2003年5月5日更新

写真日記(2003年1月2日〜3月23日)

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2003年3月21日(金)天気:晴れ
2003年3月22日(土)天気:晴れ
2003年3月23日(日)天気:晴れ

バースデー割引を使って南九州旅行。飛行機とホテル、レンタカーで一人あたり4万円。連休ということもあり格安ツアーでもこのくらいはかかるだろう。何より飛行機の便を選べることがありがたい。
九州はこれで5度目くらいになる。いつもは友人のいる熊本中心だが、今回は宮崎の知人と合流し、初めて憧れの鹿児島市内を訪れることとなった。
イラク戦争がはじまり羽田の手荷物検査はものすごい混雑で45分もかかってしまった。そのせいで離陸も1時間送れ。でも天気がよいのでよしとしよう。
カメラ:RDC-200G
撮影モード:1800×1200ピクセル1/18JEPG圧縮
フォトレタッチソフトで色調濃度の調整を行い200×134ピクセルにサイズ変更後、1/18JEPGで圧縮。
カメラ:Nikon F90 フィルム:Kodakゴールド100
スキャナー:Nikon COOLSCAN III 2700dpi
フォトレタッチソフトで色調濃度の調整を行い200×134ピクセルにサイズ変更後、1/18JEPGで圧縮。

写真をクリックすると300%拡大写真になります。

一日目
写真、シェラトン1写真、シェラトン2宮崎空港で知人と合流し、まずは昼食ということでシェラトンホテルへ。ここはもとシーガイアである。
連休ということでレストランはどこも混んでいて、和食レストランでステーキ重を食べた。都会の人間はせっかちだといわれるかもしれないが、料理が出てくるまで30分以上待たされちょっといらいらした。連休だから?

写真、西都原西都原遺跡
以前は荒れていたということだが、まわりに菜の花などが植えられきれいに整備されている。秋にはこの菜の花がコスモスに変わるということだ。

写真、都井岬の野生馬1都井岬の先端は野生馬の保護区になっていて、ゲートが設けられている。そこを入ってゆくと回りとはちょっと違った雰囲気の禿山が見えてくる。野生馬が草を食べるのでこんな山になっているのだ。
野生ということでどこまで近づいてよいのかわからず、望遠を使ってもこのあたりまでが限界。

トビウオ、あら、ブリ、タイ
などのお造り
カマスの塩焼き 他にもいろいろ
イセエビのお造り きびなごのから揚げ たらの芽のてんぷら
宿泊は岬の先端にある黄金荘。料理はどれもおいしく、食べきれないのがもったいないという感じだった。初めて食べるあらの刺身、この時期旬だというトビウオの刺身がとくにおいしかった。
民宿黄金荘:0987-76-1029

二日目
写真、都井岬夜中に激しく降った雨もやんだので、早起きをして都井岬の先端まで行ってみた。今日もよい天気になりそうです。

写真、うらしまそうウラシマソウ
図鑑の様子とちょっと違うのだが、野草に詳しい知人が「ウラシマソウだと思う」というので、ウラシマソウとした。夏になると暑すぎるのか絵になる野草のない九州だが、この時期いろいろな花を見ることが出来ちょっとびっくりした。

