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岩小舎 9 |
アイスクライミングの技術 |
99年2月 |
和田佳明 |
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1,はじめに
アイスクライミングは、アルプスやヒマラヤのような氷河が存在する所を登礬する
技術として開発されたが、日本では、登礬途中に氷河が現れるような状況がないので
主に冬期の沢や滝を上る技術として発展してきた。
雪にしても氷にしても平面や緩やかな斜面をアイゼン歩行する場合は、フラットフ
ットが基本だが、斜度が増すにつれてフラットフットを保ち続けるためには、足を徐
々開いて、がに股にしていく必要がある。これが限界に達すると、今度はジグザク歩
行するわけだが、下が氷化して堅い斜面の場合、傾斜が増してくると、アイゼンをフ
ラットに置いて体を安定させるには、体を山側へ倒す必要がある。そうすると足首に
かなりの負担がかかることになる。これでは長い時間歩き続けるのは困難である。
沢や滝以外でも冬期は、積もった雪が溶解して又凍結したような場合やしまった雪
が氷化してミックス状態になっている事がある。冬期の稜線上でも岩稜自体が氷に包
まれるような状況になるか、斜面が氷化しているケースは風の強く当たる場所では、
よく見かける光景だ。このような場所を通過する場合フラットフットだけに依存をし
ていると思わぬ苦労や、場合によっては動けなくなったり転落する可能性もある。こ
のようなときにアイスクライミングの技術を知っているのと知らないとでは、山行の
質や安全性の面に置いてかなりの違いが出てくる。
アイスクライミングの技術といっても、垂直な氷を上るのではなければ、そんなに
難しい技術ではない。要するに12本アイゼンの出っ歯の部分をいかにうまく使うか
である。又ピッケルのピックの部分の使い方も普段稜線で使うのとは、違う使い方が
求められる。
2,氷上での基本的アイゼンの使用方法
1,氷の急斜面はアイゼンを置くだけでは効かない。
・フロントポイント(アイゼンの前爪)はキックすることによって効く。
・強い蹴り込みが足場を確保する。
・斜面に蹴り込むと前爪が氷に食い込み二番目のツアッケが氷を支える。
・水平に蹴り込むのが理想だが、水平に蹴り込むためにはコツがいる。
・斜度が増せば増すほど靴の踵を下げ気味にいわばしゃくり上げるように蹴り込む。
・踵が上がっているとツアッケの曲がり部分が先に氷に当たるため、氷に刺さら
ず砕く結果になる。こうなると全然効かない。
2,60°位の斜度ならばフロントポイントだけで上ることが出来る。
・支点がアイゼンの前爪になるので、体はやや前傾して膝を軽く曲げ、体重が
の先端にかかるようにする。
・足の位置は肩幅くらいで同じ高さに合わせる。
・足を蹴り込んだ後は、靴の踵を下げ気味にして立ちこむ。アキレス腱を伸ば
す感覚を持つ。
・足場を確保するときは、一歩一歩しっかり見ることが大事
・足は手より鈍感なので感覚だけでは効き具合はわからない。
・足は小さな歩幅で踏み出す。
3,ピッケルの使用法
ピックの使い方を覚えよう。
・滑落停止以外にも使い方はある。
・氷で使う場合は、ピックを打ち込まなければ効かない。
・堅い雪の場合は、ピックを差し込んで使う。
・ピックは山行から帰ったら研いでおこう。
・斜度が浅く足が決まっていれば、ピッケルは石ずちを下にして杖のようにバラ
ンスをとっても良い。
ここまでが、一般の冬期山行時に偶然に出会った凍った場所の対処の仕方である。
アイスクライミングを本格的にやらない方でも冬山を登る場合は以上のような技術を
持っていれば、氷が出てきても安心して通過することが出来るであろう。
ただこのような場所は避けて行ければそれに越したことはないが。
4,アイスクライミング技術
アイスクライミングの留意点は多岐にわたるが、一番大切なことは氷は千差万別で
あり、従ってなによりも氷そのものをよく見ること、そして判断する力を養う事だ
といえる。いろいろな質の氷にピックを打ち、スクリューを打ち、足で蹴込んで、
その違いをよく記憶することが練習の基本である。氷の出来る場所、日光の当たり
方、温度、斜面の違い、風の当たりかた、水のしみ出し具合、流れ等条件によって
