チェアキャンプのこと
(1999年7月)
 5月のよく晴れた土曜日の午後、ここ奥秩父の廻目平キャンプ場では、これから始まるチェアキャンプの準備に、無名山塾の会員達は忙しい。
 この企画は、現在はダウン症や自閉症の人たちとの交流キャンプだが、始めた11年前は足の不自由な人たちが主だったことから「チェアキャンプ」と名付けられた。3年目から縁あって知的障害をもつ人たちとのキャンプとなり、現在4か所の作業場で働く人たちが参加してくれている。無名山塾では毎年5月の恒例行事だ。
 メンバーが到着する。きょうは山ヤの飯ではなく、ヤキソバやバーベキューと縁日のような夕食。つくる量も100人分くらいだ。キャンプファイアーを取り囲み、手を取り合って歌って踊れば、みんなの顔が紅潮しているのは焚き火のせいだけじゃない。
 翌日はロッククライミングにチャレンジだ。西股沢沿いの山道を小1時間ハイキングすると、フェニックスの大岩といわれる岩塔の下に出る。20mは超えると思われる正面の岸壁は対象外で、右隅の2〜3mの棚のような岩場がみんなの舞台。
 ベテランの手により、すばやくロープがセットされる。ロープで確保する者、登り手をアシストする者。準備万端整って、さあ一番ては純子ちゃん。わあわあと大きな声をあげながら、上からロープで引っ張られ、下から押し上げられるようにして、どうにか棚の上に立つ。仲間たちからは盛大な拍手がある。純子ちゃんのの満足そうな笑顔。
 1人がトライに成功すれば、次々に手が上がって、みんな嬉々として熱中する。あれが岩登りかといわれそうなほど、小さな岩場での小さなチャレンジ。
 自分ができそうもないと思っていることができてしまう。登れそうもないと思っていた山が登れてしまう。山は人に小さな自信を与えてくれる。
 うれしいことはメンバーもスタッフの側も、1年に1度のこの行事をとても楽しみに待っていてくれる。キャンプを終えて家に帰りつくと、メンバーたちはとても明るく元気がいいとのこと。
 山に行けば、中高年なら血圧は下がった、腰痛はおさまった、便秘はなおった、気分は爽快と、だれもが自分の体の変化に気がつくだろう。変化すると期待して唯一変化がないのは体重計の針ばかりかもしれないが、これも健康にはかわりはない。山はそんな健常者だけではなく、障害をもつ人たちにも大きな変化を与えてくれる。
 体だけではない。チェアキャンプは無名山塾のボランティアだが、一方的な奉仕ではない。山を舞台にした出会いの場なのだ。ただ強く、高く登れるだけではない登山者に変えてくれる。
 彼らは山に癒され、我々は彼らに癒される。これもまた山のおかげだ。
岩崎元郎文書集トップ無名山塾ホームページ月刊岩崎登山新聞
 
2002 Company name, co,ltd. All rights reserved.