写真、都井岬の野生馬2 写真、都井岬の野生馬3 写真、都井岬の野生馬4
昨日よりすこしは慣れてこんなに近くで写真をとることができた。それでも車の中から。

写真、黄金荘の桜やはり九州の春は早い。宿の前の桜がちょうど見頃を迎えていた。
民宿のご主人、奥様、お嬢様、お世話になりました。

写真、桜島 写真、かすんだ開聞岳 写真、鴨池港
錦江湾から望む桜島 開聞岳がわかりますか もうすぐ鴨池港
都井岬から志布志、鹿屋を抜けて垂水港へ。垂水、鴨池間はフェリーだ。フェリーは今はなき川崎、木更津以来になるが、当時は車検証を持って事務所で手続きをした。ここでは高速の料金所のようなところで料金を払って、指定された列に並ぶ。フェリーまで車から降りずに済んで大変楽チンだ。11時55分に到着したが運良く12時のフェリーに乗ることができた。
錦江湾から望む桜島は雄大だった。真ん中の写真には開聞岳が写っているのだが、かすんでしまっている。30分くらいで対岸の鴨池港に到着した。小宮山がロッテにいた時代、鴨池球場で投げたあとのインタビューで「桜島の灰が目に入った」といっていたが、この距離ならそれもあるかもと思った。

喜入で熊本の友人と合流し、その後指宿の砂風呂に入った。初めてだったので手順がわからずカメラを持ってゆかなかったが、連休ということで大変混雑していたので、写真を撮るどころではなかった。砂風呂は熱めだが、疲れがドットでる感じで温泉効果は抜群だ。
その後鹿児島市内へ戻り、夕食の大宴会へ突入した。天文館にある「味処屋久島」という店を予約して訪れた。水揚げしてすぐに首を折って血抜きをした「首折れサバ」や、トビウオのつけ揚げなど、おいしいものを堪能した。本来であれば写真を載せるところであるが、なんとカメラを持ってゆくのを忘れてしまったので、また行かねばならないと思っている。屋久島の焼酎「三岳」もおいしかった。東京で手に入れることが出来ても、あれほどの感動はないのだろうな。

三日目
写真、サンホテル鹿児島での宿泊は旅の窓口で見つけた鹿児島サンホテル。安くて部屋も清潔で感じもよかった。港のそばで「桜島を一望にできる」というふれこみだったが、景色はそれほど印象にはない。

写真、鹿児島の市電鹿児島市内を訪れたかった一番の理由は、西郷隆盛の故郷を見ること。とくに西郷、大山巌、東郷平八郎などをはぐくんだ加治屋町を見てみたかった。
個人的な趣味なので早起きをして、この市電に乗り一人で行くことにした。

写真、若き薩摩の群像西鹿児島駅前にある「若き薩摩の群像」
維新後明治の産業発展に貢献した人が多いように思う。幕府の権威が衰えていたとはいえ江戸時代に多くの若者を留学させたのは島津斉彬の偉業?(このあたりの歴史は勉強不足)
前の会社の新入社員教育を担当していたとき「日本ではじめに写真に写った人は島津斉彬」などと教えていたことが思い出される。

写真、大久保利通大学時代の友人から、鹿児島では大久保利通は人気がないという話を聞いたことがある。西南戦争で西郷を死に追いやった張本人ということだろう。
しかし明治維新達成の影には西郷と大久保の硬い絆があったことが、司馬さんの小説にはよくかかれている。明治政府が出来た時に外遊をして欧米の列強を目の当たりにした大久保と、一人で日本に残り政府を維持してきた西郷にはどんな考えの違いが出来てきたのだろうかと思う。

写真、甲突川の桜逆光なのでわかりにくいが甲突川の桜は二分咲になっていた。この写真の左側が西郷を生んだ加治屋町である。

写真、加治屋町説明写真、ふるさと維新館加治屋町は維新のかおりがいっぱいの街だ。

大山巌生誕の地 西郷従道邸の説明 西郷隆盛生誕の地
我が家のそばには「西郷山公園」という、従道の別邸の跡が公園になったものがあり、なんとなく身近なものを感じる。
司馬さんの小説には従道についてメインで語られることはない。しかしいろいろと興味が尽きない点がある。まず名前について司馬さんの小説には本当の名前は「隆道」であり、明治政府の名簿を作るときに隆盛が「リュウドウ」と薩摩なまりで言ったのを「ジュウドウ」と聞き違えたために従道になったとされている。どこかで訂正をすればいいような話だが、そんなことにはこだわらない人物だったのだろうか?またなぜ西南戦争に参加をしなかったのだろう。従道について書いたものがあれば、読んでみようと思う。
今回惜しくも東郷平八郎生誕の地を見逃してしまった。また来なくては!

