2003年3月の車日記
3月30日(日) 課題はウチの駐車場の狭さ
高速道路に乗るまで、一通りやったため、本日はちょっと北上を試みた。と言っても、別に都内に入ったわけではない。
本日は京浜工業地帯を第一目的地として発進した。別に意味は無いが、あのような人がいない殺伐とした風景を見るのが結構好きな私は、車を持っていない頃から暇を見つけて行ったりしていた。今回は車で行くということもあり、今まで足を踏み入れたことの無い場所にも行けることになる。
ルート設計は昨日みなとみらいの有隣堂で買ったスーパーマップル3 関東道路地図で済ませてある。まず新羽新道・横浜生田線を走り、中原街道にぶつかった段階で左折し、そのまま国道409号線に交差するまで真っ直ぐ行く。409号線からは川崎駅方面の標識を頼りに川崎駅の方へ行き、新川通を真っ直ぐ行けば、扇町に着くという算段である。
という訳で、まずはウチの下にある新羽新道を進み、地下鉄をくぐって(この辺は地下鉄は高架になっている)、さらに東進。海沿いに向っているのに周辺の雰囲気はどんどん田舎くさくなるが、この辺は交通の便も悪いため開発が遅れている。
中原街道に出た。中学時代、中原街道を北進し、さらに南武線とぶつかって南武線沿いに走って川崎駅まで行き、川崎駅の入場券を証拠のブツとして買って帰ったのを覚えているが、その頃から中原街道は狭くて歩行者やチャリに乗っている人には危ない道だった。で、今も全然変わらないこの危なっかしい狭さの中を、違う感慨を持って走っている。狭いな。同じ考えじゃねえか。
中原街道は虎ノ門を基点として神奈川県の茅ヶ崎の方まで続く、東海道の脇往還と言う地味な道路であるが、かつて家康が江戸に入城した際、整備されていなかった東海道でなく、この中原街道を利用したらしい。つっても狭いって。
とか思っていたら、途中でいきなり広くなった。あれ?昔からこんなだっけ?何だか非常に走りやすい。新しく整備された感じ。まあ、この辺をかつてチャリで走ったのは、もう10年以上も前であるが。
等と言って途中でやっぱり狭くなったりしながら、中原街道から国道409号線に入ることになった。これまた結構狭くて、これで本当に国道なのか、と言うよりこの道で合ってるのか?と訝しく思いながら走っているのだが、案内板には今走っている道がおむすびを逆さにして409と書いてある道になっている。因みに409号線は川崎の溝の口が基点で、そこから東京湾を横断して木更津に入り、そのまま成田まで行くらしい。因みにアクアラインは409号線とのこと。有料だけど。
標識に従って右折し、暫く行くと京急川崎駅前に出る。ああ、こんなに人がいっぱいいるところを走るのは初めてである。で、京急のガードをくぐってそのままS字を描きながらJR川崎駅の前を走ろうとすると、あれ、進入禁止?で、市役所通を行く。そのまま直進。
首都高が上を走る産業道路に突き当たった。地図を見ると結構東京寄り。扇島に行くには左折して進む。空いている。この道妙に空いている。日曜だからか。道も良くて、周りの車がかなり飛ばす。人もいないしな。
浜町交差点で右折して、工場地域へ。車はいないし人もいない。天気が良いからそれ程殺伐とはしていないが、何とも空虚な風景である。実はこういうところでビールを飲みながら歩くと良いのだが、生憎本日は車を運転している。
だが、いつもと様子が違う。警察が多いんですよ。米軍の石油基地とかもあるからだろうか。こっちとしては空いているからと言って迂闊にスピード出すわけにも行かない。交通ルールは遵守が基本。
