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岩小舎 9 |
黒部源流 赤木沢 |
96.8.13(火)夜発〜8.18(日) |
宮下裕史 |
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1.記 録
・ECクラブ夏期講習山行(テント泊)
・96.8.13(火)夜発〜8.18(日)
[8/14]折立(7:55〜8:35)−太郎兵衛平(12:25)−薬師峠
(12:40〜14:35)−薬師岳(15:55〜16:20)−薬師峠(17:20)泊
[8/15]薬師峠(台風14号で停滞)泊
[8/16]薬師峠(8:15)−薬師沢小屋(10:20)小屋泊(幕営不可)
[8/17]薬師沢小屋(5:00)−赤木沢出合(7:30)−(赤木沢)−中
俣乗越(11:15)−黒部五郎岳分岐手前0.5km地点(ここでパーテ
ィと別れる)(12:55)−黒部五郎岳(13:05〜13:20)−黒
部乗越(14:20〜14:45)−三俣蓮華岳(16:30〜16:35
)−双六小屋(17:50)泊
[8/18]双六小屋(6:00)−鏡平(7:10〜7:30)−わさび平(9
:25〜9:37)−新穂高温泉(10:20)
2.トピックス
(1)台風直撃
『停滞』8/14夜半から台風14号の直撃をうける。翌15日、台風が抜けた後も停滞前線が残り、夜遅くまで暴風雨が治まらず停滞。浸水や崩壊で撤退組多い。わがIBSゴアテントは僅かな浸水で耐えた。サイト選びの重要さを痛感。
『耐久レース』このため17日の行動がハードになった。18日下山の私は、当日の目的地、黒部乗越から更に4時間30分先の双六小屋まで行かねばならない。しかも「時間が許す限りパーティ行動する」結果、後半追い込まれて走るハメに・・。もちろん休憩はとったが、双六小屋への最後の急な下りは感覚をなくしかけた脚で「止めたら終り、これも神の試練」と懸命に耐えた。17時50分、タイムリミットと決めた18時にからくもセーフ。行動12時間50分(コースタイム13時間50分)、うちパーティ行動区間7時間55分(同7時間20分)、単独行動区間4時間55分(同6時間30分)。後半は長谷川杯山岳耐久マラソンに匹敵するキツさだった。独りテントで、とっておきのレトルトカレーに残り物のピーマンを焼いて夜食をとり、シュラフカバーに潜り込んだのは21時過ぎ。満天の星空の下、周囲はすでに寝静まっていた。
『擦れ違い』合流するはずの武内さんも影響を受けた。日程が足りず「赤木沢を諦める」とメモを残して三俣蓮華岳に向かった、と16日の朝、太郎平小屋の五十嶋さんに聞く。小屋に泊まった彼は、薬師峠に下りて我々のテントを探したが見つけられなかったという。もし会えていれば、ハードな行動にはなったが一緒に赤木沢遡行が出来たのに。気の毒なことをした。赤木沢遡行を楽しくと、軽量化のためにシュラフカバーだけにしたが、台風通過後は夜寒く、辛かった。
(2)赤木沢遡行
『ポピュラー』さすが、いま人気の赤木沢、単独行も含め5〜6パーティに会う。北アルプス最奥の沢と思えない賑やかさだ。
『ゴーロ』黒部五郎岳、野口五郎岳、いずれも五郎はゴーロのこと。出合いまでのコースタイムが1時間、1時間半、2時間とまちまちなのには理由がある。水平距離が2Kmだから、ゴーロ歩きが速く、徒渉が有効に使えれば1時間かからない。そうでないと、巻き道やへつりで2時間は十分かかるということ。
『入渓点』黒部川に川幅いっばいの21ほどの瀞滝が連続して現れる。この二つ滝の間の左岸に流れ込んでいるのが赤木沢。幅は狭いが他にこれほどの水量の沢の流入はないのですぐ分かる。
『遡行』オニニ司花崗岩のナメ滝が続きフリクションもよく効く。大滝を除き、全ての滝が難なく越えられる。大滝は、景観を楽しんだら右側の巻き道を行く。下部は岩稜、上部は灌木帯で枝や根などを掴んで急峻を強引に登る。50mを越えるかなりの高巻きだ。慎重にいく。
『お花畑』つめ近く左右に枝沢がでてくるが、稜線へ最短路の中俣乗越へは概ね190度方位をとる。つめはお花畑。靴を履き替えて、真上の雪渓を直上すれば這松こぎをしないで乗越へ出られる。真南(180度)をとると這松こぎになり、さらに東にずれると南北に伸びる別の尾根に迷い込む。注意。
『その他』ザイルは一度も使わなかった。また、薬師沢小屋周辺は幕営禁止区域で自然保護監視員の兄ちゃんが出合への入口で監視。しかし、言い負かして、少し上流の適地で何組もがテントを張っていた。
(3)百名山2山に登頂
『残り6山に』今回、薬師岳、黒部五郎岳の2山を登り94座となった。3年ぶりの百名山である。薬師岳は台風の影響で雨と強風。「稜線はゴフク前進でっせ」。下山者の情報にびびる。しかし、さほどでもなく93座目の頂きに立つ。むしろ、頂上直下の例の愛知大遭難慰霊塔に身がひき締まる。94座目の黒部五郎岳では台風一過の大展望。眼下に薬師岳、赤牛岳、黒岳に囲まれた雲の平の台地がどっしりと広がり、その手前に右手の鷲羽岳に源を発する黒部源流の渓が深くえぐれていた。15年前の冬、勤務先の山岳部長だった上司に連れられて、夢中で湾ったモミソ沢に始まる私の山登り。以来、深田百名山をバイブルとしてきたが、残り6山となると何か寂しい。深田文学の裏付けのない2百名山とか3百名山と称するものには全く関心がない。大事に行こう。(おわり)
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