写真、月照上人の碑月照上人についてはよく知らないが、若き西郷隆盛に大きな影響を与えたらしい。

写真、桜島今日も桜島から噴煙がのぼっている。最終日も天気がよさそうだ!

この後霧島へ向かい温泉三昧となるのだが、写真がない。もう少しまめに写真を撮らないとと、反省をしている。
妙見石原荘
高級旅館で日帰り入浴も可能。川沿いの露天風呂が気持ちよかった。しかし女性用の露天風呂は清掃中ということで、女性陣はちょっとがっかり。
WaiWaiアトリエ(牧園町)
地物の野菜などを中心とした料理をバイキングで食べさせる。客は女性のグループとかカップルが多い。料理はバイキングでいろいろと好きなだけ食べられるし、味もなかなか。男性だけのグループは浮くのでやめた方がよい。
新湯温泉新燃荘
硫黄泉で濃い温泉好きにはたまらない。露天は混浴だが白濁しているので、女性も比較的入りやすい。霧島へ来たらここは外せない。
日当山温泉
空港から20分くらいのところにあり、最後にここへ寄った。ガイドには「家族風呂15」などと書かれており、いまいちどんなところなのか想像がつかない。日当山は湯量が豊富で、街の中には温泉の公衆浴場が点在している。そのため昔から(現在はそうでもないのだろうが)各家には風呂がないのではないかと考えられる。家族風呂とはカラオケボックスのようなイメージで、三畳ほどの座敷と風呂があるのみだった。公衆浴場では夫婦一緒に風呂に入れないので、こんな形の家族風呂が出来てきたのだろう。その土地によってさまざまな文化があることを改めて実感した。我々は野鶴亭という少々高級な温泉に入ることにしたが、ここの風呂もなかなかだった。

こんな感じで三日間の南九州の旅も楽しく終了した。鹿児島は初めてのところが多く、移動距離の長い盛沢山の旅になってしまったが、来年はもう少し落ち着いた旅にしよう。

2003年1月10日(金)天気:曇り時々雨
2003年1月11日(土)天気:晴れ
2003年1月12日(日)天気:曇り、ところにより雪

二年ぶりとなる冬の北陸ツアーだ。前回は長坂で一泊してから車で富山へ入るコースだったが、今回は小松まで飛行機で行きその先はレンタカーとした。往復飛行機と二泊のホテル朝食2回と夕食1回、レンタカーを含めて一人あたり25,000円の格安ツアーである。本当は11日からの3連休の予定だったが、この一日でツアー料金が倍くらい違うので、仕事はわがままを言って休ませてもらった。
レンタカーで小松空港を出たのが10時頃、あいにくの雨模様だったが能登に入り、千里浜のなぎさドライブウェイにつく頃には薄日が差していた。
写真、料理と温泉
カメラ:DiMAGE7
撮影モード:2560×1920ピクセルFINEモード

フォトレタッチソフトで色調濃度の調整を行い200×134ピクセルにサイズ変更後、1/18JEPGで圧縮。
写真、風景
カメラ:Nikon F90 フィルム:Kodakゴールド100
スキャナー:Nikon COOLSCAN III 2700dpi
フォトレタッチソフトで色調濃度の調整を行い200×134ピクセルにサイズ変更後、1/18JEPGで圧縮。

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一日目
写真、肉の刺身盛 写真、フォアグラのソテー 写真、能登牛のステーキ
肉の刺身盛り合わせ
馬刺し、牛刺し、牛たたき
フォアグラのソテー 能登牛のステーキ
昼食は富来町のてらおか風舎、おいしい能登牛のステーキを食べさせてくれる。今回ガイドブックではじめて知ったのだが、富来町ではフォアグラを生産しており、町の特産品とのことだ。そのフォアグラのソテーもおいしかった。ここは10年ぶりくらい二度目となるが、また来たくなるおいしいお店だ。

