岩小舎 9
歩行技術のポイント
99年1月
宮下裕史
 …「省エネ」「ひざに優しい」…
    山の歩き方の技術 

1、歩行技術の重要性
  読図、気象判断、救急対策、岩登り技術、ロープワーク、ピッケル&アイゼンワーク…。登山に必要な知識や技術はたくさんありますが、意外に教えられないのが歩き方。山の原点は何と言っても「歩き」にあります。自分の足がすべてで、つっても、痛んでも、基本的に他人の力を借りることはできません。従って、登山者にまず必要なのは歩きの力です。それによって、自信を持って山に行くことができ、安全で余裕のある山歩きができるということになります。しかし歩きの実力をつけるためには、がむしゃらに頑張るだけでは駄目で、少しだけ技術を加味する必要があります。べテランの歩きはバランスがよくてリズムカル、足音も静か、そしてムリ、ムダがみえません。しかし、いざの時は脱兎のごとく走って逃れる力も備えている、まさに緩急自在…。これが技術です。まず、正しい歩行技術を身につけること、これが安心登山の第一歩です。
  さて、その技術は、基礎体力が前提です。登山中は、安全のために、悪場を一気に走り抜けたり、疲れても歩き続けなければならない場面もでてきます。スピード、持久力、強い心臓、みんな必要です。「ゆっくりしか歩けない」のはハンデです。まず筋力と心肺機能の強化から初めて下さい。「筋力」は、持久力、スピード、瞬発力、敏捷性、均衡性、柔軟性などの総合力です。また、脚力をつかさどる重要なものが、運動機能の発信基地ともいえる腹筋です。腹筋運動を欠かしてはいけません。
  心肺機能は、毎日少なくとも一回、心臓に高負荷を与えることで鍛えられます。目安は心拍数を平静時プラス50〜80まで高めることです。縄跳び、片足跳び(上下前後左右)、腹筋運動、スクワット運動など自宅でできるものでいいのです。心肺機能の強化で酸素摂取量が増え、心臓が強く働いて酸素一杯の血液を筋肉へ送って持久力をアップします。
  基礎体力の強化は一朝一夕にはいきませんが、トレーニングを続ければ必ず成果が出ます。偏らずに全身をバランスよく鍛えて下さい。内容や方法は体力、年齢に応じて加減します。大切なのは継続することです。筋力強化は、副次的に膝痛や腰痛、肩痛などの予防と治療に効果があります。
  私の省エネ歩行術は、鉛直線上の上下運動と体重移動を組み合わせたシンプルなものですが、1 膝に優しい 2 安全に歩ける 3 速く歩ける 4 疲労 しにくいといった長所を持っています。

2、歩き方の実際
  基礎体力がついたら技術のマスターに進みましょう。要点は次のとおりです。
 1 体重が常に加重点の鉛直線上にあること
  加重点とは、登りでは踵部分、下りでは足指部分、斜面横断では両足とも足裏谷側をいう。歩きを加重点を支点(そこに全体重が乗る。その部分で歩く)とする鉛直線上の上下運動(静加重の立ち上がりと沈み込み)と、体重移動(静移動)の2つの要素だけにする。加重点着地で自然にフラットフィットする。↓スリップ防止、省筋力、膝への衝撃緩和。蹴り登りは筋力を消耗しバテや足のつりの原因になる。

 2 手を有効に使う。
  登り、下りとも軸足と手の2点支持で体が安定し、鉛直線上の立ち上がり、沈み込みがムダな筋力消費を防ぐ。岩、立ち木、小枝、笹木、地面などなんでもいい。杖(ストック)も良い。
   手(腕)は、平地でも歩行をサポートしてバランスを維持する大切な役目。腕を振ることで歩幅も伸び速歩も可能になる。ポケットに突っ込んで歩くなどは論外。

 3 おしゃべりを慎む。
  歩行中(特に上り)のおしゃべりは呼吸のリズムを崩してバテを早める。
           
(1)平地歩行
 1 重心移動先行の振り子足歩行。踵着地。踏み出し足を吊り上げないこと、前傾による上半身の先行の二点がポイント。省エネとスピードが主眼。
 2 滑りやすい場所(雨、雪、凍結)では重心を後足踵に残した静加重、静移動に切り替える。足裏を水平に引き上げる。当然スピードは抑える。

(2)斜面歩行
 1 登 り 
  イ 軸足の加重点(踵部分。そこに体重が乗っている)を支点とする鉛直線上の 
    「立ち上がり」が基本。(膝を限界まで後へ送る。脚が鉛直線上で伸び切った
    姿勢)鉛直線を外す立ち上がりは、筋肉への負担が大きく、また、スリップの
    原因にもなる。
  ロ 完全な立ち上がりでニュートラルに戻り、筋肉を休めることができる。軸足の
    踵加重のまま、踏み出し足を吊り上げ前方へ着地させる。着地の前に足場の安
    定を探る。必ず踵で着地する。
  ハ 着地した踏み出し足の踵部分に体重を静移動して、イに続く。
  ニ 要は踵で歩く感覚。
   *登りの省筋力のポイント
   ・ステップを小さく、低く拾う。段差が大きい階段状では体重移動が難しいので
    軸足を可能な限り段の真下近くへ寄せた上で踏み出し動作に入るのがコツ。傾
    斜がきつくなれば斜め向き登高や横向き登高に変える。
   ・体重移動と立ち上がりを同時に行うような登り方(例えば階段の2段駆け上が
    り)は筋力のロスが大きく、山行本番では禁物。
 2 下 り
  イ 「立ち上がり」が「沈み込み」に変わるだけで基本は登りと同じ。ただ、脚力
     のない人には難しく、基礎体力の差が技術の差になる。ポイントは、顔が軸
     足の爪先より前にでる程度の僅かな前傾姿勢で「沈み込み」を行うこと。
  ロ 下りは爪先着地(足指5本(靴の中で指は、1 伸ばす 2 上向きに反らす 3
    指間を広げる)に体重が乗りその部分で歩く)。爪先、踵、膝のバネの順に3
    段階でショックを吸収する一連の着地動作をリードし、同時に、後傾、スリッ
    プを防止する重要な要素。また、足首を伸ばす(つまり爪先立ちした)分だけ
    段差を小さくする効果もある。軸足の爪先加重のまま、踏み出し足(爪先)で
    軽く足場の安定、安全を探ってから着地する。
  ハ 最後に膝のバネの反動で立ち上がる。           
  ニ 要は足指5本で歩く感覚。
                          
          (本稿は山塾通信104、105号に掲載したものです。)
 
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