さて、そうは言っても車でここに来てもあまり面白くないことが分かった。景色とか見られないんだよな。何か警察多いからその辺駐車とか出来ないし、「東芝から許可をもらっていないと駐車しちゃダメよ」とか言うのも多いし。という訳で、結構そそくさと京浜工業地帯は後にしてしまった。
川崎港トンネルをくぐって東扇島へ。目的は首都高湾岸線。もうこうなったら歩いては絶対行けない所に行ってやろうと思って。ここから鶴見つばさ橋、横浜ベイブリッジを渡って、横浜の中心をぐるっと回って第三京浜経由で帰ろうかと。何か倉庫ばかりの東扇島で迷って、ちょっと遅れたものの首都高湾岸線に進入成功。
景色が見られねえよ。ちょっとしか見られねえよ。やっぱアレだな、ここ渡る時は観光バスですよ観光バス。車高が高くないから、ガードレールに遮られて、何も見えない。
仕方ないからちょっと飛ばしてみる。120km/hを超えて走ってみるが、ゴルフはあんまり辛く無さそうだ。ハンドルも安定している。調子は良いな。
横浜ベイブリッジを過ぎると、横浜新道とか横浜横須賀道路に分岐するレーンとか、矢継ぎ早に出口の標識が出てきて、右へ左へ車線変更をしなければならない。首都高みたいだが、これは首都高だっての。横浜駅西口に出そうになりながら、本線を確保。三ツ沢で下りてみようと思ったが、出口混んでて出る気も起きず、結局第三京浜港北インターで下りた。
その後は普通に戻ろうと思ったが、市ヶ尾方面に折れてずっと奥まった所まで行き、虹ヶ丘団地からあざみ野を目指す。途中でフォルクスワーゲンの看板が見えた。ああ、ここか。ここでM氏はこの車を買ったのである。何かピットみたいのもあって、そこで車直してるな。そういえばM氏の奥さんも、調子が悪くなったらここに持っていくと今までのデータがあるのでいいですとか言っていた。
その後、たまプラーザの方まで行って、坂道の上でニュートラルにしているのを忘れてちょっとバックしてしまったりと集中力の衰えを感じてきた。ガソリンも結構減って来たので、給油をしようと都筑区にあるコスモ石油まで行って(調べた)、今日はしっかりハイオク(スーパーマグナム)を満タンで行く。入れ終わってちょっとアクセルを踏んでみるが、あんまり変わらないような気がする。てゆうか、何か違うのだろうか。もう一度第三京浜に入って飛ばしてみれば分かるのか?
第三京浜都筑インターの近くに最近発見した「ラーメン花月」でラーメンを食べる。駐車場が狭くて、何往復もしてようやく上手く入れたかと思ったら、ちょっとはみ出している。やはりバックはまだ全然ダメだ。
ラーメン食った後はまっすぐ帰宅。で、最後の難関ウチの車庫。
ちょっと進入角度のタイミングを間違えたようだ。
「大丈夫かな。これで大丈夫かな。ちょっとキツイかな...」
ガリガリガリガリ
やっちまった。ああ、やっぱこの車は借りた駐車場に置くかな。見通しも悪いし、凄く入れにくいんだよな、ウチの車庫。
3月29日(土) 高速走行
飲み会が多かった先週の影響も見事手伝い、やはり土曜出勤。ただ、本日は会社(みなとみらい)まで車で行ってみた。車受け取りから1週間が経過したが、本日は初の「高速道路走行」を行った。高速道路を走るのは初めてである。
因みに、教習所では高速教習は無かった。何故なら、私が行った教習所のある山形県米沢市は、所謂高速自動車国道と言うのが無くて、米沢南陽道路と言う有料自動車専用道路しかない。制限速度は70km/hとかで、高速にならないから高速教習はシュミレーターを使っただけだった。