様々な氷の質がある。氷を知らないと安全なアイスクライミングは出来ない。
・形と質 一枚板、氷柱、溶けローソク状
・色と質 ブルーアイス、曇りガラス色
・表面と内側 氷は何層にもなって育ってゆく。
氷はもろく壊れやすく濡れて冷たく、刃物のようにするどい事をきちんと頭に
入れておくことが重要である。
5,登 礬
1,安定したホールドからバイルを打ち込む
・打ち込み方: 遠心力を生かす―ヘッドスピードを高めるため。
・肘に余裕を持たせ、肘を中心に手首のスナップを利かせながら打ち込む。
・グリップは小指、薬指、中指の三本で軽く持つ
・決して人差し指と親指を使ってはいけない。どうしても使いたい場合は、軽く
添えるだけ。
・ピックが氷に刺さる瞬間にグリップを握り込む意識を持つ。これは小指、薬指
、中指の順で握っていく。
・この際きわめて重要な役割をするのがリストバンドで、この長さの調整に特に
注意を払うようにする。
リストバンドで手首の動きが止められることにより、ヘッドが早く強く走って
くれる訳である。
2,打ち込み箇所
・氷の厚そうな凹面をねらう。この際シャフトの間に出っ張ったコブを入れな
いようし、肩の上から少し外側の箇所に打ち込む。
・出来るだけ高い位置に打ち込むのが理想的だが、体の体勢を崩してはいけな
い。体は氷と胸の間に隙間を持たせ、足場や次に打ち込む場所が見えるよう
な構えをする。体をべったり氷につけてはいけない。(岩登りの基本と同じである)
・左右のバイルの間隔は肩幅より若干広い程度で上体を抱き込める程度が理想
的、あまり外側に打つと左右の間隔が開きすぎ、バイルがはずれた場合、体
が横に振られ滑落の原因となる。
3,ピックが確実に打ち込まれているか否かは、体で覚える以外ないが、打ち込んだ
後下に引っ張って確認することは非常に大事である。但し決して前後左右に揺す
ってはいけない。せっかくのホールドが緩む結果となる。
4,キックについては先述の通りであるが、特に氷の斜度が急になればなるほど踵を
下げないと、ほとんどの体重を前爪4本で(氷に1.5〜2cm食い込んでいる
だけ)支えているので、氷が割れて滑落の原因となる。
足は、左右の手首の位置に肩がくるくらい迄体を上げる。その際、膝を柔らかく
使って蹴り込みを行う。安定した歩幅で上がる。この時もバイルの打ち込みと同
様に氷のへこんだ所を狙うと良い。アイゼンの効き具合は、バイルより感じにく
い。従ってよく見て良いスタンスを拾うこと。
5,安定姿勢
・ピックの位置、足の位置は同じ高さ
支点が四カ所に均等に分散されるため、最も安定した体勢といえる。
・バイルを抜きたいとき、バイルを前後左右にゆらせば抜けやすいが、反対に
一定の力で下の引き続ければ、抜けにくい。そのためには脇を締め、下に引き
続けることが大事だ。
・氷から体を離し懐に余裕を持たせる。
・バイルを打ち込んだ後は、握りを弱め(添える程度)手首でリストバンドのぶ
ら下がる。これは握力を温存させる上でも非常に有効であると同時に打ち込ん
だバイルは、下方への引っ張りには最も強い訳でリストバンドに体重をかけた
方がホールドとしても安定する。又蹴り上がるときもバイルは下にひき続ける
ようする。冷えた手からは急激に握力が失われてゆく!
6,確 保
アイスクライミングでは不安定な場所、不安定な支点での確保になりやすい。従っ
て支点の数を多くし、ボディビレイは避ける。
1,登り初めのフラットな部分にアイスハーケンを打ちランニングを取る。
2,ビレイヤーの位置は、落氷を避けるためにルートの左右いずれかに外し、氷壁か
ら離れた箇所を選ぶ。トップからは常に落氷がある。
3,グランドフォールを避けるため登り初めはまめにビレイを取る。
アイゼンをつけてのグランドフォールは、短くとも非常に危険である。かならず
骨折する。
4,ハーケン類を打ち込む際の準備と注意
アイスハーケン・スクリューの打ち込み箇所は、事前に登礬ルートを決める際に
想定しておく。
・足場の確保:足を横に置ける(RESTING出来るよう)ブレードでカッティング
しておくこと。したがって右手にブレード付き、左手に打ち込みバイルが望ま
しいが、これは各人のやりやすい方法で良いだろう。リードトップは両手に打
ち込みバイルはどうかと思うが?