写真、禄剛崎灯台能登半島の先端である禄剛崎灯台までははじめて来た。途中白米の千枚田を足早に見て、揚浜塩田を車から眺め、一気にここまでやってきたが、さすがに長距離ドライブとなった。

写真、葭ヶ浦温泉一気に能登半島の先端まで車を飛ばしてきたわけは、ここランプの宿葭ヶ浦温泉が目的だった。日帰り入浴が可能かどうかちょっと不安だったが、訪れて聞いてみるとすんなりOK。お湯は透明で普通っぽいが、後々ポカポカした。何よりもこの景色がこの温泉の最大の特徴だろう。

二日目
写真、七尾湾1写真、能登島大橋2一日目の宿泊は和倉温泉。安いツアーのため宿には特筆すべき点なし。温泉はよかった。
二日目は能登島大橋を歩いてわたってみた。七尾湾は湖のように静かな海だった。

ぶりの刺身、やりイカ
つきだしの牡蠣、梅だれ
ぶりかま 牡蠣酢
あまえび アンキモ 赤西貝
昼食は能登食祭市場内にある寿司屋のたぶ屋さん。10年以上前にここで食べた寒鰤が、私を何度も冬の能登へ足を運ばせるきっかけとなった。あぶらっぽ過ぎないその食感が「私が今まで東京で食べていた鰤って何ナノ?」といわせるほど、東京で食べる鰤とは別物である。
最初の頃はお寿司で満足していたが、最近はほとんどつまみだけでおなかいっぱいになっている。食べ始める前に写真を撮りたいのだが、いつものことながら写真を撮る前に食べてしまう。本当はもっときれいに、たくさん並んでいます。
能登食祭市場:http://www.shokusai.co.jp/

写真、能登金剛1午後は昨日素通りしてしまった能登金剛へ。ヤセの断崖はさすがに観光客を集めるだけの迫力があった。

写真、能登金剛2冬の日本海は「鉛色の雲が垂れ込めて、海が荒れている」という印象が強いが、私はなぜかそのような日に訪れた経験がない。今回の旅行もこんなによい天気!
この後富来温泉につかった。町の公衆浴場だが、茶褐色のなかなかよい温泉だった。露天があればもっと長湯をするところだが、すぐに暑くなってしまい烏の行水だった。

白子 ムツ コウバコガニ
モズク ふぐのぬかづけ ビーフシチュー
金沢市内へ戻り、夕食。昼間行った能登食祭市場の石橋さんに紹介していただいた「あぜみち」でおいしい料理をいただいた。とくに味噌漬かどうかわからないが、すこし加工のしてあるムツの焼き物、きれいに身を取り出してくれてあるコウバコガニは絶品だった。でも最後に出てきたビーフシチューも捨てがたい。ごちそうさまでした!
旬采割烹あぜみち:金沢市片町2-23-17 TEL076-263-8444

三日目
写真、白川郷1この日は白川郷へ。高速が白川郷インターまで開通したので、金沢から1時間強でこんな景色を見ることができる。この場所は数年前の秋にも来たことがあるが、冬はまた格別だ。

写真、白川郷2この日の昼食は新湊へ。お目当ての店が営業をしていなかったので、回転寿司で昼食にした。新湊ならではというものはそれほどなかったが、安くおいしく食べられた。
温泉は美川温泉へ行った。アトピーに効くというこの温泉は、透き通ってはいるのだが黒というか深緑というか色がついている。ここの温泉でもポカポカになった。北陸はいろいろな温泉があり、うまいもの食べて温泉につかろーという目的は十分に果たすことができた。
美川はふぐのぬか漬けの産地だが、どこでそれを買うことができるのかという案内がない。それならばと美川駅へ行ってみた。駅前にお土産屋さんなどないのだが、駅構内の売店ではふぐのぬか漬けを売っていた。
この後は空港へ向かい、車を返して東京へ戻ってきた。約740Kmを走り、ガソリンは50Lと最近の小型車は低燃費で助かる。来年もまた行けるかな?