とは言うものの、今日私が走ったのは第三京浜と言う、多分オートマだったら小学生でも運転できるような優しい高速道路であり、まあ途中の保土ヶ谷から首都高の三ツ沢線に入ったものの、これも都内の血管のような複雑な道路ではなく、初めてにはもってこいのラクな高速走行だった。
まあ今日はこんなもんだな。それよか仕事にはグッタリだぜ。
3月23日(日) 長めの試験走行
昨晩の白石結婚式余波を受けて、本日出社する気力がゼロを超えてマイナスまで達していた私には、次の内3つの行為が今日一日の行動選択肢として残されていた。
で、このコーナーを更新している通り、1.を選択した。尚、本日の運転時間は4時間半。今までで最長である。コースは次の通り:
家⇒(国道246号)⇒厚木市内⇒(市道を抜けて国道412号)⇒神奈川県愛川町内⇒(知らん道)⇒相模原⇒(国道16号)⇒南町田付近⇒(国道246号)⇒家
これだけの距離を4時間半もかけて走ってきたと言うのが、運転技術の未熟さを物語っている。確かに途中で渋滞とかあったけどさ。
出発は我が家の駐車場から。尚、新たに借りた近所の駐車場には、父親の三菱デリカを置いている。家の駐車場の方が車庫入れが簡単だからと言われたが、私はそうは思わない(狭いんすよ)。何しろ見通しが全く利かない構造になっていて、車庫出しですら結構危ない。車が全く来ないタイミングを見計らって、ノロノロ出したが、やはり上から車が下りて来ましたよ、全く。
住宅街の狭い道をゴニョゴニョ進む。最近開発が進んだこの辺、道が全然分かりません。何となく走っていて、道路の案内板に従って、取り敢えず246に出ることを目標に進む。尚、この車にナビとか無い。昨年星と一緒にサークルの夏合宿に行ったり、昨日梅香の車に乗っていて思ったのだが、この時代ナビをつけたほうが良いんだろうか、と今日も思う。
市ヶ尾付近でようやく246に合流。そこからは一路南西方向に車を進める。本来なら若葉マークを付ける必要のあるキャリアである私、車線変更などが中々容易でない。練習しなきゃの意気込みで、意味なく車線変更をしたりする。
就職直線で普通自動車免許を取得した私、学生時代は当然車には乗っていなかったが、そのかわり自転車に乗ってどこかに行こう、と言うのをやろうとしていた。と言っても、大学1年次に村松と奥多摩に行ったのが精一杯で、私の友人近江のように、自転車で東京から実家の大阪まで帰ると言うレベルのことはやっていない。
別に大学時代だけじゃなくて、中学時代から「この道が尽きるのはどこだ」と言うコンセプトのもと、私は自転車で「この道の果て」を探ることをやっていたのだが、近所を走る246は、海老名付近で自転車が拒絶される状況になっている。つまり自動車専用のバイパスみたいになっていると言うことであるが、そんな訳でそれ以降西は私にとって、正に未知の領域であった。これは現在完了の継続表現的な意味合いを持っており、現在を持っても未知の領域。という訳で、本日は「246こと厚木街道西進」を第一の目的に据えた。
結構空いている。スピードは100km/hくらい出ている。で、自動車専用道などを走っている。ここで一つ気が付いた。
「景色全然見られねえじゃねえか。」
そう、その景色の移り変わりを見るのが、移動の醍醐味である。当たり前だが、運転している人間は景色など見られない。いわんや若葉マーク並みのドライバーである。面白くねえぞ。
運転自体、まだ結構緊張しているんだよ。ミラー見て後確認して、前見たら前の車ブレーキかけて迫ってると言う感じ。油断も隙も無い。どうしたもんだろうか。
