岩小舎 9
富士山(5月)
5月15日(土)〜16(日)
宮下裕史
1.日程   ・5月15日(土)〜16(日)
2.メンバー ・宮下(L)、矢田、宮崎、幡鎌、荒井、田根、金沢(Ad)
3.ルート  ・富士吉田ースバルライン5合目…佐藤小屋(テント泊)
       ・佐藤小屋(7:00)…8合目付近(3,350地点)(11:00)…佐藤小屋(12:45)
4.主要装備 (個人)冬山装備、登攀用具、ヘルメット、ピッケル、バイル、アイゼン、
           ツエルト、ビーコン、行動食
       (共同)テント、ロープ 9×40(3)、スノーバー(3)、デッドマン、スコップ(2)、
           トランシーバ、ラジオ

5.記録
 積雪期の富士山には、6月にスキーも含めて2回登った。ザラメ雪にわずか凍結箇所が残るていどで滑落の不安はまったく感じなかった。しかし、5月といえば気温も5〜6度は低く微妙な時期。凍結も心配だし、気象次第で富士山特有のスラッシュ雪崩もある。ということで、今回の山行計画では、高度、滑落(凍結、突風)、スラッシュ雪崩の3つをポイントに、注意点をメモしてメンバーに配っておいた。とくに滑落については、その不安があればためらわずに確保するよう、予めパートナーを決め、確保方法はSABでの隔時確保とし、確保者のセルフビレイや自己解放、トップがランナーをとる場合の注意点などについて、事前に技術合わせを実施した。また、上部は自然物の安定支点が期待できないので、確保が必要な場面で、スノーバーやバイルの確保ができないレベルになれば撤退する、と最初に申し合わせた。
 結果は、吹雪と強風に阻まれて3350m(八合目付近)で撤退となり、確保する場面もなかったし、スラッシュ雪崩も、雨量、気温など、気象状況が発生要件を満たさず(前夜来の新雪15cmの下に約10cmの湿雪層があり、雨が雪に変わったことを示していたが、その層の下部は締まり雪で、スラッシュが形成される状態になかった)、杞憂に終わった。表層雪崩に関しても、厚さ10cmの湿雪層が、弱層どころか、むしろ締まった結合力の強い層に変態し、15cmという上載雪量と、ステップで蹴り落とした雪塊が団子になって転がって行く状況から、可能性は低いと判断できた。事実、かなりのショツクを与えながらの下山であったが、雪崩れる感じは全くなかった。登頂出来なかったのは残念だが、リーダーとしては悪条件の中、全員無事に下山できたことを喜ぶべきだと思っている。幸運とメンバー諸氏に感謝している。
 当日は、5時30分スタートの予定だったが、前夜からの雨が降りやまず、暫く様子を見る。5時出発といっていたプロガイドのK氏の公募パーティは眠り直しているという。7時前、ようやく小降りになった。出遅れたが、行ける所まで行こうと、雨具、登攀装備を身につけ、7時に佐藤小屋を出発。
 今年は雪が多いと、佐藤茂さんの情報だったが、さすがに5月ともなれば7合目あたりまで雪は見えない。最初は夏道にそって進む。このまま雨が上がって欲しいとの祈りもむなしく、2600mあたりで再びポツリときて、まもなく横殴りの激しい雨になった。天気予報どおりだから・・・諦めるしかない。7合目(2750m)あたりから雪に変わった。雨よりましだ。雪面に変わり、道が消える。いよいよ我々の富士山が始まる。新雪が次第に深くなる。3000m辺りから風が強まり気温も下がってきた。雪が顔を打って痛い。濡れた指先が冷たい。急いでオーバー手を着ける。時どき、突風が見舞う。吹雪に向かうラッセルは厳しく、交替して進むが、楽なルンゼ状にルートを取り勝ちだ。表層雪崩の危険が高まるし、雪が深くラッセルが大変になる。出来るだけ尾根状に沿っていくよう指示する。10時、白雲荘に到着。少し上に鳥居が見える。下の鳥居(3200m地点)だろう。少憩後、それを目標に再び登攀開始。単独行者が追い越していった。動きもルート取りも見事。彼は登頂するだろう。鳥居をすぎ、その上の小屋に着いた。10時半。高度3250m。横殴りに吹雪いて、完全な冬山になっている。視界も悪く、上部に小屋の影は見えない。久須志神社まで高度差450m、これから斜度もきつくなり、順調にいっても1時間半はかかる。午後は気温が下がる。凍結が心配だ。潮時か。だが、下山を言い出す者がいない。金沢さんに「11時まで登りましょう」と了解をもらって、上部の偵察に行く。表面が硬く、キックステップが蹴り込めない。ここでアイゼンを着ける。視界がないので、直進(195度)して、高度3400mで小屋群(須走口合流点)にぶつかると計算して出発、再び上を目指した。しかし、風雪は強まるばかりだ。耐風姿勢の回数が増える。これ以上無理では、という雰囲気が出だした。時間も11時に近く、ここで撤退を決めた。何の標識もない3350m地点が最高点となった。
 下山は、はじめ慎重に下る。3,000m地点辺りまで下ると、フォローということもあり、ウソのように風が弱まった。雪崩の心配はないとみて、アイゼンを外し、グリセード、尻セードを思い思いに楽しんで下山した。佐藤小屋に着くと下は青空が広がっている。しかし、上部は相変わらず雪煙が渦巻いていた。
 5月の富士山はまだ冬山であるという認識が必要だ。初日、スバルライン5合目で山梨放送の取材をうけた。滑落事故が頻発しているので注意して欲しいという。「ジョギングシューズで8合目から滑落した」などと聞いても訳が分からないし、「軽装備の登山者が事故が起こしている」といわれるとそれだけ?と疑問を感じる。山の事故は条件次第、誰もが遭難事故の当事者になりうる。その時期のその山に必要な「登山力」を備えて臨む、これが最低限の義務であると自戒を込めて思う。

 
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