岩小舎 9
氷登り、東沢、霧積、河原湯
佐藤仁志(16期)
笛 吹 川 東 沢
・久しぶりに西沢渓谷の入口に行く機会を得たが、さすがに1月だけあつて、好天の日
 曜とはいえ観光目当ての人は皆無であった。やはり今年は雪が少な目のようだったが
 それでも冬の静かな林道は好ましい雰囲気であった。この道を踏むのは3度目になる
 が、がらんとした道を歩いていると懐かしさすら感じられる。甲武信岳へと続く戸渡
 尾根への入口や渓谷的な雰囲気が増してくる吊り橋などが山に通いだした頃の未熟な
 がらも楽しい記憶を呼ぴ起こす。
・東沢へは吊り橋を渡つてすぐに酉沢への道から右へ分ける。以前西沢渓谷に行ったと
 きには、「立ち入り禁止」の注意書きとワイヤーがあったような気がしたが、今は、
 山ヤの細いトレ一スが付いている。沢沿いに暫く歩いたところから右岸に降りたとこ
 ろが、今回の練習のためのゲレンデで、10m ほどの氷壁が出来ている。この壁にトッ
 プロープを7本かけて練習を始めた。
・氷壁登りの基本的なポイントを整理すると以下のとおりである。「原則、岩登りと同
 じ」岩登りと同じであるから、足の立ち込みが重要。登りの重心移動も一緒である。
 そのためには、スタンスの決め方に注意を払わなければならない。アイゼンの前爪4
 本をいかに効率的に使うか。蹴り込む場所は氷が窪んでいるようなところを狙う。足
 が水平に置けるように蹴り込む角度を意識する。
 「手首のスナップ」
 アックスのブレードの形によって振り込みの方は多少違いがあるが、基本的に手首の
 スナップを利かせることは一緒である。これはイメージとしては氷を最後に引っかけ
 てくるような感じになるが、実際にはヘッドスビードを増すことにより重要な意味が
 あるように思われる。狙う部分は、弾かれやすい凸面よりは凹面を狙うのが道理であ
 る。
・さて、実際にはどうか。最初のうちは、どうしてもアックスの打ち込みに注意が行っ
 てしまい、足が疎かになりがちである。もっともこれは直ちに落下、テンションとい
 う結果が出るので、いずれにせよ足で立つことには注意が行くようになった。
・アックスの打ち込みについては、やっている打ちに腕が疲れてくるので、これも効率
 の良い打ち方を考えるようになった。すなわち、氷面の縦角度を考えてブレードを当
 てる、氷に弾かれないように横角度でも垂直に当てるようにする(すなわち腕振り角
 度)、アックスを軽く握って打撃の瞬間に小指、薬指を締める、腕振りは力まずに鞭
 のしなりをイメージしつつ、アックス自体の重さを打撃力に生かすようにする、など
 である。
・このほかに気付いたのは、氷の質による打ち込みの違いである。氷が硬いか柔らかい
 か、厚いか薄いかで打ち込みに対する注意も変わってくるようだ。当然ながら厚い氷
 にスパッと一撃で入れようとすれば、より厳密な当て方が必要なようである。また、
 薄い氷ではブレードを下の岩に当ててしまわないように気をつけなければならない。
 場所によっては、引っ掛ける程度の打ち込み方になることもあるようだ。
・最後に用具についてだが、アイスクライミングにおける用具の重要性は極めて高い。
 アイゼンの爪をよく研いでおくとともに、バイルの選択にも気を遣うようだ。ただし
 バイルを買うに当たっては、当然試し撃ちなど出来ないから、選択を閏違うリスクも
 あり、ある程度の試行錯誤は致し方ないようである。
・その意味では、今回いろいろなバイルを借用できたことは大変有り難かった。不慣れ
 な初心者にバイルを貸すのはリスキーだと思うのだが、にもかかわらず快く使わせて
 いただいたことに感謝している。明らかにこれは×だと思ったのは、シャルレのクェ
 ーサーコンパクトである。セミチューブピックは別としても、その他のピックは非常
 に入りづらい。また、小型なのでピックが短いと、手の甲を氷にぶつけがちである。
 小型のものは軽量ではあるが、必ずしも使い易いとは言えない。
・シモンのピラニアは、概して評判が良いようであった。それぞれ別の人の2本を使っ
 てみたが、ひとつはどうもうまく氷に入らなかった。プレードの研ぎの差がありたの
 かも知れない、
・シモンではもう一種類シャフトの赤いもの(最新のモデルだそうだが)も使ってみた
 がピッケルの方の振り抜きは悪くなかったが、ハンマーの方は妙に軽く、バランサー
 が必要なようだった。
・カジタのものは、むしろ講師陣方面で今一つ評判が芳しくないようであった。バイル
 の性能というよりは、ビックの品質に難ありというイメージが強いようである。ただ
 し、使ってみるとよく入るし悪くはないようであった。
・こうして道具にこだわつていくと、あたかもゴルフクラプやスキー板の優劣を論じる
 如き感もなくはない。道具にあれこれこだわる前に基本をしっかり身につけることが
 重要だろう。むろん、技術の未熟な初心者ほど使い易い道具で練習することが必要な
 のだろうが。