相模川を渡り、厚木市内に入った。相模川は神奈川県を二分する神奈川随一の大河であるが、この川をこの道を使って渡るのは始めてである。だって、そんなに西に行くなら普通は東名使うからね。で、厚木に入って、さてこれからどうしたものかと若干思案する。すると、右方向に津久井の案内表示が出ている。津久井と言えば津久井湖。じゃあ津久井に行ってみようと、車を右折させる。
ここで、ガソリン入れたくなってきた。という訳でガソリンスタンドを探すのだが、これが全然見つからない。いやあるんだけどさ、あるのが逆方向なんだよな。その内、道はどんどん山道になって行き、川も山間の川と言う様相を呈している。川釣りしている姿が見られるが、こういうのは車が無いと出来ない芸当だと、行動範囲が広まったのを痛感する。川釣りなんてしねえけど。そういえば、かつて只見の紅葉を見るために、わざわざ無茶苦茶接続あわせるのが面倒な只見線で田子倉に行ったが、あの時は歩いていて怖かった。人が歩くような道になってないんだよな。
津久井湖まで行くことなく、途中で何かもう良いやとなってきて、横にそれて412号を逆流、左に折れて相模原を目指す。
あー、田舎道だな。道も結構山あり谷あり。中々厳しいな。しかも結構道も混んでいる。この辺は神奈川と言えど完全に車社会で、車が無いと不便だろうな、とか思う。まあ、横浜もそれほど車以外の交通機関が発達していると言うわけじゃないがねえ。
相模原市内にようやく入り、16号が見えた。ここでやっとガソリンスタンドが私の走行車線に沿う形である。新日石のエネオスだ。
実は給油はこれが初めての経験となるが、ここで迷った。因みに給油口は運転席に側にあるのはさっき確認した。そうじゃない。問題は、この車はレギュラーで良いのかハイオクじゃなきゃダメなのか、ということである。
レギュラーとハイオクの違いは何か?って、私はガソリンを精製した結果の化学組成が若干異なっていて、燃焼効率が良いのがハイオクだと思っていたが、そうではないようだ。
YAHOOで「レギュラーとハイオクの違い」で検索すれば、分かりやすい解説ページに辿り着く。結局は化学上の問題らしいが、それは分子中における炭素の数でなく、炭素を結ぶ共有結合の結合の強さから来ているらしい。
ガソリンは空気と混合してガスにした後、慣性の力によって戻ってくるピストンによる圧縮と、圧縮された際のスパークリングプラグによる発火によってエンジンのシリンダ中で爆発を起こし、それによってピストンが押し出されて移動することによってエネルギーに変換される。この際、レギュラーガソリンは比較的簡単に爆発しやすい性質を持っており、従って十分な圧縮を受けなくても爆発してしまう。これに対してハイオクは、簡単には爆発しないため、十分圧縮を受けた段階で爆発を起こす。十分でない圧縮か十分な圧縮かが問題となるわけであるが、ハイオクは爆発するのに余計なエネルギーが必要な分、転換されたエネルギーもその分大きくなる、と言うことになる...のか?これはガソリン中の炭素の分子結合(共有結合と言う、最も強い結合:ダイアモンド中の炭素の結合もこれ)の強さに起因するらしく、レギュラーガソリンは炭素の直鎖が長いので、結合がちぎれるタイミングが一定しないで、早く爆発してしまうとは、化学エンジニアの同期に聴いた。
と、これを相模原の国道16号沿いのエネオスで調べ上げることなど出来るはずがなく、そもそもそれよりも車はどっちを欲しているのかが問題であるため、ガソリンスタンドの姉ちゃんの顔を見ながら、どっちが良いのか思案した。が、その結果、
「レギュラー満タンで」
と言う。尚、家に帰ってYAHOOの車コーナーで調べると、使用燃料は無鉛プレミアムと書いてある。ハイオク仕様じゃねえか!