・体の中心に真上に強くバイルを打ち込み、フィフィ等をかけて仮確保体勢を作る。
バイルが真上に打てない場合は、打ち込んだバイルの真下に体がくるように体
を移動させることを忘れてはならない。
・ハーケン・スナーグを打ち込む箇所の氷は、安定した表面が現れるまでブレー
ドで削り落とす。又幅広く削っておけばセカンドがクリーニングする際に楽で
ある。氷が硬い場合、抜くことは打ち込むよりも大変力がいる動作になる。
・ハーケンを打つ場合は氷の厚いところを狙う。どうしても薄いところに打ち込
まなければならない時は、止まったところでタイオフする。タイオフはインク
ノットがベターであろう。打っている最中に急に入らなくなったら下は岩と思え!
7,ピッチを切りセカンドを確保
6での注意事項を確実に行った上で
1,安定した箇所に最低2本以上のハーケン類を打ち込み流動分散方式で自己確保を行う。
2,セカンド確保用にハーケンをもう1本打ち足す。
3,途中でピッチを切る場合には、足場の安定を特に念入りに実施すること。この際
セカンドの登礬ルートを左右いずれかに避ける必要がある。
4,リードが登礬の最終段階(滝上等)から抜けるときは、絶対にシャフトが氷の角
に当たるように打ち込まないこと。てこの作用でバイルがすぐに抜け滑落する。
8,バイルの扱い方
1,バイルのピック部分およびアイゼンの先はヤスリでよく研いておく必要がある。
購入したばかりの物は、比較的厚く削ってあるため、氷に刺さりにくいことがあ
る。
2,バイルにもいろいろ種類があるが、チューブタイプ以外の物は、引き抜くとき左
右に動かすのは、厳禁である。左右に強く振ると先が曲がったり、折れる場合が
ある。抜く場合は、上下に動かして抜くように心がけること。又ヘット部分を持
って上に引っ張っても抜けやすい。
3,ピックの背の部分も鋭く削っておくと上に上げた時に氷が切れるので抜けやすく
なる。ただし抜き安さを強調するとはずれ安さにも直結するので注意が必要。
4,ピックを抜くにはどうしても壁から後ろへ向けて力を加える動作があるが、これ
は自分を壁から引き離す動作であり力であるから、注意が必要。小刻みにゆらし
てピックをゆるめ小さな力で抜けるようにしてから抜く。
9,一般的注意
1,アイスクライミングでは手や指に凍傷の可能性がつきまとう。これは長時間手を
上げている関係上、血行が悪くなり、かつ登る場所は、大変寒い。手袋のスペア
ーは絶対必要である。
2,顔は必ず目出帽で覆うこと。自分のピックで砕いた氷片が飛んできて、顔に切り
傷を付けることが、大変多い。サングラスも必携である。
3,トップロープでの登礬中に初心者は自分のぶら下がっているロープを自分のバイ
ルで叩いてしまうことがある。結果は切れて落ちます。くれぐれもご用心を。
4,初めて経験する人は、体全体に力が入っているので、すぐに疲れてしまう。力を
抜けるようになれば、一人前。又途中でいかにレストを取るかが長い斜面を登る
コツである。
10,練習法
氷のゲレンデに行かなくとも練習は出来る。
1,バイルの素振り一日500回
2,公園に行ってバイルを鉄棒にかけ懸垂
3,電車に乗るときはいつもつま先立ちをしてふくらはぎを鍛える。ゲレンデの練習法
4,バイルで氷を叩く練習
5,傾斜の緩い場所で前づめだけで登る訓練
6,バイル1本で登る訓練等々
アイスクライミングは道具のスポーツといわれているが、その道具をうまく使いこなさなければ、バーチカルや本ちゃんを登礬することは、難しい。道具をうまく使いこなすには、正しい知識、姿勢、バランス、練習、安全な確保等課題は多くある。また、本ちゃんをやるためには冬山の総合力も必要となる。
これを機会に皆さんもバーチカルアイスを目指しては如何ですか?きっと冬山の世界が広がると確信します。
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