と危険を予想させる。それにひきかえ、たおやかな日本の山は、だれだって登れるやさしい山、と考える人が多いようだが、これはとんでもない誤解である。考えようによては、日本の山はアルプスやヒマラヤ以上にむずかしくもなる、ということは認識しておくべきだろう。
 アルプスのエギーユ・ド・ミディーに架かるロープウェイ。これにはアルピニストもハイカーもツーリストもみんな乗り込むが、ミディーの駅から外の氷河に出てゆくのは、アルピニストだけ。ピッケルにアイゼンを装備しロープを結び合うことなしに、氷河上には出るに出られないのだ。つまり、ア
ルプスでは山の側が人間をセレクトしてくれる、これほど安心なことがほかにあるだろうか。
 ぼくが日本の山がやさしいと思うのはとんでもない誤解ですよ、といったのはいわばその対局にある。日本の山は、困難度や危険性が連続的で、どこまでの山ならハイカーでも登ってよくて、どこから先の山は、ハイカーは登るべきでないのか、まったくもって不明解なのだ。さらにいわせてもらえば登山(アルピニズム)とハイキングの定義があいまいで、その違いがよく理解できていない。
 たとえばこの夏初めて山に登ろうという人が、東京近郊にある高尾山に登りに行くとしよう。彼の行動はハイキングとみなされ、不安に思う人は皆無であるはずだ。その彼が、「高尾山は暑そうだから槍ヶ岳に行く」ことにしたとする。高尾山と発想の根は同じだから、彼の槍ヶ岳行はハイキングということになるだろう。槍ヶ岳はハイキングで登っていい山なのか。ぼく自信は槍ヶ岳は登山の対象と考えている。
 妙に理屈っぽい展開になってしまって恐縮だが、日本の山に立ち向かうスタンスは、人間の側にしか求められない、というところに、日本の山の危険性が秘められているのだ。92年のゴールデンウィークは過去20年間で最悪の事故を記録してしまったわけだが、5月とはいえまだ雪深い北アルプスや南アルプスの山々へ、布製の軽登山靴に軽アイゼンのみで平然と登ってゆく人が大勢いたというから、当然の結果であろう。その原因の一つに、くどいようだが高尾山から槍ヶ岳まで、ハイキング気分でも天気さえよければ登れてしまえるという、日本の山の特殊性があると思う。
 日本の山は形而下的に捉えてしまうと手痛いシッペ返しをくらうことが多いようだ。振出しにもどるが、日本の山を安心して登り続けるためには、それが高尾山であっても山に登るんだという覚悟が必要である、ということである。
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