ここで給油している途中、何かエネオスのカードみたいのを作るために住所とかを書く。給油するのは28年生きてきて初めてなので、当然こんなものを持っていないからこうして書いているわけである。贔屓のスタンドをどこにするかは迷うところである。何しろ、石油会社各社は、全て私の会社の重要なお客さんばかり。ここはやはり、身内の贔屓と言うことで、小林のお父さんのいるコスモ石油を贔屓にすべきだろう。コスモさん(と、お客さんには通常「さん」付けしてしまうものだ)とは今後脱硫の仕事が山のようにあり、全くお得意様もいいところなのである。大学時代の友人である田中もコスモ石油だし。という訳で、日石さんには申し訳ないのですが、今後はコスモさん系のスタンドで優先的に給油させていただきます。
お腹いっぱいになった車のお腹いっぱいになったぜを見て、何だかもっと走りたくなってきた。が、すぐにそんな気も失せて来た。生涯初の渋滞運転体験@週末の国道16号線。運転してて思ったこと:
「こんなのマニュアルだったらかったるくてしょうがねえな」
こうしてマニュアルの車に乗らず、どんどんマニュアルの運転とか出来なくなって行くのだろう。アクセル踏むだけで良いなんて、ラクだよな。
私の前にBMWなど、高級車が来るとちょっと緊張する。信号のたびに必ずニュートラルへ。
国道16号沿いはディーラーがたくさんある。フォルクスワーゲンのマークを見るたびによそ見をするが、追突しそうになる。危ねえよ、気をつけろ俺。
疲れてきたところで、ようやく246とクロスするポイントまで来た。実は本日の試運転で最も長かったのがこの16号だったが、渋滞って話の種になるもんも無いな。余裕が無いから、物思いにふける訳にも行かない。何か、車って知的生産に向かない乗り物なんじゃねえの。やっぱ乗り物は鉄道かバスだぜって、運転してるからだろうが。
246も案外混んでいる。FM横浜では「江田付近から渋滞1km」とか言っている。江田駅前の新横浜に抜ける交差点か?確かに、ちょっと足止め食らうところだよな。ここいつも混むんだろうな。その証拠に、交差点超えたらスムーズに車走ってるよ。
そのまま帰れば良いのに、もう少し特殊なことをやろうと車を進める。特殊なこととは、コンビニの駐車場に駐車って奴。家の近くのヤマザキデイリーストアの駐車場に車を止めてみる。前向きで。うむ、一発で入ったが、感覚が全然つかめない。勘で入れたんだけど。
コンビニに入って、マップルとか立ち読みする。こういう道路地図も買った方が良いかな。地図見るの好きだしなあ。ナビも良いけど、地図の通りに辿って目的地に到達すると言う、ドイツ人旅行者気質的なものを私は持っているし。しかも車はドイツ車だしな。
と、駐車場を見ると、何と私の車の両サイドに車が入ってしまっている。おいおい、出しづらいじゃねえかよ。しかも、両方の車ともバックで車庫入れしている。確かに、駐車場の広さを見ると、バックで車を出すのはあまりよろしくない。しまった、とは言え、バックで車庫入れは全然慣れていない。という訳で、同じく頭から車を入れている人が出す瞬間を見て、どうやって出すかを雑誌コーナーから見学し、自分へフィードバックする。ああ、ああ出せば良いんだな。
中国緑茶を買って、いざ挑戦。バックしながら左に折れて、リアからドライブに換えて前進。何だ、簡単じゃないか。
最後の難関。我が家の車庫入れ。これが入れづらい。実は4日前と3日前運転した時は、父親に入れてもらっていた。今日は自力でやってみる。
1回目。入る角度が急過ぎて、体制立て直しも空しく、全然入らない。という訳で、もう一度近所のワンブロックを一回りして、再挑戦。
2回目。入る角度を浅くして、車庫に車体を入れる。よし、今回は入ったが、狭い車庫内で斜めになっている。これでは私が車から出られん。という訳で、車庫内で何度かきりもみ運転。つうことで、ようやくゴール。ブレーキのタイミングと車庫入れが当面の課題である。
ん?
何か、私の車から漏れてるぞ。オイルか???