2003年1月4日(土)天気:晴れ
駅伝は駒澤大学の逆転優勝に終わった。3日も小雪の舞う中を沿道で応援していたのだが、曇り空では写真が取れなかった。また、デジカメではピントがあうまでのタイムラグがあり、スポーツの写真にはむかないことを痛感した。来年は一眼レフにしよう。
4日は一人で近くを散歩してみた。
写真はすべて
カメラ:DiMAGE7
撮影モード:2560×1920ピクセルFINEモード

フォトレタッチソフトで色調濃度の調整を行い200×134ピクセルにサイズ変更後、1/18JEPGで圧縮。
写真をクリックすると300%拡大写真になります。

写真、近くの神社神社を発見した。さすがに4日では初詣の人もいず、ひっそりとしていた。建売のような小さな新築の家も多いのだが、乳牛を飼っているような家もあり、ベットタウンと田舎が混在している変な感じがする街だった。

写真、白鷺二宮町と小田原市の境近くを流れる中村川は、小さな川だ。正月ドラマの「天国のダイスケへ」では、このあたりのショットが多かったような気がする。
このあたりで白鷺はそれほど珍しくないのだが、姿がきれいなので写真に収めた。青鷺もいて写真に撮ったのだが、ピントが悪くお見せできない。

写真、かわせみかわせみはきれいな鳥だ。杉並の大宮公園等でも見ることができるというので、それほど珍しい鳥ではないのだろうが、私ははじめてみた。飛んでいる姿の方が美しいが、あれを撮るとなるそれなりの装備が必要で、金がかかる。とりあえずとまっている姿で我慢しよう。

2003年1月2日(木)天気:晴れ
昨年はじめて沿道で見た新春の箱根駅伝。知り合いの家があるすぐ近くに、日本テレビの固定中継カメラが設置される。去年のビデオを研究し、テレビに映る場所に陣取ったはずだったのだが…
写真はすべて
カメラ:DiMAGE7
撮影モード:2560×1920ピクセルFINEモード

フォトレタッチソフトで色調濃度の調整を行い200×134ピクセルにサイズ変更後、1/18JEPGで圧縮。
写真をクリックすると300%拡大写真になります。

写真、駅伝の旗さすがに元日から家をあけるのは気がひけるので、去年同様二日の朝から二宮へ向かった。国道一号線のガードレールのいたるところに、このような形で旗がくくりつけられている。読売新聞の販売店の人たちが、準備をしていた。

写真、駅伝の応援旗この坂の途中に固定カメラがあり、このあたりには各大学の応援旗が集中している。

写真、二宮中継所これが固定カメラ。このカメラに映るよう観戦場所を決める。しかもこの日は寒かったので、陽の当たる場所を選んだ。

写真、最初に来る車駅伝の選手が近づいてくると、このような車が「まもなく選手が来ます」と告げてゆく。

こんな感じで選手が駆け抜けてゆくが、時速20Kmくらいで走り抜けてゆくので、選手を見るのはほんの一瞬といっていい。この瞬間、沿道から励ましの声が飛ぶ。
テレビで中継されているといっても、このような沿道からの応援がなければ、やっぱり盛り上がりに欠けるだろうなー。

写真、駅伝の最後選手が走り終わった後には、こんなバイクや自転車の集団がやってくる。

写真、川匂神社駅伝を箱根のゴールまでテレビで見届けてから、近くの川匂神社まで初詣にいった。

写真、輪くぐりの順序上の写真にある輪を、左の張り紙のような順序でくぐる。去年もあったのだろうが、気がつかなかった。
川匂神社は相模国のNo.2の神社で、二宮町の名前はそこから由来したものだ。ちなみにNo.1は寒川神社である。
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