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岩小舎 9 |
夏山サバイバル訓練を終えて |
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上家和子 |
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新人としてサバイバル訓練に参加して
1、ビバーク訓練
奥多摩駅のバスに乗り込み、夕食の調達に一旦降車しようとすると、土曜時間だからもう発車するとのこと。あわてて駅前の店で「味噌パン」を購入し、すぐに発車。最初から準備不十分で不安が募る。バスから降りた一団は集合場所の豪華トイレ前の路上に何となく一列に並び夕食。私も奥多摩産の味噌パンディナーをとった。結構車の往来あり。車上の人々からは奇異に写ったかもしれない。それぞれにいろんな虫除けスプレーや虫除けムースを取り出す。虫除け剤にも結構バラエティーがあると、妙に感心。夕食を終えた頃には完全に陽も落ちて、トイレ横から現地へ向かう。急な下りでいきなり尻餅をつく。前途多難。降りてみると、すでに陣取っている方々の酒宴のランタン明かりと細々のヘッドランプ以外には視界がとれず。
天気は大丈夫。同期の5月生の何人かはちゃんとしかるべき場所を確保し見事にチェルトを張っているが、どこでも眠れるという確信といい加減さから、その辺の平らそうなところでチェルトにくるまることに決めてしまった。石ころの上にごろんところがって見上げる空は岩に仕切られて案外小さな空だったが、街の空と違って暗くて星が見える。ランタンパーティーからは声がかかるが、一合の日本酒で満タンとなり眠り込む。多分9時前。夜半、雪の中で凍えている夢で目覚める。何時かわからないが、酒宴も終わっていて真っ暗である。地面がこんなに冷たいものとは。あまりに地面が冷たいのでザックの中の物を出し、ザックや着替えやありっ拉けの敷けそうなものを敷き詰めて体制を整えて横になる。次に目が覚めたときには夜が明けていたが、まだ寒い。スタッフバッグの紐にびっしり小さな虫がはりついていたが、虫さされ被害は受けなかった。寒くて石ころごろごろではあったが、睡眠時間が十分となったせいか、意外とすっきり目覚める。暖かそうなラーメンを横目に用意してきた行動食をかじり、冷たい飲み物を流し込む。それでも食べると暖まる。訓練の準備に入るが、そもそも何をすればいいのかわからず、ぼっと立って見ていることとなる。もっと事前にどんな訓練なのか理解しておくべきだったが仕方がない。私の所属する班は、自己脱出φおんぶの方法、徒渉、チロリアン・ブリッジ、エイ卜環仮固定、ハーフマストの仮固定、トップ墜落の衝撃体験の順序となる。
2、自己脱出
まず、いきなり、あぶみにうまく乗れず、登る前から難航。ハーネスに固定されている短めのスリングがブルージックでザイルにつながる。両手を放してこのスリングだけでぶらぶらしてみるよう言われるが、にわかには手が放せない。おそるおそる放してみると、一応留まっている。ここまででもう汗は吹き出し自分の鼓動が自覚できる。深呼吸をして少し落ち着いたところで長めのスリングをブルージックで結ぶ。まだ少し手がこわばっている。足にかけて登り始める。足もこわばっていて足に完全に加重を移すのにえらく時間がかかる。上を見上げると絶望的に高く見える。こわばった手足で亀の歩みである。下を見る余裕はない。4分の1くらい登ったくらいからリズムが出てきた。しっかり長いスリングに乗って目一杯短いスリングを引き上げる。完全にハーネスにぶらさがって今度は長いスリングを目一杯引き上げる。そしてまた、長いスリングに足をかけてしっかり乗る。少しずつ手足が軽くなる。高くなってくるに従い、低いところで奮闘していたときほどこわくなくなる。だんだん登るのが楽しくなる。上までたどり着いたときには、もう終りかとちょっと残念な気がする。下をみると随分登ったように思えてうれしくなる。懸垂下降のためにセルフビレーをとり、エイト環を装着し、短いスリングと長いスリングを解く。ゆっくり下降を始める。あれだけ苦労して登った高さがどんどん下がってくる。着地してエイト環を解除し、虚脱。腕が鉛のように重い。
3、おんぶの方法・徒渉・チロリアンブリッジ
重い腕で沢登りルックの支度をする。おんぶの方法は見本演技で理解できたが、実際やってみると、私より明らかに軽量のパートナーなのに、信じられないほど重い。背中や腰がどうにかなりそうな気がしてくる。かつて骨折した仲間を背負って降りているグループに出会ったとき、背負っている人がひどく消耗しているのを見て不思議に思ったことがあるが、不思議でないことが解った。役割交代で背負われ役になる。重くて申し訳ないが背負ってもらう。背負われてみると、立上がるときにまっさかさまになりそうでこわかった。