待て次号。
3月21日(金) 車受け取り
M氏邸に歩いていって(所要30分くらい)、ゴルフワゴンを受け取った。これと同型:
ゴルフワゴンの1996年モデル。私が大学3年の時のモデルか。
M氏は7年前にこの車を買ったらしいが、走行距離は2万km超。乗ってねえよな。大学時代の同期である梅香なんて2年で3万3千kmくらい乗ってることを考えると、全然乗ってない。まあM氏自身海外赴任が多いし、通勤は電車だし、奥さんも街中走るときくらいしか使わないだろうからな。
スペックは全く分からないが、YAHOOで見るとこうなっている。多分この車だよなあ。値段はM氏から聞いた「最初これ位だったんだけど、値切ったら簡単に値切れた」と言う、「これ位」の値段だし。車体の色は青と紫が混ざったような色で、何という名前の色なのか、よく分からない。
という訳で、取り敢えず本日から練習車を父親の三菱デリカから私のゴルフワゴンに変更。尚、名義はまだM氏のものだが、将来的には買い取る予定。価格はいくら位が妥当なんだろう?
さて、フォルクスワーゲンと言えば覚えていることが一つある。高校時代の英語の先生の、授業中における脱線話である。
この先生は高校の先生ながら、予備校で英語の講師をバイトでやるということをしていた。私立高校だったのでこういうのが許されたわけであるが、そんな訳で収入は結構多かったようだ。私の頃は第二次ベビーブームかつバブル時代で、予備校がかつて無いほど儲かった時代。年収億単位の予備校講師もいたくらいである。学歴に対する眼差しも、今より熱かった。そんなご多分に漏れず、この先生もかなり裕福で、その裕福振りを時にはアピールする、言ってみれば嫌な奴だった。
この先生は車が好きで、その頃ステータスシンボルとして一般市民の間でも急激にもてはやされることになっていた「おベンツ」を購入したと言う噂が、生徒中に広まった。以前からベンツの素晴らしさを語っていたこの先生にとっては念願がかなったと思うのだが、その先生が強調していたのは「ドイツ車の素晴らしさ」であった。
先生曰く、「ドイツ車の高速時の安定性は、世界一だ」と言い、「この中で将来、フォルクスワーゲンの車を買ったという人がいたら、是非乗せてくれよ。」と言っていた。これを何故かずっと覚えていて、「車を持つ段階にはワーゲンの車がいいな」と思っていた。まあ乗せねえけどな。この先生と仲良かったわけじゃないし。
で、昨年のM氏の打診。棚からぼた餅のような感じであるが、生まれて始めて所有する車がフォルクスワーゲンのゴルフ(しかもワゴン)である。
さて、本日から3連休であるが、この3連休に大阪で働いている私の弟が遊びに帰ってくるという。という訳で、記念すべき第一試験走行withGolfは、弟を新横浜駅まで迎えに行くというミッションが同時に課せられた。物珍しいため、母親が後部座席に乗ってきて、家族3人で弟を迎えに行くという、弟VIP待遇出迎えと言う形になった。
さて、前回の練習から1週間弱が経過したわけであるが、環境は抜群に良くなった。前回から今回からの変化は:
夜 ⇒ 昼
雨 ⇒ 晴
三菱デリカ ⇒ ゴルフ
である。特に最初の二つがデカイ。
さて、ゴルフワゴンに乗った感想を言うと、「乗りやすいが、ウィンカー出すのが左手ってのが間違えやすい」と言う感じだろうか。父親に「じゃあ次は右に曲がるか」といわれ、右に曲がろうと右手でウィンカーを出そうとすると、ワイパーが窓を拭くのである。ハンドルは右だが、ウィンカーとワイパーのレバーが逆なんだよ。
まあ、左ハンドルじゃないだけ良かったぜ。
尚、廃車寸前まで酷使した父親の三菱デリカであるが、そろそろお役御免の時期が近付きつつある。仕事で主に車を使う父親は、次の車を物色中であるが、我が家に普通乗用車がやってきたことを受けて、100%仕事にしか使わない車を考え始めた。具体的には軽トラね。車検とか無茶苦茶安いらしい。
このように、「赴任手当てでドーンと上司や先輩が買った車を数年落ちで私が安値で買って、ウチで買うのは価格もメンテも安い軽自動車。」と言う、全く日本経済に貢献しないスタイルを我が家は確立しつつある、ゴルフワゴンの来訪はそんな事件であったとも言えるだろう。
3月16日(日) そもそものきっかけ
2002年10月、パキスタンの子会社にいるとき、次期社長になるM氏から
「おい、俺の車を買わねえか?」
と言われて、車を持つことになった。何でもM氏は家族丸ごとラホールに移り住むと言うことで、車の処分をどうするかで若干迷っていたらしい。だがそのタイミングに、車を持っていない若い社員の私(しかも家はM氏の家の結構傍)がパキスタンに出張でやって来て、渡りに船で打診されたようである。
車...