霧 積 温 泉
・霧積温泉という地名はこれまで知らなかったが、碓井峠からほど遠くない山中の秘湯
 であった。この温泉は、最近では(といっても十分古いが)森村誠一の小説「人間の
 証明」の舞台となって名が売れた。小説が流行ったときは、確か中学生だったと思う
 のだが、その頃は[お母さん僕のあの麦藁帽子どこへいったんでしようね」というフ
 レーズだけがテレビコマーシャルか何かで盛んに繰り返されていたことしか記憶にな
 い。このフレーズは、当時から現在まで森村誠一の創作だとばかり思っていたが、温
 泉の前に立てられた看板から酉条八十の詩の一節であることを知り、我ながら不明を
 恥じた。
・しかし、西条八十の時代の碓井峠付近というのは中山道沿いとはいえ、大変山深く感
 じられるところであったに違いない。街道から外れて山中に奥深く入っていかねばな
 らない霧積についてはいわんやであろう。この辺は、標高こそ大したことはないが、
 急峻な山間の谷に深い霧が立ちこめる情景を想像すると深山の趣がありそうだ。それ
 にしても霧積という命名には、その表現の的確さといい、音といい非凡なものを感じ
 る。
・さて、今回のアイスクライミングのゲレンデは、霧積温泉から数百メートルほど奥に
 入ったところの氷湯で、ここにザイルを6本ほど掛けて練習した。一番右手の氷湯は
 斜度もそれほどなく、ウォーミングアップという感じ。ここを2本こなしてから、左
 側に移り、後は終日こちらの方を登ったり下りたりしていた。
・今回の課題は、足の置き方とスムーズな体重移動と斜度への慣れである。足の置き方
 については、アイゼンの爪を氷に水平に入れることを心掛ける。何度も無闇に蹴込む
 のではなく、足を置くような感じで一発で決めるように注意する。スムーズな体重移
 動というのは、これは通常のクライミングの動作を意識しようとするものである。し
 たがって、例えば右手でバイルを打ち込むときは、左足荷重を意識する。ただし、例
 えば垂直に近い、ないしかぶり気味の氷では、体が剥がされそうになるので、若干右
 足にも荷重を残すようにする。
・斜度が増してくると腕への負担が増えてくるのだが、アイスクライミングの場合、バ
 イルが決まればかなり頑丈な支点になるため、登りの動作で腕の引きつけに頼り過ぎ
 る傾向があるかもしれない。最後の方は、萎えた腕に活を入れながら登っていたが、
 もう少し省力を考えるべきであろう。関崎さんに聞くと、かぶり気味のところでは、
 動作そのものを小さ目にするとのこと。したがって、バイルを打つ位置も意識的に低
 くするようである。また、バイルの打ち方についても、金槌を振るようではなく、感
 じとしては体を半身にして構え(実際はそんなに大きなムーブではないが)、体を戻
 すようにしながら打ち込むと省力できるとのこと。この辺は、また次の練習の機会に
 いろいろ試してみることにしたい。
・全体としては、アイスクライミングの動作にも徐々に慣れてきたようで、前回よりは
 滑らかな登り方をしているはずで、また、或る程度登れそうな自信も出てきた。ただ
 し、これはあくまでトップロープシステムでの練習でのこと。リードクライミングは
 もとより、自分で確実な支点の設置ができるようになることや、危険予知、氷の状況
 の判断など、本当に登れたというまでには、まだまだ遥かな道のりがある。それらの
 一切の面倒をみてもらい、クライミングに専念させていただいでいることには深く感
 謝している。

川 原 湯 温 泉 付 近
・不動滝への入口は、駅から車で10分そこそこのところであった。雪のない時期であれ
 ば、滝を眺めるための遊歩道も整備されているらしいのだが、それも雪に埋もれてし
 まっているし、そもそも二段になっている滝を登るのが目的なので、最初から沢筋に
 降りる。完全には凍っていない沢筋を踏み抜かないように注意しながら歩くと、やが
 て結氷した下段が見えてくる。ざっと30mから35mといったところだろうが。大きな
 滝である。
・それでも暖冬のせいで、氷の状態はあまり良くないとのことであった。氷の良し悪し
 というのは経験があまりないせいもあって、いまひとつよく分からないところである
 が、基本的には水の分子構造が堅固で、ビックが良く刺さる氷ということになるのだ
 ろうか。したがって気温が低い方が当然望ましいということになる。確かにこの日の
 氷は割れがちだったし、場所によっては非常に薄く、下10cm足らずのところを水が
 流れていることもあった。
・今回は、足捌きの練習を意識してみた。すなわち、梯子を登るように機械的な動きで
 直線的に上がっていくのではなく、積極的に良い足場を左右に求め、それを使うため
 にバイルを打つ位置を決めていくというやり方である。どの程度遠いスタンスでも立
 ちこめるか、バイルによる引きつけを極力やらずに体バランスと足だけで登るとか、
 そういった練習である。
・それでも上段の滝のように立ったような氷壁になると、或る程度の腕による体の保持
 はやむを得ないところであるようだ。特に次のバイルを打ち込むための態勢保持のタ
 イミングでは、バイルを打たない方の腕による支持はどうしても要る。
・さて、アイスクライミング自体が目新しい技術だったため、今回の一連の講習では、
 登り方にかなりの注意を向けられた。しかし、本来、プロテクションの技術、危険予
 知の技術など関連の同辺技術にも習熟しないと、練習の域を出ないものである。アイ
 スハーケンの使い方は別として、それ以外は岩登りは沢登りでも共通する技術も少な
 くないので、来季のアイスクライミングはリードの練習から入れるようにしておきた
 い。
・危険回避については、基本的なことだが、落氷が必ずあると思って注意することであ
 る。落氷させてしまったら、登っているヒトは「落!」のコールをしなければならな
 い。バイルを打つことばかりに気を取られてしまい、このコールはほとんどできなか
 った。反省すべき点である。
 
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