次は楽しく涼しい徒渉である。貴重な棒きれを川上側につきながら流れを渡る。指示の地点でザブーとつかり流される。ビレーヤーに川下から引き寄せてもらう。結構流れが早い。二重のスリングが右肩からずり落ちて右腕の動きを遮ってしまった。本当に流された時にはこれは危険なことになると思うとこわかった。スリングの肩へのかけ方も工夫しておく必要があるかもしれない。立場をかえてビレーヤー役で川下に陣取る。徒渉者が流されはじめたので両手で手繰り寄せる。結構大急ぎで手繰り寄せないと間に合わない。もしも川上にいたら全く引き寄せられないだろうことが容易に想像できた。
今度はへつりから川へ落ちたところを救出するビレーヤー役。大急ぎの要領がわかったため間に合う。続いてへつりから川へ落ちる役。川底が深そうな所をめざしてドボンと飛び込む。こういうことは日常経験できない。実際には石や岩にぶつかって結構ダメージを受けるかもしれないが、無事石にぶつかることもなく水につかり冷たくておもしろい。こんなにおもしろいとは。こどものときもっと水遊ぴしておくんだった。ビレーヤーに引き寄せてもらい着岸。最後にチロリアン・ブリッジを渡る。「クリフ・ハンガーだね。」と声がかかる。まさにそのとおり。自分がぶらさがっているのが信じられないが、ともかくこれはとってもおもしろかった。最後のほんのちょっとの自力登りだけは現実に戻りきつかった。ブリッジを作る時には落差が重要であることを実感。
ともかく、水のまわりはおもしろかった。沢ルックをはずして、ここでこっそり行動食をとり、気をひき締める。
4、エイト環仮固定
川から上がって岩を見上げた途端に現実に戻された気分になる。地上でまず工イト環仮固定の手順を確認する。
岩を回り込んで登る。2番目の鐙がビヨーンと伸びて登りにくい。ブルージックをかけ替えるところではもうーつスリングをとりだして確保する。最初の自己脱出の登りに比べ、随分気分もからだも楽になっている。
登りきったところでエイト環を装着して下降。落ちても大事に至らないくらい(?)降りたところで声が掛かり、仮固定する。気分としてはもっと下がってからやりたいところ。エイト環が結構熱を持っているのに驚く。制動を効かせたままエイト環を握りなおすのがなかなかむずかしい。ズリッと少し下がってしまう。再び冷や汗が吹き出す。エイト環をしっかり握りながらなおかつ自分の指を巻き込まないようにたぐったザイルを巻きつけなくては(、けない。巻きつけるべきザイルが短かすぎたためやり直し、十分にザイルをたぐりなおしてから巻きつける。巻き付けたザイルの端を挟み込んでカラビナにかける。手足を放すよう声が掛かるが、自分で固定したのでなかなか信用できない。そーっと足を壁から放し、左手、右手と放してみる。何とちゃんと留まっているではないか。ちょっと気が楽になる。しかし、実際にこれでさらに作業をするなんて、まだ想像できない。仮固定を解除する。持ち替えるとき少し下がるが、落ち着いてやればこわくない。無事着地し深呼吸した。
5、ハーフマストの仮固定
地上でハーフマストの手順を確認する。制動ザイルとカラビナの開口部との位置関係について納得したつもりでもやってみると開口部の側にザイルがきてしまい、やり替える。確保のためのザイルの8の字結びをもっときれいに結ぶよう注意を受ける。まさに命綱なのでちゃんと耐えられるよう結び直す。
さて、もう一度登りである。まだお昼すぎなのに結構疲労感があることを自覚する。ポケットにチョコレートでも入れておけば良かった。
下降してきて仮固定。十分にザイルを手繰って重ならないようきれいに回してカラビナをかける。エイト環のときよりはてきばきできたと思う。
6、トップ墜落の衝撃体験
最後の力仕事に向かう。まず、複雑な仕掛けに敬服する。綱引きみたいにして砂ザックを引き上げる。砂ザックが急降下を始めると最初のビレーヤーがフワッと一瞬宙に浮かぶ。凄い力がかかることに驚く。
私の番になる。すでに豆だらけになっている手に手袋をはめる。セルフビレーをとり構える。ゆっくり下降していたところで急に力が掛かった途端ブワンと宙に浮く。改めて驚く。ヌンチャクをつかって何とか固定する。とりあえず転落は防げたことになる。これは実際に起きるととっても大変だ。
訓練を終えて
体力からすればこれで一杯だったが、1度づつしかやってないので今一つ手順を十分理解できていない。十分な予習が必要だったがあとの祭りである。ひととおり様子は解ったので、来年は十分な予習のもとできっちり身に付けたいと決意した。
帰りの電車ですでにからだがばらばらになりそうなほどあちこちが痛み始めた。駅の階段が異常に高く、静加重静移動でやっと登る。前夜がビバークで、かつ1日力を使ったので日曜の夜はどろのように眠るかと思ったら、体じゅうの痛みで夜中に何度も目覚めてしまった。ものすごく疲れたが、もりだくさんでとてもおもしろかった。ご指導いただいた指導者の方々、および一緒に訓練した仲間のみなさまには本当にありがとうございました。″
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