私が車の免許を取得したのは、会社に入社する3日前である。大学院の修士論文を書き終えた翌日から、山形県米沢にある自動車学校に合宿で取りに行った。到着時の米沢の気温は最高でマイナス1度。積雪量は街中なのに1mを超えており、普段は田圃しかない見通しの良いはずの道は、全て塀に囲まれたような見通しの悪い交差点になっていた。路面は夕方になると凍結するが、免許を持っていない私でもスリップしないくらい、スタッドレスタイヤが利いていたのを覚えている。ただ、交通量が絶対的に少ないので、帰って来て都内の道をすぐに走れるレベルになっていたとは全く思わない。
帰って来てイスラエルへ卒業旅行をした後、旭区にある二俣川の運転免許試験場で筆記試験を受けて、免許皆伝となった。
普通、車の免許を取った後は嬉しくて運転しまくるものであるが、私はそうでは無かった。車の運転が必要ないと言うこともあったが、そもそも車の運転自体にあまり興味が無かったと言う、珍しい状況だったのである。また、我が家の車は父親が仕事(父親は内装屋)で使う三菱デリカワゴンで、免許取立ての人間が嬉々として乗るには難しい車であった。車高が高くて車幅が広く、オートマとは言え感覚が全く異なっている。
そもそも免許を取る動機が「会社入ったら免許取る余裕なんてあるわけ無い」と言う消極的なものであり、従ってどこかに行くにしても友達や同期の車に乗って出掛ける始末。途中で運転を替わればいいってのに「ペーパーに運転なんてさせるか(そりゃそうだ)」と言う友人の一言により、運転をする機会も逸していった。
で、元に戻って、M氏から打診された車の件。車種はゴルフワゴンだ。
ゴルフワゴン...
そもそも家族持ちでない私にとって、ワゴンのキャパシティーは勿体無い以外の何物でもない。これを機会に釣りを趣味にしようかと思うくらい、そんなキャパシティーは要らない訳である。そりゃ三菱デリカよりはマシかも知れないが、それでもデカイよ。
取り敢えず車を持つことが決まった以上、まずしなければならないのは駐車場の手配である。これは家の近くの駐車場(1ヶ月1万円)を借りることに成功した。次は何と言っても車の運転そのものである。本日、既に酒を飲んでいた父親に助手席に座ってもらい、夜で雨が降っているという悪条件の中、30分くらい運転してきた。センター北の方まで行って、市ヶ尾に出て雨の246を通って来たのだが、何か地に足がついていないという感じだった。ほぼ3年ぶりくらいの運転であったが、やはり三菱デリカ(父親によると、古くなったから買い換えるらしい)は運転しづらかった。しかも夜だし雨だしで参った。
「まあ全然運転してない割には上出来だ」
と父親に言われたが、横見たりミラー見たりする余裕もあまりなく、運転自体を楽しめていないと言う感じだった。
ゴルフワゴンを受け取るのは3月21日の朝。