リトル・チュン (原題:Little Cheung/細路祥) フルーツ・チャン(陳果)監督 港・日合作
フルーツ・チャンの「返還前香港が舞台の三部作」の最終作品的な位置付けが本作品。第一作「メイド・イン・ホンコン」がかなり評価され、その評価によるプレッシャーの前に、今ひとつの評価だった第二作「花火降る夏」に続くものだ。とは言いつつも、前の二作は見ておらず、風評を聞いたに過ぎない。しかしながら、近い将来に私がこの前二作を見たら、「メイド・イン・ホンコン」は期待通りのもので、「花火降る夏」も面白いじゃないかという印象を持つだろう。今日の「リトル・チュン」を見てそう思った。
舞台は返還前の香港。主人公は食堂の息子である小学生のチュンで、ヒロインは同じ齢のファンである。チュンの家庭は父母と祖母、それに勘当されたチュンの兄(最後の方に一瞬だけ出てくる)、それから家族を取り巻くのがメイドのフィリピン人と食堂の従業員達である。チュンの主な業務は出前持ちで、周囲には顔が広い存在だ。チップで小金を稼いで、たまごっちを買うのが当面の目標である。途中からファンを混ぜて、小学生カップルで香港の街を縦横無尽に走り回る。嫌いなチンピラの注文したレモネードに、自分の尿を混ぜたりと、いかにも小学生らしい行動を見せてくれる。
この映画を見て最初に思ったことは、監督のフルーツ・チャンの香港に対する愛情である。登場人物たちは香港人だけではなく、例えばヒロインのファンは大陸からの違法入国者の娘、メイドはフィリピン人(香港ではとても多い)、さらに嫌いなチンピラの店で働くインド人など、現在の香港で主要な割合を占めている人たちだ。この登場人物を見て、私は数年前に二度行った香港を強烈に思い出した。「スターフェリーの香港島側の乗り場前には、フィリピン人のおばちゃんがいっぱい集まるな」とか「両替はインド人両替商のところがレートがいい」とか、くだらないことまで思い出した。さらに、表通りも裏通りも、かなりの湿気を感じさせる香港の空気やその風景も、私は香港を感じずにはいられなかった。かつての香港啓徳空港に降り立った時のあの湿気を感じて、思わずニヤけたあの日が甦る。食堂の内装も、本当に典型的な香港のメシ屋という感じである。汁物が主体の香港での飯を見ると、どこでも湿気を感じたものである。チュンの父親が、チュンが出前に行く際に必ず「支払いは現金で貰って来いよ」と念を押すところなどは、「そう言えば香港人は現金至上主義で、カードとかってあまり歓迎されないんだよな」と思い出した。最早冬の準備に取り掛かっている日本人の私に、香港を感じさせる映画を作ったフルーツ・チャンは、相当香港が好きなんだと思う。
その次に思ったこと、それは「金は人を引き付ける」ということだった。この物語はチュンの「人生は金がすべて」という一言から始まるが、それはある意味当たっていて、それがなければファンの母親は高い金をブローカーに払って香港には来なかっただろうし、ということはファンの母親は香港人と結婚はしなかっただろうし、ということはファンは香港で生れなかっただろうし、ということはつまり、ファンとチュンは出会わなかったということだ。さらに、「金を稼ぐ」という目的が無ければ、チュンはフィリピン人のメイドに出会わなかっただろうし、ということはチュンは親以上の愛着を持ったフィリピン人のメイドと別れるときに涙は流さなかっただろう。「金を稼ぐ」という目的が無ければ、インド人はチンピラの店で働かなかっただろうし、香港人のチンピラに対して憎悪を持たなかっただろうし、そのチンピラを殺そうとチンピラのいる場所に灯油を撒いて放火しようなんて思わなかっただろう。つまり総括すると、金が無ければこの物語は成立しなかっただろう。ファンは貧しい家計の足しにするために、チュンの店の求人を見てチュンの店にやってきたのだが(違法だからと父親には断られるが、チュンはそれをきっかけに仲良くなるという策士ぶり)、仲良くなったチュンがナレーションで「金がファンと僕を引き合わせた」と言ったのは、この映画の一テーマが「金」であることを表わしている。
とは言いつつも、そんなにガツガツした映画ではない。香港の一般的な人たちの日常を、コミカルに追った映画である。それだけの映画なのに、観客は映画に笑い、やや涙したり(ファンの家族が強制捜査を受けたシーンなどで、鼻をすする音がした)している。「ああ、普通の生活って映画になるほど劇的だったりするんだな」と言う感情は、香港映画や台湾映画、それから日本映画を見ていてよく思うのだが、今回もそれが強く感じられた。
たとえば、男と女がいて、二人が一緒に自転車に乗ればどこでも映画が撮れはずだ…
と言うのを聞いたことがあるのだが、これが現在、世界で最も実現できているのが東アジアの映画界だと思う。というのを、今日改めて認識しました。
ラストシーンが良かった。そうは問屋が卸しませんという感じ。日本映画ではこれは出来ないなと、最後まで香港映画を楽しめた。